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ガイラルの迷宮  作者: 光崎 総平
第五章 地を覆うもの
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第五十三話

 迷宮の第九階層から第十階層へと続く階段の前に、冒険者達が集まっている。

 その人数、五部隊二十七人。恐らく、サラを除くなら迷宮攻略組最強と言える面子だ。

 各々、全部隊が単独でここまでに存在する守護者を難なく破ることを可能とし、裏階層にさえ数日に渡って滞在出来た、およそ人間――人族、魔族、神族、獣人――現在人間とされている全ての種族の中でも選りすぐりの者達だと言えるだろう。

 突然変異や先祖返りに近いごくわずかな例外を除き、彼らは最高の能力を持つ。

 その中でも一際大きな力を持ち、重厚な鎧に身を包んだ神族の聖騎士が先頭に立って口を開いた。


「諸君。この先に待つのは最低でも上級以上の魔人だ。緒戦ではかのサラ・セイファートでさえ死力を振り絞らなければ勝てなかったであろう相手である。ゆえに、私は言おう。――生きろ、と。

たった一人でもいい。この先に待つ脅威がどれほどのものか。我らの身に刻み、そして、後へつなぐために。誰か一人でも、必ず生きて帰れ」


 それは全員が覚悟していることだ。

 誰一人として、死を恐れてはいない。既にそんな段階は全員が突破している。恐れるべきは、自分の死ではない。後に続く誰かの死なのだ。自分が死ぬことで誰かの死を一つでも多く減らせるのなら、彼らは喜んで死ぬだろう。それだけの覚悟を、刻んでいる。

 自分達がどのように動いて、どのように対応されたのか。それらを誰かに伝える。全滅が許されるのはその後だ。


「……死にたがり共め。私もだが。では、行くぞ。人の手で、魔人を討ち果たせることを証明する」


 ラウドラント法国聖騎士長ダンテ・グランディスは階段へと足を踏み入れる。

 瞬間、猛烈な魔力と闘気が階下から吹き上がってくるのを感じ取り、しかし一切の躊躇なく第十階層へと続く階段を降りていく。

 死を覚悟していた猛者達ですら動揺するほど力だが、しかしダンテは気に留める様子すらない。むしろ、自分もその闘志に呼応して力を解放していく。

 階段を抜けた先、そこは今までの洞窟とは打って変わり、どこまでも広がる広大な草原が広がっていた。

 吹き抜ける風は清涼で、しかし怖気を催す圧倒的な力の残滓を運んでくる。

 『敵』の姿は見えない。だが、分かる。

 姿を隠しているのではない。ただ単純に遠くて見えないだけだ。

 それでも感じられる桁外れの力。勝ち目など、まるでない。


「――我が名はレギオン。たくさんであるがゆえに」


 不意に、そんな言葉が届く。

 一瞬の油断なく全周を警戒していた冒険者達は、前方にそれが現れたことを敏感に察知した。

 "それ"は黒い外套を纏った、男に見える。なるほど、人の形をしてはいるだろう。だが、違う。

 形だけだ。

 人と同じ形に、あらゆる要素を詰め込み過ぎた、何か。異常なまでに粘度の高い液体が人の形に渦巻いているようにも見える。


「ようこそ、我が階層へ。問おう。お前達は何のためにここへ来た?」


 ただの言葉だけでも心を挫くほどに絶大な存在。常人であるのならば、既にこの時点で膝を突き、命乞いをしているだろう。いや、恐怖で泡を吹いているかもしれない。

 常人でなくとも、頭を引っ掴まれて跪かせられるような圧迫感には耐えられないだろう。

 だが。


「つなぐために」


 ダンテは一歩前に出る。

 くすんだ金の髪を風になびかせ、至高の聖騎士は剣を構える。

 それを見て、魔人は笑う。ただ嬉しそうに。


「良い答えだ。では、お前達がどこまで届くか見てやろう。――我が名はレギオン。たくさんであるがゆえに」


 言葉と共に、魔人の胎の内から何かが出てくる。

 現れたのは巨大な――


「なめるな」


 一閃で、ダンテは出てきた巨大な狼を両断する。

 守護者にも匹敵する魔物だが、しかしダンテにとってはまだ雑魚に等しい。

 狼の排出と共に距離を取っていた魔人は、ふむ、と顎を撫でた。

 今の攻防で、ダンテ以外は一切動かなかった。動けなかったのではなく、自分達の意志で動かなかった。それはつまり、この程度では本当に相手にならないことを意味する。


「すまない。加減が分からなかった。しかし、良い覇気だ。もう一つ問おうと思うが、いいかね?」


 力を渦巻かせながら、魔人が言う。

 静かに、ダンテは頷いた。


「つなぐ、と言ったな。それはつまりお前達は我々を倒そうとはしていないということ。我々を倒す者は他にいるのか? そして、それに我々の情報を渡そうというのかね?」

「最初の質問は、その通りだ。だが、二番目は否だと言っておく」

「――なるほど。ということは見つけたか。見事だ、人間たちよ」


 魔人はそう言って、胎から強大な何かを生み出す。

 そう、それは。


「上級の、魔人」

「一目でよく分かるものだ。僅か二回だが、察せる者は察したか? 我々の力がいかなるものか」


 生み出されたのは粘土で作られたかのようにのっぺりとした、顔も何もない人型の魔人だ。

 ちゃんと人間の形をしているが、しかし生き物の気配はしない。上級の魔人級の力を持った木偶人形が正しいだろうか。


「我が名はレギオン、『地を覆うもの』。隠す必要もないことだから教えよう。我が力は『増殖』。有限だが無尽の戦力を有する。

まずは上級――平均的な上級の魔人の中でも、何の能力もないものから始めよう。どこまで行けるのか、どこまで到達しているのか。人間の可能性を我々に教えてくれ」


 魔人、レギオンはそう言って姿を消す。目の前の木偶に集中しろと言うことだろう。

 ダンテは目を見開いて剣を構え、声を上げた。


「全員、こいつを倒すぞ! 意識を集中しろ!」


 同時、凄まじい速さで木偶がダンテに襲い掛かった。

 ただの突撃ではない。数十以上の魔弾を引き連れた、常軌を逸した特攻。しかも、これは。

 速度や力だけではない。超一流の戦闘技術をも備えている。

 一瞬で懐に潜りこみ、周囲とダンテを魔弾で切り離した上での十五連打の拳。一発一発が必殺の威力を秘め、掠っただけでも人間を挽き肉に変え得るだろう。

 ただし、当たればの話だ、十五の連打が放たれた直後、一閃することで攻撃を左右に分割し、ダンテは片側の拳撃の一発目と二発目の隙間を縫って致命の領域から離脱する。

 それに僅かに遅れ、閃光の魔術が木偶を貫――けず、押し戻す。細く絞られ、威力を収束した光の魔術でも貫けない上級の魔人の肉体の強度が知れる。

 しかし驚くことはない。即座に盾部隊が最短距離で木偶へと殺到し、そのまま盾ごと体当たりを敢行する。

 神化銀や導化銀を惜しげもなく使った人界最硬の盾を並べ、魔術で限界を超えた速度を実現した体当たりだ。三人並べば動く山を半壊させるほどの威力を持つ。中級の魔人なら、当てられさえすれば粉砕できるだろう。

 だが、この木偶は上級の魔人と同等の力を持つ。自分より遥かに重い盾騎士達の体当たりを、なんと真正面から押しとどめて見せた。

 流石というべきだろう。恐るべき身体能力だ。

 それを見越した攻撃である、という一点を除くなら、この木偶には褒めるべき点しかない。

 受け止められた後、即座に盾騎士達は自らの身を横へと投げだす。多少体に無理を掛けるが、しかし後ろからの追撃の方が怖い。

 正確無比な弓の連射による弾幕が木偶を襲う。魔術を併用することで威力と速度、質量を向上させた数十発の矢は、恐るべき精度で木偶の関節部などを捉える。

 連続する攻撃だが、しかし木偶が一切の詠唱等なしに展開した障壁に阻まれた。

 これが上級以上の魔人が全て備える無詠唱の魔術行使。詠唱を行った方が強いのは当然だが、行わなくても充分すぎる能力を有するのだ。

 ――その程度、サラや他の現在に生きる魔人がもたらした情報で周知されていることだが。

 矢が防がれるのは当然。体当たりも、矢も、全ては動かさないための行動だ。

 本命は、他にある。


「ゼェェェエエエイッ!」


 裂帛の気合と共に、ダンテが糸よりも細く研ぎ澄まされた斬撃を放つ。

 限界を超えて収束された斬撃はあらゆる防御を、硬度を無視して全てを切り裂く。これを防ぐには隔絶した防御力を持つか、ダンテを超える技術を用いるほかない。

 障壁ごと、木偶が両断される。ずるりと音を立て、二つになった木偶の体が分かれて倒れた。

 まさに一撃必殺。

 とはいえ、えてして強力な技には欠点がある。

 この一撃もそうだ。僅かな時間とはいえ極限までの集中を要し、相手が動けない状況でなければいけない。また、一瞬に全てを賭ける関係上、消耗が著しく大きい。

 木偶の体が灰となって消えると、レギオンが空間からにじみ出るようにして姿を見せる。


「見事。消耗しているようだが、さぁ次々行こう。ここが最大とはいえ、お前達が危惧するものにいるのがこの程度なわけがないだろう?」


 ぞわりと、レギオンは再び木偶を生み出す。先ほどと似ているが、しかし内包する力は別物だ。いや、それどころか――


「今度は能力付きだ。どんな能力かは戦って知るがいい。我々に見せてくれ。さぁ、先を。果てを。人間の至る到達点を我々に!」


 レギオンの咆哮が迷宮を揺るがし、そして――











 その後、四体の木偶を倒し、冒険者達はほぼ疲弊し尽くしていた。

 奇跡的に死者はいない。いや、死なないようにされていた、というべきか。

 全員が全ての力を絞りつくし、もう動くことすら困難な状況に至っている。あとは敵のさじ加減一つでいつ殺されてもおかしくない状況である。


「見事。見事。実に見事だ。人は限界まで鍛えあげ、上手く戦えば上級の魔人さえも打倒し得るか。まぁ、我々が有する因子に上級の上位魔人はいないが故、真に抗し得るかは別だが」


 各々、武器や盾を杖代わりにしなければ立っていることすらも出来ない状況の冒険者達とは違い、レギオンに消耗している様子はない。この程度は児戯だということだろう。

 それでもなお戦意を失っていない彼らを見て、レギオンは肩を竦めて背を向けた。


「お帰りはあちらだ。我々は先に進もうとしないのならば殺す理由がない」

「慈悲を、情けを掛けるということか!」


 去って行こうとするレギオンに、ダンテが吼える。

 屈辱だろう。死を覚悟してきたというのに、トドメすら刺されないというのは。

 しかし、レギオンはそんな言葉に首を振る。


「――どんな組織でも一枚岩ではない。積極的に殺してお前達の戦力を削ごうという者達と、それとは違う意志を持つ者がいるだけだ。

ゆえに、我々はお前達が戻るのならばこれ以上の手は出さない。我々が敵とするはこの先に進みうる、人智を超えた化け物のみだ。そう、ここを進もうと望むのならば――」


 ただ静かに、レギオンは歩みを進め、そして。


「我々、全群をもって相手をしよう。最上級魔族男爵位――『地を覆うもの』レギオン。我々と戦うものは億の、兆の、京の、それ以上の群勢を相手にする覚悟を持つがいい」


 まさに地を覆うほどの――数えることすら意味をなさないほどの、空さえも塗りつぶす軍勢が現れる。

 多種多様な形を持つ、絶対的なまでの数。数。数。

 ある程度以上の実力者には数の暴力は通用しないとされるが、しかしそれは『数』が少ないから言えることだ。終わりある身である者にとって、純粋に桁の違う数とはすなわち無限に等しい。

 その全てが最低でも今さっき冒険者達が相手にした上級魔族と同格かそれ以上。これが迷宮からあふれ出たのならば、それはすなわち世界の終りすら意味する。

 千億の絶望が、ここに降臨した。


「帰るがいい、繋ぐ者達よ。そして、伝えよ。我々は一切の小細工なく、ここで待つ。先に進まんとするのなら、この我々の全てを滅ぼして進め」


 ――そして、その全てでさえ天秤の片側としてつり合わないほどの威圧を、レギオン本体が放つ。

 双方から放たれる威圧は、歴戦の冒険者達の心を折るには充分すぎるもので。


「……帰るぞ。こちらの役目は果たした。後の役目は、サラ・セイファートのものだ」


 それでも、誰一人として膝をつくものはいない。

 肩を貸しあい、足を引きずって歩くが、決して屈しない。

 自分以外の全員が帰途に着いたのを確認し、ダンテは振り返って声を上げた。


「私達を生かして返すこと、後悔するがいい」

「させて見るがいい、人界の強者よ。我々は、ここでそれを待つ」


 絶大な威圧を跳ね返して吼えるダンテに、レギオンは嬉しそうに笑う。



 ――それは、サラが第十階層へと向かう三日前のこと。

 一対億千万の絶望、その大戦争が始まる三日前のことだった。

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