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ガイラルの迷宮  作者: 光崎 総平
第五章 地を覆うもの
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第五十話

 サラは今までに経験してきた全ての戦闘を記憶している。

 どこでどう足を運んだのか、相手がどう動いたのか、自分がどう対応したのか。

 戦闘にすらならなかったものは覚えていないことが多いが、ちゃんとした戦闘は全て記憶しているのだ。

 だから、サラは頭の中で先ほどの戦闘の全てを何度も何度も繰り返し再生する。

 何がいけなかったのか。何故、回避されたのか。その理由を探るために。

 目の前の庭に刻まれた凄まじい抉れ跡を合わせて見て、サラは一つの事実に気付く。あのユーフェミアの動きの痕跡がない。無駄な破壊を撒き散らしたサラと違い、ユーフェミアの動きの跡は僅かに草がつぶれている程度だ。

 明らかにおかしい。あれだけの速さで動いていたのなら、破壊が起きて当然なのだ。

 つまり、サラと違って、ユーフェミアは力の減衰なしで動いていたから全て回避できたのか? それも主要な要因の一つだろう。だが、それだけであるわけがない。攻撃の大まかな範囲を読み取り、そこから離脱することでの回避していたのだから。

 一切の魔術を使わずに、接近戦の素人がサラの攻撃を先読みする。同格の速度相手に、確実に読み勝って全て回避できるとなれば、明らかにサラの行動の前兆が読まれているということだ。

 ユーフェミアの目線がどこにあったのかを思い返しつつ、サラは先ほどの戦闘を自分で再現し始める。

 大地を蹴り、一直線に懐へ潜りこんでの正拳突きは僅かな左への跳躍で回避された。間髪入れずに放った下段蹴りは軽く後ろに下がられただけで回避された。その後の攻撃も全て、紙一重ではないが小さな移動だけで回避されきっている。

 何度か同じことを繰り返し、十度目の繰り返しで、サラはあることに気付く。

 自分の攻撃には、全て簡単に分かる前兆がある、と。

 答えに至れば簡単な話だ。つまり、振りまいている無駄な破壊こそが前兆となり、相手に攻撃を知らせている。

 踏込みを行えば大地が砕け、拳を放とうとすれば大気を割る。それらの破壊自体がサラの速度を、力を減衰させる上に、攻撃の種類まで相手に教えてしまうのだ。

 なるほど、サラより多くの戦闘経験を積んでいる相手にこれでは、簡単に避けられても仕方がない。

 では、防ぐ方法は何か。どうすれば次の機会にユーフェミアの度肝を抜くことができるのか。

 発想としては簡単だ。単純に、それら全てをなくしてしまえばいい。無駄な破壊を撒き散らさず、力も速度も減衰させない。それは、つまり理想である。

 言うは容易く、行うは難いことだ。

 大体、どうやるかの目星はつくが、想像を絶する難易度になる。何せ、自分の行動全てに含まれる、全ての影響を先に潰していかなければならないのだ。

 必要とされるのは極小の魔術の超絶連続発動。恐らく、足を一歩踏み出すだけでも十以上の魔術を発動させなければならないだろう。音を超える速度域で、そんな無茶を行おうというのだ。現状の処理速度では、歩くこともままならなくなる。

 とはいえ、これから先では必須となる。近接戦闘の心得のない相手に、ああまでも見事に全て回避されきったのだ。もし、ユーフェミアに殺す気があったのなら、サラは既にこの世にいない。消し飛ばされて終わりだった。

 ありがたいことだ、とサラは思う。

 最上級の魔人の戦いを、体験することが出来たのだから。もし、予備知識なしだったら、話にすらならずに殺されていた可能性が高い。それほどまでに、今までとは次元が違う。

 今までに殺し合った中での最強はあの黒竜ノワル・ドラクリオスだったため、完全に戦力を読み間違えていた。恐らくはアレが上級の魔人としての最高位なのだろうが、最上級と比べるなら塵に等しいだろう。

 一段上がるごとに能力の上昇が著しい、魔人とはそういう存在なのだろう。どれほどの数が集まっても下級では中級に勝てず、中級は上級に、上級は最上級には決して勝てない。

 実際、あのノワルも膨大な力を持っていながらも、巨体ゆえか攻撃以外の速度は大したことはなかった。その速度を補う魔術などの手段を持っていたが、それは所詮補う程度に過ぎない。

 これはあのユーフェミアやフロウを見たサラの推測になるが、最上級の魔人とはそういった制限を全て取っ払い、自分の持つ可能性を自分の望むように割り振れるのだろう。魔力や身体能力でサラに遥かに勝るはずのフロウが戦闘行為をほぼ行えないことを考えると、それほど間違ってはいないはずだ。

 それに、サラは追いつかなくてはならない。まさかフロウのように戦闘の出来ない存在が配置されているわけがないのだし、確実とは言えずとも、対抗できる手段を有することは必須だ。

 なら、やることは一つ。

 限界の十や百程度、砕いて進まなければどうせ死ぬのだから。


「わたくしの頭の処理速度が遅いのが問題、ならば上げればいいのです。まずは十倍から試してみましょう。なに、それで死ぬなら、そこまでだったということです」


 笑顔で言い切り、サラは思考速度を加速させる。

 二、三十の魔術なら平然と同時行使できるサラだが、よくよく考えるとそれらは長時間持続させるものが主で、常に変動する状況に対応する魔術はあまり多く使わない。魔導練氣術による強化を含めても、三つか四つが精々だ。

 つまり、これから先は未知の領域の連続となる。

 かなり厳しいが、しかし。

 サラは、ただ笑みを漏らすだけ。


「――まだ、強くなれる。先へと届く。その可能性があるのでしたら、死ぬぐらい、なんだと言うのでしょう」


 ぽつりと呟き、サラは加速し、白熱する頭で魔術を組み上げる。

 どうすれば破壊を撒き散らさずに済むのか。まず自分の走る土台の強化――否、強固な障壁による足場の作成は必須だ。これだけでも走る速度は格段に上昇する。前からも使っていたが、現状の強化具合だと並の障壁では意味をなさないため、必然的に魔導練氣術を応用した、現状で出来る最大限に強固な障壁を毎回用意する必要がある。

 それだけでもかなり厄介だが、出来ることなら最小の足場を作りたい。消費を抑える意味でも、相手に出来るだけ悟られないようにする意味でも、これは出来る限り実現しなければならない。

 が、音速域での身体駆動は、百戦錬磨であるサラにとってもまだ完全に制御しきれているとは言えない。制御できないものを先読みして、精密な位置に足場を作ることなど不可能だ。

 そもそも、足場だけでは意味がない。音を超える際に生じる空気の壁との激突や、そのときに生まれる衝撃波などへの対処も必須となる。

 空気の壁は先に砕き、衝撃波にはより強力な波を当てて相殺する。そして、それで起こる更なる影響へと対処し――

 ただ走る、それだけのために数歩で百以上の魔術を使わせられる。完全にサラの処理能力限界を上回り、僅か一瞬意識が飛ぶと同時に、サラはつまづいてごろごろと数十ヤードも転がっていく。

 白熱しすぎた頭が恐ろしく重い。思いっきり転がったためにいくつもの擦り傷――どころか何カ所か抉れたような傷が出来たが、しかしサラは笑い続ける。

 狂ったように十秒ほど笑い続けた後、サラは自分の走っていた場所を見やる。

 破壊の痕跡が、ない。転がった場所には血の混じった破壊痕があるが、走った場所にはない。

 成功だ。

 走っている最中にも感じられたが、一切の減衰なく恐るべき速さで走ることが出来た。加えて、今までよりもずっと安定することも出来ていた。

 恐らく、これが正解の一つ。確かに、こんな真似をし続けられるなら、それは強いだろう。

 だが、いくら強くとも人間にやり続けられる芸当ではない。まず間違いなく、頭のつくりからして違う最上級の魔人専用の能力だと言えるだろう。

 事実、サラはわずか数歩で限界を迎え、無様に倒れ伏している。

 軽く体を震わせ、手を握りしめたまま。

 泣いているのだろうか。己の未熟さを、弱さを嘆いているのだろうか。

 否。断じて否である。

 笑っているのだ。先ほどのような狂笑ではなく、静かに、全てを押し殺して。


「掴みました。僅かでも、感覚を掴みました。分かります、やり方が。動き方が。後は反復。徹底的に、体に覚え込ませるだけ。

考えるより先に、判断するより前に、これを行えるようにする。今はまだ数歩程度。ですが、必ず辿り着いて見せます。出来る限り早いうちに」


 その言葉に込められた桁外れの決意を、誰が知るだろうか。

 自身の終焉が近づくことを知りながらも、サラはその歩みを止めることはない。むしろ、最後の地点を目指して走り出そうとしている。


「さて、頑張りますか」


 言って、立ち上がる。その時には既に全身の怪我は消え去っていた。

 あとは、もう。

 本当にぶっ倒れるまで修練を積む以外にない。












 第十階層。

 そこに座す存在は、ゆっくりと目を開けた。

 近くまで迫ってきている。想定よりはるかに早い。

 だが、そんなことはどうでもいいことだ。全て、ここで潰えるのだから。


「我が名はレギオン。たくさんであるがゆえに」


 ささやき声に近い小さな声だが、しかし階層全体を震わせるほどの力に満ちている。

 恐ろしく広い草原のような場所で、ただ一人階段を背にして座っている彼こそがこの第二層光明の洞窟の最後を守る存在だ。

 未だ何者もこの階層まで踏み込んできていないため、幾重もの封印が彼を縛っている。たった一つでさえ上級の魔人程度では抗することもできないほどに強力な封印が、合計で三十七も。

 それでも、彼が湛える力は桁外れに大きい。ともすれば、その封印を全てはねのけてしまえそうなほどに。

 もっともそんな無粋をするような存在ではない。

 まずは待つのだ。この迷宮を攻略せんとする者たちを。

 あの『鎧獣騎』マンティコア・ジェヴォーダンを打ち果たし、次の獲物として己へと挑まんとするものを。

 極めて楽しみなことだ。

 マンティコアを倒したのはどういった存在なのかを思うだけで、興奮が止まらない。

 さて、どのような面子があの獣王を倒したのか。

 岩のように屈強な男だろうか。枯れ枝のような手足の魔術師だろうか。見事な腕前の剣士だろうか。神に全てを捧げた聖職者だろうか。それとも、そのどれもだろうか。

 何にせよ、非常に楽しい戦いが出来るだろう。


「さぁ、早く来い、我が敵よ。どれだけお前は我々を砕けるか。本当に楽しみだとも」


 男は、己の纏う外套をぞわりぞわりと蠢かせながら、抑えきれないのか笑みを漏らす。

 ただ圧倒的な力を内に押し込め、笑みを漏らす。


「我が名はレギオン。たくさんであるがゆえに」


 その声は、幾億もの重なりを持つかのように、響いていった。

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