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ガイラルの迷宮  作者: 光崎 総平
第四章 人の子よ、高みを知れ
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第四十四話

 サラと黒竜がちょっとした天災規模の戦闘を行っているとき、アランはミラを抱えたままで知らず、迷宮の奥へ奥へと進んでしまっていた。

 何せ、相当離れていても爆音と轟音が聞こえてくる上、後ろを振り向けば火柱が上がったり、いきなり広範囲が凍り付いたり、凄まじい雷が幾つも落ちたり、デカい竜が周囲を消し飛ばしたり、黒煙と共に洒落にならない衝撃波が飛んできたりするのだ。

 明らかに異常事態で、手に負えない戦闘が起きている証拠である。ついでにどうも攻撃範囲が徐々に広がっているっぽいので、出来る限り離れないと命が危ないということもある。

 それに。

 気配はないが、分かる。これは獣に、捕食者に狙われている感覚だ。

 首筋を焙るチリチリとした感覚。いつでも狙えるぞ、と暗に示す殺気。

 止まれば、死ぬ。

 錯覚などではない。妄想などではない。

 厳然たる事実として、その感覚をアランは味わい続ける。

 これは肉食獣の狩りだ。それも、特上の頭脳を持つ肉食獣の。

 相手を付け狙い続け、疲労し、逃げられなくなった瞬間を狙うのだ。

 ガサッという音が、真横で鳴る。

 焦る心を抑え、アランは無視した。もうこの音は何度も聞いてきた。向こうが彼を焦らせるために、何度も鳴らしてきたのだ。

 また、わざと狙いを甘くした、威力も非常に低い風の刃も何度も飛んできている。

 完全に捕捉され、遊ばれている。

 それを理解できているがゆえに、アランも、抱えられているミラも、気が気ではない。

 いつでも殺せるぞ、と耳元で囁かれ続けられているようなものなのだから。

 魔力で、覚醒によって得た力で、限界付近まで強化した状態で走り続けているにも関わらず、容易く並ばれているというのも、屈辱だ。正直、足の速さにはかなりの自信を持っていたアランだが、それはこの数分で完全に打ち砕かれていた。


「く、そ……」


 思わず、愚痴が漏れる。

 限界が近い。いかに強くなったとはいえ、まだ人の域にあるのだ。疲労も大きく、追われているという精神的圧力は体力をあっという間に奪い去る。

 また、魔力を疲労回復に回せるほどの余裕もない。そもそも、魔物との激戦に次ぐ激戦の直後だったのだ。ほとんど体力も魔力も残っていない状況から、ここまで逃げ続けることが出来ただけでも充分、凄い。

 足が、ふらつく。

 悔しさに、視界がにじむ。

 だが。

 それでも。

 アランが足を止めることはない。

 恐らく、彼は一人なら諦めていただろう。しかし、今、彼の腕の中にはミラがいる。最後の一撃でほぼ全ての魔力体力を根こそぎ使い果たした彼女が。

 止まってしまえば、死ぬのはアランだけではない。

 なら、止まれるわけがない!

 気力のみで己を奮い立たせ、アランは駆ける。

 とはいえ、今までの速度を保ち続けることはもう、出来ず。

 不可視の疾風が、足元を薙ぐ。

 それは、一撃で。

 強化の施されている上に、かなり重装甲で守られているアランの足を、根元から食いちぎった。

 耐えられず、アランが地面に倒れ込む。その時まで、アランはミラを庇ったままで。

 僅かに顔を上げ、襲撃者を見る。

 それは黒いヒョウ型の魔人。全身を貫かれていたはずなのに、もう完治したらしく、アランの足だったものをくわえて冷やかに二人を見ていた。


「よくぞここまで逃げた。見事だ。他の者なら、見失っていたろうな。だが、儂らの中では、儂が最も強く、速い。

正直、貴様らをなめていた。楽観的なバカだけなら、下手したらやられておったろう。人間の可能性、儂らはそれを知っているはずなのにな。ゆえに、もう手は抜かぬ。だが、敬意は表しよう。

立て。まだ、戦えよう。足一本なくなっただけ。儂の知る最高の人間は、その状態でも戦って見せたぞ」


 ヒョウの魔人は滔々と語り、アランの足だったものを放り捨てて、戦闘態勢を取る。

 もう逃げられない。

 それを確信し、アランはミラを下へと下ろし、剣を杖代わりにして立ち上がった。


「分かった。せめて、戦いの中で散らせてもらうよ」

「それでこそおのこよ。さぁ、命を散らせ――」

「はいどーん」


 悲壮な空気をぶち壊す声と共に、桁外れの魔力の一撃がヒョウの魔人ごと森林を消し飛ばした。

 それを行ったのはフロウだ。戦闘能力が無いと言われ続けていた彼女だが、"戦闘"ではなく砲台役として魔力をぶっ放すだけなら、魔力に見合った能力があるのだ。ただし、狙いが凄まじく荒いので、味方ごと吹き飛ばす可能性のある時は撃たないのだが。

 ただ、今回は長々とヒョウの魔人が語りながら止まっていたため、狙いを付けられた。というか、アラン達を範囲外に設定できたのだ。


「大丈夫? 足なくなっちゃったみたいね。ちょっと待ってて、すぐ生やしてあげるから」


 気軽にそんな無茶なことを言いながら、空からフロウが降りてくる。まぁ、フロウの能力なら四肢全欠損からの完全回復ぐらいなら容易いことなのだが。


「ッ、はぁ。よかっ――」


 一気に気が抜けたアランは、今まで気にする余裕もなかった激痛と倦怠感やら諸々に襲われ、うずくまった。

 常人ならその場で死んでもおかしくないが、流石にかなり鍛えられているだけある。


「だ、い、じょう、ぶ?」


 自分自身、かなり不味い状態のミラでさえ心配そうに声を掛けるほどの状態の悪さ。

 数分放っておけば、死体が出来上がるだろう。

 放っておけば、の話だが。


「はいはい、もう大丈夫よ」


 フロウの言葉と共に、絶大な魔力がアランを包み込む。

 治癒魔術の中でも最上級から僅かに格の下がる魔術、サラに使ったリジェネーションの簡易版だ。

 見る見るうちに足が生えてきて、顔色が戻っていく。ただ、足が生える、という表現は少々似合わないか。正確に言うなら、アランという存在の有する情報から完全な状態を読み出し、それにしたがって足を再構成した、が正しい。

 魔術に関してはかなりの知識を持つミラでさえ、欠片も理解できないほどに高度な魔術。恐らくサラでも、僅か一部を理解できる程度だろう。魔法の域に片足突っ込んでいる、というのは伊達ではない。

 アランを僅か数秒で完治させたフロウは、ミラもすぐに治療する。こちらはもう指を弾くだけで完調まで持って行ってしまう。次元が違うとしか言いようがない。

 一分と掛からずに事態が好転へと向かったことに、半ば混乱しつつ、ミラは口を開いた。


「ありがとうございました。でも、向こうにも怪我人がいるんです。だから――」

「あー、大丈夫よ。もう片方の逃げてる子たちにはルンが行ってるから。あれに勝てる化け物なんて、そうそういないしね」


 軽く言って、フロウは笑う。

 その笑みには、一片の偽りもなく――








 果たして、ルンは魔人二体と相対する。

 後ろに四人を庇い、ただ薄く笑いながら。


「面倒な役割。この程度の雑魚、吾が相手にするまでもないのに」


 本当に、ただ面倒だと言わんばかりにルンは嘆息する。

 その言葉に、魔人達は歯噛みする。歯噛みすることしか、出来ない。

 それほどに実力差があるのだ。戦闘能力だけなら恐らくは互角だが、それ以外の性能が違いすぎるがゆえに。


「では、処理を開始する」


 ルンはそう呟き、転移して燕尾服の魔人を殴る。

 即時瞬間転移。反応する間すら与えず、桁外れの重量差から放たれる拳が魔人を貫く。

 貫く、と言うのは比喩ではない。文字通り、心臓部を完全に貫通し、そのまま連続で放たれる拳が燕尾服の魔人を粉々に打ち砕く。

 どんな能力を用いても無駄だ。調査・解析特化のルンは既にこの二体の全てを看破している。敵の全てに対する対処法を組み上げ、発動すらさせずに叩き潰す。これへ対応するにはよほどの速度か技術を必要とするのだが、自らの能力に胡坐をかいてきた二体にそれらはない。

 純粋な地力の差と絶対的な経験の差。

 覆しようのないそれらは、一対二という状況すら、魔人達へと勝ち目を与えない。

 不幸なのは、ルンに一撃必殺の攻撃力が無いことだろう。ついでに魔人であるがゆえに、生命力がずば抜けて高いこともか。

 防御も回避も出来ない、瞬間転移を織り交ぜた圧倒的重量の攻撃は、一撃ごとに魔人達の命を削り去っていく。破れかぶれの反撃など気にすることもない。かの『動く山』の数倍を誇る魔力量は単純な魔術攻撃なら問答無用で無効化し、その魔力で強化された肉体は全身が神化銀を超える強度のため、生半可な物理攻撃は全て弾き返す。

 その上で半端じゃない年月で積み重ねた技が振るわれるのだ。

 この化け物に勝つというのは、尋常なことでは不可能だろう。

 一体で万の大軍を殲滅できる中級の魔人二体は、僅か数分でより強大な化け物によって粉砕される。

 『永久を謡う者』ルン・ルン・レイノは敵の血の一滴すら体に触れさせることなく、まるで本当に虫けらを叩き潰したかのように後ろの四人へと振り返った。

 ――十二使徒、その力は未だ底を見せず。










 黒竜は既に負けを悟っていた。

 矛を交えるたびに強大化していく金色の少女が、まだ力のほとんどを隠していることを理解したからだ。

 最初こそマンティコアと同格程度にしか見えなかったが、徐々に体が慣れてきたのか、どんどん強くなっていくのだ。

 離れれば魔力と氣を合成させて強大化させた魔術の乱打が叩き込まれ、近付けば意味が分からないほどに激烈な拳や蹴撃が放たれる。

 ぎこちなかった動きが洗練されていく過程は見ていて楽しかったが、その実験台が自分だというのはたまらない。

 とはいえ、もう終わりだ。

 金色の粒子を纏うサラは決意を秘めた目で黒竜を見上げる。

 ただそこに在るだけで周囲の空間を己の支配下に置き、その内部を己の一部とするほどの領域支配能力。空間内の魔力が活性化され過ぎて金色の粒子として舞っているのは、美しくもあり恐ろしくもある。


「ありがとう、ございました。これで、わたくしは先へ進めます。心から、貴方には感謝いたします」


 ぺこりと、サラが頭を下げる。

 そして、顔を上げると同時に腕輪から神器を抜き放つ。

 それはもうサラの代名詞に近くなってきた戦鎚『砕くもの』。だが、今までとは違い、顕現させた時点でサラの足元の地面が砕けて沈む。

 どれほどの重さなのか。足元に障壁が展開されていて、なお地面に沈み込むほどの重量とは。

 そんな超重量物を木の枝でも振るうように扱い、サラは構えを取る。

 放たれる威圧感は今までとは比べ物にさえならない。これほどの威圧を放てるものなど、永くの時を生きてきた黒竜でさえ両手あれば数えきれてしまう。

 そう、それは、つまり。


「――名を聞こう、大いなるものよ。我を滅ぼすものの、名を刻みたい」


 黒竜は大気を震わせるようにして、声を出す。

 死を覚悟しながらも、決してその威厳は失わない。むしろ、より重厚で濃密な威圧感を放ち、凄まじい力を全身に纏わせる。

 これが最後の交錯となるだろう。

 だから。サラもそれに応える。

 死に逝くものに対する、己が踏み越える者に対する礼儀だ。


「『金色の颶風』サラ・セイファート。わたくしも、貴方の名前を憶えておきたいと思います。お名前をうかがってもよろしいですか?」

「『高き空を覆うもの』ノワル・ドラクリオス。さぁ、最後の勝負だ」


 黒竜、ノワルは膨大な魔力を己の周辺に展開し、力強く大地を踏みしめた。

 頭を低くした前傾姿勢。それは突撃の体勢だ。放たれれば、その巨体と速度と魔力があいまって、全てを砕く砲弾と化すだろう。

 サラはそれを見て、迎撃の姿勢を取る。

 相手が最強の一撃を放ってくるのなら、受け止めた上で撃破せねばならない。

 強く戦鎚を握り、サラは深く腰を落とす。後はもう打ち砕く以外に選択肢はない。

 巨竜は血を揺るがす咆哮と共に、己の体を弾き飛ばす。

 直線的だが、その速度は凄まじい。巨体からは想像すらつかないほどの猛烈な速度で、全てを砕いて進む。

 炸裂音と共に衝撃波が周囲を打ち、そして。

 サラは、戦鎚を振り抜いた。

 全てを砕く黒の砲弾を、雷光の如き金色が打ち砕く。

 荒野へと変わり果てた地で敗者は屍すら残さず消滅し、勝者はただ悠然と立ち尽くす。

 あとには、ただ風だけが吹き抜けていた。

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