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ガイラルの迷宮  作者: 光崎 総平
第六章 十二使徒、その力
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第六十四話

 最近では一日の半分以上を過ごすようになった荒野の小世界で、サラはただ純粋に己の魔力を高めていく。

 どこまで行けるのかの実験だ。


「ぁ、アアアアアアアッ!!」


 咆哮し、己に存在する全ての枷を食い破る。

 空間が歪むほどの超絶の魔力放出を維持しつつ、同時に放出した魔力の回収・増幅を行うことで一種の永久機関を構成していく。

 周囲全てが金色の粒子で埋め尽くされるほどの完全な全力。通常空間の一点でこれほどの魔力放出を続ければ、そこが特異点と化して何が起きるか分からない。

 ここが生物などの存在しない、管理された小世界だからこそ出来る実験だと言えるだろう。

 単純な魔力放出量では、恐らくサラは現時点で魔王に匹敵する。この時点でサラは魔神――魔族でも神族でもなく、魔王と同格に至った者だけが名乗ることが出来る称号――を名乗ることが出来る。今となっては伝えられていない伝承の称号だが、両手で足りる数しか名乗れなかった称号を名乗れるという時点で、どれほどのものかが分かるだろう。

 実際には総魔力量、戦闘速度などの点で魔王級には劣るものの、それでも一個人が持ち合わせていい能力ではない。

 それを理解したうえで、サラは己の力を高める。

 どうせこの力を人に向けることも、地上で全力を振るうこともないと言っていい。ならば、己を燃やし尽くして迷宮に挑むだけの力を得るだけだ。

 今の限界まで出力を上げたサラは、周囲に浮かぶ金色の粒子を身に纏い始めた。それが意味するのは、無駄に周囲へ振りまいていた力の収束だ。

 力を収束し、収斂し魔力が物質化する密度を超えてしかし力のまま維持する。その不安定な状態の魔力に同等の密度の氣を練り混ぜることで、限界以上の出力を実現していく。

 ただ維持するだけでも、サラの体が軋む。今は肉体強化に全ての出力を回しているのだが、まるで握りつぶされるかのような圧が全身を襲うのだ。

 恐らく、現在の人間――人族、魔族、神族、獣人、高位精霊、その他多様な種族の歴史をひも解いても、神代にさかのぼらない限りはこの圧力に耐えられる鍛え方をした者はないだろう。

 制御力があるから、技術があるから、才能があるから、そんな理由で耐えられるものではない。血反吐を吐きつくし、金剛にすら勝るほどに鍛え抜き、苛め抜いた肉体でなければ、問答無用で握りつぶされる。

 純粋すぎるほどの鍛錬の成果。来る日も来る日も、ただ上を見続けていた者だけがたどり着ける境地。

 もうすぐ十六になる程度の少女がたどり着いてしまうには、あまりにも過酷すぎる場所だ。

 その状態で、サラは『砕くもの』を召喚して、大上段から振り下ろす。

 と、ただ振っただけで凄まじい音と共に右ひじ関節が砕け散った。最近、恐ろしいほどに重量を増してきた戦鎚の負荷に、関節が耐えられなかったのだ。

 激痛がサラを襲うが、それは慣れた痛みだ。サラが関節を砕いた回数など、百を優に超える。それにこの程度の損傷なら一秒と経たずに完治してしまう。

 即座に治った肉体を確かめ、サラは今の動きのどこがいけなかったのかを判断する。

 今の砕け方だと、恐らくは手を伸ばし過ぎたのが原因か。想定以上の速さだったため、対応しきれなかったためだろう。

 そんな風に体を砕いては治しつつ、サラは動きを研ぎ澄ませていく。

 一度振って大丈夫だったら、そこからつなげて二度三度と振り、どこかが砕けたら何が悪かったのかを考えてもう一度挑戦。それでも砕けるならば、他の要因を探して修正、を繰り返す。

 サラの扱える膨大な量の型を、全て検査しておかなければ実戦では使えない。第四層への再進入許可が出るまであと三日。それまでに他の神器を用いた戦闘法も全て調整しておく必要がある。

 第三層はどうだったか分からないが、第二層のレギオンは相当な強敵だった。アレが接近戦向きの能力なら、スーパーノヴァを撃つ暇など与えてもらえなかっただろう。あの性質と能力を相手にして、超殲滅魔術を使えなければ恐らくはいずれ負けていただろう。

 単純な能力ほど凶悪。サラはそのことを、身をもって知っているのだ。『砕くもの』という完全単能の神器を持っているがゆえに。

 とりあえず戦鎚での動きを一通り確かめたサラは、強化状態を解いてゆっくりと後ろを向いた。


「何か御用でしたでしょうか?」

「……それより一度手合わせして見ないか? 少し見ないうちにとんでもないことになってるようだな」


 そこにいたのは純白の騎士、シャティリアだ。なんというか、既に剣まで抜いて、戦う気満々のようである。

 既に大半の魔力を回復し終えたとはいえ、あの状態まで強化段階を上げるのは、まだ不慣れな状態では相当な時間が掛かってしまう。

 そのことを伝えたところ、シャティリアはとてもいい笑顔をしながら親指をグッと立てた。


「時間などいくらかかってもいい。やれ」


 問答無用の闘気に諦め、サラは再び最大出力まで魔力を上げて周囲に金色の粒子を出現させ、それを収束させて身に纏い、氣と合成して強化状態まで持っていく。

 工程が多いうえに時間が掛かるため、流石に実戦で使える段階にはない。

 シャティリアもそれを見て取ったようで、一つ頷いた。


「手合わせを終えたら、その強化法の改善点を幾つか伝える。さて、行くぞ?」


 言葉がサラに届き切る前に、シャティリアはサラへと切りかかった。

 雷光にさえたとえられる超速度。本気を出していなくとも、その速度は地上の全生物を凌駕する。

 ユーフェミアと模擬戦を行った時のサラでは反応すら出来ずに両断されていただろう。だが、今は違う。

 全てを切り裂く斬撃に合わせ、サラは戦鎚を振り抜いた。

 なんということはない。ただ、剣の軌道に戦鎚を合わせて軌道をずらしただけだ。普通の速度でやるなら、ある程度の達人なら出来るだろう。だが、この速度域でシャティリアの動きを捉え、万年を超える研鑽を積んだ剣閃の軌道を変えるとなるとただ事ではない。

 無論、シャティリアは本気ではない。全力の百分の一程度か、それ以下だ。

 だが、それでも。

 魔王級の攻撃にサラが対応できたという事実は変わらない。

 払われた剣で、すぐさまシャティリアは切り上げる。僅かな足さばきで最適な力運びへと持ち込み、ただの牽制としては常識はずれの攻撃を行う。

 左へ軽く身をかがめることでそれを躱し、サラは密着状態まで距離を詰める。シャティリアの鎧に肩が触れるほどに密着し、シャティリアの腕の内側に潜りこむ。普通ならこの距離から撃てる攻撃はない。特にサラの持つ武器は長柄の戦鎚だ。

 常識で考えるなら自殺行為。

 だが、サラはその状態から体のバネに僅かな回転をくわえつつ、戦鎚を極めて短く持つことで横殴りの打撃を放った。

 振り抜く瞬間に柄を手の中で滑らせることで僅かとはいえ遠心力を稼いで、威力に上乗せする。

 かの『動く山』さえも一撃で消滅させかねない超威力の一撃。『破壊』の概念を持つ『砕くもの』を以って放たれるそれは、あらゆる防御を突きぬいて粉砕する。

 そう、防御ならば。

 しかしシャティリアはほんのわずかに後ろに下がるだけでそれを回避し、逆に隙を見せたサラに恐ろしく鋭い前蹴りを浴びせかけた。

 いかなる名剣をも超えるほどの鋭さの蹴りは、避けたにも関わらずサラの服だけでなく肉をも切り裂く。金剛より頑丈なサラの肉体を武器なしで、しかも触れもせずに傷つけるあたりが怪物だ。

 剣技だけではない。体術も超一流と言っていい。

 また、この程度の薄皮一枚切られただけなら一瞬で治癒が終わるはずなのに、傷が治らない。高密度のシャティリアの魔力が傷口に僅かながら留まり、治癒を阻害しているのだ。というか、サラの魔力がもう少し弱ければ侵食されて傷が広がっていただろう。

 恐ろしい技だ。

 サラはその傷を無視して前に出る。

 手合わせとはいえ、手加減して生き残れる相手ではない。むしろ、自分がどこまで行けるのかを試す絶好の機会だ。

 高速圧縮言語を用い、サラの口から草笛の音色のような詠唱が漏れ出でる。一音で百もの魔弾が生み出され、全てがシャティリアへと殺到する。流石にこの程度の簡略詠唱で上位四属性を使うことは出来ないが、それでも一つ一つ全てが無視出来る威力ではない。

 ハッ、と軽く鼻で笑い、シャティリアは全ての魔弾を闘気を放出するだけで粉砕してしまう。

 しかも、その過程で隙が一切できない。これが接近戦に特化した第一階級神族の技か。

 舌打ちすることも出来ず、サラはなんとか攻勢に出る。サラの動きを見て、シャティリアが受けに回ってくれなければ攻め手にはなれなかっただろう。

 あくまでも手合わせ、ということなのだ。

 そしてサラもその機を逃す真似はしない。

 戦鎚では突く、という動作は出来ない。重心の関係上、やっても無駄だからだ。また、有効な攻撃を放てるのも鎚の部分のみで攻撃の幅が限られる。

 そんなことは周知の事実だ。ゆえに、戦鎚使いにはたった一つの事が求められる。

 単純明快な、たった一つの事。

 一撃必殺。

 裂帛の気合と共に放たれた一撃は、かつてないほどの速度と威力を以ってシャティリアへと襲い掛かる。

 今までよりも遥かに速い攻撃だ。先のシャティリアの初手すら凌ぐだろう。

 生半可な存在では為すすべなく砕かれるその攻撃を、しかしシャティリアは難なく躱す。ただし、今までのような紙一重の回避ではなく、左方向へ相当大きく距離を取る形で、だ。

 シャティリアに回避された攻撃が大地を穿つ。と、打撃面に巨大な穴が開くと同時、荒野が真っ二つに割れた。

 地平線の彼方まで続く大亀裂が生じ、小世界全体が揺れる。

 想像を絶する威力。放ったサラ本人も、飛んできた細かい破片を避けることさえ出来ないほどに驚いてしまう。

 威力を想定できていたらしいシャティリアは、幾度か頷きながらサラへと近づいてきた。


「こんなところでやめておこう。どうだ、これぐらいの力を今の君は持っているわけだ。君は動きに無駄がないが、その分小さくまとまり過ぎている。爆発力が足りんよ。

もっと今のように思い切りよく動くようにするといい。その上で、それを制御できる術を模索していけ」

「――はい、分かりました。


 ぺたりと座り込み、サラは今の動きの感触を思い出す。

 爆発。なるほど。

 一発で決める、そう決意して放った攻撃は自分の体ではないかのような加速と破壊力を生み出して見せた。

 それよりも、だ。

 あんな無茶な威力を出しておいて、どこも砕けていない。肩も、肘も、手首も、腰も、股関節も、膝も、足首も、どこにも故障個所が無い。

 震える。サラの全身が震える。

 何に? 当然、歓喜だ。

 残りわずかな時間で、ここに開眼できた。

 終わりを迎える前に。だから、きっと今なら。


「ほう? 上位四属性同時行使か。逸るなよ、それはまず個々を極めてからにした方がいい。そうすれば、君は私を、ゼイヘムトを超えるだろう。最終地点が見えたのなら、そこからが最も厳しい。最初の一歩と最後の一歩、どちらが苦しいかなど言うまでもないだろう?」

「分かっています。ですが、ありがとうございます」


 無茶をしようとしていたサラは、ゆっくり立ち上がる。

 分かる。まだ、足りないのだ。

 上位四属性を統括して扱える魔力量が全く足りない。自分の魔力を上位四属性に変換する際の減衰率が高すぎる。まだ宇宙ぐらいしか実用域にはない。

 この辺りは精進あるのみだ。


「さて、あの強化法だが、なんでわざわざ周囲を活性化させる必要があるんだ? こんな感じにだな、最初から自分の体で爆発寸前の圧にまで高めてやるのは無理か?」


 言いながら、シャティリアは自らの体内に暴力的な出力を暴れさせる。更に、それに氣を混じらせて途方もない強化を行う。

 サラの行ったものとほとんど同じだが、シャティリアはそれを自分の体内から体表のみで行い、またサラよりも格段に短い時間で終わらせている。恐らく今のも分かりやすくやっただけで、本来ならもっと早いだろう。

 ありがたいことだ。なにせ、手本さえあるのなら、無窮の鍛錬の果てに、サラはそこへと至ることが出来るのだから。


「で、用事だったな。たいした事ではない。どうだ、第四層、攻略の目処は立っているか? 最近、潜っていないようだったが」

「今、完全に立ちました。迷宮に入らなかったのはわたくしの問題ではなく、他の方の都合に合わせただけですし」

「なら良い。今の立ち合いで得る物があったのなら良いことだしな」


 では、と言って去ろうとするシャティリア。

 ふと思いつき、サラはその背中に声を掛けた。


「待ってください。その、ひとつお願いがあるのですが」

「うん? 話してみろ」


 怪訝な顔をしたシャティリアに、サラはクレールの件を話す。と、シャティリアは神妙な顔をして頷いた。


「問題ない。私ではアレだが、ユーフィか蛇神に話を通しておこう。どちらでも問題なく対処できるだろう」

「ありがとうございます」

「何、餞別だ。これからも励むがいい」


 それだけ言って、シャティリアの姿が掻き消える。

 今となってようやく分かる。世界間移動用の特殊回廊を経由する特異魔術の高速発動だ。

 流石、というべきだろう。

 見送り、サラは教わったことの練習を始める。幾度も内側から弾け飛ぶ羽目になるだろうが、何も問題はない。

 幾度も血の花を咲かせながら、サラは前へ進み続ける。

 ただ、ひたすらに。

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