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ガイラルの迷宮  作者: 光崎 総平
第六章 十二使徒、その力
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第六十話

 お前しばらく第四層に行くな、素材の研究が滞ってんだよ、と言われたサラは毎日の修練を終えた後、じっくりと考え込んでいた。

 とりあえず街で腕のいい鍛冶屋を探さなくてはならないが、どうせ冒険者協会で良い場所を聞いて終わりだ。今日一日を潰せるかさえ怪しい。

 そうなってくると、なにか時間を潰せることをしたくなってくる。

 ふと思いついたのは、普通の冒険者がするという依頼を受けることだ。

 指定された薬草を取って来るだの、魔物を狩って素材を持ってくるだの色々と種類があるらしい。問題はそれを受けられるのが酒場で、依頼を受けることが出来るかどうかは酒場の主の目利き次第なところだ。

 サラは酒場の依頼を受けた実績はなく、信頼がない。それに今行って依頼が存在するかも、運次第だ。

 まぁ、悩んでいても仕方がない。まずは冒険者協会に行って、色々話を聞いてみるのが良いだろう。

 拾った短剣を懐にしまい、サラは散歩気分で街の方へと足を向けた。

 よくよく考えてみると、ここ数か月は鍛錬して迷宮への往復ばかりで街をゆっくり見ることがなかった。数か月、というよりはイーリスが学園に行ってから、が正しいか。

 リバース・スペースを活用できるサラは大量に食材を買っても傷めずに保存できるし、そもそも健康体で魔力が万全なら食べることすら必要ではなくなってきている。今のサラが食事を摂るのは、もう人間を辞めないための習慣に近い。

 サラの家は小高い丘の上にあるので、なんとなく街を見下ろしてみた。

 以前より、大分活気がある。

 街も二回りほど大きくなっただろうか。城壁は余裕を持って広く作られているので、まだ安心だがそのうち壊して建て増しする必要が出てくるか。魔術師協会の工兵部隊が総出で頑張れば一月あれば、破壊から拡張まで全部行えるだろう。

 街の周縁部一番外側は建築途中の建物が多いか。民家になるのか、それとも他の何かになるのかは分からないが、広がっていく、というのは心躍るものだ。

 この街だけでも今や万を超える人々が暮らし、泣き、笑い、怒り、あるいは憎しみ、嫉み生きている。

 だが、それが薄氷の上にあるものなどと、誰が想像し得ようか。サラが戦っただけでも、既に四体が単騎でこの街を滅ぼし尽くすことが出来る。レギオンに至っては世界を滅ぼすことさえ容易いだろう。守護者を含むなら、もっと多くが平穏を粉砕出来てしまう。

 今は水際で防げている。だが、それがいつ砕かれるかは分からない。上級魔人までなら確実に粉砕できるサラは一人しかいないため、単純に二方向以上から攻められればそれだけでも厳しい。最上級魔人がいればサラを確実に足止めできるため、それを織り込んで複数で攻められた場合はダンテらのような騎士団長級が奮戦しても壊滅的被害は免れない。

 現在、破竹の勢いで進んでいるようで、実は戦況は厳しいのだ。

 だからこそ、サラは街並みを見て決意を固くする。

 必ず、守って見せる、と。


 ――たとえ、何を犠牲にしたとしても。












 冒険者協会に着いたサラは、とりあえず馴染みの受付へと足を向ける。

 そこにいるのは若い女性だ。単純に男所帯が多い冒険者に受けがいい、というだけの理由で選ばれた人当たりのいい人物である。

 最初期は強面相手にオドオドとしていることが多かったが、今は筋骨隆々とした猛者と向き合っても笑顔で渡り合えるようになってしまった。慣れとは恐ろしいものだ。


「あ、サラさん。何か御用で?」

「はい。一番の用事は腕のいい鍛冶屋を教えて欲しい、ということなんですけど、ありますか?」

「鍛冶屋さんですか。ちょっと待っててくださいね。すいませーん」


 自分は知らなかったのか、受付の女性はちょっと他の人に聞きに行ってしまう。その間に、サラは建物の中を見回した。

 今まではどうでもよかったので気にしてこなかったが、前よりも建物が立派になっている。冒険者も行列が出来るほどではないにしろ、引っ切り無しに訪れているようだ。

 設立当初は怒鳴り込んでくる輩も多かったが、今では平穏そのもののようで、円滑に運営できているようで何よりだ。

 協会設立自体には関わっていないが、ここによく素材を持ち込んできたサラにとっても感慨深い。

 そう言えば、前は待つための椅子も非常に簡素なもので座って待っていると尻が痛くなったものだが、今は綿でも入っているのかとても座り心地が良い。

 よくよく思い返すと色々むき出しで無骨だった内装が、いつの間にやら清潔感のある落ち着いたものになっている。微量の魔力を感じ取れる辺り、恒常的に魔術で内装や床を強化しているのか。見た範囲に術式がないということは地下か地形利用の広域魔法陣を使っている可能性が高い。恐らく、感じ取れる魔力量以上の強化度合いだろう。

 ……もしかしたら、意外と未だに暴れる輩が多いのかもしれない。軽く床石を踏んで確かめてみるが、やはり見た目では分からない超強化を行っている。今のサラなら無手で無強化でも余裕で破壊できるが、以前だとかなり気合を入れなければ難しかっただろう。

 そのことを念頭に置いて色々探ると、戦鎚で叩かれたような跡や魔術による攻撃の痕跡がそこかしこに見られる。さりげなく危険地帯だ。まぁ、何かと騒動の種になりそうな場所である。焼き討ちを掛けられても大丈夫なぐらいの仕掛けを施してあるのだろう。

 サラがそんなことを観察しているうちに話が終わったらしく、受付の女性が戻ってきた。


「お待たせしました。えと、腕のいい鍛冶屋さん、ですよね。どういう理由で鍛冶屋さんを探してましたか?」

「迷宮で拾った短剣を打ち直してもらおうと思いまして。ですので、剣を打てる方をお願いします」

「はい、えーっと、細工とかいります? そういうのでも変わっちゃうみたいですけど」

「いえ。細工とかはいらないです。強度が低くなりますし、日常の手入れが難しくなりますから」

「では、はい。ちょーっと待ってくださいね。はい、ここがいいですね。灰猫通りのストラウスさんのお店です」


 はいっ、と元気よく差し出された紙を受け取り、サラはそこに書いてある内容を読む。灰猫通りとやらが街のどの辺りにあり、鍛冶屋の看板がどんなものかが書いてある。

 これぐらいの内容なら覚えることは容易い。お礼を言って、サラはその紙を返した。

 後の用事は、実質的には暇つぶしに近い。今日も協会内は忙しないため、あまり長居をするのも迷惑だろう。

 たまには第一層辺りを散歩するのも、そう悪いことではないし。


「ありがとうございました。情報料はいくらぐらいですか?」

「え、これぐらいだと……銅貨十枚ぐらいでしょうか。正直、この程度ですとお小遣いぐらいしか情報料を頂くわけにもいかないんですよね」

「そんなものですか。とりあえず、銅貨十枚です。では、またいつか」

「はい、待ってますねー」


 軽く会釈し、サラは協会を去っていく。

 受付の女性はサラが建物を出ていくまではその背中に手を振っていたが、見えなくなると切り替えて次の冒険者への応対へと移るのだった。











 街の北側にある灰猫通り。

 名前の由来は、非常に長生きな灰色の毛並みの猫がいるからだそうだ。ちなみに、その猫の御年七十五歳。猫の寿命ではない。

 サラもその由来を聞いて驚いたが、見てみれば納得した。猫にそっくりだが、違う。まだ年若い高位精霊だ。

 恐らくは猫に育てられ、自分を猫と定義してしまったのだろう。少々大柄だが、それ以外は他の猫と変わることのない気ままな性格のようだ。

 噴水の縁で寝転んでいる灰猫に、サラは念話で話しかけた。


『こんにちは』

『にゃ? 念話を使える人間なんて初めて見たにゃ。このナワバリのヌシに何か用かにゃ?』

『いえ。ただご挨拶に伺っただけです』

『にゃにゃにゃ、これは丁寧な人間。猫をいじめにゃいなら、この通りを好きに歩く許可を出すにゃ』

『ありがとうございます。次に来るときは何かお土産を持ってきます』

『コブンの分もよろしく頼むにゃ。オヤブンだけが食べるわけにはいかないからにゃ』

『はい。では、また来ますね』


 サラがぺこりとお辞儀をすると、灰猫はそれに応えるように尻尾を振る。ここの猫親分は子分にも優しいようだ。

 とりあえず通りのヌシには許可を得たので、サラは意気揚々と鍛冶屋を探し始めた。

 別に灰猫に許可を取る必要はないが、そこは気分の問題だ。どうせなら気分よく歩き回りたい。

 と、ちょっと周りを見ると、灰猫通りの名に相応しく猫が他の通りよりも多い。ふむ、と唸って軽く探知魔術で周囲を調べてみると、この辺りにはネズミが極めて少ないことが分かった。そりゃ猫がこれだけ多ければネズミも近寄りようがないだろう。

 それに猫が変なもの食べないように、という配慮だろうか。ゴミなども少なく、他の通りよりも綺麗だ。猫のフンとかも見える場所には落ちていない。親分が子分を指導しているのだろうか?

 そんな中に、大きな猫の手形の看板を出している鍛冶屋はある。中を覗いてみると、気難しそうな老人が一人。こんな可愛らしい看板を出している割には、無骨な人物である。


「こんにちは」

「あん? ここは嬢ちゃんみたいな――いや、違うな、あんた。何の用だい」


 サラを見て、一瞬追い出そうとした老人だが、すぐに軽く目を細めた。何かを察したらしい。

 まぁ、サラがそれを斟酌する必要はない。客として扱ってくれるなら、それで僥倖。

 とりあえず店に入り、懐から短剣を取り出した。


「これを打ち直していただきたいのですが」

「んん? 錆び錆びじゃねぇか。よっぽど悪い、いや、なんだこれ。おい、嬢ちゃん、これをどこで手に入れた?」

「迷宮の中です。大分奥の方で拾いました」

「なるほど。良いぜ、受けてやる。仕上がりはどうすんだ。武器として使うなら握りを見せてもらわんと駄目だが」


 受け取った短剣を手の中でもてあそびつつ眺め、老人は器用に柄を外してしまう。

 何故かやる気になっている老人を不思議に思いながら、サラは自分の考えていた案を口に出した。


「あまり丈夫なつくりではないようでしたので、守り刀として仕立て直していただけたら、と思っているのですが」

「ま、妥当かね。いい目利きしてるわ。他に注文はあるか? この際だ、まとめて言え」

「あとは一つです。出来るだけ壊れにくいようにしてください」


 それは、サラにとってはそれほど重要ではない注文だ。強度を増すだけなら、サラが付与魔術を施せばそれで済む。サラなら半永久的な強化付与を行える。魔術親和性の高いこの短剣なら、恒久的な付与すら可能だろう。

 だが、それに頼らない頑丈さも欲しい。今のサラが刻むなら上位四属性の魔力も込めるため、まず解呪は不可能だが、それでも素の強度は高ければ高いほどに良いのだ。

 朽ちさせぬよう、ただそれだけのために。


「おう、分かった。鞘とか柄の素材にこだわりはあるかい?」

「ありませんし、糸目も付けません。取ってきて欲しい素材があれば、なんでも調達いたします」

「ガッハッハ、良いねぇ。短剣で守り刀用とはいえ、存分に腕を振るわせてもらわぁ。第二層に生えてるっつー水晶樹の樹芯は持ってるか? 強度、手への馴染みでは相当なもんだ。柄と鞘を同じ拵えで作ってやんよ」


 水晶樹。それは文字通り水晶のような樹である。

 第二層の奥、第九階層にしか生息していない希少な樹で、結晶体の多い樹皮は鎧などの防具として、しっかりとした重みと手に馴染む感触から樹芯は武器の柄や杖の素材として人気が高い。強度はそこらの金属を遥かに凌ぐが、重量は木材らしく軽めなためだ。

 ちなみに、サラはそんなものを大量に持っている。単純に第九階層の地図を埋めるために奔走しているときに、数本の水晶樹を見つけて根っこごと引き抜き、リバース・スペースに叩き込んだからである。発見・解析済みの一覧にあるものだったので適当に仕分けておいたのだが、サラが水晶樹の素材など使うわけもなく死蔵されていたのだ。

 ゴト、と重量感たっぷりの音と共に水晶樹の樹芯を樹一本分差し出された老人の心境がいかなるものだったのかは、想像すらできない。


「……嬢ちゃんスゲェな。だが、こんなにはいらねぇぞ」

「これをお代のかわりに、ということでは駄目でしょうか?」

「いや、流石にこんなには……いや。面白れぇ、これに見合う仕事をしろってことだな? やってやるよ、嬢ちゃんがビビるぐらいに見事な仕上がりにしてやるから首を洗って待っとけや。

三日だ、三日後にまた来い。この水晶樹を丸ごといただけるぐれぇに仕上げといてやんよ」


 ほれ帰った帰った、と追い払われてしまい、サラは店の前で僅かに苦笑する。

 どうも職人と言うのは分からない。ぶっちゃけた話、サラは相場が分からないので、とりあえず価値のありそうなものを提示しただけだったのだ。それを出しておいて微笑んでいたのが挑発的に感じたのだろうか。

 第四層まで進んでいるサラにとって、水晶樹はそれほど高価な代物ではない。が、水晶樹の樹芯が一本分も市場に出れば大銀貨で最低でも二百枚は下らない。強度や軽さもさておき、魔術に対する親和性が高いので付与魔術を掛けやすいからだ。また、魔道具を作る際に土台などに使うと効果を増強できるという面もある。

 何にせよ、サラとしては仕上がりが良くなるなら問題ない。

 うんうんと頷き、サラは歩き出す。――その一瞬前に、看板の影を一瞥してから。








 サラが歩き去った後、看板の影――太陽が照らして出来る影にほんの僅かな波紋が一つ。


「……強くなっちゃったなぁ」


 誰にも聞かれることのないその言葉は、ただ風に流されて消えて行った。

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