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ガイラルの迷宮  作者: 光崎 総平
最終章 最後の英雄
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第七十三話

 荒野の世界で、蛇神によって全快したサラとゼイヘムトが対峙する。

 開始距離が近すぎると色々と不都合があるので、両者の位置はかなり離れているが――この域に在る強者にとっては無に等しい距離だ。


「確認しよう。とりあえず即死だけはさせない、魂を砕いたりしない、最低でも頭は残す。負けを認めるか、肉体の三分の二以上を破壊されたら負け。いいな?」


 蛇神が二人に約束事を確認する。

 どう考えてもただの模擬戦ではありえないような内容ばかりだが、この域の戦闘能力を持つ者なら大体こんなものだ。何せ、一手しくじっただけでも甚大な怪我を負うのだから。

 サラは頷き、戦鎚『砕くもの』を構える。

 それと、同時に。

 小世界そのものを内側から砕くかのような凄まじい威圧がゼイヘムトから放たれた。

 全力を解放するだけで大地に亀裂が走り、物理的な圧力を伴って全てを地にひれ伏せさせる。

 これが『森羅の魔王』ゼイヘムト・アーグ・ライングラッツェの真なる力。これが、魔王級最上位に位置する本当の強者だ。

 だが、サラも負けてはいない。

 頭を引っ掴んで地面に叩き付けるような圧力の中、それを一切気にする様子もなくただ相対する。

 対抗するのではない。流すのでもない。ただ受け止め、一切気にしない。


「行きます」


 宣言し、サラは大地を蹴る。

 それを見てから、ゼイヘムトは先の先を取る。

 サラの一歩目、僅かに宙に浮いた瞬間、凄まじい威力の光芒が放たれた。

 速度は光速。見てから、感じてから避けることも防ぐことも不可能。ならばどうする。拡散する光芒は全てを飲み込み消滅させる。

 ならば――最初から対処しておけばいい。

 所詮は光属性単独の魔術。幾ら強くとも、それだけで虹の防壁は貫けない。

 光芒を切り裂き、サラはゼイヘムトに肉薄する。一手先んじたサラは、凄まじい威力の打撃を叩き付けた。

 初手の攻撃で相手を見極める。サラの良く行う常套戦術だ。今までの相手は避ける、防壁で防ぐ、魔弾などの遠距離攻撃で妨害する、がほとんどだった。しかし、この男は。


「ぬるい!」


 咆声を上げ、ゼイヘムトは手に持つ剣で斬撃を返す。

 先に戦ったアスモダイなどとは比べ物にならないほどに重く、速く、強烈な一撃。『砕くもの』でなければ、あるいはサラでなければこの一合で完全に真っ二つ――いや、消滅させられていただろう。

 轟音と共に恐るべき衝撃波が大地を砕き、大気を破裂させる。この打ち合いの余波でさえ、街のただなかで巻き起これば一角を完全に崩壊させるほどの激烈さ。通常空間でこの戦いが行われていたら、人里からどれだけ離れていても大参事は免れないだろう。

 今まではこの打ち合いの衝撃でサラは吹き飛ばされていた。むしろ自分から吹き飛ぶことで距離を稼ぎ、再びの一撃の溜めとしていた。

 だが、ダメだ。それでは足りない。何もかもが足りなさすぎる。

 足を止め、衝撃を受け流し――いや、弾かれる動きを利用してその場で溜めを作り、体重移動と純粋な肉体技術のみで再度の攻撃を装填し、即座に魔王へと戦鎚を叩き付ける。

 あとはもう殴り合いだ。

 瞬きの間に数十もの衝撃波が荒野を揺らし、その度に大地に亀裂が増えていく。アスモダイとの戦いでは一回ごとに一呼吸は間隔があったが、今回は連続だ。しかも、完全に全力のサラと、最上位に在る魔王の攻防である。

 生半可な存在では近くに存在すら許されない。

 そんな衝撃波吹き荒れる中、二つの人影がその戦いを見守る。

 片方は言うまでもなく蛇神で、もう片方は豪快に酒樽を杯がわりにしているエンリルだ。


「強いな、嬢ちゃん。現在時点で魔王級の中でも中の上ぐらいか。しかも、ゼイヘムトの動きを意識してか無意識か、盗み取ってどんどん強くなってくのか。

魔力量は魔王級では並程度。だが、質は最上位かそれ以上だな。常軌を逸した研鑽と上位四属性全てを扱える特異性が質を高めている。もう少し存在の位階が高ければ、俺様も戦って見たかったところだ」


 生半可な物質が破壊される中、エンリルは何も支障ないように豪勢な椅子に座り、樽の酒をあおる。

 障壁を張ったりしているのではない。単純にエンリルの纏う力が強大に過ぎるため、周囲の空間に桁外れの密度の魔力や氣が渦巻き、勝手に防壁代わりになっているのだ。

 戦闘態勢を取ることなく、全力で自身の力を押さえつけてなお、勝手に漏れ出る力がこれだ。桁が違う。

 ちゃんと自力で障壁を展開して防御している蛇神を横目で見、エンリルは軽く嘆息を漏らす。

 さて、誰か気付いているだろうか。サラの戦いの異質さに。

 エンリルほどの強者でも、漫然と見ていたのでは見逃すほどの小さな違和。だが、気付いてしまえばそれは恐ろしい物に見えてくる。

 恐らくはサラ本人も気づいてはいまい。それほどに小さく、しかし決定的な恐るべき技術。

 そう、サラは複数の――それも十や百ではきかない、千を超える人数の技術を同時に行使しているのだ。肉体の使い方、鎚の振り方など、個人が習得するのではありえない様々な要素が見て取れる。

 どれほどの達人でも攻撃に大体の傾向というものはある。癖と言ってもいいし、流派と言ってもいい。必ずどこかに偏りがある。嫌う型がある。

 サラにはそれが無いのだ。

 足の踏み出し方や振るときの角度などを見ても、サラはあらゆることに対応していく。

 嫌う型が存在しないという利点は格上相手にも大きく作用する。

 何せ経験に勝り、膂力魔力共に上回るゼイヘムトにさえ、サラは互角以上に打ち合って見せているのだ。

 人語を絶する魔導練氣の収束と、これ以上は無いという最善の軌道を描き続ける攻撃の精度。砂粒一つ分のずれもない正確無比な打撃は、的確にゼイヘムトの斬撃の力を殺し、威力を届かせる。


「チィッ!」


 何千何万と続いた打ち合いは、不意にゼイヘムトが退くことで終わりを告げる。

 サラも無理に追撃を掛けず、その場に留まり、ゼイヘムトの出方を伺う。

 直接の打ち合いはサラの勝ちと言えるか。だが、ここからが本番でもある。


「滅獄の炎よ、焼き尽くせ。爆炎破=全域焼滅砲」


 ゼイヘムトの言葉と共に桁外れの魔力が放たれ――サラは背筋を走る予感に弾かれるようにして手を前に差し出し、叫ぶ。


「全てを塞ぎなさい! 時空断裂!!」


 一瞬遅れ、億を、兆を、京を超える爆発の連鎖がサラのいる場所へと襲い掛かった。

 爆発一つ一つに最上級魔術かそれ以上の魔力が込められた超連続破壊。これを虹が防ぐことは出来ない。あくまでも魔術を遮ることしか出来ない虹の薄膜は、魔術が引き起こす二次的な物理現象には作用しないのだ。

 そう、つまりこの桁外れの回数の爆発は何一つとして防ぐことが出来ない。あらゆる属性を極めた『森羅の魔王』ならではの突破法と言えるか。

 爆発が終わった後、ゼイヘムトは一切の油断なく爆発の中心点を睨み据える。

 今の魔術が何の効果ももたらしていないことは先刻承知だ。サラが発動させた防御術は時空間を断絶させることで外からの影響を排する、防御力においては最上位のもの。下位属性の攻撃が届いていないのは当然だろう。

 案の定、爆風を切り裂き、無数の隕石がゼイヘムトを襲う。宇宙属性の中級魔術か。

 ゼイヘムトは苦笑する。

 まだ甘い。サラはこの次元の勝負という物を分かっていない。


「時よ」


 ならば教えよう。

 魔王級の戦いにおいては、牽制であっても最上級術を使うべきなのだと。

 発動したゼイヘムトの魔術によって時空間が崩壊し、それが元に戻ろうとする力で絶大な破壊が発生する。

 空間破壊。混沌以外による防御回避不可能の絶対破壊。

 しかも最上級魔術だ。ブレイクザワールド。混沌を纏う程度では容易く喰らい、打ち砕く。

 ああ、そうとも。飛来する無数の隕石の全てを喰らいつくし、破壊はサラにも手を伸ばし――

 そして、空間破壊を超える、全てを粉砕する力によって打ち砕かれる。

 粉砕単一性能の『砕くもの』は、サラの成長に合わせて己の能力を解き放っていく。サラの絶大な魔導練氣を喰らい、今や神器の設計限界を超えた地点にまで到達している。そう、限界など、自らの力で粉砕して。

 振り抜かれた戦鎚の主は残光を背負い、猛烈な速度でゼイヘムトへと肉薄する。

 魔術の打ち合いでは分が悪い。魔力の総量でかなり上回られているからだ。どうあがいても、最終的には打ち負ける。

 ならば、前に出るしかない。

 それをゼイヘムトが読み切っていることを分かりながらも。


「黒星粉砕砲」


 ゼイヘムトはサラへと手を伸ばし、一点集中型宇宙属性最上級魔術を解き放つ。

 ガンマレイバースト。ミリオンサンズと同等の熱量を一点に集中し、全てを貫通する究極の砲撃として扱う圧倒的超魔術。

 光速で全てを貫き、回避しても後から来る大気を薙ぎ払う超高熱が全てを灼き尽くす。相手が単体ならば、ミリオンサンズよりも強力だ。

 何よりも速いそれを防ぐことは出来ない。

 逆に考えるなら。速度など、止めてしまえば関係ないのだが。

 時が凍り、世界の色が反転し、全てが動きを止める。

 時属性最上級魔術ワールズエンド。未熟なサラの即時発動のため、効果時間は一秒とないが、それで充分すぎる。

 止まった世界では物質には一切干渉できないが、魔術は別だ。放たれた究極の砲撃を時空間の狭間へと飲み込み、術式ごと根こそぎ消滅させる。

 恐るべき大盤振る舞いの戦いだ。どの魔術も神話でしか語られないような超絶のものばかり。これほどの戦いは神々でもなかなか見られるものではない。

 ここまでの経過で分かるのは、サラは全盛期のゼイヘムトにさえ食いつき、勝ちうる可能性を持つことか。

 ふっ、と笑い、ゼイヘムトは全ての魔力を解放する。

 あとはもうどこまでやっても時間が掛かるだけだ。

 なら、サラがゼイヘムトを上回るかどうかは、真なる最強の魔術を超えられるかどうかで判断すればいい。

 ゼイヘムトが纏う空気を見て、何かを感じ取ったサラは足を止める。

 そんなサラに、魔王は慈悲の心を以って声を掛ける。


「サラ。これ以上はあまり意味がない。だから、これを超えることで余より強いことを証明しろ」


 優しげな声。

 それを聞いた瞬間、サラは全身から冷や汗が噴き出すのを感じ取った。

 今から来る魔術は今までとは桁が違う。受け方を間違えれば――否、何をしても今の状態では確実に死ぬ。

 つまり、今この瞬間に、ゼイヘムトを超えなければいけない。その手段を、方法を、サラは理解している。しくじれば自殺に近いが、どうせ死ぬなら挑戦して死ぬべきだ。

 覚悟を決めた目で、サラはゼイヘムトを睨み据えた。


「分かりました。どうぞ」


 そして。

 『森羅の魔王』ゼイヘムトは、その名の由来となった最強呪文を起動する。

 物質の起源たる混沌と、魔力の起源たる虹の合成派生属性――森羅属性最強呪文。


「全て滅ぶが必定なれば。今ここに全ての滅びを。『森羅万象』」


 滅びが、ゼイヘムトから放たれる。

 小世界そのものを侵し、冒し、犯していく。

 回避は不可能。形あるものは滅ぶ、その概念の具現だ。発動した時点で、対峙した存在の全てに滅びが確定する。

 無の黒に染められていく世界の中、サラはただ笑い、そして。

 上位四属性全ての最上級魔術を完全同時に発動させる。

 全ての魔力を解き放ち、咆哮した。


「何も、滅ぼさせは、しません!!」


 ――それはすべてのはじまりの力。

 根源属性最上級魔術。使い手の少なさゆえに名前すらない、終わりを、滅びを打ち砕く創世の力。

 サラの周囲から滅びたはずの小世界が修復されていく、否、滅びを破壊することで滅んだという事実を否定していく。

 前に滅びた世界を、今から作られる世界で否定するのだ。

 滅びと創世が中間点でぶつかり合う。

 拮抗は一瞬。

 全てを問答無用で無に帰し、昇華し、その上で創り直す創世の力はあらゆる滅びすら許容し、その上で滅んだ世界ごと全てを上書きするのだ。

 そう、始まりとは、それ以前の全てを破壊し尽くすことで生まれるのだから。


「見事――」


 始まりという名の破壊の奔流に、ゼイヘムトは飲み込まれる。

 サラにも止めることのできないその破壊と創造の渦により、ゼイヘムトは肉体を崩壊させられていき――横合いから割り込んできた一本の剣により魔術を消し飛ばされたことによって命を救われた。


「そこまでだな。面白い物を見せてもらったぞ」


 あらゆるものを飲み込み消滅させ創り直す根源すら容易く抹消したのは、酒を飲み終わったらしいエンリルだ。

 エンリルは苦笑しながらサラの方へと歩いていき、ピンとサラの額を弾いた。


「もう少し制御できるようになってからだな、実戦での使用は」


 きりもみ回転で吹き飛んでいくサラを見送り、エンリルは肉体の半分ほどが消失しているゼイヘムトの方へと足を向ける。

 吹き飛ばされたサラは、何が起こったのかも分からずに大地をごろごろと転がっていく。

 力が入らない。エンリルに額を弾かれたからではない。最後の魔術を使ってから、全身に全く力が入らないのだ。

 何とか自分の体を見てみれば、体中が内側から弾けたかのようにズタボロになっている。内臓がはみ出ていないのが奇跡に近い。

 なるほど、これは制御できるようにならないとどうしようもない。自爆技に近いのでは、『次』を相手が用意していた時にどうしようもなく殺されるだけだ。

 それにしても、治らない。サラの自己治癒能力ならこれぐらいの傷なら中身はともかく皮膚ぐらいはすぐに治ってもおかしくはないのに、一向に治る気配がない。


「――根源属性の怖い所だな、真っ当な方法では治癒できないんだ。私なら余裕だがな」


 いつの間にか近くに来ていた蛇神が指を弾くと、傷が綺麗に消え、全身を魔力と氣が満たす。

 治癒などではない。存在干渉による書き換えだ。

 ただ、完全に治るわけではないのか、まだ体は動かない。


「今日は動けんだろうな。寝台までは運んでやるから、ルーベンスからもらった本でも読んでおけ。案外、お前の欲しい答えが書いてあるかもしれんぞ」


 空間転移で蛇神とサラが消えると、エンリルとゼイヘムトもどこかへ消えていく。

 後に残されたのは、ただ甚大な破壊の跡が刻まれた荒野だけだった。

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