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ガイラルの迷宮  作者: 光崎 総平
最終章 最後の英雄
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第七十七話

 第五層。それは、今までとは完全に別物の世界だ。

 恐らく創造者たるアーカムはここを攻略させる気などカケラもないのだろう。

 存在する全ての魔物が上級魔人並の力を持ち、守護者に至っては下位とはいえ最上級魔人並である。

 戦鎚を振り下ろし、サラは巨大な黒鎧の守護者を打ち砕く。サラでさえ素手では致命打を与えられないということだ。魔術を使えば問題なく殺せるが、強化にも大きな魔力を使うために消耗が激しくなってしまう。この程度の相手に消耗するのは愚策だ。

 なにせ、ここの敵は魔物や守護者だけではない。

 完全自動で襲い掛かってくる謎の最上級魔人が数多くいるのだ。

 黒い影のようなものがサラの背後から襲い掛かる。無数の棘を射出して貫かんとしてくるそれを軽く戦鎚で薙ぎ払い、サラはそのまま打ち抜いて消滅させる。

 なんということもなく倒しているように見えるが、これが地味に強いのだ。少なくとも、『砕くもの』を使わずに倒せるほど弱くはない。

 この階層だけでもざっと五十はいるだろう。常に階層の情報を取得し続けているが、再び出てくるということはなさそうなので一安心ではある。後々の事を考えるなら、全部潰してから先へ進むのが最善だろうか。

 ――考えるのも面倒だ。

 サラは嘆息し、殲滅することに決める。下手に残しておいて後の障害にするよりは、自分で全てを片付けてしまうことを選んだのだ。

 どうせ大した手間ではない。むしろ、ようやく自覚できてきた『全知の書』による力の上乗せ分を試運転できていい。

 意識して、自分の力を拡大する。展開する魔力すら自分の手足同然に動かせるようになったので、今まで以上に効率的な強化を自らに施せる。

 金色の波動がサラを覆い、四肢に力が充足する。静かに全身を満たす力は、今までのように荒れ狂うものではない。静かに限界を超えて収束する、落ち着いた凪のような力だ。

 それだけに静と動の振れ幅は恐ろしく大きい。零から百へ、百から零への移り変わりを完全に行えるのだ。

 また、巡航機動での安定度も段違いだ。

 豪奢な宮殿の壁を土塊でも砕くかのように砕いて回り、一分と経たないうちに階層そのものを一つの大部屋同然にしてしまう。

 そして、階層全体を焼き尽くす大火炎が世界を舐めた。

 宇宙と炎の複合属性、太陽の最上級魔術大熱光球――コロナによる殲滅だ。地上に存在するありとあらゆる炎よりも高温の白炎は通常の物質に存在を許さない。

 宮殿として存在する階層そのものごと、中に存在している生物全てを蒸発させる。たとえ最上級魔人と同格の存在であったとしても、所詮は魔物と意志無き木偶。上位四属性の混ざった広域攻撃に耐えられるものではない。

 復元していく階層のど真ん中で、サラは気配を探る。

 この復元と同期してあの鬱陶しい変な最上級魔人が復活しないかを危惧しているのだ。

 だが、それは杞憂に終わる。復活の兆候はなく、ただ魔物だけがぽつぽつと復活しているだけ。

 頷き、サラは次の階層へと向かう。

 そして――










 表裏の第五層を管理者の階層直前まで攻略したサラは、冒険者協会の建物へと向かった。

 もう日が落ちて暗くなっているが、そんなもの協会には関係ない。どうせ昼も夜もなく迷宮では何かが起きているのだから。

 サラが訪れたのは学園で行われる次の迷宮実習がいつかを聞くためだ。最近は色々あって聞きに来ることが出来なかったので、せっかく外に出たのだからと来たのである。

 迷宮から魔物が溢れだした件もあるし、しばらく先になるだろうか、と思っていたサラだったが予想外の事を聞かされて口をぽかんと開けてしまった。


「え? 今日、行われたんですか? 順位とかも、もう出てます?」

「意外ですよね。どうも危ないことがあったから、その危機感が薄れないうちにやらせようということらしいですよ。順位も出てます。個別で聞きたい班とかあるんですか?」

「はい。イーリス、ジン、クレールという三人で構成された班の順位を教えて下さい」


 鉄は熱いうちに打て、という。何ごとも熱が冷めないうちに色々と対処しておくと良いだろう。サラもかなり厳しい側なので、十や二十は死にそうな目に遭わせた方が成長が速いという考えを持っている。

 ぱらぱら、と受付嬢が手元の資料をめくる。

 そして、何度か見直した後、一度頷いた。


「一位ですね。すごいですね、あの若返りの茸見つけたみたいですよ。そりゃ、アレ見つけちゃったなら一位確定ですよねぇ」

「よく似た毒キノコもあるのに、的中させたのは見事の一言です。見た目では一切区別が出来ないはずなんですが……これはイーリスちゃんの仕業ですね」


 キノコが植物なのかは疑問の残るところだが、まぁイーリスも成長しているということだろう。とてもいいことだ。

 少々予想外だったが、それにしても今日のいつからいつまで実習が行われたのだろうか?


「どれくらいから実習があったんですか? わたくしも迷宮に潜っていたんですが、全く気付きませんでした」

「サラさんは大分深いところを探索されてますから……大体、お昼を跨いで合計で六時間ぐらいだったはずですよ。そう長い時間実習があったわけではないです」

「ああ、そうなんですか。確かにその時間なら第五層にいた頃あいですね」


 思い出しながら、サラは頷く。そう言えば大量の素材を回収している。また後で白妙の塔に持っていく必要があるだろう。

 ブリジットにも、別れを告げておきたいし。


「ありがとうございました。それと、多分これでわたくしがここに来るのも最後になります。今まで、ありがとうございました」


 頭を下げ、サラはリバース・スペースからこの日のために用意しておいた菓子折りを取り出して受付に置いた。

 大したものではない。ブリジットが懇意にしている菓子職人に作ってもらった、焼き菓子の詰め合わせだ。焼き立てのものを劣化を防ぐリバース・スペースに入れていたため、最良の状態を保っている。まぁ、十人前で大銀貨二枚分程度の代物だ。


「わ、いいものをありがとうございます。あとでみんなで分けさせてもらいますね。では、サラさん、さようなら。お元気で」


 受付嬢も何かを察したようだが、しかし何も追求することなく笑顔で送り出してくれた。

 さて、とサラは空を仰ぎ見る。

 思いついたら即実行するのが良いだろう。今後、ブリジットにあう機会もそうないだろうし、今から会うのも悪くない。どうせそう時間もかからないし。

 とはいえ、街中でいきなり飛翔するわけにもいかない。

 サラはとりあえずさっさと街を出て、白妙の塔へと飛んで行った。









 カチャ、と陶製のカップが皿に触れて音を立てた。

 礼法作法をしっかりと修めているブリジットには珍しいことだ。つまり、それだけの衝撃を受けたということでもある。


「そう……これで最後なのね」

「はい。もう、わたくしに残された時間がほとんどありませんから……」

「貴女の誕生日、今年は祝えないのね。あと、一週間だったのに」

「多分、いえ確実に、わたくしはそれまでもちません。今まで、わたくしや、一族に良くしてくれてありがとうございました」


 深々とサラは頭を下げる。

 出来れば魔術師協会の色々な人にも挨拶をしたいところだが、それをする時間はもうない。

 だが、とりあえず頂点に挨拶しておけば、それで問題はないだろう。

 ちなみにブリジットにお土産はない。サラの知っている菓子職人等は全てブリジットの人脈からのもので、サラ個人として知っている市井の職人はほとんどいないのだ。

 それに、サラが死ぬか消えればセイファートの資産は全て魔術師協会預かりになる。土産など、それで充分だろう。


「では、わたくしはもう行きます。長々と話していても、未練が残るかもしれませんから」

「あっさりしてるわよね、貴方達は。先代もそうだったわ。じゃあね、サラちゃん。貴女の命数尽きるその日まで、元気でいるのよ?」

「はい。ブリジットさんも、お元気で」


 最後に笑顔を残し、サラは去っていく。少しぐらい弱い所を見せれば可愛いものだが、そんなことをサラがするわけもない。

 ブリジットは軽く苦笑し、自分の椅子の下にある隠し金庫から小さな酒樽を取り出した。

 サラの生まれた年に作られた酒だ。最高の状態で保つ魔術を付与した金庫内で、十六年近く熟成させたものである。

 これはブリジットが仕込んだものではない。先代の魔術師協会長たるサラの父親が、なんらかの理由でここで熟成させていたものだ。

 協会長の椅子を譲られたときにこれの事も教わったのだが、好きにして良いとしか言われなかった。飲む機会もなかったが、やはりこういう夜に飲むべきだろう。


「……随分と酒精が強いわね。辛口で、でもどこか丸みがある。あー、ダメね。美味しいけど、逃げるために飲むもんじゃないわ。

一晩で飲むには多すぎるし、ゆっくり飲んでいきましょ」


 苦笑し、酒樽を再び密閉して金庫へとしまい直す。

 重厚で複雑に絡むくせに、水のように喉へとするりと入り込んでいく。味のキレもいいし、逃げるために飲むにはもったいなさすぎる。

 景気づけも出来たし、思いっきり伸びをしてブリジットは仕事の続きへと移る。

 どうせサラのために出来ることももうない。今やるべきはサラがまた大量に持ち込んだ第五層素材の鑑定と実験なのだから。












 サラが家に帰ると、食卓の上に鞘が一つと分厚い本が一冊置かれていた。

 見れば大体分かる。これがあの大騒ぎで創った神器の完成系か。

 外から見てもただの鞘だし、普通の感知魔術ではどうやってもただの鞘だとしか判断できない。サラ級の解析能力を持つ者が深部まで解析してようやくその恐るべき真の姿が分かる。それぐらいにとんでもない隠蔽技術が駆使されまくっている。

 神々にとってはお遊びの範疇かもしれないが、よくもまあ一つの媒体に百も二百も魔術を付与し、『不滅』の概念を刻んだり出来るものだ。

 だが、これで準備は終わりだ。確か明日は学園が休みのはずだし――サラは、学生寮にいるオリオールの気配を確実に捉え、念話を送った。


『オリオールさん、聞こえていますか?』

『えっ!? あ、サラちゃんかぁ。何の用~?』


 驚いたような気配が念話から伝わってくる。まぁ、確かにいきなり念話を飛ばされれば誰だって驚くだろう。

 しかしサラはそれを一切気にすることなく話を続ける。


『イーリスちゃん達が一位を取ったとお聞きしたので、前の約束を果たそうと思いまして』

『あー、うん。そのことねぇ』

『はい。そちらの都合が付けば、お昼ぐらいにフロウさんの診療所にでも、と思ったのですが……』

『ちょっと待ってて。今から訊くから』


 一旦念話が途切れ、数秒、数十秒ほど無音の時が続く。

 サラは何を思っているのだろうか。静かで穏やかな表情からは何も見て取ることは出来ない。

 そう、何も。


『お待たせ~。大丈夫だって。あの診療所の休憩室でいいのよね?』

『はい、そうです』

『うん。じゃあ、そうやって伝えておくね~』


 明るいオリオールの声に、サラは軽く笑みを漏らす。

 それは気が抜けたような、安心したような表情。

 笑みの意味を、知る者は無く。笑みの事実さえ、知る者は無く。


『お願いします。では、また明日』

『また明日ね~。おやすみ~』

「はい、お休みなさい」


 最後の一言だけは実際に口に出し、サラは念話を切る。

 もう、声は聞こえない。明日の昼に祝いを渡せば、サラの日常は終わる。

 これでいい。

 あとやり残したことは一つか。

 リバース・スペースから、サラは短剣を取り出す。

 色々あって、まだ魔術を付与できていなかったものだ。

 そこそこ強力な防御系魔術を付与しようと思っていたが、ここ最近の出来事で考えが変わった。これ以上、自分はこの世界に何か残すことはない。

 でも、せっかくの守り刀だ。ほんの少し、ほんの少しだけ、とても些細な魔術を残すことぐらいはしてもいいだろう。

 穏やかな笑みを浮かべ、サラはその短剣と鞘に非常に弱く、儚い魔術を刻み込む。存在の根幹そのものに、些細なそれを刻み込む。

 この程度でいいだろう。やり過ぎるのは何事もよくない。

 頷き、サラは短剣をリバース・スペースへと入れ直す。大切に、大切に。

 ついでに鞘と恐ろしく分厚い説明書もリバース・スペースに叩き込み、ゆっくりと寝室へとその歩を進めるのだった。

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