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ガイラルの迷宮  作者: 光崎 総平
第四章 人の子よ、高みを知れ
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第三十八話

 地獄。

 それ以外に形容できる言葉など存在しない。

 百三十二名いたセイファート一族は残り十四名。残っているのは単純に強い者だけだ。残りは仲間や都市を砲撃から庇って死んでしまった。

 我らも、もう死ぬだろう。それは決定事項だ。あの魔王を討ち果たすには全員の命を捨てて掛からねばならない。それはこの俺の命も当然のように含まれる。

 心残りがたった一つだけある。

 今年で五歳になる娘のことだ。俺の能力が完成を迎え、ようやくもうけることが出来た唯一の愛娘。まだほとんど何も伝えることの出来ていない、可愛がることすらほとんど出来なかった愛しい我が子。

 サラを、ただ一人残して逝くことだけ。最早、それ以外に未練はない。

 妻は数十分前に死亡した。二十時間以上に渡り、戦闘を続けられたことを誇るべきだろう。セイファートの一族、その名に恥じぬ立派な散り様だった。

 思い残すことはたった一つ。しかし、それはもう叶わないことだ。

 だから。


「全員、俺に五秒くれ。俺の最強を、アレに叩き込む」


 後は勝つだけだ。

 言うだけ言い、俺は『世界剣・百式』ともう一つの神器を臨界起動する。

 空駆ける紫紺の翼、空戦最強の神器『ヴァイオレット・ウイング』。有機的機械で出来た巨鳥を模した神器――古代の禁断兵器だ。

 敵存在の速度は音速の四百倍強。常軌を逸したそれに追いつくことは、人類では不可能。

 だが、俺は自分の固有時間を敵の認識時間に同調させることで己の速度を限界を超えて引き上げる。それだけではまだ足りない。足りない分を持ってくるのが神器を極めた証たる臨界起動だ。

 ヴァイオレット・ウイングの臨界起動、それは担い手に宿り、全ての外部からの影響を遮断することによる超高速機動の付与。注ぎ込んだ魔力の分だけ速くなり、強くなる。そして、世界剣・百式の臨界起動は内包する超絶の力の解放である。

 この二つの同時臨界起動は、実質的に亜光速を実現する。その衝撃に俺が耐えることは出来ないが、しかし、たった一撃に限るのならば、間違いなく最強。

 もうみんなも余力はない。ならば、これに賭けるほかない。

 狙いを定める。

 一人、また一人と同胞が屠られていく。

 俺が言ったことだ。俺が指示した結果だ。

 この無謀極まる戦闘に、挑んだ末路がこれだ。

 だが、後悔はない。

 これ以上の被害を避けるためには、もうこれしかなかったのだから。

 我ら一族が滅びる程度で済むのなら、それはこれ以上ない僥倖である。

 最後の一人が無理な機動をして俺の姿を一瞬、魔王から隠す。五秒丁度。流石だ。最高の仕事だ。我が弟よ、ありがとう。

 胸中で礼を言い、俺は全出力で注ぎ込み、魔王へと肉薄する。

 そして。








 布団を跳ね上げ、サラは飛び起きた。

 今の夢は、何だ?

 頭に残る重い感触と共に、サラは今見ていた夢を反芻する。

 数十時間に及ぶありえない激闘の全てを、夢とはいえ追体験させられたせいか、恐ろしいほどに消耗してしまった。

 それにしても、とサラは敵の顔を思い出す。間違いなくゼイヘムトだ。分身体の時は感じられなかった禍々しさと神々しさの混ざった妙な感覚や、そこに存在するだけで全てを圧するような巨大な力があった。

 魔王。あれが正真正銘の。

 今のサラでは、足元にさえ及ばない。龍に挑むアリと同じだ。

 だが、辿り着かねばならない。魔王と同じ領域にまで。迷宮の奥に同様の戦力の持ち主がいる以上、戦える段階に達しなければ、サラに存在する価値はないのだから。


「そのためにも、まずは一歩、ですね」


 ベッドから降りたサラは自分の体の調子を確認する。休み始めてから一週間と少し。肉体の調子だけならばほぼ完全と言える段階にまで回復していた。

 無意識に取り込んでいた『世界剣・百式』の力が僅かながら体の回復を早めてくれた上、氣の基礎である呼吸術が肉体を活性化してくれていたようだ。

 とはいえ、まだ早い。

 ほぼ完全であって、最大の状態まで回復できているわけではない。短時間に大きな力を出すことは出来ても、継続して出力を安定させることが出来ない状況だ。ぶっちゃけると、体力がまだ回復できていない。

 体が動かせる分、思いっきり動きたくなってしまって厄介だ。魔力の回復量はまだ最大量の千分の一ぐらいなので、魔力を体力回復に回すわけにもいかないし。


「柔軟体操でもしましょうか。ゆっくり体を慣らして、体力が戻ったら、挑戦です」


 寝間着を脱ぎ捨て、サラはとりあえず濡れた状態を人に見られても大丈夫な服に着替える。

 そして、家の裏手にある井戸へ向かい、水を汲みあげて頭からかぶる。冷たい水で、ぼやけていた頭や体に一気に喝が入る。

 昔、幼いころは毎日やっていたことだ。こんなことをしなくても問題なく気合が入るようになってからはやらなくなってしまったが、たまには最初に立ち返るのも悪くはない。

 二度三度と頷き、サラは濡れた服を着替えるために部屋へと戻り、笑う。

 ここからが本番だ。

 夢の内容を察するに、あれはサラの父親とゼイヘムトとの戦いの一部始終のはず。見ることの出来た数々の動きや戦い方は、どれもサラの記憶に焼き付いている。セイファートの戦闘法、それを"視る"ことが出来たのは極めて大きな成果だ。

 知識や断片しかない情報を、実際にではなくとも視ることでそれらを肉付けし、己の物とすることが出来る。今まで靄の掛かっていたいくつもの技法を、己の糧と出来る。それはサラが望んでも手に入れられなかった、一族の技術の伝承だ。

 どこの誰が、わざわざあんな夢を見せたのかは分からないが、そんなことはもう気にもならない。あとはこの技術を自分の血肉とし、氣の扱い方を掌中へと収め、魔導練氣術まで手を伸ばすだけだ。

 目標さえ見えたのならば、後は突っ走るだけ。

 その先に何が待っていたとしても、サラには関係ない。障害があるのなら打ち砕き、世界に害なすものがあるのなら全霊を持って戦うだけなのだから。










 ところ変わって闘技場。

 本日が第一回となる武闘大会は大盛況を見せていた。

 四十八名による勝ち抜き戦は、第一回戦第一試合から高度な立ち合いで始まり、観客達を大いに沸かせる。

 今回の参加者は第六、第七階層へと到達している主力級冒険者こそいないものの、第四階層に到達出来る腕に覚えのある者ばかりで、随所に織り交ぜられる魔術や大迫力の白兵戦が繰り広げられていた。


「焼き尽くす炎をここに。我に従え、火の精霊。我が敵を滅ぼす力を与えよ」

「チィッ」


 しかも、試合を行う円形の舞台は四つあり、同時に四試合が展開されるのだ。これはもうたまらない。

 魔術師が詠唱をしながら剣士の技を冷静に避け続ける。高位の術者よりは遅いが、しかし術式構成は滑らかで熟練がうかがえる。恐らく、人や魔物との戦いで接近戦をするのに慣れているのだろう。

 対する剣士は対人戦に慣れていないのか、機敏に動き回る魔術師を捉えきれずにいる。これは経験の差だ。よほどの武闘派の魔術師以外は至近距離からの斬撃を避け続けることは出来ない。魔術師は接近戦に弱いという常識にとらわれ過ぎた結果だろう。

 そして、何度も避けられ続けるため、自然と振りが大きくなっていく。そんな隙を見逃してくれるほど、魔術師は甘くない。


「振りが大きい! 爆炎破!」


 術を発動させつつ、魔術師は後ろへと跳ぶ。

 それに一瞬だけ遅れ、猛烈な爆発が剣士と魔術師の中間地点で炸裂した。

 直撃させれば人間など形も残らないほどの火力。純粋な魔力だけの火力でなく、超高熱をごく短い時間、狭い範囲に発生させることで爆轟を引き起こす強烈な魔術だ。熱よりも衝撃波で敵をなぎ倒す、頭脳派な魔術でもある。

 剣士は爆風に吹き飛ばされ、舞台から転がり落ちていく。高い防御能力を備えた防具のおかげで、致命傷どころか重傷にさえ至っていないだろうが、しかし全身を等しく打ち据えられたせいで脳震盪を起こしている。しばらくは立ち上がることさえ出来まい。


「勝者ッ! 魔術師、オルカ・マクミラン!」


 審判にそう宣言され、魔術師は観客に向けて手を軽く振って答える。それを見て、また観客が沸く。

 ちなみに観客は一般市民だけではない。冒険者やその候補たちもこぞって見に来ていた。

 候補である学園生徒は中堅冒険者達の攻防に素直に見入っていて、主力級冒険者達は改めて本気の対人戦について考察を進める。

 今まではサラが全ての魔人を対処していたために求められることはなかったが、これからも頼り切りになるわけにはいかないからだ。最低でも中級魔族を自分達だけで対処できるよう、今の自分達の能力や報告にあった情報から戦術を組み立てていく。

 魔人戦において重要なのは相手の技術だ。魔物は言ってしまえば強い獣のため、しっかりと対策を組めば何とかなる。物量による力押しのみで攻めてくる『動く山』のような強力極まりない魔物を除けば、一応いくつもの対処法が存在するのだ。

 だが、魔人は違う。武人のように高潔な者もいれば、搦め手を好む者もいる。つまり、特殊な能力を持った強い人間のようなものだ。つまり、非常に高度で難易度の高い対人戦に近い。

 前提に置くのは自分達よりも遥かな強者。それこそサラと同等以上を想定しておくのが最良だ。事実、サラでさえ相打ちに近い状態に持ち込むのがやっとだった存在さえいる。

 それを頭の片隅に置きつつ、武闘大会を眺めると敵の強大さが徐々に分かってくる。

 魔人のほぼ全てが経験において現行の人間を上回っている。これは寿命の長さからして当然だ。そして、自分達よりも全能力が倍程度あると考えると、かなりヤバい。

 経験の差を覆すには地力で押すか、数の暴力で対抗するほかない。こちらの手札に対し、完全ではなくとも対抗手段があると考えるべきだからだ。それに加えて地力で負けているとなると、勝機は見えてこない。

 まがりなりにも勝負になるのは現状、第七階層を探索できている四組の冒険者だけだろう。『覚醒』の第二段階に達している彼らは経験の差を直感で補うことが出来る上、短期間に限定すれば大幅に魔力体力を消費することで自身の能力を激増させることが可能だからだ。

 問題は、それが出来たとしても相手の持つ能力によっては為すすべなく封殺されるということだ。

 サラでさえ限界まで能力を強化してようやく戦えたマンティコアや、相手の能力に応じて自身の能力を強大化させるシェイドのような手合いだと確実に敗北。それでなくともサラのように超遠距離から無視界での精密魔術を連続してくる相手なら、どうしようもない。幻術特化や、暗殺特化などならもう話にすらならない。

 それらを総合して考えていくと、単純に浮かび上がるのがサラの狂気じみた能力だ。

 どれほどに相手が強力な能力を備えていても、初手から打って出られる対応力の広さ。現時点でさえ守護者に一部隊で勝つことは難しいのに、魔力さえ使わずに大半の守護者を粉砕できる能力の高さ。

 どちらも、他の冒険者が喉から手が出るほどに欲しいものである。更に加え、神代の神器まで備えている。恐ろしく高い対応力とあいまって、迷宮探索や魔人との戦闘に真っ先に繰り出されたのは当然と言えるだろう。

 だが。

 今現在、それを不満に、そして自分達を情けなく思っている者は数多い。

 及ばずとも、力を得た者達が多いせいだろう。次があるならば、サラの手を借りずに魔人を倒して見せると意気込んでいるのだ。

 その危険度がどれほどに絶望的なものなのかに、気付けずに。

 魔人と呼ばれる化け物どもを、人間程度の尺度で計ることがどれほどの間違いなのかを知ることもなく。


 そして、第一回の武闘大会は盛況のままに終了した。






 武闘大会の裏で、ルンは迷宮第一階層の解析を完全に完了する。

 正確には、第一階層表の解析と言うべきだろうか。この第一階層は同じだけの広さを持つもう一つの階層が裏に存在するのだ。

 裏につながる場所は一カ所。しかも、恐ろしく巧妙に、かつ執拗なまでの隠蔽を施されていた。何故ここまでするのか、理解に苦しむほどだ。


「……これは見つからない。私を呼んだのは正解だった。けど」


 ルンはひとりごち、歯噛みする。

 これは報告すべきだろうか。ルンが感知出来ただけでも、裏第一階層には四体の魔人がいる。三体が中級で一体が上級。サラなら対応できる程度だが、他の冒険者だけだとかなり厳しいと言わざるを得ない。

 中級の魔人でさえ『動く山』と同等の戦力評価を持つ。上級だと内部での差が激しいが、それでも最弱で『動く山』より上で強ければサラと同等以上になる。

 評価を合わせて報告するつもりだが、もしものことを考えると二の足を踏んでしまう。


「でも、報告はすべき。無茶な判断をしない、と信じておく」


 ルンは自分にそう言い聞かせ、深く嘆息する。今は、それしかできなかった。

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