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ガイラルの迷宮  作者: 光崎 総平
第六章 十二使徒、その力
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第六十九話

 蒼空にいくつもの火花が散り、衝撃波が小世界を激震させる。

 太陽光の代わりとばかりに無数の魔弾が世界を穿ち、それを銀の閃光が根こそぎ切り裂いていく。

 主演は二人。巨大な鎚持つ金色の少女と剣持つ黒き鎧。

 浮かぶ石版などもう誰も気にしてはいない。中空を足場に、無限の空にて死闘を繰り広げる。

 既にどちらも様子見など終わっている。一撃一撃が死力を尽くした全力全壊の攻撃。ゆえに、一度の交錯で両者は大きく弾かれ、距離が出来てしまう。

 距離が離れるなら、本来ならサラは一手で戦況を覆す手を打てる。上位四属性による圧倒的破壊力の大魔術はこの程度の小世界を根こそぎ破壊してあまりある威力を叩き出すのだ。

 だが、それを防ぐ妨害手がいる。サラが幾度となく行使しようとした致命的な魔術は全て発動前に霧散させられている。虹の薄膜や混沌の魔力、即時発動させた砲撃は霧散させられなかった辺り、恐らく何か条件があるはずだが、しかしどうにも上手く行かない。

 サラの魔術はほとんどが常人には感知すら出来ない発動速度を誇る。術式構成もほぼ瞬間的だし、事実細かい魔術は妨害されていない。だが、ほんの僅かだが溜めを必要とする強力な魔術はことごとく妨害されてしまう。

 求められているのは速度と威力。魔術においては相反するこれらを両立させなければならない。

 思考の片隅で答えを出したサラは、即座には行動に移さず、目の前の強敵との戦いに集中する。いい方法が浮かんだとはいえ、実行に移すのは極めて難しい。

 アスモダイに向け、地平線の彼方まで吹き飛ばすぐらいのつもりで戦鎚を叩き付ける。同時、向こうも凄まじい剣戟で迎えてくるのだが――しかしおかしい。

 今までも思っていたのだが、単純な攻撃力は間違いなくサラの方が上だ。なにせ超重量の戦鎚と神器か何かとはいえただの剣がぶつかり合っているのだ。打ち合う力はサラの方が遥か上。にもかかわらず、お互いに吹き飛ばされ合ってしまう。

 この差を勘案するに、サラが一方的に打ち勝つのが普通だ。なのに、互角。明らかに外部からの何かが働いている。理由は大体分かる。妨害してくる魔人が、サラの攻撃を著しく弱めているのだ。

 鬱陶しい。

 サラは予定を早め、アスモダイと打ち合いつつ準備を始める。

 何度も打ち合っているのだ。相手の力と自分の力で、どの方向に弾かれ合うかなど分かりきっている。

 吹き飛ばされつつもサラは微弱な魔力を、飛ばされた地点に残すことで巨大な魔法陣を形成していく。元々サラやアスモダイが撒き散らす魔力が莫大なため、弱めた魔力が感知されることはありえない。精々、飛び散った魔力の残滓がある、程度にしか感じ取れまい。

 甲高い金属音と共に吹き飛ばされ、サラは最後の一点を刻む。

 気付かれれば妨害される、時間を掛ければ妨害される。なら、気付かせず、一瞬で発動させればいいのだ。


「わたくしの、邪魔をしないでくださいッ! 死になさいっ、混沌・流星雨!」


 サラの絶叫とともに、天から妨害手に向けて高速の流星弾が乱れ飛ぶ。

 簡易ながらも巨大な魔法陣を使った魔術だ。その発動速度は人智を超えている。

 そしてこれは魔術とはいえ実体を持つ物理攻撃だ。今までに見た妨害手段では無効化しきれないだろう。加えて、この流星には凄まじい隠し味を加えてある。隠れるような代物ではないが、初見で見破ることはよほどでない限りは不可能なものだ。

 サラは魔術行使後、即座にアスモダイへと注意を戻す。が、彼の方は愕然とした雰囲気を出しながら遠くへと叫んでいた。


「避けろぉぉぉぉおおおお!!」


 その声が届くより早く、流星が全てを打ち砕くと知りながら。

 ああ、そうとも。流星が纏うは宇宙属性ではない。物質への特攻である混沌属性だ。即時発動の為に威力は大したことないが、それでも構わない。混沌を完全に防ぐには虹しかない。どんな手段で妨害を行ったとしても、確実に数割は通る。防御障壁をどれだけ重ねたとしても、絶対に少しは届くのだ。

 そして、一瞬でも自分から意識が逸れればそれでいい。

 アスモダイが叫ぶ瞬間、サラは一気に懐へと潜りこみ、穴の開いた胴体部分に激烈な威力の戦鎚を叩き込んだ。

 確実な手ごたえと共に、鎧の胴体部分が砕け散る。普通ならこれで間違いなく殺せているはずだ。だが、サラは今までの経験と勘から、まだ死んでいないと確信していた。

 胴体部分を粉砕されてなお、アスモダイはその手に持った剣でサラを斬り付ける。威力は今までと一切変わらない。

 なんとか防いだサラだが、かなりの距離を吹き飛ばされてしまう。その吹き飛んでいる最中でさえ、襲い来る不可視の剣閃の数々。

 中空でくるりと回転して体勢を立て直したサラは、戦鎚を振るって剣閃を打ち砕く。

 やはりそうか。混沌で容易く侵蝕できたところから見ても、あの鎧はただの容器に過ぎない。

 見えない何者かが入っているかのように、胴を失った鎧はしかし手足の部分がそのまま中空に浮いている。

 そして、その何も入っていない状態を見て、サラは得心がいったようにうなずいた。

 アスモダイは魔力生命体――違う!


「なるほど、それほどに強いわけです」


 サラはぽつりと呟き、ゆっくりとアスモダイへと手を伸ばした。

 もう敵の強さの秘密は看破した。妨害手もほぼ排除したに等しい。後は、この大公アスモダイという二柱の魔人で一つの体を形作る魔人を打倒するだけだ。


「上位四属性の合成魔術、か。貴様、どこまで外れている。何故、正気のままでいられる!?」


 鎧の頭部が叫ぶ。

 アスモダイとは、鎧部分の魔人と内部に満ちる魔力生命体の魔人で作られる存在だ。

 二心一体。恐らくは主は魔力生命体か。鎧の方は、中身に従属しその膨大な出力を制御するためのものだろう。混沌に対する抵抗力のなさからすると、よくて上級程度かそれとも自我が無いのか。

 それにしても、正気、か。サラは笑う。

 悲しげに、楽しげに笑う。


「何の話です? わたくしが、セイファートが正気なはずないでしょうに」


 ああ、そうとも。

 我らは英雄。幾千幾万の敵を屠る者。

 正気、そんなものはとうの昔にどこかへ置いてきた。


「ええ。だから、そう」


 死んでください。

 サラは、そう言って。

 絶大な魔力を解放する。

 妨害されない、ただそれだけで良い。


「夜空に煌めく星々よ、今ここに来たりて全てを灼き尽くせ」


 サラの使おうとしている魔術に気付いたアスモダイが最速でサラへと斬りかかる。

 でも、そう、ダメだ。

 遅い。ほんの少しだけ。まばたき一回分、遅い。


「億千万の星々」


 サラの言葉と共に、幾千幾万幾億の恒星が小世界へと降臨し全てを焼却する。

 無数の紅炎が世界を赤く染め上げ、大光球が全てを照らしだし、恒星最後の大爆発が小世界そのものを打ち砕く。

 宇宙属性拡散型最上級呪文ミリオンサンズ。かつて、神話以前の時代に人間界全土を焼き尽くした最強の炎だ。

 一点への威力は確かに低い。だが、それでも想像を絶する超高温と超高圧はありとあらゆる生物に、ありとあらゆる存在に生存を許さない。

 ああ、完全に防ぐには時間属性で術そのものを時空間の狭間に消し飛ばすほかない。

 だが。完全に、ではないのならば。

 彼女は、それを妨害する方法を持っていた。


「――……ァァァアアアアアアアッ!!」


 彼方から絶叫が響く。

 それは空間すらも歪める魔術の中、はっきりと小世界に響き渡り、そして。

 召喚された全ての恒星を霧散させた。

 サラははっきりとその瞬間を見た。それは宇宙から派生した月属性の光。月に時間が組み合わさった、霧散させるという一点においてはあらゆる全てを超える力だ。恐らく、これを貫くには混沌以外では不可能だっただろう。

 見事。

 最後の力で仲間を救った魔人に胸中で賞賛を送りつつ、サラはまだ果敢に向かってくるアスモダイへと戦鎚を振り抜く。

 下半身分の鎧も蒸発させ、兜も半分消失し、左腕もなくなりながら、しかしサラに向けてドロドロに溶けた剣を向けてくるアスモダイへと。

 大量の魔力を失いながら、しかしサラは一切の手を抜かない。確実に滅ぼすため、『砕くもの』の力を解放して魂ごと全てを粉砕する。


「イミュール、すまん」


 それだけ残し、アスモダイは完全に消滅する。

 サラは残存魔力がほぼ底を尽きかけているのを自覚しながら、しかし即座に最後の一人を討ちに走った。

 敵も、それを分かっている。

 この戦闘でサラから学んだのだろう、今の魔術で奪ったのだろう、虹を打ち砕く宇宙属性魔術でサラを狙う。

 敵の背後から一直線にサラへと飛来する猛速の隕石。宇宙属性下級呪文流星弾――メテオールブレットとかつて呼ばれた超威力の魔術だ。通常とは違い、慣性相殺、超絶加速、重量超増大、炸裂粉砕、摩擦軽減などを重ねて放たれたそれは純粋な点火力ならサラの億千万の星々すら凌ぐだろう。

 こちらもまた見事の一言だ。上位四属性は己に適合する属性以外は致命的なまでに体を魂を蝕む。これほどの威力で放つ、それ自体が自殺行為。

 まさに命と引き換えての一撃。

 サラの頭に回避という言葉がよぎるが、笑って切り捨てる。

 敵の最強を打ち砕いてこそ、勝利。逃げた先にあるのはただ敗北だ。

 サラは足を止め、残る魔導練氣を『砕くもの』へと限界を超えて注ぎ込む。乾坤一擲に相対するならば、持てる全てを以って当たるが礼儀。

 サラが大上段から振り下ろした戦鎚が隕石に激突し、小世界そのものをひび割れさせるほどの衝撃が撒き散らされる。

 激震が世界を揺らし、音すら破壊するほどの力が暴れ狂う。

 凄まじい炸裂音が最後に響き、隕石が完全に砕け散る。破片がサラの肌を切り裂き、軽い破裂音と共にサラの腕が戦闘服の下で爆ぜる。

 使えるものは絞り尽くした。残るは気力だけだ。

 大地を蹴り、サラはまだ生きている敵に駆け寄り、頭までローブで覆った典型的な魔術師然とした魔人へ鎚を振り下ろす。


「見事だ、『金色の颶風』。汝の未来に呪いあれ」


 恐らく向こうも全てを懸けていたのだろう、僅かな抵抗すらなく、その戦鎚を身に受け――粉砕されて消滅する。

 最後の最後に呪いの言葉を吐いたのは、せめてものあがきだろうか。

 だとしたら、あまりにも無意味だ。

 どうせ、サラは世界の誰よりも呪われているのだから。


「――強かったです。でも、どうしてでしょうか」


 何かが違う。

 今までは気付かなかった違和がそこにある。

 最上級の魔人それはフロウやグラナリア、シャティリアやユーフェミアも同じはず。なのに、何かが致命的に違う。

 そういえば、ここに来るまでに打ち砕いてきた上級魔族も、何か違っていた気がする。

 何かは分からない。非常に些細な違いだ。どこかと言われると首を捻らざるを得ないが、何かが間違いなく違うのだ。

 まぁいい、とサラはそれを頭の片隅へ追いやる。今考えることではない。

 今はそれよりも第五層だ。そこに辿り着き、家に帰って体を休めることが先決。

 現状の体調で叩き落とされてもかなわないので、サラは飛び石で作られた順路を通って第五層へと赴く。

 ここまで来た以上、どうでもいいことだが、空中にある石版から続く階段というのは非常に不思議な光景だ。なにせ、下から見ても別に階段があるようには見えないのだから。

 長い長い階段の果て、そこには広大な宮殿のようになっていた。

 今までのようにとりあえず地上への転移装置を起動させ、退路を確保する。

 そして、改めて周囲を見渡した。

 広い。

 建物でこれほど広い物はなかなかない。

 巨人でさえ歩いて通れそうなほどの天井の高さと、数十人を横に並べて歩かせても大丈夫なほどの道幅。

 地上にこれほどの建物を建てるなら、いったいどれほどの金が掛かるだろうか。そんなことを考えていると、魔物が近付いてくるのを感知した。

 初見の魔物には出来る限り万全で当たりたい。サラは即座に身を翻し、転移装置で地上へと戻っていった。







 ――標的の地上転移を確認。

 第五層からの転移。条件が満たされました。

 全層管理者――ディル・ガ・ンジーグ・ディオールの設定により、第一層および第二層の全魔物を地上へ転移させます。

 これは管理者の死亡確認まで実行されます。

 周辺迷宮でも同処理を行います。

 危険なため、迷宮へ近付くことをあらかじめ制限してください。







 時が来た。

 ディルは迷宮が麦粒よりも小さく見える距離にある山の頂上からそれを見る。

 湧き出る魔物。慌てて交戦を始める近くにいた冒険者達。

 これでディルは完全に人間との敵対を示したことになる。

 遠からず、ディルは死ぬ。最も遅かったとしても、今日中には。

 だから。

 ディルは神器『一なる神矢』を持ち、その一瞬を待つ。

 サラが現れ、ほんのわずかにでも油断する、その時を。

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