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ガイラルの迷宮  作者: 光崎 総平
第四章 人の子よ、高みを知れ
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第四十三話

 結果から言うと、サラの仕上がりはアラン達の裏階層突入に、ほんの僅かだけ間に合わなかった。具体的に言うと五時間ほど。

 まだ完成にはほど遠いというか一歩目を踏み出した程度だが、低出力下では安定させることに成功した。あとは実戦下で稼働させるだけだ。


「では、行きます。まだ生きていてくれるとありがたいのですが」

「信じよう。魔人と遭遇さえしていなければ、生き残っていてくれるはず」

「今から五時間前に迷宮進入は微妙な線よね。覚醒者である彼らの踏破速度なら、第一階層程度なら二時間あれば踏破しきれちゃうし。万全を期して、三時間かけていてくれたとしても、二時間以上は裏階層にいることになるから……うん、半分は生きていてほしいわよね」


 順に期待度が下がっていく。というか、一応全員が助かることが前提のサラとルンはともかく、治療担当者が半分の生存しか期待していないのは駄目ではないだろうか。

 何はともあれ、迷宮に入った三人は凄まじい速度で裏階層への入り口を目指す。先導するのはルンだ。正確な場所を知っているルンは何一切の目印を必要とせず、単純に一直線で入口へと行けるからである。

 十分ほどで入り口に到達し、一応全員の状態を確かめておく。魔力が微減しているぐらいで、問題は一切ない。その減った魔力も確認作業の間に回復しきっている。

 人間の限界をぶっちぎった、というかむしろ人間扱いできる存在のいない三人組は入り口を見やった。

 そこはあまりにも自然で、しかし全体からみるとほんの僅か、本当に少しだけ不自然な場所だ。

 守護者が守っている場所のように開けた場所がないのに、そこだけ他より広く森林部が存在するのだ。恐らく、サラが地図の自動筆記魔術を使えていなければ、違和感を覚えることすらできなかっただろう。

 普通は用意されている道しか通れないし、そもそもこの広大な階層の正確な地図を描くことなどまず不可能なのだから。

 その森林部の中心ではなく、僅かに南寄りの場所にそれはある。

 木々と下草で偽装された、扉だ。鋼鉄か何か、非常に硬くて重い金属で出来ており、かなり高位の術者が全力で肉体強化してようやく開けるような代物である。

 が、サラには関係ない。

 魔導練氣術を軽く掛け、片手で扉を開けてしまう。多分、全力を出したら『剛腕の邪鬼』とでさえ真正面からの押し相撲で圧勝できるだろう。ちなみに、フロウも似た芸当ができる。体を動かすのが苦手なため、単純な力比べや競争以外では自爆するのがオチだが。

 三人は無言で目配せし、即座に入って扉を閉める。そして、同時に扉自体へと強固極まる障壁魔術を何重にも重ねておいた。

 これで、他に入ろうとしたものがいても大丈夫だ。








「――みんな、生きてるか?」


 アランは肩で息をしながら問いかけた。

 その姿は無残だ。

 全身を守る鎧は幾カ所も砕かれ、愛用の剣は根元から断ち切られている。怪我も多く、憔悴の度も酷い。

 撤退戦の殿をただ一人で引き受けたためだが、そのおかげで誰一人として死人は出ていない。

 だが。


「全員、生きては、いるわ。でも、コレットが目を覚まさないの。今はルナが必死で治癒魔術を掛けてるけど、血が、足りない」


 自身もフリーダの治療をしながら、ミラが答える。声が震えているのは、自分の無力を噛み締めているからだろう。たった一瞬の油断が起こした惨劇を、思い返しながら。

 答えを聞いて、アランは僅かに胸を撫で下ろす。生きているならば、生還できれば怪我はどうにでもなる。


「……生きていてくれる、今はそれだけでいい。カザネ、矢の残りはどれだけある?」

「残りは普通の矢が十五本、魔術矢が各三本ずつ残ってる。帰るだけなら、なんとかなると思う」

「帰るだけなら、か。今の俺達には、それが最難関なんだよな」


 アランは深く嘆息し、周囲を見渡す。

 見た目は第一階層とそう変わりはない。緑あふれる森林。だが、生息する魔物の強さは段違いだ。

 いや正確に言うのなら、数多くの守護者級の魔物が自分の領域を持たずに闊歩している、か。他の魔物はそこまで強くはない。強くないだけで、洒落にならないくらいに厄介なのだが。


「さて、悔やんでもしょうがない。ミラ、カザネ。強い魔物の気配は覚えたよな?」

「ええ。ここからはもう出し惜しみしないわ。私の魔力が空になるまで探査術は起動しっぱなしにしておく。それでしばらくはもつはずよ」

「拙者も、意識を研ぎ澄ませておく。もう、雑魚一匹見逃さない」


 そんな、相談をしている時だった。

 彼らの名誉のために断言しよう。誰一人として気を抜いていた者はいない。ミラは範囲と精度を折衝して、自分が使え得る最も効果的な探知魔術を起動していたし、カザネも周囲の気配に意識を集中していた。

 当然だが見張りをしているアランも周囲に目を配っている。フリーダも同じようなものだ。例外として、コレットの治療に全精力を注いでいるルナだけが周囲を見る余裕がなかっただけだ。

 普通なら、たとえ守護者が奇襲を仕掛けてきても反応できただろう。

 だが、それは。

 普通では、ない。

 ゆえに呼ばれるのだ。魔人、と。


「ふむ、何か楽しげだね。我々も混ぜていただきたい」


 すぐ近くから聞こえた声に反応し、アランがそちらへと剣を向ける。

 だが、いない。見えない。

 ミラが愕然とした顔で周囲を見渡す。探査魔術には何も引っ掛かっていないのだ。カザネも同じく、一切の気配を感じられずにいる。


「ははは、どうしたね? 我々はここにいるとも。ああ、そうか。見えなくしていたのだったか。済まないね、これでいいかい?」


 笑い声と共に、いきなりそれらは現れ出でる。

 三体の魔人。真っ赤な燕尾服を着た人型が一体、真っ黒な毛並みのヒョウのような肉食獣型が一体、白い翼を持つ神族のような人型が一体。

 いずれも中級ながら、現行の人類とは完全に一線を画す存在。

 しかも、恐るべきことに気配や姿を完全に消す能力まで持っているようだ。どの魔人がその能力を持っているのかは分からないが、下手をすれば為すすべなく殺される。いや、向こうに遊ぶ気がなければ、姿を見ることすらできずに殺されていた。

 明らかになめられているが、そこに勝機がある。戦うにしろ、逃げるにしろ、隙を突かなければどうにもならないだろう。

 魔人達から見えないように、アランは手で指示を送る。

 速度に優れるカザネと腕力のあるフリーダに、戦えないコレットとルナを連れて離脱せよ、と。

 その指示を見て、他の者達へ僅かに動揺が走った。それはたった二人で魔人の足止めをすると言っているのと同じである。

 この三体は、その全てが『動く山』と同等の戦力評価を持つ。単純に換算しても、あの強大な魔物が三体いるのと同じなのだ。

 つまり、単純に言って、二人を犠牲に四人を生かす選択をしたのと同義だ。


「おや、一人、戦えない者がいるようだね。仕方がない。この状況で戦ってもこちらが一方的に勝ってしまうだけだ。

どうかね、君達に一手差し上げよう。全力で攻撃してきたまえ。我々はここを動かないから、よーく狙うといい。そうすればそこそこ面白くなるだろう」


 真っ赤な燕尾服の魔人はそう言いながら、いやらしい笑みを浮かべる。

 非常に分かりやすい挑発だ。隠すことすらせず、お前らの攻撃なんて俺には効かないぜ、と言っているのだから。

 ちょっとこめかみが引き攣るのを感じつつ、アランは心を静める。

 自分達の力が見くびられていることには怒りを覚えるが、しかしこれは好機だ。せっかく一撃を入れさせてくれるというのだから、その誘いには乗るべきだ。乗って、すかさず離脱すれば、被害を防げる可能性もある。


「さて、どうするね?」

「……じゃあ、やらせてもらうぞ。ただし――」


 アランは剣を逆手に構え、魔力を全開にし、魔法陣を足元へと展開する。

 浮かび上がるは剣の紋章。

 それは魔力でも防御力でもなく、純粋に攻撃能力へと特化した証。


「死んでも知らんぞッ!」


 叫びつつ、アランは大地へと剣を突き刺した。


「いかん! お前がバカなことを――!」


 白翼の魔人がそんなことを燕尾服の魔人に怒鳴りつけた瞬間、それは炸裂する。

 アランの視界全体を埋め尽くす、水晶のような魔力剣。大地から無数に、しかも高速で飛び出したそれは魔人達を中心に展開されている。防御はともかく、回避などは確実に不可能。

 更に、追撃が掛かる。


「果てよ、果てよ、果てよ! 永久の氷壁にて、眠れ! 悠久氷鎖!」


 全魔力を込めたミラの最大最強の魔術だ。

 限定した空間そのものに凍結の概念を付与し、内部を完全に凍りつかせる、彼女の氏族の秘儀。

 百年の魔力を込めた氷の魔石を三つ使い潰さなければ使えない最上級の魔術だが、その効果は甚大だ。効果範囲が数ヤード四方という狭さでさえなければ、守護者さえ一撃で仕留められるだろう。

 だが。


「退くわ! 術式に介入されてる! 十分ももたない!」


 けだもの同然のおつむしかない守護者と、人間を超える頭脳と技術を持つ魔人は同列に語れない。

 完全に決まった凍結空間の中からでさえ、この魔人達は術式に介入して脱出しようとしているのだ。桁が違うと言っていい。


「くそ、化け物め」


 言いながら、アランはミラを抱え上げて走り出す。

 他の四人はアランの攻撃が決まった瞬間に、既に逃げ出している。どちらに逃げたかは分かっているため、それとは別の方向へと走る。バラバラに逃げれば、どちらかでも生き残れる可能性が上がるからだ。

 全員が逃げ出して十分ほど経ったころ、静かに凍結空間が解除された。


「やられたね? いやぁ、なかなか凄まじい」

「足止めじゃなく、高火力をそのまま叩き込まれてたら危なかったじゃないの。あなた一人が死ぬならともかく、こっちはお断りよ」

「ははは、これは遊戯だ。こちらの圧勝で終わっては意味がないだろう? ヒヤッとはさせられたが、それもまた一興。さて、どちらから狙うべきだろうね?」


 燕尾服と白翼の魔人は気楽そうに話しているが、ヒョウに似た魔人は半死半生だ。何せ、二人に上に乗られている上、いくつもの魔力剣が突き刺さっているのだから。

 が、上の魔人二人はそれを気に掛ける様子もない。なぜなら、この程度の傷なら、気にする必要すらないからだ。


「あの男が、精神的な支柱のようだったね。まず男を捕まえて、その後に女たちか。それとも女を捕まえてから、男か。どちらも面白そうだね?」

「悪趣味な。捕まえずとも、その場で殺してしまえばいいのに」

「いやいや。女達はあの男に惚れていると見た。目の前で凌辱してやれば、さぞいい顔をしてくれるだろうと思うのだが、どうかね?

男の方も女の方も、非常にいい絶望の表情を見せてくれると、そう確信しているよ」

「それが悪趣味なんだ。そんなもの、こっちが見たくないわ」


 そんな会話をしながら、魔人達は嗤う。

 ――アラン達の運命を知る者はなく、










「で、上級の魔人たる貴方が援軍の相手をする、と言うわけですか」


 サラは、敵を睨み据える。

 黒い巨大な竜。恐らく、上級の魔人の中でも上位に属するだろう。放たれる威圧感はマンティコアすら軽く凌ぐ。


「然り。覚悟せよ、小さき者。最上級魔族、それに最も近き力を見せてくれよう」


 声の一音一音に階層が震える。

 内包する魔力と、竜という種族の持つ絶大な力のせいだ。

 なるほど、これは怖い。

 薄く笑い、サラは素手を竜へと向ける。

 願ったり叶ったりだ。どうせ最上級の魔人とは一度戦ってその力を見ておきたかったところなのだ。最も近いというのなら、参考ぐらいにはなるだろう。


「ありがとうございます。では、わたくしの糧となってください」


 暴力的な力の奔流が溢れだす。

 サラの持つ力は既に人間の枠を超えている。もう、既存の知り合いの中に比較対象が存在しないのだ。

 自分の力がどれほどなのか。どこまで通じるのか。それを試すには目の前の竜はこれ以上なく適切だ。


「クハハハハハハッ、よかろう、小さきものよ。掛かってくるがいい!」


 竜の咆哮と共に、サラが大地を蹴る。サラの蹴り足には地盤そのものが耐えきれないので、強力な障壁を足場にして、駆ける。

 大気を切り裂いて竜へと殴りかかるサラに、溶岩と見紛うばかりの強烈な火炎が放たれた。

 炎の温度によらない真紅の炎。それは最高位の竜の証でもある。

 だが。


「フンッ!」


 魔力と氣を纏わせた拳を一閃し、竜の吐息を切り裂き穿つ。

 鋼鉄すらバターのように溶かす炎だが、サラに届かなければ意味がない。音を超えて発生する衝撃波は実体無き炎を容易く吹き散らした。


「!」


 驚愕は刹那に終わる。それは懐に潜りこんだサラがバカみたいな威力の拳を叩き込んだからだ。

 零距離でありったけの爆薬を起爆したかのような、そんな一撃。投石器で巨石を放ってもこれほどの衝撃ではないだろう。

 『恐なる劣竜』の十倍を軽く超える黒竜の体躯が衝撃で浮かび上がる。強大な力を持ち、頑強極まる鱗と甲殻、非常に柔軟な皮膚を持つ黒竜でなければ、この一撃で勝負が決まっていただろう。


「ガハァッ」


 激痛に咳き込みながら、黒竜が爪を振るう。

 桁外れの質量差から放たれるそれは、常軌を逸した威力でサラに迫る。


「ハッ!」


 それを、サラは片手で受け止め――数百ヤードほど吹き飛ばされた。

 矢のように吹き飛び、木々を何十本となぎ倒したところで止まり、サラは魔術を起動する。

 吹き飛ばされながらも敵を見据え、術式を編み上げていたのだ。その戦闘への執念は、魔人達よりも遥かに濃い。


「滅びの鐘よ、鳴り響け。――共鳴崩壊」


 サラの囀りと共に、黒竜の周辺にいくつもの魔力の塊が発生し。

 それらが一斉に階層全体に響き渡り、地上にまで届くほどの大音声を発した。

 固有振動数云々、などという生易しいものではない。純粋に大きな音と、それらの波を複数合成することによる共振で、黒竜を中心とした数十ヤードが全ての結合を分解していく。

 音を使った振動による強制分解。本来なら城壁を破壊するために使う魔術だ。目標構造物が固ければ固いほど効果の上がる、特異な魔術でもある。

 そんなものを桁外れの威力で叩き込まれた黒竜は悶絶の声を上げる。

 魔力による防御では意味がない。なぜなら、これは攻撃ではないのだ。普通の防御障壁ではただの音を防ぐことは出来ないため、問答無用でこの魔術は通る。

 しかし、流石は上級の魔人で、竜。

 崩壊音波を喰らいながらも、咆哮を上げることで音を相殺し、続いて全身から魔力を放出して音を出している魔力塊を破壊した。

 そして、返す刀で再び炎を吐き出す。

 その炎は、まるで夜の闇のように暗く、黒く、全てを引きずり込むような――


「これは――」


 サラは本来避けられるそれを、真っ向から受け止める。

 本能的に理解したのだ。これは、避けられない、と。

 受け止めた今なら、より分かる。これは全てを引き込む力の塊だ。押しつぶし、ひしゃげさせ、捻じ曲げてしまう重力の渦である。

 もし回避を選んでいたら、巻き込まれて大きな被害を受けていただろう。

 だが。

 受け止めるならば。

 サラには、対処法がある。


「我に近寄ることあたわず! 反力斥変」


 重力には斥力を。反対の性質を持つ魔術を纏うことで相殺し、打ち払う。

 まだ僅か二度、三度と矛を交えたに過ぎないが、しかしお互いが抱く感想はほぼ同じだ。

 強い。そして、こいつはここで仕留めなければいけない。

 サラと黒竜、双方の意図は完全に一致する。すなわち、今この場での殺し合いである。

 巨竜と小さな怪物が凄まじい戦闘を本格化させた。

 その隙に。

 ルンとフロウはアラン達の捜索へと走る。

 サラが暴れれば暴れるほどに、二人は探しやすくなる。あとは、見つけて助けるだけ。どうせ探すだけなら即時に終わるのだから。

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