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ガイラルの迷宮  作者: 光崎 総平
第一章 始まり
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第八話

 サラはイーリスを抱えて迷宮内を凄まじい速度で飛翔する。

 天井がどんな木々よりも高いために出来る芸当だ。迷宮はあまりにも広すぎるため、探索を目的としないのならばこれが一番効率よく進める。

 サラの目的はあの巨大トカゲと、それが守っていると思われる石碑のみ。今回はそれ以外の全てを無視すると決めていた。

 迷宮への進入と同時に最大範囲の索敵術式で前日に交戦したトカゲに近い反応のあった位置は把握している。既に三頭のトカゲを撃破し、三つの石碑を確認した。残る反応は一つ。入り口から最も遠い地点にあった反応だけだ。

 ここまでで確認したトカゲの性質は三つ。縄張りに入らない限りは一切の攻撃を行ってこないこと、縄張りを周回していること、絶対に縄張りからは出ないことである。

 つまり、縄張りに近づかなければ全く問題ない存在なのだ。ただ、昨日サラが提出した死骸からとれた爪、牙、鱗、皮、骨は凄まじい強度や魔術抵抗を示していたので、それらの素材からできる武具を狙うものは挑まなければならないだろうが。

 とりあえず、どのあたりまで縄張りなのかは既に把握しているのでそれを元に危険地帯を設定すれば、基本的にはトカゲによる犠牲者をなくすことが出来るだろう。それだけでも充分すぎる収穫と言える。

 上空から目視で最後の石碑の位置とトカゲを確認したサラは、トカゲから最も離れた縄張り内の位置に降り立つ。トカゲと交戦して撃破するつもりはあるが、もう大体魔術に対する抵抗やどの属性が効果的かなどは本日最初の接触で確認できたので初撃で打倒するつもりなのだ。


「――全て引き裂く無慈悲なる氷よ、汝が母たる水に交じり、全てを断ちなさい」


 精緻にしてあまりにも鋭い攻撃的な術式が瞬時に編まれていく。どんな事態にも即応できるよう、イーリスは抱えたままだ。

 どうやら恐怖などとは無縁な様子のイーリスは、サラの胸元を掴みつつ目を輝かせている。好奇心の強いイーリスにとっては危険のない戦闘など、なにか催し物の一種に過ぎないのだろう。

 苦笑し、サラは意識を敵へと向ける。木々をなぎ倒して近づいてくるトカゲを睨み、ただ一言囀る。


「豪・圧水刃」


 鋭利な氷片の混じった、二本の高速高圧の水の刃がトカゲを四つに切り分かつ。鋼をも切り裂く圧水刃さえ弾く物理的硬度と魔術抵抗を持つ鱗だが、この豪・圧水刃を弾くことは叶わない。何せ、出力次第では地上最強の金属である神化銀でさえも切断できる術だ。頑丈だとはいえ、金剛石よりは柔らかい鱗が耐えられる道理はない。

 重い音を立てて肉塊と化したトカゲが大地に落下すると同時に、サラはリバース・スペースの入り口を開いて中に入れる。即座にしまう必要はないが、もしも他の魔物に食われたりすると癪なので倒したらすぐにしまうようにしているのだ。

 これでこの階層の石碑の守護者は全て撃破した。後はゆっくりと石碑を読むだけだ。

 今までの石碑を思い返しつつ、サラはイーリスを下ろして手をつなぐ。好奇心旺盛なイーリスは手を繋いでおかないと、どこかへ行ってしまいそうで不安なのだ。

 記憶力に優れるサラはある程度の文章なら正確に暗記できる。重要そうな石碑の文は既に写した紙を見る必要さえない。


 ――遥か遠き者達へ。

   未来を汝らへと託す。

   大いなる災厄をここに封ずることしかできぬ我らを呪ってほしい。


 ――我らの祈りに応えし神は、極小の世界を創り給うた。

   この地こそがその世界。

   太古に崩壊せし魔界と神界、精霊界の破片を集め、かの災厄をここに封ず。


 ――封印は百万の昼と千万の夜続く。

   地の底深くに封ぜしこの地が表出せしときが、封の緩みしとき。

   かの災厄と共に封ぜし幾十もの破滅が災厄への道を閉ざすだろう。


 ――ゆえに、我らこの地へ多くの武具を共に眠らせた。

   災厄と破滅にその武具が破壊されぬよう、我らはこの地の各所へと隠した。

   求める者よ、探し、振るえ。彼らもまた、担い手を求めている。


 この四つが、今までに見つけた碑文だ。どうせなら一つの大きな碑に全部書いておいて欲しかった。

 鬱蒼と茂る森林部を抜け、広い開けた場所に出る。石碑のおいてあるところは全てが平和そうな場所で、柔らかな草が地面を覆っている。この広大な一階層の中で、石碑の場所だけは木も生えていないし魔物も近寄ってこない。不思議な空間だ。

 もしかしたらサラでさえも感知できないほど巧妙に結界でも張られているのかもしれない。またはこの空間のどこかに隠された武具とやらが眠っている可能性もある。

 またいつか神眼の魔術で調査してみる必要があるかもしれない。もしくは地中探査型の最上位魔術でも行使すれば面白いだろうか。

 苦笑しつつ、他のと同じくひっそりと建つ石碑の前に立ち、文を読む。


 ――この第一層、千変の樹海。五つの階層にて構成す。

   第一階層の石碑の守護者『恐なる劣竜』。一度倒したとて油断してはならない。

   死の後、十の昼と十の夜を経て復活す。ゆめゆめ忘るることなかれ。


 碑文を読み、反芻し、意味を理解したサラは、知らず知らずのうちに拳を握っていた。貴重かつ重要な情報だ。石碑に掛かれている内容が真実なら、この迷宮は最低でも五つ以上の階層で構成されているということになる。探索しながらとはいえ、サラが三日ほど掛けても三分の一しか進めなかったような広大な階層が、最低でも五つ以上。世界そのものを迷宮にしているというのは信憑性がありそうだ。

 石碑の前で頭を抱えるサラ。

 と、そんなサラから離れ、一人草むらで遊んでいたイーリスはあるものを捕まえていた。


「お姉ちゃん、こんなのいたよ」


 嬉しそうなイーリスの声に導かれてサラはそちらを見、目を見開いて驚く。

 イーリスの指に器用に捕まっている一匹の蝶。それだけなら驚くには値しない。だが、場所が問題だ。この石碑のある広間には植物以外の生命は存在していない。理由は分からないが、今までに見つけた四つの広場には文字通り虫一匹いなかった。ここもそれは同じで、サラの用いる索敵魔術には今も自分とイーリス以外の生命反応はないのだ。不死者、つまり動く死体や霊体系の魔物、実体を持たない下位精霊さえ感知できる魔術なのに、この蝶の反応はない。

 幻覚、幻影の類かと疑うが、それはない。サラはとある理由から一切の幻覚を無効とする。どんな手段を用いたとしても、それこそ神がサラを幻影の罠に落としてたとしても、サラがそれに惑わされることはないのだ。

 逆にサラを超える凄まじい技巧でサラの索敵魔術を誤魔化しているのか。それも考えづらい。サラが展開する索敵術式は一つではなく、いくつもの魔術を併用しているのだ。一つならともかく、全てから逃れる方法など存在するのだろうか?

 現状、最も可能性が高いのはこの蝶が魔術に反応しない体質を持っているかもしれない、ということだ。無効化ではなく、透過。無効化するなら逆に分かりやすいのだ。もしかしたら、魔術ではなく魔力を透過するのかもしれないが、その辺りはまたいずれ調べればいい。

 なんにせよ、面白い。

 植物以外の生物が存在しない草むらにいた、魔術を透過する蝶。研究部に渡すにはもったいない存在だ。というか、一個体しか確認できていない生物を解体させるのはもったいない。それに、サラとて一応は女の子だ。たまには蝶と戯れるのも悪くはない。

 なんにせよ、一つ問題がある。この蝶を連れ帰る方法だ。

 魔術を透過するような性質を持つ、蝶のような弱い生物を安全に運ぶ方法をサラは保有していない。魔術が効くなら時間凍結でも掛けて変化を否定し、手で持って来た時と同じように高速飛翔で入り口まで行けばいい。が、効かないので、その方法は使えない。

 イーリスの指から離れようとしないので、普通に歩いて帰れば問題ないかもしれないが、いかんせん遠い。今、サラ達がいるのは入り口から見て最も遠い場所と言える場所だ。ちょっと勇気を出せば第二階層へつながるところに辿り着けそうなぐらいの位置と言ってもいい。

 入り口までは直線距離でおよそ二、三十マイルほどだろうか。実際には曲がりくねった道であることを考えると、一日で踏破出来る距離ではない。

 サラは空間転移系魔術とは相性が悪いうえ、蝶が空間転移まで透過する可能性がある以上空間転移も使えない。

 仕方ないので時間を掛けて歩くべきか、とサラが思案していた時だった。

 不意に蝶がイーリスの指から離れて飛び回りだす。生半可な速度ではない。猛禽が飛翔する速度にも近い速さでイーリスの周囲を飛ぶ蝶を見て、サラは唖然としてしまった。

 飛ぶ速さもあるが、そんな速度で飛んでいながら全く風をまき散らしていない。加えて言うなら、羽ばたきと速さが食い違っている。蝶ではありえない速度で旋回していながら、羽ばたきは普通の蝶とそう変わらないのだ。


「……すべてを曝け出しなさい。透破露明」


 流石に違和感を覚えたサラは調査のため、神眼ほど高位ではないが単一対象への探査深度なら劣らない術を発動させる。

 至近距離でしかも三次元機動なため対象を捉えにくいが、サラはあっさりと蝶を対象としてしまう。魔術の技量もさることながら、投射武器の技量がなければできない芸当だ。

 蝶がどのような特性を持っていようと、問答無用で探査をするためサラは意識を集中する。だが、魔術は探査を行う前に完全に弾かれ、無効化されてしまった。

 サラが驚きに目を見開く。だが、その弾かれた魔術の痕跡を調べることで、どういった方法で魔術を弾いたのかを逆算しにかかった。術を弾いて無効化する方法はそう多くはない。より干渉強度の強い魔力で弾くか、そういう効果を持つ魔術を用いるか、現代ではそれぐらいだ。遥か太古の魔族や神族、今では魔神と呼ばれる強大な力の持ち主には選択的に魔力そのものを弾く能力の持ち主がいたというが――反応としてはどうもそれが一番近い気がする。

 むぅ、と唸り、サラは仕方ないのでかなり高度な力任せの方法を取ることにした。

 袋の中に周囲の空気ごと蝶を入れ、その上で袋とその中身に慣性相殺の魔術を掛ける。蝶には効かないが、蝶の周囲の空間には魔術が効くので、面倒なうえ魔力を大量に消費するが蝶の存在する空間という大きな対象を区切って魔術を掛けたのだ。


「では、イーリスちゃん、帰りましょうか」

「うんっ」


 遊んでいた蝶があっさりと捕まえられたというのに、なんら気にしていない様子でイーリスが笑う。サラに全幅の信頼を寄せているのか、はたまた別の何かか。単に無邪気なだけかもしれないが。

 イーリスを抱え、サラは指を弾いて魔術を発現させる。飛行魔術。魔力を注げば注ぐだけ速度の上がる魔術のため、強大な魔力を持つ者が用いれば凄まじい速度を叩き出すことが可能となる。ただし、肉体に掛かる負荷は速度が上がれば上がるほど大きくなるうえ風圧などの影響が凄まじいので、サラのように全属性の魔術をこなせなければ高速での運用は難しい。

 およそ十分。それは最高速度で飛翔するサラがこの場所から迷宮の入り口まで飛ぶのにかかる時間だ。強力な障壁術との併用のため消費する魔力量が甚大になるが、イーリスを抱えて飛ぶ以上障壁は欠かせないので仕方ない。

 空を飛ぶ間ずっとはしゃぎ続けるイーリスを微笑ましげに見つつ、サラは今後のことに思考を巡らせるのだった。

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