第五十八話
ディルは焦っていた。
理由は簡単だ。迷宮攻略の進行度が早すぎる。
本来の予定では、まだこの時期は第二層の中盤でシェイドという壁にぶち当たっているぐらいのはずだったのだ。よく進んでいても、レギオンと言う普通なら攻略不可能な要塞によって進めないはずである。
だが、現実は第四層まで、攻略が進んでしまっている。第三層なんて普通に考えれば探索だけでも数十年と掛かるというのに、到達から一週間と経たぬうちに完全攻略されてしまった。意味が分からない。
適当に知識と力を与え、ある程度冒険者の実力を底上げしつつ、進行度を手の内で制御する。それがディルの役目だというのに、まさか『覚醒』などを一切必要とせずに最上級魔人と互角以上に戦える化け物が存在していたとは。
そもそも、レギオンも大体十年ぐらいかけて最高深度まで『覚醒』した者複数が、命と引き換えのイャルの契約で限界を突破して打ち破る予定だった。学園で教師をやるのを引き受けたのも、そういう打算があってのものだ。
だというのに、本当に進むのが早すぎる。
厄介なのは、サラを含めた魔術師協会の数名が強すぎることだ。特にサラ、フロウの二名は手の出しようもない。どちらもその気になればディルを問答無用で消滅させることが出来る戦力を有している。他にはルンも厄介だが、この三人は不意打ち程度では意味がないし、毒も効きそうにないので放置するほかない。
というか、フロウとルンは本当の意味での人外、第二階級神族と最高位の結晶亜精霊なので仕方ないが、物凄く戦闘に特化した血筋でいろいろ左道外法を使った強化をしているとはいえ一応は人間であるサラが一切の毒や呪いを受け付けないというのはどういうことなのか。
サラにはここ一か月ほどで数百回呪いをかけているが、その度に媒介させた精霊が怯えて帰ってくる。どうやらサラが呪詛返しをしたとかではなく、ディルが掛けようとした呪いの数千――否、万倍は強力な呪いが掛けられているようなのだ。既に強力過ぎる呪いが掛かってるから他の呪いを無効化とはどんな狂った防御法なのだろうか。発案者の顔を拝みたい。そして顔面に拳を叩き付けたい。
それにしても、どうしてこうなったのか。
学園の受け持ちの授業がない日にちょっと頑張ってディルはこの国を見て回った。飛翔魔術でそこらじゅうを飛んで、人々を見てきた。
それで出た結論は、彼女が眠りにつく前から比べて全体的にかなり能力が落ちている、というものだ。特に魔族神族は目も当てられないほどに弱体化している。そう、『魔導神』の予測通りに。
この時代に迷宮を出現させるのも『魔導神』が提示したいくつかの候補から選んだことだ。単純に提示された中で、最も時間が経過しているこの時代を選んだのだが――もしや、それすらも『魔導神』の手の内のことだったのだろうか。
今までは陣容の鉄壁さから考えずにいたが、よくよく考えれば『魔導神』がディルの主の復活を歓迎するわけがない。つまり、何らかの意図があって、時代を――何年間の封印を施すのかの提示を行ったはずだ。
学園の図書館で自問していたディルは、とりあえず歴史書の棚を漁り始めた。
大体、提示された封印の期間は覚えている。その近辺を探せば――頭角を表した英雄の一人や二人……いない!?
いくつかの歴史書を見てみたが、どれにも大したことは書いていない。大規模な魔物の暴走があっても『セイファートの一族が解決』の一文で軽く流されてしまっている。生半可なことでは英雄など出てくることさえ出来ない状況だ。
それだけに、過去を考察できない身として、ディルは恐怖する。
この世界に、セイファートの一族がいなければ英雄として活躍していた存在はどれだけいる? 法国の聖騎士団長ダンテのような強者は、一体どれだけ歴史の陰に隠されてきた?
そもそも、事件のない時はセイファートの情報もない。下手しなくとも、その事件のない年代にも傑出したセイファート一族はいただろう。
それに、だ。
『魔導神』、そう呼ばれるほどに魔術に優れた存在が未来を見る魔術の一つや二つ使えないわけがない。つまり、提示された年代はサラのような狂った能力の持ち主がいた時代と言うことに他ならない。
ギリ、と強く噛み締めた歯が音を立てる。
現状の手札から、サラを排除できる戦略を組み立てる必要が出てきた。レギオンを粉砕し、第三層を難なく突破している以上、並の魔物はおろか、守護者でさえも話にならない。つまり、第四層の壁である最上級魔人三体と、それを突破したときのための対策を取っておかなければならない。
それはもう難しいなんてものではない。
たとえ限界まで削れていたとしても、一つ二つの策では容易に食い破られるだろう。サラの持つ神器の数々はそれほどに強力だ。
なら、もう取る手は限られる。
削りきって見せる。命と引き換えてでも、サラだけは潰す。
それ以外に、この迷宮攻略速度を止める方法はないのだから。
談話室で、今日もイーリス達は話をしている。
前にオリオールの話を聞いた時のような失敗はしない。ちゃんとお菓子やお茶を持ちこみ、長期戦で話を出来る構えだ。
ちなみに、今回は特に議題はない。単におしゃべりの為に集まっているようなものだ。実習まではあと一週間ほどだが、もう出来る準備は終わっているので、後は天命に任せているのみ。大した天命でもないが。
「あ、そういえばサラ先生が第四層に行ったらしいな。知り合いの冒険者が、なんかすげー興奮して話してた」
そんな中で、ぽつりとジンがこぼす。
学園生としてはかなり耳の早いジンは、冒険者間で知られていることをいち早くもちこむ。
サラが第四層から最初に帰還してまだ三日しか経っていないのだが、よくもまぁ聞きつけることが出来たものだ。
『サラちゃん、第四層まで行けたんだぁ。第二層の最上級魔人って、自分より弱い相手なら問答無用で圧殺できる化け物なのになぁ』
「それ、つまりサラさんって、その化け物より強……」
『んー、多分ね。むしろサラちゃんで勝てなきゃ誰が勝てるんだー、っていうぐらいの化け物だし。それにしても、第四層かぁ。あそこ、色々洒落にならないぐらいとんでもない物が山ほどあるけど、サラちゃん気付けてるかなぁ?』
クレールの言葉を肯定し、オリオールは机に止まったままで考え込むように羽をパタパタと動かした。
そんなオリオールを見ながら、イーリスが首を傾げる。
「とんでもないもの?」
『そうだよぉ。第一層で採れるものみたいな、誰もが欲しがるようなものじゃないけどねぇ? たとえば~、飲むと一定時間空を自由に飛べるようになる露とか、魔力のない人でも魔力を手に入れられる花とかね?』
「そりゃすごい。すごいけど使い道が少ないな。花の方は冒険者の中でも結構欲しがる奴は多そうだけど」
『この花の方は魔力をちゃんと制御できる人が食べるとねぇ、魔力を増やせるんだぁ。もう強い人にはあんまり効果ないけど、魔力の少ない人だと欲しいかも。んーと、ジン君ぐらいなら、多分魔力を倍に出来るよ?』
倍、と言われ、ジンは考え込む。さりげなくお前魔力少ないぞ、と言われたようなものだが、気付かなければ幸せだ。
そんなジンを尻目に、オリオールは話を続ける。
『んー、あと言葉にしてすごいって伝わりそうなのは……あ、そう言えばクレール君、呪いが大変なんだっけ? 解呪関連で物凄いのもあるよ~』
「!?」
『確かねぇ、『力づく以外での解呪方法が存在しない呪い』を問答無用で解呪しちゃう力を持つ水があるんだぁ』
「……それは」
『うん、多分、貴方の呪いも解けるよぉ。でもね、一つだけ大きな問題があるの』
パタパタ、と羽ばたいて部屋の中を飛びながら、オリオールは考える。
第四層で見どころのある素材のほとんどはどれも同じような問題を抱えている。サラは、ちゃんと見つけることが出来ているだろうか?
「副作用でも、あるのかい?」
『ううん。単純に見つけ難いの。それと、判別しにくいの。だって、水、露、霧みたいな、どれも同じにしか見えないものばかりだから』
「それ、どうやって見分けるんだ? 葉っぱに付いてたら露で、空中にあったら霧とか? でも、両方水だしなぁ」
ちょっと空気が重くなったことを感じ取ってか、ジンが話題に食いつく。最近クレールが沈み込むことが多いので、意識して場を盛り上げないと空気が際限なく沈み込んでいくのだ。何せ、イーリスはあまりしゃべらないし、オリオールはそんな空気さえも楽しんでいる節がある。
普段騒がしいところにいるせいで、あまり沈んだ空気に慣れないジンは出来る限り空気が沈むことは避けたいのだ。
『見分けられないよー。だから、場所と時間で判断するの。露は朝で木のある場所、霧は夕暮れの雲間、水は移動する水場があるからそこで、みたいに。一応、味で判断できるそうだけど……水の味を正確にわかる人なんているのかなぁ?』
「見分けられないって、スゲーな。そもそも、霧だの露だのを持って帰ろうって発想がなかなか出んわ。水のほうはともかくなぁ……」
まだ続くジンとオリオールの話を聞きながら、イーリスは軽く外を見た。
サラが無理してないといいなぁ、と思いながら。
「サラちゃん、貴方が持ってきた第四層の素材、洒落になんないわ」
サラの家に、直々にやってきたブリジットは開口一番そんなことを言い出した。
バン、と机に叩き付けられた紙に書かれているのはサラが提出した試料の一覧と、それを解析し、魔術薬にした結果得られた効果の一覧だ。
簡潔に言おう。量さえ揃えることができるなら、今までの常識がすべてひっくり返るほどの内容である。
「一般人への魔力付与、状況こそ限定されるもののあらゆる呪いの解呪、文字通りの万病平癒、欠損四肢の復元、病気の予防、ほぼ完全に近い魔物除け……たった三日で分かっただけでもこれ。
他にも特殊な加工法を必要とするものの自己復元能力を持つ金属や、今までは銀に非常に特殊な魔術を用いた加工をすることでしか手に入らなかった導化銀や神化銀の原石、時間さえかければあの『大地の地脈珠』にさえ匹敵する魔力量を蓄えられる魔石。
もうどうしたらいいのかさえ分からないほどの品の数々よ。まだ一般には回してないし、第四層で生きていられるのがサラちゃんと法国の聖騎士団長ぐらいだからまだいいんだけど……普通の冒険者が入れるようになったら、神化銀が普通に流通しちゃうわね」
神化銀。神器に使われる超金属で、軽くて頑強で、あらゆる魔術に親和性の高い金属である。ちなみに少しでも腕に覚えのある剣士が神化銀製の剣を振ると、鉄塊がバターのように斬れる。また、鋼鉄の鎚で神化銀製の盾をぶん殴ると、鎚が壊れるほどに固い。
そんなものが少量とはいえ市場流通するとなれば、なかなか素敵なことになるだろう。というか、他のものも何考えていたら設置できるのか分からないほどに狂った代物だ。
救いはこれらを作れるような錬金術師、魔術薬剤師が極めて限られることだろうか。セイファートのように一族の全てを賭して特化してきた一族の者達だけが、今はこれらの狂った魔術薬を作ることを可能としている。
ただ、サラしかいないセイファートと違って、ちゃんと一族の体をなしているので色々な意味で安心ではある。サラのように狂った戦闘能力も持ってはいないし。
「とりあえず、しばらくは第四層の素材は持ち帰らなくていいわ。第三層の素材の解析もあるから、量が多すぎて手が回らないもの。
あ、それとボード、誰にも見られなかったわよね?」
「ええ、そのはずです。困ったものですよね、陸上では一般人同然と言うのも」
肩を竦める二人。あれだけの猛威を振るったボードだが、水中では圧倒的なものの、陸に上がると普通の人間と全く変わらない能力になる。あの大質量を人間大に収め、人間と変わらない姿と重さに変えるのに全力を注いでいるからなので、仕方はない。
が、アレが海戦最強戦力だと知られれば話は別だ。なにせ護衛も付けずにほっつき歩いているひょろ長で、しかも白くて目立つのだから狙いやすいことこの上ない。
今まではバレずに来ているのでいいが、第三層の探索が基本的にはボード以外に出来ないことを考えると頭の痛い問題である。
「まぁ、アレのことは忘れよう。それよりも、第四層はどんな感じなの?」
「空です。とても気持ちよく飛べそうな。でも、飛んでるとよく叩き落とされます。空間系の罠だと思うのですが、一切感知できませんし、出を察知することも出来ません。順路通り進め、ということなんでしょうね」
「叩き落とされても生きてるあなたに驚いたわ」
「意識さえ失わなければ、飛翔魔術ぐらいすぐに使い直せますし。それより、一度底まで落ちてみようと思います。まさか永遠に落下するだけ、ということはないはずですので、何があるのかを確かめませんと」
「……死なないようにね」
ごく普通に無茶を言うサラに、ブリジットは何も言うことが出来ない。飛翔魔術が使えない状況に陥っても、永遠に落ち続ける羽目になったとしても、なんとかして見せるというサラの覚悟の重さを見て取ったのだ。
こうと決めた時のサラを曲げることは出来ない。なので、ブリジットに出来るのは心配の一言を掛けるだけだ。
「じゃ、お邪魔したわ。あまり、根を詰め過ぎずに頑張ってね」
「はい。ありがとうございます」
「またね」
「ええ、また、いつか」
最後にそれだけ言い合い、ブリジットはサラの家を出ていく。
今は、ただそれしか、ない。