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ガイラルの迷宮  作者: 光崎 総平
第一章 始まり
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第三話

 休暇が明けたサラはイーリスを伴って白妙の塔最上階にいた。

 そこにいるのはサラとイーリス、ブリジットだけではない。魔術師協会でも名の通った実力者や研究者が円卓に座っているのだ。この円卓に着けるのは一種の栄誉であるといっても過言ではないだろう。


「まず結論から言わせていただくが、我々研究部は迷宮の持つ資源に大きな可能性を見出した。よって、迷宮への部隊派遣を全面的に肯定する」


 最初に発言したのは齢九十を数える立派なひげを生やした老紳士だ。魔術師協会の抱える全研究室を統括する研究部の長。魔術研究に関しては数えきれないほどの功績を残す偉人である。


「解析結果はまだ聞いていない。その資料はあるんだろうな?」

「もちろんだ。リーナ、資料を配ってくれ。並行して説明を行う」

「はい」


 老紳士の後ろに控えていた妙齢の女性が指示に従って円卓のみんなに資料を配って回る。

 その間に、老紳士は説明するべきことをまとめて口を開いた。


「我々が部隊派遣について肯定的な理由で最も大きい三つをそこにまとめた。細かいことが聞きたければ後で質問をしてもらおう。

では一つ目。それはサラの持ち帰った薬草の持つ恐るべき薬効だ。既存の薬ではどんな傷薬でも消毒程度のことしかできなかったが、迷宮内の薬草には傷をたちどころに治す作用があった。この薬草から魔法薬を作れば更なる効果も期待できるだろう。また、他にも万能的に毒への効果を示すものもあった。これだけでも迷宮挑戦の意味は充分だと考える。

第二に、鉱物だ。試料として持ち帰られた量も種類もそう多くはなかったが、どれも地上には存在しないもので特異な性質を備えているものばかりだった。例を挙げればかなり多量の魔力を蓄えることが出来、それを自在とは言わないまでもかなりの自由度で放出出来る石や鋼鉄より強靭な金属などだろうか。これらが豊富にあれば断念していた魔道具がいくつも実現可能になる。

最後に魔物だな。どうも魔術の触媒として極めて優秀なものがあったり、地上の金属を凌駕する硬度の甲殻を持っていたりするものがいるようだ。多くの試料が必要だが、鉱物以上に武具に向いている可能性もある。

これに関して何か質問はあるかね?」

「薬草の作用に関してだが、高い効果を持つとはいえ魔術でも似たことは出来るだろう。高位術者なら腕の一本ぐらいは生やせる者もいる。必要不可欠とは思えないが」

「逆に訊くが、回復術の使い手など一体どれほどいるというのだね? 我々魔術師でさえ人口に比しておよそ千人に一人。他者に回復術を掛けられる逸材となれば魔術師の中でも十人から二十人に一人程度。都合、一万から二万人に一人しかいない計算になる。だが、薬を大量に生産できれば多くの者が自由に使えるようになるわけだ。この恩恵は極めて大きいと判断するがどうかね?」

「ふむ、一理あるな。では、鉱物の方はどうかな? 断念していた魔道具というとどういう代物が考えられる?」

「いくつかあるが、最大の利点は定点空間移動装置だ。今までは国を跨ぐような長距離の空間転移には地脈の魔力を利用するほかなかったため大規模な施設が必要だったが、今回発見された石がある程度集まれば魔法陣による相乗効果で部屋一つ分ほどの空間で実現できる。多くの国や貴族どもに恩を売れると思うがどうかね?」


 静かに、しかし熱い話し合いが行われる。

 この中ではっきりと部隊派遣に賛成を示すのはまだ研究部ぐらいだ。迷宮の危険度は既にサラの報告により周知されているため、部下を失う危険と挑戦によって得られる利益を天秤にかけ、どちらが良いかを悩んでいる者が多い。

 中でも戦闘部門の者達は慎重な立場だ。戦闘能力の高い者が多いため、探索部隊の主力は彼らになる。つまり、最も危険な役目を背負わされるのだ。慎重になるのも理解できるだろう。

 逆に積極的になってきているのは錬金術部門や薬学部門だ。試料が少なかったため彼らは今回の解析で蚊帳の外に置かれていたが、今までにない素材で色々なものに挑戦できるためやる気になったのだろう。

 そんな彼らをイーリスと共にブリジットの後ろで見ていたサラは、何とも言えない思いを抱えながらそれを見ていた。

 サラ本人は実際に潜った地点までほぼ安定的に進める実力があるが、それを他者に要求するのは酷というものだ。班を組み、役割を分担し、準備を万端に整えて迷宮に挑戦したとしても生存確率は五割を割るだろう。それほどまでにかの迷宮の攻略難度は高い。

 魔物の強さもさることながら、群れで現れる魔物は連携を取ってくることが多く、対処が難しい。またあまり変わり映えがしない風景が続くうえ、植物系の魔物には幻術を用いてくるものがいるため気付かずに食事にされてしまう可能性もある。地中から現れ、あっという間に獲物を引き込んでしまう魔物や、樹上からの奇襲を主とする魔物などの厄介な魔物も数多い。

 常に索敵魔術を使い続けるというのも手だが、サラのように規格外の魔力を有していなければそれは難しい。そのため自然と目視に頼ることになり、危険度は上がる。

 だがここで成功を収め、名を挙げれば魔術師協会の名を広く広める良い機会であることは間違いない。全員それを理解しているため、迷宮攻略を否定する者はいない。どれくらいの勝算があるのかを気にしているのだ。


「ふぅ、考えの固まった我々で話していても埒が明かんな。サラ、君の意見を聞きたい。一般の協会員を組織していったとして、どれほどの生存率を見込める? また、その結果見込める成果は、君に万全の準備をさせ一人で採集を行わせた場合と比べてどちらがより多いと想定できるかね?」


 いきなり話を振られ、サラは一瞬だけ驚いたがすぐに考えをまとめて口を開く。


「潜る期間にもよりますが、一般の協会員の実力では恐らく生存率は五割を割るでしょう。迷宮の入り口近くで採集するだけなら生存率は高まりますが、それでは満足できる成果を上げられないでしょうし。

わたくしが単騎で潜った場合と比較すると、大部隊の方が数は集まると思われます。ただ、魔物も強力ですのでどれぐらいの収穫が見込めるかは運次第かと。その代わり一度潜って生還できれば、生還した方々は迷宮での生の知識や経験を積めますから生存率はグッと上がると思います。二度目以降はかなり効率的に動けるでしょうし、大人数で挑戦するのも悪くはないと思いますが……その分、死者が増えるのはいかんともしがたいですし」


 サラの言葉を聞いて、彼女に話を振った壮年の男性が自分の顎を撫でた。

 巌のような重厚な存在感を持つ彼は、一度サラの目を見た後、ゆっくりと一つ頷く。


「分かった。協会長、とりあえず、一度この場はお開きにしよう。我々が新たに得た情報はかなり多いため、各々の部門に戻って部下と相談する時間が欲しい。

だが、ただお開きにするのではなく、次回の集合までに志願者やそいつらが持っている技能の表を作ってくることを全員にお願いしたい。サラの話を聞いて、私は覚悟が決まった」

「異議は……ないみたいね。よろしい。では三日後に再び円卓会議を開催します。その時までによくまとめて来るように。では、解散」


 ブリジットが言いながら手を叩くと、ブリジットとサラ、イーリス以外の全員が速やかに円卓から立ち、ぞろぞろと出ていく。数人はサラの方をちらりと見て行ったが、声を掛けられることはなかった。

 二分と掛からず、円卓の間に残されたのはサラ達だけとなった。

 人がいるときは静かだったイーリスだが、人が少なくなって緊張が解けたのかもぞもぞと動き始める。


「お姉ちゃん、お姉ちゃん。……怖い顔、してるよ? どうしたの?」


 サラの顔を覗き込んだイーリスが一瞬硬直する。それほどまでに、サラの表情は強張っていた。

 言われ、初めてサラはそれを自覚したのか思わず顔を隠すようにして、手で目を覆う。知らず知らずの内に斬り付けるような目つきになったいたらしい。

 自分の顔を揉み解しつつ、サラはイーリスに微笑みかける。

 ようやくいつもの顔になったサラに安心したのか、イーリスも笑顔でサラにじゃれ付く。


「お姉ちゃん、今からどうするの? ご飯?」

「んー、そうですね。わたくしの作る食事と外で食べるの、どちらが良かったですか?」

「お姉ちゃんのご飯が良いなぁ。おいしいよ」

「腕によりを掛けますね。帰りに何か買っていきましょう」


 イーリスの頭を優しく撫でると、サラは自分の緊張がほぐれるのを感じた。自分の一言で多くの人々が命を失うという実感。分かってはいたが、彼らの厳しい視線と部下に対する責任感の強さに思わず気を張ってしまったのだ。

 人の上に立つことの重さ、それを思い知らされた瞬間でもあった。


「……サラ、次の会議までに班編成や基本的な戦術、主な魔物の攻略法などを纏めておきなさい。出来るなら、持ち込むべき荷物などもまとめておいてくれる?」

「ええ、分かっています。三日後までに準備し、持ってきますので添削をお願いします。わたくしだけでは要求する能力が高くなりすぎるかもしれませんから」

「あなたにお願いする以上、当然ね。明日か明後日に草案を持ってきなさい」

「はい、了解いたしました」


 表情を一切変えず、視線すら合わせることなく、サラとブリジットはそんな会話をする。

 お互いを分かっているがゆえのこと。ブリジットは今までにない重圧を感じているサラに、あえて仕事を与えることでその重圧を紛らわせようとしているのだ。そして、そのことをサラも分かっている。

 だから。


「ありがとうございます、協会長。では、失礼します」


 ただ一言の礼を言い、サラはイーリスを連れて部屋を出ていく。

 最後に残されたブリジットは、ただ何も言うことなくその場に留まることしかできなかった。


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