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ガイラルの迷宮  作者: 光崎 総平
第四章 人の子よ、高みを知れ
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第四十五話

 消滅していくノワルを見送り、サラは深く吐息する。

 極めて有意義な一戦だった。足りなかったものが全てかっちりとはまり、あとは己の研鑽を行うだけ。

 同時にこの先がどれほどに狂った能力を持っているのかの基準にもなった。ノワルが最も最上級魔族――つまり最上級の魔人に一番近い上級の魔人だというのなら、それより全て上を想定すればいい。

 重力を操るだの、天候を操るだのといった洒落にならない幾つも能力を単騎で持ち合わせ、使いこなしていたノワルを純粋に底上げして強化したものが最低値と考えれば、どれほどのものかが分かるだろう。普通に一国を一晩で滅ぼせる戦力だ。

 魔導練氣術をある程度使えるようになっていなければ、サラでは及ばなかっただろう。再び『世界剣・百式』を抜いても、ただ振るだけでは命に届くかどうか。

 それほどに、黒竜は強敵だった。

 ノワルとの戦闘を反芻しながら、何故だか驚異的に重さを増している『砕くもの』を振って、サラは首を傾げる。

 重量を増したというよりも、本来の重量を取り戻してきている、という感覚だ。多分だが、まだ完全ではない。恐らく、この『砕くもの』はこの数倍か数十倍の重量を有しているはずだ。今でさえ地面に置いたらどこまでも沈んでいきそうだが、それでもまだ足りない。

 この『砕くもの』がそうだというのなら、もしかしたら他の神器も同じように本来の姿を取り戻しているのだろうか。

 なんとなく気になり、サラは『砕くもの』をしまい、神器を次々と取り出して始めた。

 まずは神殺す神の槍『神葬真理』。精緻極まる装飾的な刻印が施された、純白の槍。最近、訓練として適当に振っていたが、違いがあまりわからない。ギルフィー直々に制限を解除してもらったせいなのか、それとも単純にまだサラの実力が足りないのか。

 軽く突く、薙ぐ、払うの基本動作を行ってみるが、やはり分からない。僅かに感じられるのは、微かに何かが脈動している気配があることぐらいか。

 これ以上は何も感じられないので、次の神器を取り出す。

 変幻自在の神の化身『偽神・円環蛇』。蛇を模した、持ち主の意のままに動く神器、のはずなのだが……


「今までも伸び縮み位はしてましたが、広がったり、霧状になったりなんてできましたっけ?」


 自在にもほどがある変化をするようになってしまったが、これもまだまだ先がある。これ以上どう変化するのかは果てしなく謎だが、しかし『偽神・円環蛇』もまだ本来の力ではない。

 前は分からなかったが、今なら分かる。

 サラの持つ神器は、文字通り神の器なのだ。複製品ではあるが、各々が真の持ち主の力に耐えきれるだけの容量を誇る。つまり、人が扱うにはあまりにも過ぎた物なのだ。たとえサラであっても、その力を十全に振るいきることが出来ないほどに。

 次々に神器を取り換え、サラは全てを試し、確信する。

 分かりやすいもの、分かりにくいものはあれど、確実にどれもが目覚めかけている。例外なのは本物である『世界剣・百式』と抜くことすらできず、そもそも腕輪から出すことさえ出来ない『逸刀紅蓮』のみだ。

 さて、このまま自分を練磨すれば完全に目覚めてくれるのか、それとも他に何か条件が必要なのか。


「また暇なときにでも書庫を漁ってみましょうか。あと、みなさんの安全を保つために、お掃除と行きましょう」


 言って、サラは大地を蹴る。

 目標は再びうろつき出した守護者級の魔物達だ。少々数が多いが、何の問題もない。所詮は魔物、鏖殺して回収し、素材にしてしまえばいい。

 そして、百を超える強大な魔物達は一時間と経つことなくサラによって狩り尽くされる。

 圧倒的とすら言えるその暴威を止める術を、持つ者はなく。










 桁外れの暴力で魔物を駆逐し、リバース・スペースに飲み込んでいくサラを見て、カザネは嘆息を漏らした。

 自分達が必死で倒した魔物達を、拳の、蹴りの一撃で粉砕し、即座に回収する。その速度と効率は、もう次元が違うとしか言いようがない。

 積み重ねられた練磨の度合いが違いすぎる。魔力の強弱や身体性能の差が酷いことは分かっているが、その差が小さく見えるほどに技量の差が大きすぎるのだ。

 東方の武術の盛んな国から来たカザネだからこそ、僅かな動きだけでもその技量のほどを見て取れる。体の動きから無駄が全てそぎ落とされ、極限まで効率化されている上、力の伝え方などがこれ以上なく上手い。

 これは、まさに教科書――いや、奥義書のようなものだ。動きを見て、真似るだけで遥かな高みへと届く。

 当然、自分に合うように工夫する必要はあるが、手本としては最高だ。

 見ること自体がかなり困難な速度だが、それさえも修練の一環になる。どこにどう動くかの先読み、魔物の居場所についての勘、それらを統括するための集中力。どれを鍛えるにも、この機会を逃す手はない。

 弱ったカザネ達を狙って集まってくる守護者級の魔物達。本来なら一体相手でも緊張感を抜くことが出来ないが、今だけは別。

 地中からだろうと問答無用で反応して出てくる前に強力な魔術を叩き込み、全方向からの同時攻撃にさえ平然と対処する護衛がいるからだ。

 だからこそ、見る。見て盗む。

 カザネ以外も、意識のあって集中できる者はサラの動きを追っている。

 何せ、体の動かし方だけではなく、術式構成の仕方、発想、魔力の操作など、普通なら魔術の大家が秘奥に指定しているような技術を惜しげもなく使いまくっているのだ。こちらも見て盗み、自分の血肉に出来れば、それだけで高みに登れるだろう。

 手本として、目指す目標として、サラはこれ以上なく相応しい。


「……俺達、まだ弱いな」


 ポツリと、アランが漏らす。

 焦り、他人に迷惑を掛けた。手が届くと、慢心していた。

 その言葉は、アラン達六人に共通している思いだった。


「そうでもないけどね。よく頑張ってる方よ? 今回みたいな消耗し尽くしたうえでの遭遇戦じゃなくて万全の状態なら、貴方達でも魔人の一体くらいは倒せてるはずよ。私達とかサラちゃんみたいなちょっと間違ってる連中と比べちゃダメ。単騎で国を相手取れる十二使徒を基準にしてたら、無意味な過小評価をすることになるわ」


 治療を終えたフロウはそんな六人の考えを蹴飛ばす。

 確かに彼らはサラなどの規格外よりは弱いが、そんなことを言ったら人類のほぼ全てが雑魚扱いになってしまう。基準は自分達に見合ったものでなければならない。

 そう、アラン達が比べるなら他の冒険者達だ。基準を変えれば、アラン達は恐らく最強に近い位置にいる。

 準備を怠らなければ、『恐なる劣竜』や『喰らう大樹』を危なげなく倒すことが出来、遭遇戦で『忍び寄る朽ち縄』を撃破可能。他部隊との連携を行うなら『動く山』でさえ誰ひとり失うことなく倒しうる、というのは現時点では破格の能力だと言えるだろう。


「ま、でも今回は迂闊だったわね。せめて私かルンに同行を依頼すべきだったわ。現在の貴方達では魔人がうろついてる場所を歩くには不足が多い。いくら強くても、そもそもあいつら今の魔術じゃ感知できないもの。

もう少しちゃんと鍛錬を積んで、それから無茶しなさいな」


 フロウの言葉は的確だ。現在、迷宮攻略のために来ている十二使徒はサラ、フロウ、ルン、ミストの四名。超高齢のミストを戦線に出さないとするなら選択肢は三つで、サラを頼らないなら必然的に二人に絞られる。

 明らかに危険そうな場所へ行くのに、こういう強大な戦力を控えさせておかないというのは明らかに悪手だ。どうせ自衛手段なら山盛りで持っている連中なのだから、放っておいても大丈夫なのだし。

 痛いところを突かれ、アランは顔を曇らせた。

 自分達でもそれは考えはしたことだったのだ。だが、そもそも無茶を言っている状況で、加えて協会の幹部を無理に連れ出すということが憚られたため、却下していたのだ。ついでに言うと、フロウやルンを一日借り出す費用を捻出できなかったという事情もある。

 フロウは治療の最終手段として街に常駐している必要があるし、ルンはルンで迷宮内を色々調べ回っている。ルンが来たおかげで恐ろしく精密な地図が作られ始めていたりもするため、二人の仕事を一日邪魔するというのは地味にかなりの金額が掛かるのだ。

 まぁ、フロウは診療所の仕事は分身体を作ってほぼ全てをそれに任せているため、本体は割と暇していることが多いのだが。ちなみに分身体創造は古代禁呪に分類され、普通の人間なら少し制御をしくじっただけで消滅する。そんなものを気軽に使える辺り流石は最上級の魔人に分類される、第二階級神族と言ったところか。

 フロウからの助言を聞かされつつ、六人はそれぞれに考えを纏め、自分の進むべき道を伸ばすべき能力を見定めていく。

 そんな彼らを見守りつつ、フロウは微かに微笑むのだった。








 そして、遥か天高く。

 ゼイヘムトはぐったりとしながら肩で息をする。

 こんな場所まで来て、何が悲しくて自分より格上の存在達の戦闘に巻き込まれなければいけなかったのだろうか。

 わざわざ専用の世界まで創造し、それすらも何度か破壊し合うような超絶の戦闘を一週間以上も続けていたのだ。生存できているだけでも、ゼイヘムトの強さが分かる。が、それ以上に他の連中の強さも量れ――ない。

 なにせ、手加減してやりあってそんな惨状を引き起こすのだ。本当にどうしようもない連中である。

 しかし、それはもう終わったのでいい。一応、最後に立っていたのは『万物の覇王』だったので、きっと説得が終わったのだろう。まぁ、『覇刃帝』や『破壊神』は参加せずにお互いでどちらが勝つかの賭けをしていたようだが。


「まったく、アレらには恐れ入る。エンリルとウルズドが参加していない時点で、私の勝ちなど決まりきっていたものを」

「……で、どうなのだ? 連れて行くことは許可されたのか?」

「ああ、問題ない。とはいえ、神格存在もそこそこ思考回路の狂っている者が多い。とりあえず貴様が力で押さえつけられる分だけ連れて行っていい、ということになった。それと、たまに『神の騎士』と『左に侍る者』が遊びに行くかもしれん。

私達のような真正の神とは違い、あれらは神族の代表のようなものだからな。下の連中に、怖がる必要はないと言い含めておいてほしい」


 さらっととんでもないことを言われたが、ゼイヘムトは嘆息してそれを受け入れる。

 根本的に思考が別次元にある『万物の覇王』や『覇刃帝』、『魔導神』などと違い、その二人は常識的な頭の持ち主だからだ。戦闘能力的にも万全のゼイヘムトとそう変わらない程度のため、一つ間違えたら世界が滅びた、などということは起こりえない。起こせてしまう他の連中が狂っているのだ。

 それに『神の騎士』は接近戦、『左に侍る者』は魔術において卓越した能力を持ち、元が強大な神族であるために質の高い加護を与えることが出来る。断る理由はない。困るのはゼイヘムトではないのだし。

 と、そこでゼイヘムトは気付いた。不穏な言葉が混じっていることに。


「……余が力で押さえつけられる分だけ? それは、つまりアレか? ぶん殴って言うことを聞かせろ、とそう言うことか?」

「まぁそうなる。どうも永い時で信仰が薄れまくっているらしく、正気を失っている神格存在が多いからな。まずは殴って正気を取り戻してやらねばならん。それを手伝ってやる義理はないから、まぁ頑張ってくれ」


 再び心の底から嘆息するゼイヘムト。

 ここ最近だけで千年分は戦闘をした気がするが、まだ戦わなければならないとは。

 神格存在なんぞ大した強さは持たないとはいえ、流石に面倒くさい。ついでに言うなら、バカみたいな規模の戦いに巻き込まれたため、それで消費した力を回復させる時間も欲しいところだ。

 もう一度深くため息をつき、ゼイヘムトはどっかりと大地に腰を下ろした。


「急ぐ話でもない。二、三日はここで休ませてもらうが、良いな?」

「構わんよ。好きなだけいればいい。平和に過ごしたいなら、『覇刃帝』の領域に行くといいぞ。アレの趣味は創造だから、この場所にさえ都市を築き上げ、独自の文化圏を作っている。美味い食い物もあるし、それなりに楽しめるだろう」

「……貴様らは一体何をやってるのだ……。まぁ、お言葉に甘えさせてもらうが」


 わざわざこんなところに引きこもっていながら、本当に何をやっているのか。

 ただ、なんにせよしばらくは動けないので、行くのは明日以降になるだろうか。独自の文化圏とやら、期待させてもらおう。


「あ、通貨はこれだ。騒動を起こさないつもりなら持って行け。どうせ、私は使わん」


 そう言って投げ渡された小さな袋を受け取り、ゼイヘムトは一言礼を言う。闘争は好きだが、騒動は好まない。一観光客としてのんびり過ごすのに、騒ぎは無用だ。アホみたいに疲れる日が続いていたので、少しぐらいは骨休めをしても構わないだろう。

 そう考え、ゼイヘムトは数日思いっきり羽を伸ばすことに決めた。

 いつの間にか消え去っている『万物の覇王』は無視し、ゼイヘムトは地面に横になり、目を閉じる。

 眠る必要はないが、寝れば体力の回復は早い。さっさと回復して観光するために、ゼイヘムトは自分の体を強引に寝かしつける。

 数秒後には、静かな寝息の音だけが、風に溶けていくのだった。

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