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ガイラルの迷宮  作者: 光崎 総平
第六章 十二使徒、その力
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第五十九話

 落ちる。落ちる。落ちる。

 ただひたすらに、サラは落下する。

 既に五分は落ちただろうか。それほどに落ち続けても、まだ底が見えない。

 ふむ、とサラは顎を撫でた。

 解析の魔術は異常に強力な妨害で阻まれている。周囲を認識できるのは自分の五感だけだ。

 すでに終端速度に達しているが、この程度はサラにとっては遅めの戦闘速度に過ぎない。落ちることに、既に飽き始めていた。

 飽きが来たら、次に行うのは思索だ。単純な話、今のサラは落下しているのかどうか、である。

 これだけの迷宮を創れる存在だ、認識を誤魔化す魔術の一つや二つ問題なく使えるだろう。つまり、加速なく、ただ高速で落ちている状況程度なら朝飯前に違いない。

 ここで問題となるのはどうやってそれを証明するか、だ。

 既に最後に踏んでいた足場は豆粒よりも小さくなっている。大きさから遠ざかっているのか、止まっているのかを判断することは難しい。

 ならば。


「いっそ、落ちるより速く走ってみますか」


 認識のごまかしではどうしようもない行動を取れば問題ないだろう。

 思いつくが早いか、サラは足元に足場を創って走り始める。

 そして、すぐにあることに気付いた。いや、気付いた、というには変化が大きすぎるだろうか。

 自然落下から自律移動へと移行した時点で、周囲の色が変わった。今までの抜けるような青から、夜を思わせる藍へと。

 同時に上にあったものと同じような足場も出現する。なるほど、面白い仕掛けだ。

 感知妨害も消えたので調べてみると、上よりかなり強い魔物がたくさんいる。一体一体が第一階層の守護者『恐なる劣竜』並だと言えば分かるだろうか。

 その上でこの階層の守護者と思われる魔物もうろついている。常識的な能力の冒険者では、ここを攻略することは不可能と言っていいだろう。

 ただし、サラに常識など通用しないが。


「そこそこの強さが多いようですね。気を付けていきましょう」


 言いながら、サラは凄まじい速さで走り出す。

 敵が強い、それは同じ段階の中にいる者にしか通用しない。根本的に目視すら不可能な速度を出せるサラにとって、多少強いだけの魔物などただの的だ。

 魔術や武器を使うまでもなく、使うより速く、拳で足で打ち砕きつつ、リバース・スペースへと叩き込んでいく。

 罠の類もかなり豊富にあるようだが、発動する前に範囲外に出てしまえば関係ない。どうせ巧妙に隠されていて察知できないのだから、発動前に離脱するという誠に男らしい方法を取るほかないという事情もある。

 まぁ、石化や即死ぐらいなら、今のサラなら十秒あれば復帰できるが。それに即死罠の絡繰りも分かった。肉体の全機能を強制的に停止させる、極めて凶悪な設置型の魔術だ。その程度なら、セイファートに脈付く恒常性維持の魔術と外的要因による変化否定の呪詛で、十秒あれば元通りになる。

 サラのことを人間かどうか疑いたくなるような能力だが、これぐらいならまだ一応は人間に分類できるはずだ。きっと、多分。

 それよりも一番弱いとはいえ、守護者級の強さを持つ魔物を平然と粉砕できる方が狂っている。なにせ、空を飛ぶ魔物も多数存在するのだ。高機動高火力の鳥や竜に動く暇すら与えずに滅殺しているのだ。身体強化の魔導練氣術のみを使い、遠距離攻撃など使わずに問答無用で粉砕していく。

 鬼神と呼ばれてもおかしくない光景だ。

 とりあえず根こそぎ倒したサラは、魔物が再び出現する前に先へと進む。

 そして、道をふさぐように立っている守護者と思われる魔物の前に立った。


「……邪魔な壁ですねぇ」


 重厚な鎧のような甲殻を纏った、巨大な竜。普通なら遠くからその姿を認めただけでも逃げ帰るべき存在だ。

 感じ取れる魔力や存在感はこの竜が上級魔人にも匹敵することを知らせる。下手な攻撃では傷をつけることすら叶わないだろう。

 だが、サラにはそんなもの関係ない。

 僅か一瞬だけ最大強化を行って竜の懐に潜りこみ、手刀による切り上げで甲殻ごと首を叩き切る。鋼鉄どころか導化銀すら超える固さを持つ甲殻と竜鱗だが、そんなもの関係ない。

 一撃で竜を絶命させたサラは、その竜も丸ごとリバース・スペースにしまいこんで先へと進む。

 こじんまりとした広場。それが竜の守っていたものだ。

 あったのは石碑。そして、一本の短剣。

 今までにあった石碑とは随分と趣の異なるそれを、サラはゆっくりと読む。



 ――ここへと来たりし誰かに託す。

   頼む、この短剣を、朽ちさせないでくれ。

   我が子の形見を、頼む。



 読み終えたサラは、短剣を拾い上げる。

 特に細工もされていないし、銘も彫られていないただの短剣だ。永い時間が経っているためだろう、意思の残滓すら残っていない。

 一応、魔術が付与されているが、それも風化してきてしまっている。恐らくは魔除けか何かの魔術だろう。そう強い魔術ではなさそうだが、しかし。


「凄まじい魔術親和性を持ってますね、この短剣」


 それは万を超える年月、ただの短剣に魔術が付与され続けた結果、性質が変化したのだろう。本来なら容易く揮発していただろうが、この迷宮内は外に比べて魔力濃度が高く、また動かされることもなかったために、付与されていたものが消えずに残っていたようだ。

 その証拠に、サラが持ち上げてから一分と経っていないのに掛けられていた魔術が消えてしまった。

 誰のものかは分からないが、しかし込められた思いだけは本物だろう。せっかくなのだし、鍛冶屋か研ぎ師にでも出し、錆などを取って魔術を付与すれば一級品に出来るだろう。

 朽ちさせない、その目的の為には大切にしてくれそうな誰かに渡すのが一番だ。サラが思い浮かぶのは、やはりイーリスだが。

 リバース・スペースに短剣を大事にしまい込み、サラはその場を離れる。

 サラが第十二階層を完全制覇するのは、それから二十分後の事だった。








 世界樹の根元に、本が山のようにたまっている。

 ゼイヘムトが掛けた探査魔術による調査結果が事細かに記載された記録書が山積みにされているのである。

 それを毎月持ち帰る研究者が一人。

 彼自体は大した魔術師ではない。世界樹と白妙の塔の間を跳ぶ超長距離空間転移の反動にで耐えることが出来るだけだ。

 が、長年記録書の回収に携わっているのと、世界樹研究をしている関係で、世界樹のことについてならかなり詳しい。魔術師協会でも五指に入る知識量だろう。ただし、世界樹研究を行っている者は両手で足りるが。

 すごいのかすごくないのか全く分からないが、しかしそれでも相当な知識を持っている。

 もう四十過ぎで長距離の空間転移は流石にしんどくなってきているが、しかしこの役目だけは渡さない。風邪を引こうが、肺炎になろうが、必ずこの役目だけは達する。

 何故か。

 それは、誰よりも早く記録書を読むことが出来るからだ。

 一番詳しい人物よりも、魔術師協会の長たるブリジットよりも早く記録書を読める。これは大きな役得だ。だから、何があっても目の黒い内は役目を渡さない。

 今日も彼は鼻歌交じりに記録書を回収しながら目を通す。

 例年とあまり変わらない、面白味のない数字がつらつらと書かれている。だが、あまり変わらないとはいえ、小さな変化は色々とある。それらから今年の諸々を予測するのも、彼らの仕事だ。

 とりあえず全部に目を通し――、彼はとあるページで完全に動きを止めた。

 彼の二十五年を超える世界樹研究歴の中でも、ただの一度すら観測されることのなかったことが、記録されている。

 世界樹につぼみが出来て、ふくらんでいるという記録だ。

 一大事だ。世界樹につぼみが出来ること自体は、それほど驚くことではない。数年に一度、幾つか出来るからだ。だが、それらは決してふくらまず、開花しない。

 だというのに、つぼみがふくらんでいるというのだ。

 最近の他の数値を、例年と比較してみる必要がある。また、記録書を取りに来る頻度を密にする必要があるだろう。

 面白くなってきた。まさか生きている間に世界樹の開花が見られる可能性があるなんて、彼は思ってもいなかったのだ。

 意気揚々と、研究者は記録書を纏めて帰っていく。

 そして、空間転移で彼が去った後、一時間ほどして再び記録書がぽとりと地面に落ちるのだった。





 非常に、非常に珍しいことに、本日イーリスは一人で日向ぼっこをしていた。

 本当に珍しいことだ。いつもならオリオールがいるし、暇なときはジンやクレールが寄ってくる。また、一人でイーリスがいると、学園で出来た友人が話しかけてくることが多い。

 だが、今は一人だ。

 ジンとクレールは買い出しや情報集め、オリオールはルンに呼ばれて迷宮調査のお供をしている。友人達もジンやクレールと同様だろう。

 何せ、二回目の迷宮実習は明々後日に近付いてきている。イーリスがのんびりしているのは、彼女の分の買い物などは終わっているからに過ぎない。

 体をしっかり休め、実習でちゃんと動けるようにしているのだ。

 植物精霊としての面を持つイーリスは日向でボーっとすると急速に魔力や体力を回復でき、またある程度の量なら溜めておくことも可能だ。その余剰魔力を魔石に蓄積しておけば、簡易的な魔力増槽としてジンやクレールも使うことが出来る。

 つまり、のんびりしているように見えて、ちゃんと仕事はしているのだ。

 ただ、この仕事には一つだけ、とても大きな問題がある。普通の感性をしている者にとっては、本当に大きな問題が。

 それは眠れないことだ。こんなにいい陽気で日向ぼっこしているのに、眠ることが出来ない。それはなんという拷問だろうか。

 イーリスもそのあたりは人並みだ。よく耐えているが、既に幾度か睡魔に負けそうになっている。

 と、そんなときだった。

 夢と現の狭間で、イーリスは確かに声を聞く。

 か細い、しかし確実に誰かに届けようとしている声を。


『――』


 その声が何か、イーリスは知る由もない。否、今現在、この世界でその声の主を知る者など一体どれだけいるだろうか。

 ゼイヘムトでさえ、知らない。フロウやルンも知っていることはないだろう。下手をすればシャティリアやユーフェミアでさえ知らない可能性がある。確実に知っていると言えるのは、僅か六柱に過ぎない。

 『覇刃帝』『破壊神』『魔導神』『堕龍神』『万物の覇王』『楽園の守護者』。この六柱以外に、その声を聞いたことのある者など、この時代に生存しているだろうか?


『――まだ、私の声は――てる?』


 声の主は、ただ全てを愛おしむように、言う。

 少女のように可憐な声の主は、ただ世界を労わるように。


『誰か。この声を――ている誰か。お願い、私を――』


 ただ、その声はとぎれとぎれだ。

 どうにかして届けようとし、しかし届かず。

 イーリスがその声に応える前に、声は聞こえなくなってしまう。

 もうどれだけ集中しても、声は聞こえてこない。

 何故だろうか、イーリスは先ほどの声に、とても懐かしい物を感じていた。

 ずっと昔から聞いていたような、語りかけてくれていたような、そういう懐かしさだ。

 だが、イーリスにはそんな記憶はない。サラに名付けられたときに存在が確定したため、それまでのあいまいな状態での記憶など完全に存在しない。

 そう、記憶そのものが完全にないのだ。懐かしいと思うことすらも、ありえない、はずなのに。

 ただただ、その声は心に残り続ける。

 なんとなく頭の花がむずむずするのを感じながら、イーリスは日向ぼっこを継続する。なんとなくだが、眠気はもうすっ飛んで行ってしまった。

 何もない記憶を探りながら、イーリスはひたすら思考に没頭していく。

 あの声が誰の声なのかを、思い出すために。

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