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ガイラルの迷宮  作者: 光崎 総平
第三章 目覚める者達
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第三十四話

 幾重にも隠蔽の施された念波を受け、また近くにその主が現れたのを感じ、オリオールは胸中で深く嘆息した。

 来るべき時が来た。強大な魔王が世界にまだいることが分かり、それが魔術師協会に協力していることを知った時から分かっていたことだ。

 オリオールを含めた魔人たちが多くのことを隠しているなんてことは、あの迷宮をある程度進めば分かるだろう。今までサラが問い詰めてこなかった不思議なほどだ。

 下手を打てば殺される。魔王と呼ばれる存在なら、どんな防御手段を整えようと、内に篭るだけでは圧殺されるだろう。それほどまでに、桁が違う。物理的事象、魔術的事象をほぼ完全に遮断できるオリオールでさえも、魔王が拳を振るうだけで問答無用で粉砕されうる。

 加え、最近のサラもオリオールの防御を抜く力を備えてきている。殺す、と判断された時点でオリオールの死が確定するだろう。

 つまり、今から行く場所はオリオールにとって死地にも等しい。


『イーリスちゃん。ちょっと、ご飯食べてくるね~』


 それでも軽い調子で、オリオールは言う。内に秘める悲壮な覚悟などおくびにも出さない。にじませない。

 イーリスが他に気付かれない程度に頷いたのを確認し、オリオールは肩から飛び立つ。

 そして。








 サラの家、ついで言うならばサラの寝室で。

 フロウ、ゼイヘムト、オリオールが集まっている。

 面子だけを見るのならば、この家に最近よくいるから不自然ではない。だが、空気の重苦しさが生半可なものではない。

 黙して語らず、壁を背にしているゼイヘムト。空気の重さを不快に感じているらしいフロウ。そもそも表情のないオリオール。

 正直なところ、半死半生のサラがいる場で醸す空気ではない。


「で、ゼイヘムト。そろっそろ口を開いてくれてもいいんじゃないの? 流石に睨めっこは飽きたわよ」


 一番最初に音を上げたのはフロウだ。当然か。この場で最も情報を持たない彼女にとって、こういう睨み合いは煩わしい以外の何物でもない。さっさと話を始めてくれないことには、何も分からないのだ。

 フロウの苦言に、ゼイヘムトは顔を顰める。この魔王、どうやら重苦しい空気を楽しんでいたらしい。露骨に舌打ちすると、肩を竦めながらフロウの方を向いた。


『フロウ。協会――冒険者でも魔術師の方でもいいが、それらが現在確認している魔人の数はいくらだ。どの階層にいたと考えられている?』

「とりあえず存在を確認したのは、討伐済みと第五階層のマンティコアを含めて六体。第一階層、第二階層、第三階層、第五階層、第六階層、第七階層にいたと思われてるわね。それがどうしたの?」

『余が先ほど、あの迷宮が切り裂かれた瞬間に確認した第一層に存在する魔人の数は十七だ。最上級が一つ、上級が七、中級が九。第一層、千変の樹海のあるところだけでな。全体では百を超える。最上級が十五ほどだったかな。その中でもひときわ強い力を持っているのは三つだ。

これが意味するのは何だと思う? なかなか面白い推論が立てられると思うのだが』

「…………最低でも二つ以上の勢力が別々に迷宮に封じられている、そう言いたいの?」

『ああ。色々と推測するに、あの迷宮が創られた理由も分かってきた。神々、『覇刃帝』だの『魔導神』だの、『破壊神』が動かない理由もな。

ただ、それを確定させるには一つ、関係者の言葉が必要だ。ゆえに、オリオールをここに招いた』


 ちらりと見られ、オリオールは身を震わせる。

 僅かな情報、自分が探査した結果などを組み合わせ、正解をはじき出す。この魔王が存在すること、それ自体が脅威だ。迷宮に潜れずとも、全てを丸裸にされていく。

 この時点で、オリオールに課せられていた枷は全て外れたに等しい。あとは、ゼイヘムトがオリオールの立場を明言するだけで、最後の鍵も外れる。


『どうして、あたしを選んだの?』


 だが、抵抗するのは必要だ。抵抗せねば、オリオールが迷宮で眠りについた意味がない。

 そして、こうして地上に在る意味も、なくなってしまう。


『簡単な話だ。第一階層、最も重要な位置に配置されたお前に意味がないわけがない。それも、存在隠蔽と防御能力に長けるフェルミエールという種、見た目も普通の蝶と同じで極めて見つかりにくい存在をわざわざ配置しているのだ。かならず意味がある。

なにより、貴様は確実に"中立"だ。分岐点に置くべき、天秤だ。魔族でも神族でも魔物でも妖精でもない。いかなる勢力にも属さない、それを誇りとしてきた種族の末裔。そんなものが第一階層にいて、今まで何も語っていない。

理由がある、意味があると言っているようなものではないか。異様に気前のいいディルやイャルなどの行動にも間違いなく意味があるようにな』


 笑う。魔王が嗤う。

 外れた。今、現時点を以ってオリオールは迷宮の、『魔導神』の課した枷から解き放たれた。

 ありえないことだ。絶対にないと、そう思っていたのに。

 だから。

 オリオールは。

 蝶の姿をした彼女は、意を決する。


『――あの迷宮に封じられている"災厄"は二つだよ。魔王と、第一階級神族。魔王様が感知した最後の一つは、分からない。同時に暴れ始めた二つを封じた、それしかあたしには知らされてないから。

勢力の数は、大まかに分けて三つ。魔王派、神族派、それらを止める者達。最後のは勢力っていうのさえ馬鹿馬鹿しいぐらいにまとまりがないけどねぇ~』


 珍しく凛とした話し方をしていたのに、最後の最後で砕けてしまう。いや、思わず砕けてしまうぐらいにまとまりがないのだろう。

 それを聞き、ゼイヘムトが頷く。深く、深く頷く。


『これで幾つかはつながった。で、だ。サラ、起きているなら、目を開けて参加しろ。寝たふりは趣味が悪いぞ』


 ジロリ、とサラを睨む。

 別に狸寝入りをしていたわけでもないサラは、非常にだるそうにしながら目を開けた。


「死んで、生き返った、ばかり、なんです。少し、くらいは、容赦をして、ください」

『話のあとでなら好きなだけ寝ていろ。それより、どうだ。『楽園の守護者』は、何か言っていたか?』

「はい。神器の制限解除と。第一、階層を、隅々まで調べろ、と」


 目を開けていることさえ億劫そうに、しかし笑みを作ってサラは言う。消耗度は、恐らく過去最高のようだ。魔力は完全枯渇、体力気力もほぼ完全にゼロ。意識を保っているのが奇跡のようなありさま。

 それでも、ちゃんと役割を果たすだけの根性は残っているらしい。ある意味凄まじい。


『第一階層を、か。全てつながったな』


 ゼイヘムトは深く頷く。

 頭に疑問符を浮かべているフロウを放っておいて、何か理解したらしいサラと、元々その辺りのことを知っているオリオールは無言で先を促した。


『あの迷宮、経路は一つではないのだな。外部からではそれ以上は分からなかったが、二つ程度の経路ではあるまい。隠されている武器などを考慮するに、各層に色々秘密がありそうだ。

それに、『楽園の守護者』が第一階層を精査しろといったのは、恐らく最奥まで続くような経路が第一階層にしか存在しないからだと思われる。どこかで分岐したりするかもしれんな。

とはいえ、最も調査の進んでいる第一階層で、次階層への階段やそれに類するものはまだ発見されていないことを考えると、そう簡単に見つかるものでもないか。こうなると、調査や解析に特化した魔術師が欲しくなってくるな』


 言って、ゼイヘムトが嘆息する。

 今回の件でサラはしばらく動けない。この密談をあまり広めたくない以上、秘密裏に調査を進められる冒険者が欲しいが、第一階層を安全に探索できるのは主力級冒険者に限られる。そして、主力級の冒険者が第一階層をうろうろしていれば目に付いてしまい、遠からず調べていることが発覚するだろう。

 あくまでも偶然、一般の冒険者が他の経路を発見する必要がある、ということだ。

 そんな条件に合致する存在、そうそういるものではない。普通ならば。


「ルンが適役ね。サラちゃんを超える超広域の探査範囲と超精度の解析能力。精霊王ルン・ルン・レイノならどうかしら」

『……精霊王? あの結晶亜精霊、そんなに格が高いのか? なんでそいつがこっちに来てないんだ?』

「世界樹調査の役目があるからよ。あの子ぐらい圧倒的な探査能力がないと世界樹を調べることなんてできないから」


 フロウは軽く目を逸らしながら言う。

 確かに、数千年以上に渡って巨大なままであり続ける木なんて不思議だ。枯れる気配がないので放ったらかしにされているが、いつの世にもそういう不思議を調べたいと思うものはいるものだ。そういう研究者のために、ルンは世界樹に陣取ってその変化を記録し続けているのである。


『なら、問題ない。余はこの会合が終わったら、分身体を消して休んだ後、本体で世界樹を登る。そのときついでに世界樹調査を引き継ごう』

「へ? 世界樹なんて登ってどうするの?」

『知らんのか? あれの頂上には神々の住まう世界がある。かつての神界とはまた別の、神格存在が集う場所だ。そこからちょっと神格存在を十柱ばかり引きずり降ろして来ようと思ってな。

正直、余は『覚醒』とやらにあまり肯定的ではない。だから、それを代替できる『加護』を与えられる連中を連れてこればよかろう。余も神格を持つ者として、たまには人の役に立つことをしようと思って――なんだ、貴様ら。その顔は』


 ジロリ、とゼイヘムトはフロウとサラを睨む。あからさまに驚いた顔を見せられれば、最近とみに寛容になってきたゼイヘムトでも僅かに怒りの感情が湧いてくるというものだ。


「え……? 神、格?」

「うっそ、似合わない……こともないの?」

『貴様らが余のことをどう見ているか、よーく分かった。だが、事実は覆らぬ。まぁ、余の場合は持っているだけ、だがな。信仰をよりどころにしていない分、加護を与える力も弱い。

意外と強力な魔王は神格持ちが多いぞ。部下からの信仰や、己がかつて蹂躙した地方からの畏怖を力に変えるからためだ。まぁ、そういうことをする奴らは地力が低いことが多い。何らかの方法でそういう力の供給を止められれば、劇的に弱体化させられるだろう……ん? サラ、余をそんなに睨んでも、今は意味がないぞ』


 軽く笑うゼイヘムト。

 その言葉通り、サラは凄絶な形相でゼイヘムトを睨んでいた。気力も魔力も何もないのに、隙を見せれば殺す、とでも言わんばかりの顔だ。そして、その顔には確信がある。殺せる、という確信が。


『なるほど、『楽園の守護者』に与えられた神器を解放してもらったとか言っていたな。貴様の顔からすると、『神葬真理』辺りが解放されたか。この余を攻撃するのはやめておけ。無駄だ。

本体ならともかく、分身体に神格などない。この体はそこらの土塊と同じだ。あと、そうだな。せめて音を越えてから、余に挑んで来い。最高位の魔族神族は最低が音速域だ。余が全力を出せればその雷速は余裕だし、『楽園の守護者』などは光に匹敵する。

貴様の父親も、面白い術でそれについてきた。他の連中も、自分を砕きながらとはいえ、追いすがって来たぞ。貴様はまだそこに辿り着いていない。たとえ『神葬真理』が完全解放されたうえに完全適合していて、どんなに完全な奇襲をして来たとしても、余はそれを鼻歌交じりで回避できる。

だから言おう。まだ早い。殺したくば、もっと強くなってからにせよ。そうだな、余と相対するうえでの手がかりをやろう。魔術以外で、肉体を強化する術を見つけ出せ。魔術師だからといって魔力偏重では余には勝てん。

どうせこれから一か月は碌な運動も出来んのだ。空いた時間で資料を漁ると面白い発見があるかもしれんぞ』


 だが、ゼイヘムトはその確信を打ち砕く。真に強い者にとって、外付けの力など無用の長物だ。使いこなせもしないものなど、どれほど強くとも警戒に値しない。

 それを悟ったのだろう。サラも軽く目を伏せ、深く息を吐いた。


「そうですね。出来たにしても、今、貴方を殺すわけにはいきませんから。壊滅した地域の改善、あと百年ぐらい掛かるんでしたよね? それが終わるまでは、なんにせよ殺せません」


 静かに、サラは言う。その重苦しい言葉に、フロウは何も言えずにただ目を逸らす。

 と、不思議そうにオリオールがフロウへと念波を飛ばした。


『……サラちゃん、随分と険悪な感じになってるけど、なんでぇ? 前、最初に対面した時はこんなじゃなかったよぉ?』

「そこの魔王はサラちゃん……いえ、セイファートにとっては分かりやすい壁だからよ。セイファートは誰よりも強くなければならない、その一心で戦闘能力に特化してきたのに、ゼイヘムトに一族丸ごと粉砕されたんだもの。

だから、一度、サラちゃんは単騎でゼイヘムトを打ち破らなければならない。勝って、セイファートの最強を証明しなければならない、そういう強迫観念でしょうね。

今までは対抗する手段がなかったから強くなるためにそれを押し殺してたけど、一撃に賭けられる目が出てきちゃったから、隠してたものが表に出てきちゃった感じじゃない? サラちゃん、敵相手だと物凄く怖いしね」


 オリオールの言葉に、フロウが推測を返す。安定志向のサラだが、一発の賭けに出ることは意外と多い。逆に言うのなら、それほどの強敵と戦うことが多いことの裏返しだ。サラが"敵"と判断する存在は大抵が格上。

 人間としては強すぎ、魔人を相手にするには地力が低い。それがサラなのだ。ゆえに、サラが一発勝負に出るのなら、そこには必ず勝算がある。

 そう、一発勝負に"出た"のなら。

 つまり、そういうことだ。今は、一切の勝機が見えない。本体の十分の一も力のない、分身体を相手にしてさえ勝ち目がない。

 自身でもそれを悟っていたサラの胸中はいかほどか。この完全枯渇状態でも一瞬だけなら全力を出せるサラだが、それでも無理だと判断したのだから。


『さて、行く前に最後に一つ聞いておくことがあったな。オリオール、貴様にだ』


 嫌な沈黙の中、一切気にせず、ゼイヘムトはオリオールを見る。

 何の感情も浮かんでいない目。それは答えを間違えれば、即座に殺されることを意味する。

 オリオールは覚悟を決めて、ゼイヘムトに向き直った。


『そう畏まることじゃあない。お前は、どこにつく? 人か、災厄のどれかか、災厄を防ごうとする連中か。どれだ?』

『――最初は、サラちゃんについて行こうかな、って思ってたよ。一人であれを攻略するのは無理だから。でも、今のあたしじゃ力不足だから』

『ほう、では、どうする』

『あたしはイーリスちゃんにつく。あの子の行く末を、見ていたいから。それじゃあ、ダメ?』


 オリオールは言う。半ば、ここで殺されることを覚悟して。

 だが、ゼイヘムトは軽く笑うだけだ。

 笑い、そしてゆっくりと手を伸ばし――


『面白い。では、一つ餞別をくれてやる。フェルミエール、その種が宿す本来の力。それを封じられたままでは、何かと動きにくかろう』


 オリオールを縛る数多の術式を問答無用に打ち砕く。

 術式破砕。かなり高度な魔術であり、術者同士の力量を比べあう、魔術に対する最強の対抗手段だ。流石のゼイヘムトでも、魔術の分野に関しては『魔導神』には足元にも及ばない。だが、封印されていた永い時間が術式に綻びを生じさせ、また強度をも劣化させていたのだ。

 それでも、普通なら無理だ。『魔導神』の魔術は永久不変とまで謳われるほどに次元が違う。だが、無理を通して道理を穿つのが魔王と呼ばれる所以。魔法・『世界干渉』によって一時的にオリオールに掛けられた術式を極限まで劣化させ、力任せに打ち砕いた。

 そして、失われていたあらゆる力を『森羅の魔王』としての力で補給する。


『え? あ、れ?』

『サラ以上の難物だぞ、世界樹の種は。守り抜いて見せるがいい、『城塞の蝶』『魂運ぶ要塞』フェルミエールの裔よ』


 笑い、ゼイヘムトは分身体を崩壊させ。

 最後にサラを見た。


『サラ・セイファート。貴様には修行を一つ残そう。今から一か月、肉体的な修練を積むな。体を徹底的に休ませろ。徹夜なども厳禁だ。ただ休め。いいな?』

「――それは、どういう、ことですか」

『休息の大切さを知れ。貴様のように圧倒的な回復力を持っていると分からんだろうが、疲労や体の傷みというのは存外根が深い。一月、しっかりと休んだのち、体の調子を確認して見ろ。貴様の想像を超えるぐらいに調子が良くなっているだろう』


 それだけ言うと、完全に分身体が崩壊し、消滅する。

 見送ったサラは苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、やがて嘆息してオリオールの方を向いた。

 既に限界を超えているのだろう。サラは息も絶え絶えに僅かなほほえみを見せる。


「では、わたくしは、言いつけ、どおりに、休むことにします、ので、イーリスちゃん、を、お願い、しますね」

『うん。お願いされたよぉ』


 返事をし、オリオールもどこかへ飛んでいく。滑るような高速飛翔。いつもの動きだが、しかし普段よりも滑らかに見えるのはサラの目の錯覚だっただろうか。

 完全に最後の気力体力を使い尽くしたサラは、寝台に体を預け、そのまま目を閉じる。


「フロウ、さん、すみません。それと、ありがとう、ございました」

「いいのよ。さ、寝ちゃいなさいな。起きるまではこの家にいてあげるから、安心して寝ていいよ」

「はい。重ね重ね、ありがとう、ござ……」


 最後まで言うことなく、サラは眠りに落ちる。

 その顔は安心しきっているようで、しかしこの状態でなお己を守る幾重もの防御手段を忘れてはいない。

 敵がいないと分かっていても、僅かに存在する脅威を想定しているのだ。いざとなればこの状態から命を削ってでも敵を迎撃する、または奇襲迎撃専用の自動発動神器を使うだろう。

 この事実が意味することは、単純に敵の多さだ。自身に敵が多いことを自覚している、ということが幸か不幸かなど言うまでもないが。

 嘆息し、フロウは部屋を出ていく。サラもあまり弱い自分を見られることを好まないだろう。今さっきのやりとりでさえ、ほとんど弱いところを見せなかった。辛そうな顔すらせず、薄い笑みを繕い続けたのだ。

 正直なところ、痛々しくて見るに堪えない。そこまで強くある必要はないだろうに、決して弱さを見せることはない。

 誰か、弱味を見せられる存在がいればどれだけ良いだろうか。親族が誰一人として生き残っていない、師ですら亡くなっている現状がどこまでもサラを追い詰めている。

 個として強過ぎ、完結していることがここまで悪い面を持つなどと、誰が思うだろうか。


「ままならないわね。サラちゃんがつぶれることはありえないから、そこだけは幸運、か」


 ひとりごち、フロウは居間へと歩いていく。

 ただ、サラがいつか報われること祈りながら。






第三章 了

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