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ガイラルの迷宮  作者: 光崎 総平
第五章 地を覆うもの
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第四十九話

 全ての認識が変わっていく。

 今までの世界が壊れていく。

 超加速域で、それはサラを変質させる。

 己の認識の中で、何が不要なのか。己の感覚の中で何が不要なのか。

 まずこそぎ落とされたのは嗅覚だ。音速を超える世界において、嗅覚は意味をなさない。

 次いで、聴覚も消えた。自身が音より早い以上、音が聞こえても意味などない。

 逆に強化されていく感覚もある。

 風を、地を踏む感触を確かめる触覚はより鋭敏になり、細かなことまで感じ取れるようになる。

 己も敵も加速していくため、視覚は桁外れに強化されている。全体的に常軌を逸した強化が施しているが、やはりその中でも動体視力の向上が著しい。

 まさに戦闘完全特化の布陣だが、しかし。

 サラは明らかに素人の動きをしているユーフェミアに、一切の攻撃を当てることが出来ずにいた。

 どんな布石を打って拳を放とうと、まるで宙に浮く羽を相手にしているかのようにするりと躱されてしまう。熟達した技ではなく、何らかの先読みによる回避。予知などの類ではない。『大体この辺に攻撃が来そう』という、非常に大雑把な先読みで、その範囲から離脱されているだけのことだ。

 攻撃してはかわされ、を百度も続けた後、サラは一つ嘆息して動きを止めた。


「駄目ですね。工夫しているつもりですが、当たる気がしません」


 時間にして二分強と言ったところだろうか。たったそれだけの時間しか手合わせをしていないのに、一日中走り回ったよりも疲労度が高い。

 高い次元での魔導練氣術の行使は、サラの心身に極度の疲労を強いる。この辺りは慣れていくしかないが、この段階の戦闘に付き合える化け物など無に等しいのが難点だ。一族が全滅しているが故の悩み。もし、彼女の父親が生きていれば、こんな悩みを抱えることなく殴り合いながら修練を積めただろう。

 また、悩みが一つではないのがより悩ましい。

 接近戦の素人に、同速度帯で完全に回避され続けたというのはサラの自信を大いに傷つけていた。


「まぁ、初めてこの速さで戦い、ここまで動けるのは及第点かしら。後は気付くだけですね。

何故、私が攻撃を避けられたのか。私はどこを見ていたのか。何から攻撃範囲や位置を割り出していたのか。それを防ぐにはどうしたらいいのか。私の動きがどうだったのか、それをよく思い返しながら考えると分かるでしょう。

貴女の動きの跡と、私の動きの跡。それがどうなっているか、どう違うのか。それが分かれば答えはもうすぐそこですよ。三日後、答え合わせをして差し上げます」


 ユーフェミアはそう言って微笑む。

 ホコリの一つすらつけることが出来なかったという事実が、そこにある。

 何がいけなかったのか、まだ分からない。だが、手掛かりはそこかしこに存在するのだ。

 手繰り寄せる手段があるのなら、確実に掴み取って見せる。


「良い闘志です。それを、決して忘れないように。あと、案外簡単に気付けるものですよ。実践するのが極めて難しいだけですから」


 その言葉を残し、ユーフェミアは瞬きの間もなくいなくなっていた。恐らくは魔術によるものだが、発動も展開も刹那より短い時間だったため、術式のカケラすら見ることが出来なかった。

 これが最上級の魔人の力。これが神と呼ばれる存在の力。

 ゼイヘムトでも似たような真似は出来るが、しかし万能型と特化型ではやはり大きな差がある。魔術戦特化型と思われるユーフェミアは、サラの知る限りでは類を見ないほどに繊細で緻密な術式を使っている。絹織物もかくや、と言えるほどに細やかな術式は、サラですら扱いきれず、理解が及ばないほどだ。

 まだまだ上は計り知れない。音の速さに手が届き、ようやく頂上が見えたと思えば、今度は更に高い山が出てきた。しかも、今度の山は今までの山とは違い、山脈だ。いくつもの山が連なり、どこに登ればいいのか見当もつかない。

 登るならやはり一番高い山、つまり最難関を目指したいところだが、まだサラにはそれがどこかさえ分からない。

 絶望的な状況だと言っていいだろう。ぽっきり圧し折れて、諦めてしまっても誰も文句は言えない。

 だが、サラは。

 無意識のうちに口端を持ち上げていた。

 笑う。嗤う。


「世界は本当に広い。まだ、わたくしの挑む先がある。ああ、どうしてこんなにも――」


 それは、笑みだと言っていいのだろうか。

 ひたすらに獰猛で、零れるに戦意を高め、そして。


「――嬉しいのでしょうか」


 喜びに満ち溢れている。

 絶大な魔力と膨大な氣を撒き散らし、サラは笑う。

 笑い、しかし冷静な部分で今回の手合わせの内容を反芻し、周囲の状態などを確認し、分析を進める。

 次の三日後、勝てるとは言わないまでも、攻撃を一撃ぐらいはぶち当てるために。










 白妙の塔地下三百階に、それはある。

 正確には地下三百階相当の深さに、と表現するべきか。

 延々と続く階段を降り続け、全ての光が遮断された空間に、その部屋はあるのだ。

 魔術師協会の最高機密。サラでさえ知らない、十二使徒の中でも長大な寿命を持ち代替わりしない者達以外では知る者無き場所。代々の協会長だけに伝えられる秘密。

 そこに、その女性は眠っている。

 レジル・ミーサス。魔術師協会の初代協会長にして、魔術師協会における絶対最強戦力。サラやセイファートの一族でさえ話にならない。恐らく、ゼイヘムトとさえ単騎で互角以上に渡り合える存在。

 それはそうだろう。何せ、幾百の年月を経ても一切老化することなく、最盛期の力を持ったまま成長し続けているのだから。しかも、眠りから覚めるたびに更なる力を得るのだ。

 百年眠り続ける、という巨大な制約があるとはいえ、その力は巨大に過ぎる。

 神代の時代から生き続ける彼女は、今五十年目の眠りを迎えていた。


「久しぶりだな、レム。お前が天から降りて、もう千年も経った。なのに、お前は全く変わらないな。知っているか? セラフィーネが逝ったぞ。今から五百……いや、六百年前だったか。笑ってな、幸せそうに逝った。

あいつもアホみたいに長生きしたが――それでも成長したし、老いた。でも、お前は変わらないんだなぁ」


 レジルの寝ている寝台に腰かけ、シャティリアは手櫛で彼女の髪を梳く。

 何十年も手入れされていないはずの髪だが、見た目の若さに相応の質の良さを保っている。肌も同じだ。何一つ、変化していない。劣化していない。

 理由は分かっている。かつて、レジルが使った超魔術のせいだ。魔法にすら届く、あるいは超える魔術を行使した反動。

 語れない、語ることなど出来ない、秘されし歴史だ。


「なぁ、セイファートの裔に会ったよ。すごいな、あそこまで到達出来るものなのか、人間とは。いや、意味のないことだったな。

お前も、セラフィーネも、あいつらもみんな人間だ。どこにでも行ける、どこまでも行けるのが人間だ。我々とは、違ってな」


 その声からは一切の険が感じられない。

 慈しむような、懐かしむような、ただ優しげな言葉。

 先ほどまで威圧を振りまいていた人物と、同じには全く見えない。それだけ仲が良かったということだろう。


「初代協会長とは、どういう関係だったのですか?」


 ブリジットが、おずおずと訊く。雰囲気が違いすぎるため、少々及び腰になるのは仕方ないことだ。

 そんなブリジットを一瞥し、シャティリアは軽く自分の顎を撫でる。

 考えを纏めるように黙り、しばしの時の後、嘆息と共に口を開いた。


「何千年もバカやってきた関係、かな? まぁ、色々とあったから、他人に話せるのなんてそれぐらいだ」


 笑い、シャティリアは立ち上がる。

 用事は終えた。他の諸々のことはユーフェミアに任せるか、後に他の神格存在を連れてくるであろうゼイヘムトに押し付ければいい。

 ひとつ頷き、シャティリアは口を開いた。


「では、帰る。三日後、ユーフィが神殿を作る材料が技法などを伝えにここに来るだろう。相手を頼む」

「えっ、ユーフェミア様も降りてきてたんですか!? なんで教えてくれないんです!」


 フロウが驚きの声を上げて、シャティリアに詰め寄る。

 それに対し、シャティリアは肩をすくめて、でこピンを返す。


「いや、別にあいつが何も言わなかったからな。どうせ、今後はいつでも会えるんだから、どうでもいいだろう?」


 さらっと言ってのけ、シャティリアはブリジットのほうを向く。なにやら衝撃を受けたらしく、くずおれるフロウは無視だ。


「さて、迷惑をかけたな。あとで『探究者』か『魔導神』あたりから何かむしり取ってこよう。奴らも研究成果の発表機会をほしがっていたから、下手したら本体が降臨するかもしれんが、まぁ些細なことだろう」

「えっ?」


 爆弾発言を残し、シャティリアの姿が掻き消える。ユーフェミアが使ったのと同じような魔術だ。こちらはまだ術式が見える程度の早さだったが、それでも一秒とかからぬうちに超長距離の空間転移を発動させられるのだから恐ろしい。

 残されたブリジットとフロウは、深く嘆息を漏らす。

 ただ、それしかできなかった。










 世界樹の頂上。その片隅にあるやや小さめの屋敷で。

 シャティリアとユーフェミアは茶を飲みながら話をする。

 給仕をしている下位の神族を下がらせ、今日あった出来事を話しているようだ。


「で、どうだった? あの子は。手合せの一つもしたんだろう?」

「ええ。してきました。正直に言って、化け物としか思えませんでした。あれほどの力を持ち、それでもなお鍛錬を欠かさず、未だに上を目指し続ける精神性。あの子、サラが人間であり続けていること自体が一種の異常かな」


 静かに、ユーフェミアは言う。

 何の感情も、その顔からうかがうことができない。本当に何の色も、その表情には浮かんでいない。

 だから、シャティリアは嘆息する。

 長い、永い付き合いだ。どういうときにこの表情を取るのかなど分かりきっている。


「そこまでか」

「はい。常時超音速での戦闘は初めてと思われましたが、しかしある程度の動きを取れてましたから。そもそも、人の身であそこまで到達できるというのが恐ろしい。あの子、ただの魔導練氣術だけでそこまで肉体を持って行ったもの。あの一族が得意としてるはずの、固有時間加速すら使わずに。

ゼイヘムトからの情報だと、あの子の父親でさえ固有時間加速を使って、ようやく常時超音速。固有時間同期でゼイヘムトと同じ域まで自分を高めることは出来たみたいだけど、それも神器や左道外法を駆使しての話。

既にあの子は最上級魔人と同格の力は持ってます。後は、戦い方を、力の使い方を覚えるだけで化けますね」


 好ましいことを言っているのだが、ユーフェミアの表情は硬い。つまり、それは二面性を持つということだ。


「――そのうち、私達の位置にまで登ってくる、そういうことか?」

「間違いなく。人の身で、この位置にまで。レジルのように強大な加護を持つわけでなく、『焔の暴風』のように禁忌の果てに辿り着くのでもなく、かつてのあの方のように、己の力を高め尽くすことで、この高みに至るでしょう」


 サラもいくつもの呪法を利用しているようだが、そんなものは枝葉末節だ。サラの本質は徹底的なまでの鍛錬と反復にある。

 狂っているとしか思えないほどに積み重ねられ続ける、研鑽に次ぐ研鑽。己の全てを傾けて行われる、無窮の鍛錬。

 恐らく、サラはたとえセイファートの家に生まれなかったとしても、今のような生活を送っていただろう。それがサラだ。

 自分の行く末を知りながら、それでも修行を重ね続けることが出来るというのは、一体どういう心境なのだろうか。元からの強者である二人には、推し量ることすら難しい。

 だから。


「とりあえず、手伝いだけはします。次に下へ降りるとき、答え合わせをします。それで、もしも正解を導き出せていたら。もし、私に攻撃を当てられるところまで達していたら。その時は……」


 最後まで言うことなく、ユーフェミアは口をつぐむ。

 シャティリアも、あえて問うことはしない。続く言葉は、彼女たちには分かっていることだからだ。

 しばし、無音の時が過ぎる。

 その沈黙は、なかなか途切れないまま、時間だけが過ぎて行った。

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