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ガイラルの迷宮  作者: 光崎 総平
第六章 十二使徒、その力
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第七十一話

 その光景を、アランは驚愕の目で見ていた。

 巨大な二本建ての塔の周辺から続々と湧き出してくる魔物と、それに相対する純白の騎士団。

 最前線に立つ迷宮を経験した歴戦の騎士達が、魔物達の群れを完全に抑え込んでいる。人間の一人や二人平然と吹き飛ばせるだろう魔物の攻撃を盾でいなし、剣で切り払い、一歩も前へと進ませない。

 そして、その後ろから法国にのみ伝わる特殊光属性魔術――俗に言う神聖魔術の連打が魔物達を滅ぼしていく。

 対魔物特化の、魔物に対して絶対に近い特攻作用をもつ魔術だ。非常に長い詠唱を必要とし、かつ詠唱を短縮するとまるで威力が出ない上、複数人での使用が前提のため消費魔力も膨大。サラのように詠唱自体を高速化し、なおかつ自力で全ての魔力を賄える存在か、こういう大規模な軍以外では根本的に使用が不可能という魔術である。

 これを実戦で対魔物戦闘に飽和攻撃として持ち込める辺り、法国の聖騎士団の練度の高さがうかがえる。一人一人の戦闘能力もさることながら、騎士団全体が一つの生物のように動くのは見ていて壮観だ。

 この光景はなかなか見られるものではない。常備軍を持ち、大規模な訓練を行えるだけの体力のある国以外では実現不可能だからだ。

 国土から魔物をほぼ駆逐し、農業を奨励し、神の名のもとに善政を敷き続けてきた法国ぐらいだろう。中間の一部が多少腐敗していても、一定以上に悪事を働いた者は何故かいつの間にか死ぬため、腐敗が広がらない特色がある。しかも暗部が手を下しているわけでもなく、本当に何故かよく分からないうちに死ぬのだ。建国当時からそんなことが続いているため、無理に私腹を肥やそうとする者はいない。誰だって死にたくはないからだ。

 恐らく一部の強者が活躍する以外では、これ以上の効率で魔物を抑え込むことは不可能だろう。

 五千人の敬虔な信徒に魔術詠唱を斉唱させることで一人あたりの魔力消費をほとんど零に近くし、実際の術式構成は熟練の司祭数人が担当する大規模な儀式魔術はかなり良く考えられたものだ。二百年ほど前に続出する魔物の被害に胸を痛ませた聖女が、非難を承知で魔術師協会に助力を願い完成させた、非常に優秀な方式である。実際、これだけの規模の儀式魔術は他に類を見ない。大規模にすることで僅かな魔力しか持たない一般人の儀式参加を可能としつつ威力や範囲も向上させるなど、本当に良く考えられている。

 この魔術が戦域を覆って魔物を浄化し昇華し消滅させるため、最前線にいる者達は防御のみでいいし、気を付けなければいけないのはたった一つの存在だけになる。魔物のみにしか作用しないため、後ろからの誤射を一切気にしなくていいというのは本当に楽なのだ。

 だが、魔物にしか作用しないということは、たった一つの最大脅威には一切対応していないということだ。

 そう。

 魔人には全くと言っていいほど無力である。

 清浄なる光のなかを気にするそぶりも見せず、ヤギの頭と皮膜の翼持つ黒々とした魔人が平然と歩いてくる。

 にじみ出す魔力は中級程度ではありえない。ほぼ間違いなく上級か。

 ある程度の距離まで騎士団に近付いたところで、魔人はゆっくりと手を伸ばす。それこそ、うるさいハエでも払うかのように。

 同時に、相当な威力の魔術が放たれる。軽く薙ぎ払うだけでこの軍勢を滅ぼせるほどの威力と規模。人間相手に使うには過ぎた物と言えるだろう。

 ただし、わずか数人の最精鋭がいなければ、の話だが。

 魔術発動の直前、五人の盾持ちが猛烈な速度で魔人との距離を詰める。ただそれだけで後ろの軍勢を完全に守り切ってしまう。そう、扇状に薙ぎ払う関係上、発射点近くなら僅かな場所をふさぐだけで後ろを広く守れるのだ。

 軽く魔人が顔をひそめるのに少し遅れ、強烈な斬撃が魔人を襲う。

 ダンテの全てを切り裂く超斬撃。上級魔人では避ける以外に手はない。

 ギリギリで気付いたため、魔人は腕一本失うだけで済んだが、青黒い血を噴出して傾ぎ、そして――

 魔術を防いだ勢いを更に加速し、盾を前に構えた体当たりがそこに突き刺さる。

 なすすべもなく吹き飛ばされ宙に舞い上がる魔人。

 おまけとばかりに必中の魔術が掛けられた投槍が全身を貫き、即座に追撃を仕掛けるダンテの斬撃が魔人を縦に両断する。流れる作業のような早業だ。

 最上級魔人たるレギオンに膝を屈したとしても、彼らはただびとが身を鍛え抜いた果ての実力者だ。人間の誇りに掛けて、今の今まで眠っていた寝起きの存在に負けてやる道理はない。

 上級魔族が消えれば、後は掃討戦だ。

 間断なく魔物を焼く光芒が放たれるのを見て、アランは手を握る。

 特別な力を持たない存在でも、ここまで来ることが出来るのだ。この光景を見て勉強しろ、とそういうことなのだろう。

 自国への迷宮出現を警戒してダンテらの聖騎士が戻ってきていたとはいえ、こうもあっさりと迷宮の魔物を駆逐するのは流石と言うほかない。事実、最精鋭がいなくとも魔物だけなら難なく片付けていただろう。

 これを見て、後に役立てる。

 アランは自答する。出来るのか、と。

 迷宮第四層で発見された、魔力保有量を増加させる水などを考慮するなら、実質的に誰でも魔術師になれるようなものだ。それでなくとも、こういう儀式魔術なら意思の統一さえ出来れば魔力の多寡など関係ない。

 今までよりも魔術を一般に浸透させることが出来るだろう。だが、それは魔術を用いた犯罪も増えることにつながる。

 頭の痛い問題だ。だが、これを乗り越えなければ魔術師協会の目的は達せない。魔術師の一般人化を達成するには、遅かれ早かれぶつかる問題なのだ。

 嘆息し、アランは考えを止める。自分一人で考えても意味はない。色々と落ち着いてから、ゆっくりとこの光景を反芻しながら考えればいいだろう。












 双剣で岩に体を縫いとめられたディルは、口の端から血を流しつつもサラを睨みつけた。

 逆光でディルからはサラの表情は見えない。だが、恐らく無表情か笑顔のどちらかだろう。

 この少女の本質は大体理解した。セイファートと呼ばれる化け物達の理屈は、大体分かった。これを僅かでも出し抜けると思ったのがそもそもの間違いだったのだ。

 なるほど、英雄。なんとも哀れな仔羊だ。

 誰もが望まなかったはずの道を、自らで選び取った誰よりも賢明で愚かな仔羊。今では誰もに望まれているだろう、哀れな怪物。

 なんて、救いのない存在だ。


「今から殺します。抵抗しないで頂けると、余計な苦しみを与えずに済みます」


 サラは今から殺す相手に憐れまれていることを知っているだろうか? いや、どちらでも変わらない。

 どうでもいいのだ、そんなこと。

 どれだけの覚悟でこの道を選んだのかを、ディルは知らない。

 そう、浅いのだ、ディルの理解は。


「――最後に、貴様に呪いを」

「どうぞ。言い残すことがあるなら聞きましょう」

「精々、シアワセに生きることだ」


 笑みを残し、ディルは言う。

 次の瞬間、サラの起動した混沌魔術がディルの存在そのものを最小単位まで分解し、同化し、消滅させる。なるほど、苦痛など一切ない完全な即死だ。

 それにしても、幸せか。

 身を翻して迷宮の元へと急ぎつつ、サラは苦笑する。

 ディルは何を妙なこと言ったのか。今のサラは、充分すぎるほどに幸せだというのに。


 召喚の止まった魔物が駆逐されるまで、そうは時間は掛からなかった。

 また迷宮から魔物が溢れだして来るのではないか、と警戒する人々だったが、折しも降臨した『神の騎士』シャティリアによる説明で落ち着いていった。

 そして。












「英雄の条件って知ってます?」


 ブリジットは、何故か執務室に現れた蛇神にそんな質問を投げかけた。

 最近、神の座に在る存在に縁があるため、お茶を出してもてなしていたのだが、ふと気になったのだ。

 唐突な質問にも気を悪くすることなく、蛇神は頭を捻る。


「英雄か。ふむ。一般的には余人には不可能な偉業をなす存在だが、わざわざ問いかけるということはそんなつまらん答えではないな。面白い。

私もあまり考えたことのなかったことだ。思いつかん。答えを聞かせてもらおう」


 口端だけを持ち上げ、蛇神が言う。

 ただそれだけでさえ、神気が荒れ狂い室内の空気をかき乱す。書類仕事がちょうど終わって、他の部署に届けてもらったところで助かった。そうでもなければ、後で拾いまわる羽目になって大変だっただろう。

 サラの顔を、先代魔術師協会長の顔を思い出しつつ、ブリジットは口を開く。


「――人柱、ですよ。英雄とは、人柱です」

「面白い観点だ。だが、それはお前の答えではないな。誰の答えだ?」

「セイファートの一族、その始祖が出した答えだそうです。英雄とは、歴史的な大事件を解決するための人柱だと、そう結論付けたそうです」

「サラの祖先か。なるほど、あいつらしい、なんとも面白い解釈だ。いや、なるほど。そういう解釈に飛んだから、あんな一族を作ったのかあの馬鹿は。

全く、救いがたい」


 深く嘆息し、蛇神は苦笑する。

 セイファートの始祖と顔見知りなのだろう、神代からというか神なので別に知り合いでもおかしくはないのだが。

 まぁ、なんにせよ、あまり話せないことを話すにはいい相手だ。

 ブリジットは机から一冊の日記を取り出して蛇神に差し出した。


「そんなだからか、あの子達の日記、面白いですよ。誰でも、毎日に最初の一文が同じなんです」

「ほほう。どれ、見せてもらおう。ふむ、サラの日記か。どれぐらい前の物だ?」

「迷宮攻略開始から第一層完了までのものです。それを書かなきゃいけない、って決まりでもあるのかと思ってしまうほどです」

「どれどれ」


 蛇神がパラパラ、と日記を流し読みし、破顔する。

 軽く頭を抱え、その後もう一度読み直すと、思いっきり声を上げて笑い出した。


「ッ、ク、ははははははっ、なんだこれ、凄いな。枕の言葉は変わるが、本当に一緒だ!!」


 蛇神が指した一文、それは。

 『今日は、死ぬには良い日だ』

 である。

 毎日の日記の全ての最初にそう書いてあるのだ。

 『いい天気です、洗濯物もよく乾きそう。だから、今日は死ぬには良い日です』

 『雨が降っています。植物が嬉しそうに伸びていますね。ええ、今日は死ぬには良い日です』

 『朝食を上手に作れました。今日は死ぬには良い日ですね』

 一事が万事、全てこの調子で書き出されている。

 これが、日記。

 ちなみに、他のセイファートの日記もこの調子で書かれている。頭は大丈夫なのだろうか、いや、大丈夫ではないのだろう。何せ、どいつもこいつも日記の書き出しがこれなのだ。

 ちなみに極めつけはサラの父親の日記で、サラが生まれた日だ。

 『今日は娘が生まれた。妻に似て可愛く育つだろう。ああ、なんて死ぬには良い日なんだ』

 どう考えて死ぬには良い日ではない。生きて育てて養ってやれよ、誰もがそう思うだろう日記である。何考えてるんだ。

 本当に――何を考えているのやら。


「馬鹿共が。あの連中の意志を継いだところで、誰も喜ばぬというのに」


 何ともいえない表情を浮かべ、蛇神は日記を閉じる。

 そろそろ、最後の足掻きも終わった頃だろう。


「いい暇つぶしになった。サラの質問に答えた後、お前達に智慧を貸してやるのも悪くない」


 言って、蛇神は姿を消す。

 本当に唐突に現れて唐突に消えていくものだ。

 何もしなくとも全てを圧する存在感の怪物が消え、ブリジットは深く息を吐く。慣れてきたとはいえ、やはり桁外れの威圧感を前にすれば疲労は猛烈に溜まっていく。

 というか、今日の仕事はとりあえず終わったし、もう寝たい気分だ。が、十二使徒派遣しておいて自分だけ寝るわけにもいかない。

 ぬぐぐぐ、と唸りつつ、ブリジットは眠気覚ましの為にお茶を探す。蛇神の威圧感に当てられないよう、近侍を全員下げているため、自分でやらなければならない。まぁ、寝ないためにはこれぐらいでちょうどいいが。















 手勢の半分を失い、第五層まで歩を進められたそれはゆっくりと目を開けた。

 幾度も迷宮が破壊されたため、尋常ではないほどに魔力を失ってしまった。というか、管理者の階層が丸ごと消滅する勢いで吹っ飛ばされるなど、想定もしていないことが何度も起きている。

 しかも、まだ解放されているのは半分なため、どうしようもない。

 迷宮から出ることが出来ない以上、まだここで体を休めているほかない。

 また眠りにつこうとし――それはニィ、と笑った。

 攻略者はなかなか――いや、想定を超えて優秀なようだ。それなら、もうすぐだろう。


 さぁ、来るがいい。

 我が糧として、全てを喰らってくれる。







第六章 了

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