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ガイラルの迷宮  作者: 光崎 総平
第六章 十二使徒、その力
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第五十七話

 三日後、再び第三層――第十一階層を訪れたサラは、担いで運んできた貧弱なもやし野郎を海へと放り込んだ。

 随分と雑な扱いだが、この男にはこれぐらいでちょうどいい。何せ、広い海以外では何の役にも立たないのだから。

 放り込まれた男も特に文句はないようで、うんうんと頷いている。


「狭いな、ここ。大体四百マイル四方で、深さは十マイルってところか。五分あれば隅から隅まで行ける――っと、階段見っけ。お、結構強い奴がいるぞ、最上級の魔人か。余裕だけど」


 ぷかりぷかりと浮きながら、白髪頭に白一色の服を着た痩身の男はそんなことを言う。

 見た限りでは全く強そうに見えない。この男の能力を、今この状態を見て看破できる存在がいたらお目に掛かりたいぐらいだ。

 だが、見誤ってはいけない。このもやし同然の男は、魔術師協会が抱える化け物の内の最高峰に位置するのだから。


「んじゃ、元に戻るわ。ちょっと深場に行くから、ディープ・ブルー顕現させるまではそこで待っててなー」


 だらしない笑みを浮かべて、男は手も足も動かさず、水に浮かんだまま移動していく。傍から見ると非常に奇妙な光景である。

 そして、岸からある程度離れたところまで移動したときのことだった。

 巨大な鮫の魔物が、男を食いちぎらんと襲い掛かる。

 男の胴体に喰らいつき、鮫は思いっきり歯を噛み締め――あまりの固さに歯が通らず、強靭な顎ごと全ての歯を砕かれていた。


「――海を総べる龍にその程度ではなぁ。もっと思いっきり来ないか」


 痛みなどまるで感じていないかのように、男は言う。サラもこの結果が分かりきっていたため、戦闘態勢すら取ることはなかった。


「まぁ、知性なきものに何を言っても無駄だよなぁ。とりあえず死んどけ」


 言うが早いか、男は適当に巨大なヒレを伸ばして鮫の魔物を打ち砕く。――そう、男の腕がヒレと化しているのだ。

 それをきっかけにして、徐々に男の姿が変わっていく。貧相な男の姿から、優雅にして巨大な純白の龍へと。

 長さだけで一マイルを超える、長大な海龍。それが、この『海鳴り』ボード・ビート・ロードの真の姿だ。

 この状態になっただけでも、既に水中戦では今のサラを超える。大海を総べる最強の魔物ミズガルズオルム――海戦においては最上級の魔人と並び称される存在と肩を並べるほどなのだから。

 だが、まだ本気ではない。ここからが真骨頂だ。


「――――――!」


 龍の咆哮が世界を揺るがす。

 同時に、ボードの周囲に機械的な鎧が顕現し始めた。流線的な造形をした、ボードの巨体を覆う鎧。ご丁寧に頭の辺りには人が乗れそうな空間が設置されている。

 これが、『海鳴り』ボードを海中戦無敵と言わしめる最大の要因。サラのスカーレットと同じ、禁断兵器の内の一つ。

 海戦特化の禁断兵器『ディープ・ブルー』。使いこなせているとは言い難いサラとは違い、ぼーどはこの超兵器を手足の延長として完全に使いこなす。


「さぁ、サラ嬢、乗った乗った。次の層まで約三分の快適な深々度航海を楽しんでくれぃ」

「ええ、お願いします」


 完全に顕現し終わったのを確認し、サラは海面を歩いてディープ・ブルーに搭乗する。

 機械的な外観に合った内装で、もてなすためかソファとテーブルが置いてある。開発者は一体誰を乗せる予定でこんな場所を作ったのか。

 まぁ、便利なものは便利だ。サラはふかふかのソファに腰を下ろして、ゆっくりと周囲を見渡した。

 外から見たときは鈍色の輝きを持つ神化銀の装甲にしか見えなかったが、中に入ってみると何故か全周囲の装甲を透過して見ることが出来る。見れないのは床に遮られる足元ぐらいか。見えてもボードの鱗か毛並みぐらいなのでどうでもいいが。


「その中は完全慣性制御されてる。すぐ着くから楽にしててな」


 そう言うが早いか、ボードは体を揺らして海中へと潜る。

 それ以降は、もうあまりの速さにサラの動体視力を以ってしても、ほぼ何も認識できなかった。

 ただ全てが後ろに流れていく。その速度はおよそ音速の十倍ほどか。空気より遥かに重い水の中で、周囲に一切の悪影響を及ぼさずにこの速度を実現するのは驚異と言うほかない。しかも、これは巡航速度であって、瞬間的な最高速度とは全く違う。

 神器に完全適合し、己の力の方向性と完全に合致しているがゆえに可能となる、究極の形の一つだ。

 幾らかの魔物とぶつかっているはずなのに、衝撃がサラを襲うことはない。本当に快適だと言えるだろう。

 ――そして、ソレが高速移動するボードを捕捉する。

 この層の守護を任される魚竜型の最上級魔人は、ボードを遠距離攻撃では止められないと判断し、最短距離を通って下の層へと向かうボードに直接攻撃を仕掛ける。

 それが、最大の間違いとも知らずに。


「ほう、挑むか、この俺に」


 暢気なボードだが、戦場に立った時の彼は海龍として相応しい威厳を持つ。

 動きを止め、ボードは全身に力を充足させる咆哮を上げた。

 海全体が振動するほどに力強く、圧倒的な咆哮。物理的な力を持たず、ただ威圧として作用する。

 それが伝えるのはただ一つ。力の差だ。種族としてミズガルズオルムに並び、己の人生で全てを磨き上げ、禁断兵器でその全てを強化するボードは、広い水中においてならばゼイヘムトすら軽く凌駕する。神にすら並び立つと言っても過言ではない。

 水中以外での性能を全て捨てたがゆえの、最強。

 実際にゼイヘムトと戦うならば空中からの超飽和砲撃で圧殺されるだろうが、しかし、今回の相手は水中にいる。

 そう、ならば。

 最強とすら呼ばれる力を思う存分に振るえるというものだ。

 それまでの巡航速度が止まって見えるほどの急加速と共に、ボードは敵へと突撃する。

 単純にして絶対的な速度と質量の前では、ありとあらゆる小細工は意味をなさない。纏う神化銀の鎧も相俟って、ボードは一条の矢のように魔人へと襲い掛かった。

 もちろん、魔人もあらゆる手を尽くした。何百にも及ぶ障壁でボードの速度を削ごうとしたり、砲撃で攻撃したり、全力で逃げようともした。

 だが、無意味だ。

 鎧袖一触。

 文字通り一撃で最上級魔人を粉砕し、完全に消滅させる。魔王級の魔人なら、あるいは一矢報いることは出来ただろうが、それはない物ねだりというものだろう。

 圧倒的、それ以外に言いようのない力を誇示し、悠然とボードは巡航を再開した。

 そして、宣言通り三分で次の層へとつながる階段――いや、空間跳躍の魔法陣へと到達した。


「あ、ちょっと降りるの待ってくれ。今、耐圧とかを……よし、出ていいよ」

「何から何まで、ありがとうございます」


 お礼を言い、サラは搭乗席から出て魔法陣のある場所へと向かう。地上の千倍以上の圧力が掛かっているはずなのに、それを完全に無効化しているボードの手並みには感心しきるばかりだ。


「さて、俺はこの海のめぼしい物や魔物の素材を回収して、地上に戻るよ。しばらくはこの作業に従事するから、用があったらここに来てちょーだいな」

「分かりました。ありがとうございます」

「ははは、美人にお礼を言われるのはいつ振りかな。どうだい、いつか食事でも」

「それはお断りします」

「手厳しい。んじゃ、頑張ってなー」


 声だけで苦笑し、ボードはあっという間に見えなくなる。

 あんな軽いことを言っているが、ちゃんと妻帯者で愛妻家だ。以前にサラも見せてもらったことがあるが、とても綺麗な蒼の海龍だった。

 さて、と言いながらサラは次の場所へと続くらしい魔法陣と、その周囲を見やる。

 脈絡なく深海に存在する、石の円盤に刻まれた複雑極まる魔法陣。円盤の上の幾らかの空間だけは空気が満ちており、普通に息をすることが出来る。また、魔物を遠ざける作用もあるようで、割とうようよいる魚の魔物は遠巻きにして近付いてこない。

 ここまで森、洞窟、海と変わってきた。さて、次はどのような場所が待ち受けているのか。

 意を決して、サラは魔法陣へと足を踏み入れた。

 空間転移に特有の浮遊感と催吐感がサラを襲うが、しかしそれらはもう慣れっこだ。

 一瞬、白い光に視界が奪われる。

 そして、次にサラの目に入ってきたのは光無き深海とは完全に対極に位置する場所。

 ――遮るものなき、蒼空だった。


「……毎度思いますが、こんなものが地下にあるということが本当に驚きですね」


 そう言って、サラは転移用魔法陣から降りて、飛び石のように設置されている足場へと降りる。足場は結構広く、一つ一つが小さめの広場ほどもあるだろうか。どういう原理かは分からないが、魔術を用いることなく宙に浮いている石造りの足場は確かな感触と共に、サラの体重をしっかりと支えた。

 軽く跳躍したりしてみるが、特に揺れたりすることもない。この上での戦闘も充分に可能だろう。


「さて、とりあえず直通で転移できるようにしておきますか……

『我、深淵の蒼海を踏破せし者。閉ざすものよ、我が意に従い、真の姿を見せよ』」


 サラがそう言うと、転移用魔法陣の刻まれている円盤が轟音と共に大きく広がっていく。仕組みが本気で分からないが、まぁ便利なので余計なことは考えない方がいいだろう。

 ちゃんと地上への転移魔法陣が稼働していることを確認し、サラは四肢に闘志を充足させる。第三層では戦えなかったので、休んでいた分だけやる気が溢れているのだ。

 別に飛び地を渡らなくても自分で空を飛べるサラは、飛び地を完全に無視して飛翔していく。

 魔人以外なら敵にすらならないサラは、もう何かに縛られることもなく――












 勧誘するべき最後の神格存在を拳で沈めたゼイヘムトは、肩で息をしながら今までの惨状を思い返す。

 問答無用で全防御を貫通する雷撃を放つ雷神だの、異常なまでの敏捷性を持つ猫神だの、自称・全てを焼き尽くすらしい炎神だの、月をも撃ち落とすらしい弓神だの、やたらと種類豊富だった。

 そのどいつもこいつもが基本的に最上級の魔人並、しかも暴走している上に完全に得意分野に特化しているので鬱陶しいことこの上ない。

 正直、総計二十柱もの神格存在を相手にさせられたため、割と疲労度が酷いことになっている。張り倒さないと正気を取り戻せないなら、他の連中も手伝ってくれれば良いものを。


「とりあえず、これで終わりだな。地上の準備は出来ているのか?」

「そう簡単に神殿が建つわけがないだろう。まぁ、後はのんびり待つといい。下の進行具合からして、少しゆっくりしていればちょうどいいぐらいに建つだろうし」

「ちょうどいい? サラはどこまで進んだのだ?」


 いつの間にか現れた蛇神に、とりあえずゼイヘムトは質問をしておく。意味の分からない理不尽な移動法を心得ている蛇神は、魔術なしでいくらでも空間転移を行ってくるのだ。

 いつでもどこにでも現れるため、もうゼイヘムトは蛇神がどう現れようが気にしなくなっていた。

 ゼイヘムトの問いに、蛇神は軽く肩を竦めながら頭に手を当てた。


「とりあえずレギオンは撃破――おお、ポセイドンまで撃破しているな。つまり、第四層だな。どうやって第三層を三日で攻略したのかは知らんが、第四層まで進んでいる。

この分なら第五層到達辺りで神殿が出来るか? セイファートの裔がどこまで強くなっているかは分からんが――とりあえず第四層は人間にとっては一つの壁だ。あれを難なく越えられるなら、最後まで行くことは不可能ではないだろうな」

「ほう? どういう場所なのだ?」

「基本的には空だ。問題は他の層と違い、層を守る魔人が複数いるということだな。最上級の魔人が、確か三体だったか? それらを同時に相手する必要がある。お前ならともかく、我々ならともかく、人間には辛いだろう。

だが、それすら超えることが出来るのなら、あとはもうあの迷宮に眠る存在以外に敵はない。まぁ、最後まで行けることと、アレに勝てることは全くの別物だがな。しかし、我々は僅かな可能性に賭けるほかないのだ」

「ふん、神などとして君臨するからそうなるのだ。世界にとっての異物であるがゆえに、攻め入って来た者を排除できない。余のように魔王のままであったなら、問題なく動けたろうに」


 ゼイヘムトの言葉に何かを返すことはせず、蛇神は肩を竦めてあいまいに笑う。そして、唐突に消える。

 逃げたか、と軽く呟き、ゼイヘムトはゆっくりと歩き出した。

 彼が今出来ることは終わった。後は来たるべきときに対応できるよう、体を休めておくだけだ。そう、



 ――知り過ぎたがゆえに、今はまだ下界に戻ることは出来ないのだから。

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