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ガイラルの迷宮  作者: 光崎 総平
最終章 最後の英雄
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第七十四話

 誰だ、この本を書いたのは。

 サラは驚愕の思いと共に頁をめくる。

 単純な話だ。サラが求める知識の全てがそこに在る。

 上位四属性の同時発動による根源顕現の理想的魔力配分や、その際に気を付けるべきことなどが実際の失敗例を交えて恐ろしく緻密に正確に書かれているのだ。

 サラの失敗は例A-735の項に載っていた。顕現への理解不足による過剰魔力の暴発が引き起こす術者の肉体崩壊だ。

 魔力を注げば注いだ分強力になるそれまでの属性と違い、必要量を限界まで見切り、完全に丁度の量の魔力を用いなければ暴発が起こるらしい。

 それにしても、どれほどの実験を重ねたのだろう。

 失敗例が軽く数千以上書かれている。その大半、九割以上が既にサラには不要なものだが、それでもその失敗による積み重ねの例示は途方もない価値がある。

 何者だ、これを実験し得たのは。ここに書かれている情報を全てを試すなら百年二百年ではきかない。

 なんとなく気になり、一気に頁を飛ばす。と、後記に何かが書かれているのに気付いた。

 ――我が師と同志の全てをここに記す。

 さらっと書かれているが、そこに込められた何かをサラは感じ取る。

 重い、非常に重い何かだ。

 それを受け取ったのだ、自分は。

 サラは心して書を読み進める。

 普通の本と大して変わらない厚みなのに、頁数は桁が違う。恐らくは空間を圧縮するかして、普通の厚さに見せているのか。

 最初の千頁ほどに根源についての事がかかれており、残りは上位四属性や他の属性の奥義についてや、見るもおぞましいセイファートすら超える圧倒的狂気の禁忌の術が山と書かれている。

 サラは、その知識を無心に食い漁る。

 膨大な量の知識を、自らのものとし、血肉にし、自分という存在の位階を知らずに上げていく。

 この書――神器『全知の書』が持つ機能だ。

 万を超える年月を掛けて『終末の使徒』の最後の生き残りが身命を賭して創り上げた、至高の一品。

 ウェルソルト・ルーベンス・アルソニス=アポクリファが彼の刎頸の友の血族のためだけに、心血を注いで創り上げたものだ。

 『全知の書』の持つ知識を、技術を、読んだ者へと刻み込む。そこにはサラが望んでやまず、しかし不可能だと諦めていたような技術も数多く存在する。

 とはいえ、他者をどうこうするような知識は書いていない。技術はない。

 あくまでも本人の使い方次第なものばかりだ。

 万年前に失伝した大気中から、世界から魔力をかき集めるやり方。自分の固有時間を加速する、完全な方法。今のサラが使ったらどこかへすっ飛んで行ってしまうが、世界から一時的に離脱することであらゆる全ての攻撃を防ぐ魔術。世界の『裏』に存在する通路を通ることどこへでも転移する移動術。

 あらゆる空間や障害を無効とし、対象そのものへと激甚な衝撃を叩き込む攻撃術。自分の思考を分割することで同時並列で思考を行い、超速度で術式を構築する思考法。魔力を霊質へと変換することであらゆる防御を貫通させる方法。その他も数多い。

 どれもこれも、人間が習得すれば発狂して狂死するようなものばかりだ。むしろ、習得までに脳ミソが弾け飛んでいるかもしれない。

 そして、極めつけがこれだ。

 未来を消費することで、今を回復する禁術。

 非常に単純で強力な術だ。一日消費すれば、術者が一日で回復できる分、自らを回復させられる。二日なら二日分、三日なら三日分、一年なら一年分回復できる。

 ――狂気と言うことすらおこがましい、暴挙だ。

 だが、今のサラにとってはのどから手が出るほどに欲しい。

 短い時間で回復できるなら、連続で迷宮に潜ることが出来る。むしろ攻略終了まで出る必要さえなくなるかもしれない。

 ただ黙々と、黙々と寝台の中で読み続け、そして。









 次の日の昼ごろになって、ようやくサラは読み終わった。

 数千頁ある本を読み切ったにしては驚異的な速度だが、書自体に読み進める速度を加速する機能があるのでこんなものだ。

 大きく伸びをすると、バキバキと関節が鳴る。十代半ばの少女の関節が立てる音ではない。

 どうやら動けるようになっているようなので、適当に着替え、汚れを魔術で消し飛ばしてから部屋を出る。

 と、なんだか昨日いた面子が勢ぞろいして何かをグラナリアに映させていた。

 なんだろうか、と光の板を覗き込むと面白いことになっている。


「結局こういう結論になったわけですか?」

「うむ、納得がいった。後は材料だな、出せるか?」

「ちょっと待ってくださいね」


 サラの言葉に即座に反応したのは、アーカムだ。本当にかくしゃくとした老人である。

 逆らう意味もないので、サラはリバース・スペースから目当ての物を出す。

 昨日記録書に書いておいたものを、根こそぎ家の外にどさどさどさっと落とした。

 と、アーカムはもう我慢できないかのように飛びだして行く。子供か、とも思うが、自分のところの研究班を思い出して納得する。

 材料の確認にぞろぞろと出ていくのを見送り、サラは残された光の板をじっくりと見ていく。

 それにしても、なんだこれは。

 鞘に付けられる予定の機能、実に百五十。どれもこれも単体では大したことはないが、上手いこと組み合わせれば爆発的な力を叩き出す仕様になっている。

 まぁ、ただし使いこなせなければあまり意味はないだろう。使いこなせるなら人間の域では最強になれるだろうが。

 それよりも、目玉となる能力はどんな剣でも入る、というところだろう。鞘の形状と大きさは普通なのに、どうやら鉄塊と間違えそうな大剣まで入るようにするらしい。

 あと、剣を入れると自動的に一番いい状態に戻るらしい。折れたら流石に無理だが、刃こぼれ程度までなら平気で直せるとか、一般的には相当な機能だろう。

 それに使う素材もかなりアレだ。

 神化銀、導化銀をふんだんに使い、神鎮鉄等もどっさりと使う。金額に換算するなら国が買えるだろう。別に構わないが。

 ついでに面白い機能もある。三時間以上、持ち主の手の届く範囲にないと、勝手に持ち主の腰に佩かれるらしい。盗難防止にとてもいい機能だ。

 それにしても、たかだか一学生に贈るにはすぎたものだなぁ、と今更ながらにサラは思う。

 しかもこれだけの凄まじい面子が集まって作っているにも関わらず、出来上がるのはすごいことはすごくても非常に微妙な仕様の鞘一つだ。

 一体何をしているんだろう、とふと我に返ってしまう。が、そこで思い直す。

 遊びにこそ命を懸ける、割と普通ではないか。かの神々にとってはこれぐらい遊戯の範疇だろうし。

 うんうんと頷いていると、ゼイヘムトがゆっくりと歩いてきた。つい昨日肉体を粉砕した覚えがあるが、随分と早い回復だ。


「お体は大丈夫ですか?」

「問題ない。エンリルの奴め、復元や根源侵蝕除去まで行えるとはな。委細問題なく、全力を揮える。

さて、サラ。貴様表裏どちらまで進んでいる?」


 問われ、サラは軽く考える。

 そう言えば裏はほとんど進んでいなかった。

 最精鋭の冒険者が第三階層まで行ったとか、その辺りではなかったか。


「表を第五層の一番最初までで、裏をわたくしは第一階層までです」

「ならば、まずは裏を第五層まで進め。面倒かもしれんが、今のお前なら一日あれば余裕だろう。第五層の管理者は第六、つまり最深層にいる災厄――異界よりの侵略神『神災厄禍』デミウルゴス、その最上位分身体。

表裏で違う側面を持った、魔の側面と神の側面の分身体がいる。ほぼ間違いなく能力的には魔王級。だが、問題はそこではない。

これらは片方を倒して時間を置くと力が統合される。だから、片方を倒したら即座に下へ移動し、地上へ転移、そして速攻で次を倒す必要がある」


 それは、初めて語られること。

 『神災厄禍』デミウルゴス。サラが倒すべき、最後の敵。

 その前哨戦が、第五層で、ある。

 凄まじい殺気が、闘気がサラからあふれ出す。

 世界を凍らせるほどの絶大で濃密なそれは、放たれた瞬間に周辺の生ある存在全てが死を覚悟するほどのものだ。例外はすぐ近くにいる神々ぐらいだろう。


「分かりました。今すぐにでも裏第四層までぶち抜いてきます。わたくしには、時間が無い」

「焦るな。貴様の身に付いた『全知の書』の全てはまだ定着していない。昨日の戦闘の影響もある。今日はしっかり休め。貴様は最深層に到達しなければならんのだぞ? 無理をして倒れたら、それで終わるぞ」


 ゼイヘムトの言葉に頷きつつ、サラはゆっくりと全てを鎮めていく。沈めていく。

 それは深い凪の海のように、全てを自らの中に収め、荒れ狂う深みを見せない。全てを凪に沈めるサラの真意を読める存在などほとんどいないだろう。

 ただ、そんな複雑なことを考えているわけではない。むしろ至極単純な事だけだ。

 殺すために。滅ぼすために。

 今は、今日は、ただ体を休める。

 サラにあるのはただそれだけだ。極限状態にあるサラは他の事をほとんど考えていない。

 あと十日ほど。サラの誕生日までに最深層に到達し、そこにいる神の命を抉り出す。それだけでいい。それ以外、今は必要ない。

 人間として必要なものを切り捨て、サラはただ目的のためだけに邁進する。

 それをよしと出来る精神性――既に狂気に陥っているサラを、止める術は、ない。

















 イーリスは、声を聞いていた。

 以前よりもはっきりと聞こえる声。


『この声を聞いてくれている人へ』


 誰の声かは全く分からない。

 ただ、この声を聞いていると頭の花がムズムズしてくるのを、イーリスは感じていた。

 まだつぼみの花が、ほころんでくるような、そんな感じがするのだ。


『世界が、危ないの。だから、手を貸してください』


 何を言っているのか。何故世界が危ないのか。

 それは分からない。でも、その声は切実で。


『私の名前は、アスフィリア。アスフィリア・ルーゲイン』


 どうしようもなく、悲しみに溢れ、しかし慈愛はより満ち溢れ。


『もしも。もしも力を貸してくれるなら』


 イーリスの心に、訴えかけてくる。

 この声に応えたら、サラの力になれるだろうか? そんなことさえ考えてしまう。


『私の名前を、呼んでください』


 それにしても、聴き心地のいい声だ。聴いているだけで、気持ちよくなってきて眠気が押し寄せてくる。

 まるで、優しい誰かの子守唄のようだ。

 ああ、そう言えば、サラが歌ってくれた子守唄も、こんな響きだっただろうか……



『私は『世界の女神』アスフィリア。どうか、誰か、力を――』

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