表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ガイラルの迷宮  作者: 光崎 総平
最終章 最後の英雄
84/84

エピローグ

 そして、数年の月日が流れた。

 かの動乱で甚大な被害を受けたものの、しかしデミウルゴスの目的が恐怖等の負の感情の蔓延だったために被害の規模の割に死傷者はそれほどでもなかった。――全世界人口の半分が消し飛んだことを少ないと言っていいのなら、だが。

 逆に言うのなら、あの巨神や魔神が大挙して世界を襲い、また異世界からの侵略神が絶望的な数で押し寄せたにもかかわらず半分も生き残ったということである。

 人々は失った悲しみに苦しみながらも、しかし新たな日々を歩み、思いもよらぬ速さで復興していた。

 そうも早く復興できているのには、幾つもの要因がある。

 一つは神々の顕現。蛇神らのような具現神ではなく、今までは何らかの理由で地上に干渉できずにいた土着の神々が自由に動けるようになったのだ。

 大地の神はその土地を肥やし、空の神は天候がどう動くかを人々に伝える。全ての者に言葉を伝えることはできずとも、媒介となる巫女などがいれば、色々と伝えることが出来るため、過去よりもはるかに効率よく動くことが出来るのだ。

 他にも隠れ住んでいた妖精等の身近な隣人ができたことも復興の一助になったことは間違いない。

 だが、最大の要因は、世界の各地にぽこぽこと生えてきた大量の迷宮だろう。

 迷宮は非常に危険だが、しかし逆にそれを乗り越えることが出来れば大きな恵みをもたらす。

 なにせ、迷宮の中の物は無尽蔵だ。実際には地脈から吸い上げた魔力を変換して云々という工程で中身を元通りにしているのだが、その変換効率は極めて高いため、まず地脈が枯渇するということはない。サラのように階層ごと根こそぎ吹き飛ばすという真似でもしなければ、基本的には大丈夫だ。

 また、原初神族たる『世界の女神』が復活したことにより、世界全体の循環機構たる世界樹も活性化されているため、枯渇するということはまずありえない。

 迷宮の出現、それはいいことばかりでもない。中から魔物が出てくることはないが、しかし中は危険な場所なのだ。木を切り出しに行くにも、薬草を取りに行くにも危険なことには変わりない。安定して取ってこれるなら宝の山なのだが、しかしそれは一般人では難しい。

 そこで活躍したのが、ガイラルの迷宮で経験を積んだ冒険者である。

 最初に出現したくせに最高難度を誇った彼の迷宮をそこそこ攻略できていた彼らにとって、そこらに生えてきた小規模な迷宮はそれほど難しいものではなかったのだ。

 もとより一山当てるために来ていた冒険者の多くは、他に簡単な迷宮があると知れれば喜び勇んで各地へと散っていった。また、冒険者協会を利用していたことで情報や組織の重要性を学んでいた彼らは、自然と同じ迷宮を攻略する者達と情報を共有しあったり、まとめ役のようなものを作ったりした。ついでに裾野が広がると自分たちの安全を守れることも学んでいたので、新しく冒険者になるものの教育なども進んで行なっているようだ。

 その反面、死ぬ思いをしているのが魔術師協会である。

 迷宮が大量にできたおかげで魔術師が市井に受け入れられる土壌は出来たものの、今度は逆に求められる数に対して魔術師の人数が圧倒的に足りなくなってしまったのだ。

 流石に人材を迷宮から掘り出すことは出来ないので頑張って育成しなければいけないのだが、元々が千人程度しかいなかった組織である。加齢や結婚よる引退者を含めても、せいぜいが千五百人。求められる数は冒険者一部隊に付き一人か二人。足りるわけがない。

 加えて、他の冒険者と組んでいた魔術師が誘われてホイホイ冒険に行ってしまったりと、地味に人材流出が痛かったりもする。

 しかも、ガイラルの迷宮を自分達で管理できないことを理解した王国が、その管理等を魔術師協会に丸投げしてきたのだ。迷宮の近くにある街の管理権ごと。

 いい加減処理能力の限界を超えそうになっていたが、しかしそこにあった学園を見て、誰かが言った。


「もういっそこの街ごと魔術師育成の場にしちゃったら?」


 と。

 ティエの街、魔術学園都市化の始まりであった。

 そして、その計画がある程度進んだ時に、再び厄介事が舞い込んでくる。一万年ほど暇を持て余していた神々の中でも、特に厄介なアーカムや蛇神が自分達も一口かませろと乗り込んできたのだ。

 仕方ないし、そもそも色々と足りないものがあったので、教材の調達を頼んだところ、異常なまでに考えぬかれた各等級用教科書を三日で用意されてしまった。これはもう頼るしかない、と散々頼っていたらいつの間にか教育機関を乗っ取られていたが、これはまぁ仕方のないことだろう。

 しかも、流石は神というべきか、用意された教材や手順で教えると生徒からの評判はいいし、安定した質の魔術師を輩出出来たので文句のつけようもない。

 ただ、これで一息つけたわけでもない。世界全体が活性化したために地上の魔物も元気になっているようで、どうにかしてくれと泣きついてくる者が後を絶たないからだ。まぁ、魔術師協会に泣きつけば超格安でなんとかしてくれるので仕方ない面もあるのだが。

 とはいえ、一旦落ち着いてきたので、魔術師協会も生まれ変わりの準備に入っていく。新しい時代に入ったのに、古い者が頂点にいたのでは、協会は取り残されてしまうだろう。

 ちょうど冒険者としての経験を積んだ幹部候補が五人もいるのだ。ブリジットやセシルは後ろ盾として存在し、口出しなどはしないように務め、現場での仕事に戻るべきだろう。



 世界は回る。

 まだ、一部の一騎当千の者が活躍しているが、そのうちにいなくても大丈夫になっていくだろう。

 ――そして。









 世界の何処か、迷宮の中で。


「頼む!」

「うん!」


 襲いかかってきた熊の魔物を両断し、一歩避けると同時に、黒髪の青年が声を上げる。

 それに合わせ、緑髪の少女が敵の後詰に魔術を放った。高速で飛翔する炎の弾丸が毒の鱗粉を持つ蝶を焼き尽くした。

 だが、そこで一瞬隙が生まれる。敵を倒したという油断が側面からの襲撃を忘れさせたのだ。

 側面の草むらから大型の狼の魔物が飛び出してくる。誰も間に合わない、そう思われたが、しかし狼は瞬時に展開された障壁によって弾き返された。そして、それを読んでいたかのように躍りかかる金髪の少女に素っ首を叩き落されて絶命する。

 見事な連携だ。

 たった三人と一匹で組んでいるのだが、よく洗練された動きである。もしかしたら、熊と蝶を倒したあとに見せた油断も、狼を誘い出すための罠だったのかもしれない。

 周囲に気を配り、近くに魔物がいないことを確認すると、黒髪の青年は嘆息して全員と顔を見合わせた。


「今回の依頼はどんな品だっけ?」

「『黒霊草』を二束とそこら辺の頑丈そうな木を一本だな」

「ん、じゃあ『黒霊草』は任せて。木は、ジン、お願いできる?」

「木の一本ぐらいなら余裕はあるな。クレール、途中の警戒頼むわ」


 数年前の頼りなさが消え精悍な青年へと成長したジンは、すぐ脇に生えている木をポンポンと叩きながらそう言う。迷宮の木は中がみっちりと詰まっているため、非常に強靭だ。それ故に建材などとしては非常に優れているのだが、並の斧では歯が通らないほどに固く、また魔物が徘徊しているために悠長に時間を掛けることも出来ないので、なかなか流通していない。

 が。


「フンッ!」


 熟達した冒険者にとってはそう難しいことではない。

 一太刀で木の根元を切断し倒れる前に掴み上げると、無理やり鞘の口に木を突っ込む。と、するすると鞘の中に木がまるごと入っていく。どこぞの神連中が作り上げた超神器を活用しているようで何よりである。

 そんなことをやっている間に、イーリスも黒い妙な草を一抱えも取ってきている。どういう速度で摘んだのだろうか。謎ばかりが募る。実際のところは木属性の魔術で効率よくまとめて根こそぎ刈っただけだが。


「ふたりとも早いなぁ。じゃあ、帰ろう。傭兵団作る資金にはまだ遠いしね」

「すまんな、資産管理させて」


 ジンとクレールがそんなことを話している間に、イーリスはなんとなく空を見上げる。

 抜けるように青い空。前にいた迷宮とは違う空だが、しかし不思議なものだ。


「お姉ちゃん、わたし、元気でやってるよ。だから、お姉ちゃんも、元気で、ね」


 誰にも聞こえないようにそうつぶやき、イーリスは先に歩いて行く二人に駆け足で追いつく。

 その言葉を聞いていたのは肩に止まっていたオリオールのみ。ああ、あとは誰にも聞かれずに風にのって消えていく。

 もう、誰にも彼らの運命はわからない。


 世界は進む。回る。

 彼らの物語も、また止まることはない。






 ――ガイラルの迷宮 了






































































 ――そして、無限の彼方で。幾千の年月の果てに。次元の狭間で、金色の少女は目を覚ます。


 魔法の究極たる世界創造を行使した反動。肉体を滅ぼされただけでは死を迎えることの出来ない体へと変貌していた。

 人としての要素を残しながら、神へと存在の格を上昇させたのだ。サラを滅ぼすには殺すという意志を持って、サラの存在の核を砕かなければならない。

 だからといって、無事なわけではない。

 サラの強靭な肉体ならば生存を確定させられる程度。割合で言えば五割程度といったところか。


「――生き残り、ましたか」


 誰も聞くもののない言葉を、サラは紡ぐ。

 無限の孤独。覚悟はしていたものの、実際に味わうとなかなか堪えるものだ。

 と、サラはわずかに自分の体が何処かへ引き寄せられていることに気付いた。

 非常にゆっくりとした速さで、しかし確実に。

 どこかの世界の引力にでも捕まったのだろう。まぁ、ほぼ体が動かない状態ではどうしようもない。せいぜい、ある程度万全に近くなってから到着して欲しいと祈るぐらいか。

 やることのないサラは、再び目を閉じた。セイファート一族の末裔として、極限状態に陥った時のために意識を凍結して損耗を最小限に抑える手段ぐらいは身につけている。

 意識を凍結する前に、サラは軽く苦笑してしまう。

 自らを縛り続けた人生だったが、世界を放逐されることで自由を得るとは。

 最後にそんなことを考え、サラは意識を閉ざす。

 自らの世界で役目を終えた少女は何処かへと消える。

 彼女のその後を知るものもまた、誰もいない。

ご愛読ありがとうございました。

この話を楽しんでいただたのならば、幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ