第四十六話
ある程度強い力を持つ魔物を掃討したサラは、治療を終えて休んでいるフロウ達の元へと向かう。
今回で収集出来た魔物は百七十ほど。研究対象としても、素材としても申し分ない量だ。恐らく、金に換えたら洒落にならない額になるだろう。まぁ、サラが回収したものは基本的に冒険者協会に試料として提出するため、規定の給料分以上の金額にはならないのだが。
なんにせよ、守護者級の魔物の素材はかなり貴重だ。百体分以上に及ぶ数ならば、冒険者達の装備の底上げにつながるだろう。
「どうですか? もう動けそうですか?」
サラはとりあえず一番元気のない人物、コレットに声を掛けた。腹をぶち抜かれていたというのに、既に傷跡一つ無く治っている。フロウの治癒魔術の凄まじさが分かるというものだ。いや、肉塊同然になったサラを元通りにしたほうがすごいのだが。
今は治癒――復元魔術のおかげで血が補充されているものの、一時的に急激な貧血状態に陥っていたコレットはまだ気分悪そうにサラの方を向く。
顔色が悪い。恐怖の色も濃い。だが、まだ意志は失われていない。
「ごめんなさい、まだ動けません」
「こちらの階層の素材を採取する時間が増えるだけですので、気にしないでください。魔物だけじゃなく、薬草類もなかなか面白いですし、果実なども表とは植生が違いますね。
動ける方は近場で採取しておくといいと思いますよ。わたくしやルンさんが警戒しておきますので、持てる分だけは確保しておくといいでしょう」
申し訳なさそうにするコレットに、サラは笑いかける。
腹をぶち抜かれても平然と行動できるような奴は人間ではないし、怪我人に鞭打つような真似をサラはしない。そして、腹ぐらいなら穴を開けられても普通に行動できてしまうサラは、自分で自分を人間扱いしていないことに気付いていない。
確認を取ったサラは、広域の探査魔術を展開し、魔物の位置を探りながら採取行動を開始する。と言うか、一定範囲を根こそぎリバース・スペースにぶち込む作業が始まった。
新手の環境破壊を行うサラを見送り、コレットは自分の手を握り締める。
力が、足りない。
フロウは充分に強いと言っていたが、それでも、高望みをしてしまう。
今回、アラン達の部隊六人があと一歩で壊滅させられる寸前までいったのは、様々な要因が重なったうえに偶然性が高いもののコレットが奇襲で重傷を負ってしまったからだ。
力不足、と断じるには色々重なり過ぎているが、しかし自分のせいだということは間違いない。少なくとも、重傷さえ避けることが出来ていたら、もう少しは戦えたのだろうから。
深く嘆息し、コレットは体力を回復させることに努める。現状の体力では地上に戻ることすら難しい。
ルンがどこからか取り出して配っている果物を受け取り、コレットは強くなることを決意する。
――数秒後、果物をかじった全員がその恐ろしいほどの渋味と圧倒的なまでの酸味に絶叫したのは秘密だ。
抜群の薬効を持つ果物を口にしたというのに悶絶し始めたアラン達を見て、ルンは一人首を傾げる。
自分も同じ果物をかじるが、そんなに酷い味だろうか? 確かに十倍濃縮した酢に匹敵する酸味と大量の茶葉を丸一日軟水で煮出したかのような渋味が合わさっているが、その奥にほのかな甘みが感じられて美味しいというのに。
手のひら大の桃のような果実に皮ごとかぶりつき、ルンは不思議そうにする。
また、ルンは味を知っている上に味覚が人間とはかけ離れているために平気だが、アラン達は違う。一見すると非常に甘くておいしそうなのに、一口食べると拷問のような味が口に広がるのだ。しかも、飲み込めばたちまち体調がよくなるような果物を。
果物と認識して食べるべきなのか、それとも薬であると認識すべきなのか、非常に判断に迷う物体である。
ちなみに、生で食うべき果物ではない。生の方が薬効が高いのだが、普通は茹でこぼしてアクを取り除き、水にさらして冷やして食べる。そうすると渋味が消えて、酸味が和らぐのだ。もしくは精製して魔術薬にしてしまう。
ちなみに迷宮産の果物で、第二階層以降の千変の樹海でたくさん採れる。名前は『剛渋桃』。発見者と命名者がどれほどの渋味を味わったのかがよく分かる名前である。酸味も相当強いが、やはり渋味の方がきついらしい。
そのままルンはモリモリと種まで噛み砕いて腹に収める。精霊種であるルンにとって、食事など趣味の範疇だ。噛み砕けるものなら何でも食えるし、世界に存在する全ての毒や薬を受け付けない。
最後の一口を飲み下したルンは一つ吐息しながら、感知範囲を拡大させる。
サラの感知範囲の軽く数十倍を誇るルンにとって、一つの階層程度なら狭いものだ。天にそびえる世界樹を天辺から根の先まで、枝の一本一本や根のヒゲの数まで感知できるのだから。
千変の樹海裏第一階層を、ルンは極めて正確に探査する。魔物の強さこそ表とは段違いだが、表より幾分狭いようだ。そして、迷宮の仕組みとして、破壊された木々や床がドンドコ再生されていく過程は探知していて面白い。
今回の戦闘で行われた大規模破壊は範囲もさることながら、森林部を根こそぎ消し飛ばすようなものだったため、直るのが随分と遅いようだ。だが、そのおかげで良いことが分かることもある物だ。
見えたのは力の流れ。これだけの規模の小世界を維持し続ける力の源。
ルンは、にやりと口元をゆるませた。
なるほど、これならば確かに封印するに値する。神々が動かない、動けない理由も分かる。サラが一度迷宮を両断したときに知ったであろうゼイヘムトが、何も語ることなく世界樹を昇った理由にも納得だ。
だから、ルンはその知った事実を胸の内に隠す。今は決して語れないことだ。
誰かに悟られることすら、危険。ルンは生まれて初めて、自分が鉄面皮であることに感謝した。
その補填と言うわけではないが、もう一つ知った事実を抱え、フロウに話しかける。
「フロウ、少し話がある。向こうに来てほしい」
「え? あ、はいはい。じゃあ、ルナちゃん、今教えたことを反復してやるように。治癒魔術は精度が命だから、どんな状況でも焦らないようにね」
「はい、ありがとうございました」
ルナに治癒魔術のことを教えていたフロウは、それを打ち切ってルンについて行く。
話が聞こえない距離まで来た後、ルンはそのまま多重の防音、情報漏洩妨害結界を張り巡らせた。
「……最上級の密会用魔術なんて使って、どういう用事?」
「サラが、限界点を超えた。セイファート一族の強化段階には確か、四段階あったはず。その二段階目に達した。達してしまった」
「――!? う、そよね? 早すぎる。あの子、まだ十五歳よ。今までの記録じゃあ、一番早くても二十代前半のはず。それも一族の知識や技術を親や他の一族から教わった果てのはずよ!
いくら強いと言っても、そこまででは――」
驚愕し、フロウは否定するようにルンへと迫る。そんなことがあるわけがない。あっていいわけがない。そう、自分に言い聞かせるように。
しかし、残酷なのは現実だ。ルンは胸倉を掴まれながらも、一切気にする様子なく淡々と続ける。
「でも、事実。もうサラは後戻りできないところに来てしまった。最近のサラの成長速度からして、あの子は間違いなく第四段階に達する。それを阻むことは」
「許されない。分かってる、分かってるわよ。でも、それでも。あの子の生き様はセイファートとしても異常じゃない。少しくらい、年頃の子と同じような平穏を、って思っちゃうのよ」
手を離し、フロウは頭を抱えて空を仰ぐ。
あまりにもサラの道行きには苦難が多すぎる。持つ力の大きさからすれば見合っていると言えなくもないが、それにしても酷い。
感情を露わにするフロウとは逆に、ルンはあくまで平静を保ち続ける。だが、それはルンが冷たいというわけではない。セイファートの目指すところと、現状と、サラのことを天秤に乗せ、感情を殺しているだけだ。
今が平時であったのなら、何もない状況だったのなら、これ以上サラが強くなるのを抑える立場に回っただろうが、しかし、今は。それを行うことは、出来ない。
「平穏、サラとはあまりにも離れすぎている言葉。そう言えば、世界樹の種子がサラとしばらく過ごしていたと聞いた。どんな様子だった?」
「イーリスちゃん? 良い子よ。今は学園でいろいろ学んでいるわ」
だからと言うわけではないが、話の向きを変える。
フロウも話が変わることには歓迎なのだろう。話に乗って口を開く。
「そう。サラとの仲はどうだった?」
「よかったわよ。本当の姉妹みたいだったわね」
「――ああ、だから。やっぱり、サラはセイファートの申し子なのか」
明るく言うフロウと逆に、ルンは内心で嘆息する。
セイファートとは守り手の一族。誰かを、何かを守るという決意が固まらなければ、あまり強くならない。
だが、逆に確固とした決意が固まり、強さを求めることに貪欲になったとするなら、恐ろしいことになる。
そう。
今のサラのように。
全員から離れた場所で、サラは一人、僅かにうめき声を漏らす。
猛烈な不快感が全身を襲う。たとえるならば、世界から無理やり自分を引き剥がされているかのような、洒落にならない感覚だ。
世界に自分一人しかないような、世界全てが自分を否定するかのような、どうしようもない不安感が体を満たしていく。
もしも。
もしもサラが普通の少女だったとしたら。もしもなんの力もない、ただのか弱い女の子だったならば。
きっと泣き叫んでいただろう。誰かにすがりついていただろう。
だが、サラはセイファートの一族であり、己の力に誇りを持つ者であり、そして。
「これで、わたくしは完成に一歩近づいた、そういうことですね。ご先祖様の存在に同一視されかけるほどに、近付けた、と」
己の宿命を、誰よりも知る者である。
笑う。嗤う。
余人では耐えきれないほどの苦痛を味わいながら、ただ静かに微笑む。
この傷みこそが、苦しみこそが一族の到達点の一つなのだ。サラの父も、この段階までは到達していたという。つまり、未だサラには使えない各種の技能を除くなら、サラは父に並べたことを意味する。
だが、これは到達点ではあるが、通過点でもある。そう、まだ先があるのだ。
先がある。そのことを知っているサラは、この先の段階に到達すればどうなるかを知っているサラは、それでも笑みを絶やすことはない。
セイファート一族、その最終段階まで達したとき、サラは神にさえ匹敵する力を得るだろう。そして。
――最後に、世界から追放されるのだ。
第四章 了
そして、迷宮の奥底で。
それは苦痛に呻くように身じろぎする。
己の力が吸われる感触に、己の体の一部が破壊される感触に。
未だ目覚めは遠く。
しかして、確実に意識は浮上しつつあり。
ただ誰にも知られることなく、覚醒の時を待つ。