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ガイラルの迷宮  作者: 光崎 総平
第三章 目覚める者達
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第三十二話

 全速力で第二層を踏破し地上へと転移したフロウを待っていたのは、いるはずのない人物だった。


「ゼイヘムトから話を聞いたわ。闘技場で蘇生魔法の準備を進めているから、急いで行って頂戴」

「ブリジット!? 分かった! 全速で飛ばす!」


 魔術師協会長直々の言葉を受け、フロウは凄まじい速度で飛翔していく。途中、炸裂音と共に大気が弾ける光景が見えたが、気にしない。音速超過は最高位の魔族や神族のお家芸だ。フロウも治癒特化とはいえ、この程度は容易い。

 あっという間に見えなくなったフロウを見送り、ブリジットは迷宮を睨む。

 恐るべき場所だ。

 サラの戦闘能力の高さはブリジットが一番よく知っている。各種神器の能力も、それらの強さも。そして、今回サラが抜いた『世界剣・百式』の桁外れの力も。

 それゆえに、ブリジットは迷宮の底知れなさに戦慄を覚えていた。

 サラの持つ神器は神々の使っていた武器の複製が半数を占める。残り半分は超古代の兵器であり、武器ではない。ただ、例外として二つ、神代の武器そのものがある。『世界剣・百式』はその二つの内の一つ。強いのは当然なのだ。

 サラ本人すら死の淵に叩き込むほどに狂った火力を有するが、逆に言うとその手札を切らねばならないところまで追い詰められたということ。

 どれほどのものを内包しているというのだ、この迷宮は。

 そして。

 本当に、最奥まで進むことが、正解なのか?







 広い闘技場全域に、通常とは次元の違う緻密さの魔法陣がびっしりと描かれていた。

 直径三百ヤードほどの闘技場が完全に魔法陣で埋まるほどの密度。それがただ一柱の魔力で構成されているのは圧巻だと言えるだろう。

 その魔法陣の中心に、フロウが降り立つ。力なく目を閉じたままのサラを抱えたままに。

 生死の境にいるサラをちらりと見たゼイヘムトは、苦虫をかみつぶしたような顔をして天を、そして遥か東方を睨む。

 そこにあるのは、海のど真ん中の島から生える世界樹と呼ばれる桁外れの大樹だ。この位置からでは見えないが、その巨大さたるや、世界最大の山でさえも比較対象にならないほどだ。

 とはいえ、一応、ただの植物だ。頂点が神の世界につながってる、という噂があるが、それ以外は生態が違うだけの植物である。世界の整調作用を掌ると言われているが、実証はされていない。

 そんなものを睨みつける意味は、ゼイヘムト以外には分からない。フロウはそんな彼の仕草に、僅かに頭を下げた。

 ゼイヘムトはすぐに近くで作業を行う魔術師たちに指示を飛ばし、最後の準備に移る。そのついでとばかりにフロウへと声を掛けた。


『サラを魔法陣の中心へ置け。その後、余の指揮下に入れ。今回の魔法、主役は貴様だ。回復系統特化の最高位神族が持つ回路を使わせてもらうぞ』

「私の回路を? 魔王たる貴方のじゃだめなの?」

『余は万能型だからな。基本値が高いため、全てを最高水準で備えてはいるが、突き抜けた能力がない。蘇生魔法は生物を扱うだけに難易度が高い。やはり成功率を上げるためには、回復特化の回路を使うのが最善だ』


 指示通りにしながら、フロウは自分に掛けていた抑制封印を解除する。

 フロウ・レント・ナイテアンという第二階級神族の全てが解き放たれた。魔力自体は先ほどサラを治療するのに大半を使ってしまったが、もうそんなことは関係ない。

 高位の神族や魔族にとって、魔力の量など大した意味を持たない。どれだけ自分の体が系統に適合しているかが問題になるからだ。すなわち、特化である。

 その特化した回路を持つ存在と他では、同じだけの魔力を用いても比較にならないほどの差が出るのだ。それこそ万能型が水瓶の中身を凍らせられるとすると、氷属性特化だと滝を凍らせられるぐらいに隔絶している。技量次第である程度は差を縮められるが、"縮められる"程度で並ぶことは出来ない。追いつくことさえも出来ない。

 そして、フロウは極限まで回復魔術に特化した神族だ。治療、治癒の分野においては神域にあると言える。万能型のゼイヘムトとは魔力量の差を鑑みても、回復系統では圧倒的に勝っている。


『魔力と術式を提供する。ただし、これが成功しても失敗しても、余は数か月はこちらに来れないし通信魔術での連絡も取れないと思ってもらっていい』

「……どうして、そこまでサラちゃんに肩入れを? サラちゃんは強いけど、貴方ほどの存在がそこまでするほどでは……」

『趣味だ。分かっていると思うが、余は戦闘狂だ。己を殺しうる存在が挑んでくることを渇望している。そのせいでかつて『覇刃帝』にボロ負けして永い眠りについたわけだが、余はあまり後悔はしていない。

そして、これもその延長線上だ。余を殺しうる戦力を己の手で育て、完全に育ちきったら戦う。サラではたどり着けぬかもしれんが、幾らか代を重ねればそのうち到達してくれるだろう。なに、百年や二百年ぐらいなら、余にとっては一瞬よ。

このような余興を楽しむことなど、なかなか出来ぬ。セイファートの一族は、寝起きで弱体化していたとはいえ余の肉体を滅ぼせたほどなのだし、期待値は高い。それだけにこのような事態で、その楽しみを奪われてはかなわんよ』

「それはまた随分と難儀な……」

『言っておくが、それだけではないぞ。サラが『世界剣』で迷宮をぶった切ったことで分かったことがいくつもある。余も最近ようやく今の世界を愛せるようになってきたところなのだ。それをぶち壊すような存在は出来る限り排除したい。

それにはサラの……というかセイファートの力が必要だ。他の連中が弱すぎるからな。全く、神を名乗る連中は何をやっている? これほどの事態、人間だけに任せるものではあるまいに』


 ゼイヘムトは語る。

 愚痴が混じっているが、それは本音である証拠だ。

 ふん、と一度鼻息を吐き、ゼイヘムトは再び指示に戻る。


『さっさと終わらせるぞ。まずは魔法を発動させないことには始まらない』

「……そういえば、蘇生魔法ってどんな状況からでも蘇生させられるの?」

『条件さえそろっていればな。肉体があること、肉体の損壊を治してあること、死んでから一年以内であること。そして、生き返ることを本人が望んでいること。

前三つは術者次第でどうとでもなる。全盛期の余なら冥界に攻め入って魂をぶんどってくることで三十年ぐらい経過していても可能だったか。だが、最後の一つは本人と、『楽園の守護者』次第か』


 不吉な笑みを漏らすゼイヘムトに、フロウは身を震わせた。

 『楽園の守護者』、それは、その名前は。

 現在、君臨する十二の神々に名を列ねる、至高の――






 学園の食堂で、イーリス達三人は先日の迷宮実習の反省会をしていた。

 最後に巨大カタツムリ――迷宮マイマイの殻を運んだジンの奮闘もあって、何と成果は第三位だった。たった三人での成果としては相当なものだと言えるだろう。ちなみに、金額に換算して大銀貨十枚分ほど。迷宮マイマイの殻は丸ごとでさえ大銀貨二枚分ほどだったが。果たして多いのか少ないのか。

 一位を目指していた彼らだが、三位なら満足のいく結果……のはずだが、どうも三人の顔は暗かった。


「一位、凄かったな」

「成果は大銀貨三十枚分だっけ? どうやってそれだけの量を手に出来たんだろ。五人の班だったけど、人が多くても戦闘が楽になるだけで効率がそんなに変わるわけはないのになぁ」


 ジンとクレールがぼやく。

 大銀貨三十枚という成果は生半可なものではない。一般庶民の六年分の生活費に匹敵し、中堅どころの冒険者が第一階層に一度潜って稼ぐ金額と同じぐらいだ。イーリス達三人の成果もかなりのものだが、それはイーリスが薬草の知識を持っていたりしたのが大きいし、迷宮マイマイの殻を丸ごともかなりの額を占めている。

 二位が三人とそう変わらない大銀貨十二枚分だったのと比べれば、一位の班の突出っぷりがよく分かるだろう。


「でも、そんなにたくさん持ち帰ってた班はなかったよね。だから、量自体はわたし達とそう変わらないと思うな」


 イーリスの話し方が随分と滑らかになってきている。サラ以外の多くの人と交流を持ててきているためだろう。イーリス自身は気付けていないかもしれないが、その成長は非常に好ましいものだ。

 また、イーリスの指摘は当を得ている。量だけを見るなら、イーリス達三人が第二位だったのだ。一番多かった班は第七位だったが。

 つまり、量ではなくて、質。まぁ、魔道具を手に入れるために『森鼠の灰結晶』を報告しなかったため、大銀貨三枚分が加算されていないのだが……それを入れても倍以上の差があるというのは、どういうことなのだろうか。


「過ぎたことを言っててもしょうがないけど、どんな素材を手に入れたらそんな額に届くんだろうな。ジン、イーリス、何か心当たりある?」

「あるにはあるけど、あの制限時間内だと俺の知ってるやつは無理だな。第一階層の奥地で採れる『緑楓木の糖蜜石』が一つにつき大銀貨二十枚とかだったかな。宝石みたいな樹液の結晶なんだけど、そこまで行けて見分けられる人が少ないから暴騰してるんだ」

「わたしも幾つか知ってるよ。『恐なる劣竜』の素材が最低でも大銀貨七十枚で、『鎧猪』を一頭丸ごとなら合計で大銀貨五十枚ぐらい」

「いや、二人とも、そんな半端じゃない素材じゃなくてさ。大銀貨五枚ぐらいとかのは知らないのか?」


 クレールが軽く頭を抱える。当然だ。そんな高すぎる素材を、見習いに過ぎない学園生が取って来れたら冒険者稼業は商売あがったりだ。

 特にイーリス。学園生が守護者に遭遇したら、その時点で死亡確定である。


「じゃあ、ガイラルウルフの素材とか? あいつら強いし、良い武器になるからかなり良い値になるぞ。でも、六人でアレを倒すとなると……やっぱり無理があるか」

「んー、『赤水蜜桃』とかはどうかなぁ。一つで大銀貨一枚だけど、あんまり大きくないし結構まとまってなってることが多いから、見つけることさえ出来れば大金になるよ」

「ああ、そうか。すごい高額の素材とかじゃなくても、そういう高めでたくさん取れるのなら一気に稼げるのか。で、その『赤水蜜桃』ってどんなのなんだ?」

「真っ赤な桃だよ。熟すにつれて赤みが増すの。美味しいけど、普通に食べるにはもいですぐじゃないと駄目だから、お酒の材料とか薬になるみたい」


 これぐらいね、とイーリスは大きさを手で表す。普通の桃の二倍くらいの大きさだろうか。かなり大きい。こんなに大きい桃で美味しいとなれば、かなりの高額になるのもうなずける。それも酒や薬の原料になるのなら、なおさらに。

 しかも、桃のように傷みやすいものをそんな大量に運べる存在が少ないとなれば高騰するのも当然というもの。ただし、たくさん持ち運ぶ手段が確立すれば安くなるだろうが。


「そういえば、ボク達は果物とかは無視してたか。さっきジンが言ってた糖蜜石も樹液だし、果実とかそういうのは高いんだな。よく考えると、薬草類はみんなが持ち帰るから値は安くなって当然だし」

「ま、次もまた一カ月後にあるし、その辺りの相場を調べとくと良さそうだな。果実類は確かに盲点だった。イーリスは果物を見分けること出来るのか?」

「出来るよ。第一階層のなら、完璧」

「よし、次は果物狙いだ。そっちに絞っていこう」


 パン、とジンが手を叩く。この班の牽引役はもうジンに決定してきているようだ。まぁ、班の人員が一歩退いているクレールと、引っ込み思案のイーリスという面子なのだから、当然と言えば当然だが。

 話がまとまったとき、イーリスは誰かの声が聞こえたような気がして後ろを振り返った。

 ここは学園の食堂で、それも昼時だ。人は多い。振り返っても見えるのは人ごみだけで、何も分からない。

 ただ、イーリスは少し安らげる声だった気がしていた。

 誰か、までは分からないが。








 白い薔薇園の中で、サラは目を覚ました。

 どこまでも澄んだ空気と抜けるように青い空。周囲にあるのは一切の穢れなき純白の薔薇のみ。

 まったく現実感のない光景。しかし、これこそが自分の現実であるという妙な確信がある。

 少し周りを見渡すと、遠くに真っ白な教会のような建物が見えた。白い石造りの建物で、背の高い鐘楼が付いている。教会かどうかは置いておいて、確かに“教会っぽい”建物であると言えよう。

 そちらに向けて歩きだす。遠くのように見えたが、案外近いようにも見える。何故だろうか。

 サラは自分の額を押さえ、一度立ち止まる。遠近感がおかしい。

 はっきりと、石の継ぎ目まではっきりと見えるのに、距離が全く測れない。何がどうなっている?

 いや、ここはどこだ。サラはつい先ほどまで迷宮にいたはずだ。そして、あの禁断の神器『世界剣・百式』を抜き、死んだはず。それも見るも無残な姿になって、だ。

 にもかかわらず、サラの姿は常のままだ。傷一つ無い。そもそも、戦闘服ですらなく、普段着だ。

 何故だ。本当に、どうして。


「――迷える魂よ。その問いは無意味です。貴女は死に、ここへと一時の安息を得るために来た。それ以上は考える価値を持ちません」


 声が聞こえた。

 そちらを向いたサラは、目を見開き、体を硬直させてしまう。

 次元の違う魔力と存在感。魔王ゼイヘムトでさえ比較にならないほどの、あまりにも隔絶した力の持ち主。

 頼りなさそうな線の細い美青年だが、そんな容姿はカケラも当てにならない。

 これは、この化け物は、何だ?


「貴女の前には三つの選択肢があります。よく考え、よく悩み、答えを出すといいでしょう。

一つ、死ぬ。辛い現世に別れを告げ、死と言う名の安らぎに身をゆだねる。

一つ、ここに留まる。この楽園で全てを忘れて暮らす。

一つ、生きる。死よりも辛い目に遭い、それでも再び地獄へと戻る。

どれを選んでも構いません。ただし、どれを選んでも、私と問答をしていただきましょう。そう、後悔のない選択をしてもらうために」


 法衣を着た金髪金眼の青年は、ただ微笑む。仮面のような笑みではない。この世の全てを、何もかもを、善も悪も全てを愛していると言わんばかりの微笑だ。

 場の空気を掌握されている。勝ち目はないが、それでもサラは流れを自分に引き寄せようと口を開く。


「わたくしはサラ・セイファートと申します。お名前をうかがってもよろしかったでしょうか?」


 根本的な差を覆すことは出来ないと知りながらも、サラは気丈にふるまう。

 震える体を意思の力で押さえつけ、凛とした表情を保っていた。

 そんなサラの内心を読んでいるのか、青年は微笑を深めた。


「私は『楽園の守護者』ギルフィーです。蘇生魔法を受けた者よ、神の問答を始めましょう」

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