第四話
三日後、再び開かれた円卓会議。
その場で全員の視線を浴びながら、サラはゆっくりと口を開いた。
「まず、お手元の資料をご覧ください。わたくしの迷宮での経験から導き出した、現段階では最適と思われる部隊編成および遭遇率の高かった魔物に対して有効と思われる戦術の一覧です。
一つの部隊は五人から八人ほどまでとし、半分が前衛、もう半分が後衛であることが望ましいでしょう。ただし、部隊を構成する人員次第ではその限りではありません。たとえば魔剣士、聖騎士などの前衛後衛どちらでも出来る者が揃っているなら半々である必要はありませんし、斥候技能に優れた者が多いなら魔物との戦闘を避けることを主眼とした編成でも構わないと思います。ただし、どんな場合でもよほどの実力がない限りは最低でも五人以上が望ましいと思います。
魔物と遭遇した場合の対処法は部隊編成によって異なるため、今わたくしの口から申し上げることは出来ません。わたくしが想定した編成での対処法、戦術は資料に記しておきましたので確認をお願いします。ただし、迷宮内の魔物は非常に強力なため、魔物の持つ甲殻などを狙っているのでない限りは戦闘を避けるのが上策です。下手に戦闘を行うと血の臭いに引かれて多数の魔物が寄ってくる可能性があるからです」
自分も資料を手にし、サラは詰まることなく言葉を紡ぐ。
ここにいる面々はほとんどがサラよりも三十以上年上の者達ばかりだ。サラとは違って協会内の地位も高く、またどこぞの国家から高官として招聘された経験のある者も少なくない。そんな者達を前にして、しっかりと胸を張って自分の言葉を口にできること、それ自体が評価できることだろう。
ちなみに今日サラが配布した資料は以前に円卓の面々に配られたものよりもかなり詳細な情報が書き込まれている。この資料を国に売るだけでもかなりの金額になる。それはこの資料が完全に迷宮攻略を目的として作られているからだ。
サラは自分の認識する道を地図の形にして紙に起こす魔術を習得しているため、迷宮の内部でサラが通った場所は極めて細密な地図が出来上がっている。また、サラが迷宮に潜った三日間という期間は国の調査隊が潜れた期間より長く、また踏破した範囲はかなり広域だ。その地図にどこでどんなものが採取できたのかまで書かれているのだから、その価値は計り知れない。
まさかここまでの資料を出してくるとは思っていなかったのだろう。百戦錬磨の円卓の面々でさえ、引き攣った表情をしている者は少なくない。もし、これがどこかに漏れたらどうするというのだろうか。
「……あー、サラ君。よくぞここまでまとめた――が、やり過ぎだ。ブリジット様も手伝ったのだろうが、もう少し情報は少なくしておいて欲しかったな。ここまでやられては部隊派遣を拒否できんではないか」
肩をすくめ、いかにも魔術師然としたローブを着た中年の男性がぼやく。
それを皮切りに、次々と誰もが声を上げ始めた。
「確かにここまでまとめられては文句がつけられない。こっちも志願者の表を作ってきたが、魔物がこれほどに強いと志願者の足切りを行う必要があるな。サラちゃん、このオオカミっぽい魔物、群れが平均して七匹から九匹ってのは間違いないか?」
「はい。最低で三匹、最大で二十匹を数えましたが、基本的には七から九匹でした」
「で、囮を用いた奇襲戦法を得意とする、か。森林部で戦うにはきつい相手だな。こういうやつらには防護魔術が光るが……おうい、志願者のうち短時間で障壁を張れる連中はどれくらいだ? うちには七人しかいないぞ」
「こっちは五人だな」
「ひー、ふー、みー……十三人か」
「六人いるぞぃ」
「弱いの入れても八人ってとこかね」
「三十九人か。サラちゃん入れても四十人。まずはこいつらを軸にして部隊編成をするべきだな。一番危険なのがこのオオカミっぽいが、他にどいつに注意するべきだと思うよ?」
「鎧を纏った猪だな。攻撃が有効な頭部が完全に覆われているうえ、突撃が得意となれば一匹でも危険だ。サラ、君は圧水刃で対処したようだが、多人数で対処するにはどういう魔法が有効だ?」
「土自体はたくさんあるので、地縛などではないでしょうか。速度を緩めるか、動きを少しでも止められれば側面からの攻撃で仕留めることが可能だと思います」
「地縛は高等魔術だが……動きを止めるなら他のでもいいな。確か、地面を著しく柔らかくする魔術があったな」
「柔泥地変か? 狙いが難しすぎるだろう。相手も速いんだし」
「わざわざ地面にこだわる必要もないだろう。風刃とかで足を切ってやればいい。切れなくても、足にある程度の衝撃を与えてやれば体勢を崩すだろう。それでなくとも、初撃を回避してやれば側面への攻撃の機会が生まれる。焦らなければ対処法は多い魔物だと思うぞ」
喧々諤々と議論がなされる。
既に部隊派遣が規定事項であるかのような議論だ。派遣に反対するなら今声を上げるべきだが、誰もそれをしようとはしない。表面上はサラの熱意に打たれたという形を取っているようだが、その程度で重い腰を上げるほど甘い連中ではない。自分達の部下などと三日間散々話し合った結果、派遣を決意したのだろう。
基本的に全員の関心はどれだけ被害を減らせるかにある。元々魔術師の人数は少ないため人員を補充するには時間が掛かるし、自分の知り合いが死ぬのはいい気分ではない。
「ふむ、サラ。君の報告書には迷宮にも地上と同じく昼や夜、夕方まであるようだな。しかも、それは地上と同期していると」
「わたくしの体感ですが、そんな感じだったと思います。それがどうかしましたか?」
「いやなに、この資料だと夜の方が魔物の動きが活発だと書いてあるのでね。まずは探索期間を朝から昼の間に限定しておけば比較的安全に探索できると思わないか?
なにも最初から限界まで潜り続ける必要はない。一度に多くの物は得られなくとも、何度も行くことで経験も積めるし生存率も高まるだろう。長期の探索を見越すなら、これでもいいと思うがどうかね?」
「なるほど、面白い提案だ。一度ではなく何度も挑むというわけか。確かにサラでさえも一度では攻略しきれなかった難物だ。何度も挑むのは当然の発想だな。ところでサラ、この迷宮、どれぐらい広そうだ? 探知魔術の一つぐらい使ったんだろう?」
「……すみません、わたくしでは把握しきれませんでした。何をどうしてもある地点から先が反応しなかったんです。そこから先がなく、地面だというならそういう反応が返ってくるはずなんですが、一切の反応がありませんでした」
「反応がない、となると魔術を無効化されてる可能性が高いか。もしかしたらサラが探索していたのは迷宮の一つの階層に過ぎんかも知れんな。とすれば長期を見越す意味は大きいか」
「だが、時間を掛け過ぎると手柄をかっさらわれる可能性もあるぞ?」
「何言ってるの。あの迷宮から無傷で戻ったのはサラだけで、サラと同時期に潜った連中は全滅してるのよ? 数百人からなる王国の調査部隊をことごとく飲み込んだ場所にわざわざ乗り込むなんて馬鹿な真似をする連中なんて、しばらくは出やしないわよ。
私達がやるべきはまず、あの迷宮攻略の取っ掛かりを作ること。後に他の連中が攻略したとしても、私達魔術師協会がいたから攻略できた、と言えるぐらいの実績を挙げることよ。誰にも有無を言わせないぐらいの実績を挙げ、その上である程度の情報を公開する。真に重要な部分は独占できれば、他は公開した方が有益だしね。
そのために必要なのは確実性。一度の探索を短くして、何度も挑戦するという案は素晴らしいと思うわ。サラ、たとえば一度の探索時間を六時間ぐらいにしたら、初回の生存率はどれくらいになりそう?」
話を聞いていて盛り上がってきたのか、やたらと調子のいいブリジットがサラに言葉を投げる。
それを受けて、サラは即座に計算する。魔物の比較的活発でない時間に、短時間留まるとするならば――。
「生存率は七割を超えると思います。六時間くらいなら食事の必要もないですし、いい緊張感を持っていれば更に生存率は高まるでしょう。その代わり、そう大した量の収穫は望めそうにないですが……」
「量は採取する人の数で補えるでしょ。今回派遣する人数にもよるけど、一度の探索でもサラが持ち帰った分を超えるのは間違いないと思うわ」
「確かに、サラ嬢は一人でしたからなぁ。リバース・スペースという反則みたいな魔術を使えるとはいえ、体は一つだったわけで。それに一度ではなく何度も挑むとなれば徐々に効率も上がりましょう」
「ふむ、短期間での挑戦を何度でも行う、か。この方向で皆さんもよろしかったかな? …………異論はなし、と。協会長、部隊編成はどうしたらよろしいか?」
「そちらで話し合ったりして決めてほしいわね。実際の人となりを見ていない私じゃ決められないわ」
「了解した。部隊派遣はいつぐらいを目処にするか、決まっていますかな?」
「ああ言ったけど、手を付けるのは早い方がいいわよね。とりあえず一週間後にここを発てるようにしておいてもらえるかしら」
「一週間後か、異論のある人は……いないようだな。では、そのように準備をさせていただこう」
「大体話はまとまったわね。細かいところは専門同士で折衝してちょうだい。こういう場でやると荒れるし。内容がまとまったら、私のとこまで持ってくるように。では、解散」
パンパン、と手を叩くと円卓のみんなが立ち上がる。
その直後、立派なひげを生やした老紳士が自分の手元を見て声を上げた。
「おおっと、ちょっと待ってくれ。こちらからの報告を忘れていた。迷宮内の魔物に関することで、やや重要なことだ」
研究部の長の言葉に、全員の顔に緊張が走る。この円卓での報告はつまり、全体への報告。全体に周知すべきことだということだ。
しかし、老紳士の表情はやや明るい。悪い報告ではないのだろうか。
「朗報だが、迷宮の魔物の肉が食えることが判明した。まず色々な動物に食べさせたところ、特に異常は見られなかったのでまず私が食べてみたのだが、生臭かったりする以外には特に問題はなかった。次に研究部の有志で食べてみたが、異常の見られるものはいなかったな。とりあえず、今回持ち帰られた魔物は全て食べられるということを覚えておいてくれ。また、いくつかの果物も食べられた。どれがどういう味がしたかは後で纏めて各位に資料を届けよう。
あと、どういうわけか同じ種類の魔物でもやたらと美味しい個体がいた。リバース・スペースに入れて持ち込まれたものだし、研究部でも保存の必要のある物品は固定式のリバース・スペースに入れているので保存状態に関しては他のと変わらないはずだ。だが、そいつだけは非常に美味しかった。
また、他の魔物でもたまに他の個体とは違う特徴を示した試料があった。例としては他の個体より頑強な鱗を示したものや、しなやかな体毛を持つものだな。恐らくは仕留め方に差異があったのだろうと思われる。色々な仕留め方をして、どうやれば安定してこういう素材が取れるのかを試してみてほしい」
「つまり、多様な戦術や多くの属性魔法を使える編成にしろということだな? こちらでも考慮させてもらおう。有益な情報だ」
誰ともなくそう言い、手近な人物と話しながらみんな出て行ってしまう。
老紳士はまだ何か言いたそうにしていたが、すぐに肩をすくめ、部下を連れて部屋を出ていく。
あとに残されたのはサラとブリジットだけ。イーリスはブリジットの部下とお勉強しているので、ここにはいない。
「さて、それで実際問題として、迷宮の完全攻略は可能だと思う? あなたのことだから計算ぐらいはしてるでしょう?」
「正直なところ、分かりません。迷宮が複数階層に渡っているとすると、底がどれくらい深いのかによりますから。十階層ぐらいならともかく、百とか二百も階層が連なっているとしたら、わたくしでも攻略しきれないかもですし」
「そうね。でもやってみなくちゃわからないじゃない。それに、人跡未踏の地を制覇する、ってのは男の子なら燃えるんじゃないかしら」
「わたくしは立派な淑女……いえ、女の子です。恋に恋し――たことはありませんが、そんな冒険よりは色恋の方が好きですよ。でも、なかなかそういう縁はないんですよね」
「あなたの理想って自分より強くて、守ってくれるような男性だったっけ?そりゃ、模擬戦で『雷帝』や『氷結の姫騎士』に勝ち越すようなのより強い男なんてそうはいないでしょうよ」
「理想は高く、がわたくしの生家の家訓だったそうですから。それに、ご先祖様にはわたくしより強い方がいたそうなので、きっとこの世界のどこかにはわたくしの理想の方もいるに違いありません」
「……伝説級の連中と比べられる最近の男共が可哀そうだわ。さて、じゃあ、私達もやることをやりましょうか。迷宮探索が始まる前も始まった後も仕事が山盛りだし」
「わたくしも戦闘部門の方々とお話をしてきます。今日一日、秘書さんにイーリスちゃんを任せることになっちゃいますけど、大丈夫でしょうか?」
「あの子、意外に子供好きだから大丈夫でしょ。堅物眼鏡なのに」
そう言って軽く笑いあい、それぞれに部屋を出ていく。
賽は投げられた。あとはもう、進むほかない。