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ガイラルの迷宮  作者: 光崎 総平
第三章 目覚める者達
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第三十一話

 最短距離を己の最速で駆けるサラ。

 格上を相手にするときに必要なのは思い切りだ。初撃で実力差を見極める。そのためには全力で当たらねばならない。

 一撃必殺。それに全てを賭けて。

 果たして――その攻撃は避けられた。

 だが、攻撃を回避された"次"を想定しておくのも強者のつとめ。即座に追撃を仕掛け、相手の動きを観察する。

 異常に軽い動きだ。ひらひらと、木の葉のように攻撃を回避されてしまう。

 サラも攻撃を読ませないよう隠蔽技術などを織り交ぜているのだが、完全に見切られてしまう。だが、今までの敵のように強烈な威圧感を放っているわけではない。

 色々な意味で重みを感じられない、ある種非常にやりにくい相手だ。


「チィッ! どうして攻撃をしてこないのですか!?」


 一度距離を取り、サラは緊張を途切れさせることなく口を開く。

 この攻防では相手の特徴をつかみきれない。こういう手合いには、言葉で揺さぶりをかけていくほかない。


「その問いには答えよう。今は慣らし運転だ。久しく見ない性能、見事といえる。ゆえに、だからこそ慣らしを必要としている」


 影にしか見えなかった相手が、僅かに実体を形成し始めている。非常にゆっくりとした速さだが、しかし確実に。

 まずい、とサラは直感する。あれは終えさせてはならない。その前に、あと一度は確実に殺しておかねばならぬ、と。

 そう、これは、この敵は、シェイド・ウルバッハ・ドーは。

 複数の命を保有し、それを活用することで自らを強化する、極めて厄介な相手なのだ。

 枯渇状態のため、出来る限り使わなかった魔力を用い、サラは一瞬だけ最高速度へと至る。

 音速一歩手前の速さは、通常では反応することさえ叶わない。人間が形を保てる限界の速度による神速の特攻だ。

 十ヤードの距離を刹那で潰す速度の一撃を避けることなど不可能。

 そう、それが。

 人間であったのならば。

 凄まじい速度で放たれた各種隠蔽技術を駆使した一撃は、しかし回避される。

 残像――否、影だけをその場に残した後方への跳躍。シェイドは己の影を囮とし、自らを確実に逃がす。

 だが、サラもただで逃がしはしない。

 『砕くもの』、その神器としての力を以って、影そのものを打ち砕く。


「な、ガァッ!?」


 影を砕かれたシェイドは突如として吐血し、その場へとうずくまる。

 無理な力の行使にサラも口端から血をにじませるが、そんなものに気を取られるほどサラはぬるくはない。全霊での攻撃直後から、体勢を立て直すことすら放棄して追撃へと移った。

 常軌を逸した修練で体得した体幹の強さ、それはたとえ完全に倒れかけている状態からでも次の一手への道を繋ぐ。足が片方でも地面についているのなら、サラにとってはその状態こそが最良なのだ。

 攻撃後、一瞬の遅滞さえなくサラはシェイドを打ち砕く。

 これで三回。三回殺した。影を含めるのなら、三.五回。残る蘇生回数は何回だ。あと何度殺せば終わる?

 そして、なによりも。

 あと、どれだけ強くなる?


「ギガ、ガ、ガガガガガ……面白い。最後まで追い込まれるか。そして、貴様、これほどまでの力を隠し持つか。

面白い。愉快だ。ゆえに感謝しよう。これで、我は潜る必要がなくなった。後は第一階層の入り口で侵入者を全て撃退するだけでいい」


 今まで影で覆われていた部分が、全て露わになる。

 その姿は、まるでサラと鏡写しで。ただ、髪や瞳の色が違うだけだ。

 銀の髪と銀の瞳を持つ己に、サラは歯噛みする。

 まずい、と。そして、終わった、と。

 今になって、その姿を見てようやく理解する。このシェイドの能力は複写だ。敵対者の能力を、己に足す。恐らく能力の発動条件は『場所』と『殺されること』だろう。

 この広い部屋で戦闘し、何者かに殺されることで己の力を上昇させる。どれだけ相手の力を加算できるのかは不明だが、三度目に殺した今の状況は最悪だ。

 今の能力と、万全時の戦闘能力、そして呪刻解放状態の全力が加算されている。

 単純に言おう。

 現在、目の前にいる敵は、サラ・セイファートにとって過去最大最強の敵だ。


「……さて、良い体だ。試運転をさせてもらうぞ」


 自分そっくりの声音でシェイドがそう言うのを聞くと同時に、サラは身をかがめた。

 サラの動作に一瞬遅れ、猛烈な速度の拳が頭のあった場所を撃ち抜く。当たっていれば、人間程度の耐久力しかないサラの頭は消し飛んでいただろう。

 とはいえ、一発避けただけで安心など出来ない。即座にサラは相手の足を刈る。一気に体が強化されたため、まだシェイドはその超絶の身体能力に慣れていない。

 面白いようにすっころぶシェイドにサラは追撃を仕掛ける。

 どれほどに速くとも、どれほどに強くとも。それは自分の速度の、力の延長線上だ。どう動くとどの距離までどれぐらいかかるかなど分かりきっている。

 そして、所詮は素人。先ほどまでの影同然の姿ならともかく、少なくとも今の姿はサラが全て知っている自分の姿だ。

 骨格も、筋肉も、魔力の流れも、全てが己のまま。ただ、全能力が上乗せされているだけだ。その上乗せが生半可ではないのが難点だが、しかし先読みは可能。

 この化け物はここで仕留めなければならない。

 重さよりも直撃させることを重視する鋭い上段からの振り抜き。重さを捨てているとはいえ、その威力は岩を容易く砕く。サラの耐久力自体は全開時でも人間の数倍程度なので、一撃が当たりさえすれば粉砕できるだろう。

 だが、そう簡単に当たるわけもない。シェイドは崩れた体勢から身を捩りつつ、手で体を跳ねさせることで回避する。

 力が強すぎるせいか長い滞空時間を得たシェイドに、サラは容赦のない追撃を行う。振り抜いた状態から戦鎚を追い抜き、体勢を入れ替えながらシェイドの肉体中心に強烈な振り上げを叩き込む。

 強大な威力が込められた一撃だが、しかしサラは顔を歪める。

 読まれていた。自身よりも更に強い魔術防壁がシェイドの体を守っていた。

 だからと言って、ただで防がれてやる道理はない。己の満身の力を込め、サラは吼える。


「ッ、ア、ァァァアアアアアアアッ」


 硬質な破砕音と共に、防壁を粉砕してシェイド本体へと強烈な打撃を叩き込む。

 致命には至らない。それほどの威力はない。想定の威力を九割削られた。

 それでも、一撃は一撃だ。自己復元や強力な治癒魔術で底上げしているに過ぎない脆いサラの能力を基礎にしているシェイドにとって、その一撃は想像を絶する威力となる。

 本来ならば吹き飛ばすことすらせず、その場で粉砕しているはずの攻撃だが、威力を殺されたためにただ吹き飛ばすだけに留まった。

 猛烈な回転を加えられて吹き飛んでいくシェイドに、サラは手を伸ばす。ほとんど枯渇しているとはいえ、サラも高位の魔術師。命を削ってでも魔力を生産し、足りない分を大気中からかき集めて魔術を構成する。


「我が血に刻まれし殺刃の魔術よ、全てを切り裂きなさい! 滅・乱閃刃ッ!」


 それはセイファートの魔術。敵を殺すことに、殺し尽くすことにのみ特化した、人類が為しうる究極の一つ。

 火、水、風、地、雷、氷、光、闇という下位八属性全てが織り交ぜられた全周への広域切断魔術だ。一つ一つが豪・圧水刃と同じかそれ以上の切れ味を誇る刃が合計で数万余も暴れ狂う。

 まともに使えば十万の軍勢を瞬時に肉塊へ変え得るほどの範囲と、神化銀――神器に多く使われる不滅の金属すら切断する威力。避ける術など存在せず、防ぐことなど人類では不可能。サラさえも真っ向からこの魔術と相対すれば、重傷は避けられない。

 それはまさに切り札と呼ぶに値する性能の魔術だ。

 ――だが。

 サラは急速に重くなってくる頭を抱えつつ、歯噛みする。

 仕留め切れていない。流石は高位の神族。流石は魔人。

 シェイドはサラから複写した魔力だけでなく自前の魔力をも使って強固極まる七層の防壁を展開しつつ、やや威力は落ちるものの近い性質の魔術を乱射することで威力を減衰させた。その程度で防ぎきれる魔術ではないが、消耗度では間違いなくサラの方が上だ。

 状況は厳しいの一言。魔力は完全に枯渇。体を動かす力も尽きてきた。残るは気力のみ。それも、どこまで続くか分からない。

 それでも。もう勝ち目がないとしても。残っているのが本当の意味での最後の手段だけだとしても。

 サラは、敵を睨み据える。


「……見事だといえよう。今の魔術、万全の状態で放たれていたら、この状態の我でも命を奪われていた。賞賛する」


 静かに、シェイドは言う。

 言葉に嘘は感じられない。つまり、純粋にサラのことをほめているのだ。

 ギリ、とサラは歯を噛み締める。相手にはまだ余裕がある。ほとんどの手札を切ってしまった自分と違い、相手のことをほめるだけの余裕があるのだ。

 サラが勝利できる目は、完全に消えた。せめて『砕くもの』を完全に扱えていたら話は変わっていただろうが、それは無い物ねだりに過ぎない。

 シェイドももうサラに近寄る気はないだろう。後はサラに適当な魔術で攻撃し続ければ、それだけで終わる。慣らし運転などは、もっと上の階層で、もっと弱い存在を相手にしてやればいいのだから。


「フロウさんっ」

「……ッ、どうしたの?」


 覚悟を決め、サラはかなり後方にいるフロウに声を掛ける。

 フロウもサラの声に何かを感じたのだろう。不安そうな声音だ。


「イーリスちゃんに、謝っておいてください。ごめんね、と」

「サラちゃん!?」

「わたくしは、ここで終わりますので」


 そのときのサラの表情がどんなものだったのかは、対峙しているシェイドにしか分からない。

 恐ろしく静かな声音で、果てしなく重い覚悟で、サラは『砕くもの』を腕輪の中へと消す。

 シェイドはその言葉と行動に訝るが、しかしその意を問うことはなくサラへと魔術を放つ。

 弾幕、と呼ぶに相応しい数の魔弾がサラを飲み込む。

 フロウが何かを叫ぶが、その声は全て魔弾の嵐にかき消され――



 そして、全てを。

 迷宮ごと、銀の閃光が斬り裂いた。



 僅か一瞬だけだが、文字通り迷宮そのものが二つに割れた。

 フロウの顔が悲しみに歪む。それはサラの死を意味する。

 サラの保有する最強の神器、『世界剣・百式』による究極の斬撃。魔王ゼイヘムト・アーグ・ライングラッツェの肉体を破壊した、彼女の父が扱っていた神器である。

 全ての神器に適性のあるサラでも、全く制御できない。ただ絶対の破壊を周囲に振りまくだけだ。

 その威力は強力、などという言葉では表せない。何せ、魔王が意識的に展開する防壁を貫通し、傷をつけることが出来るほどなのだ。神にすら通じる、殺しうる力は強弱の範疇を超えている。

 逆に言おう。

 そんな力を振るったならば。

 人間如きが、ただで済む道理はない。


「サラちゃん!」


 フロウはサラとの約束を破り、部屋の中へと踏み込む。敵を強化してしまうかもしれないが、知ったことか。

 果たして、フロウが中で見つけたものは。

 完全に両断され、影に戻りかけているシェイドと。

 最早原型を保っていない、"何か"の姿だった。両断されたシェイドの方がまだ見られる状態だ。それは、人の形をしていただけの肉塊に近い。

 反射的に、フロウは己の全力を行使する。


「ッ! 全てを癒す力をここに! 魔なる法を犯す我を許したまえ! リジェネーション!」


 それは治癒魔術の究極。完全死亡以外ならばいかなる状態からでも治癒しきる、魔法に半歩踏み込んだ魔術。

 当然、その魔力消費量は次元が違う。人間ではまかないきれない、フロウでも全力を絞り尽くしてようやく届く、というほどに莫大さ。

 しかし。

 それほどに強力な魔術でも。

 神の域を冒す力の前では、一歩及ばない。

 見る見るうちに傷は消えていく。けれど、けれど力が戻らない。

 肉体と魂がほぼ完全な状態で残っているのに、なのに!


「どうして、魂が肉体に戻らないのッ!?」


 心臓は動いている。呼吸もしている。

 しかし、ただぐったりとして一切の力が体に入っていない。意思が、命が感じられないのだ。


「――当然だ。神の、かの最強の『覇刃帝』の剣を人間が振るえばそうもなろう。だが、見事。貴様らはこの先へ進む権利を得た。

先へと進み、いずれ知るがいい。この地に眠るもの、その真実を。そして、選べ。絶望せよ。神がどれほどまでに残酷なのかを」


 影へと戻り、存在を消滅させつつあるシェイドが笑う。

 そんなシェイドに、フロウは心を落ち着けながら問いかけた。サラの死闘を無にしないために。


「あなた、ここに入ってきた私達以外の人間、殺した?」

「肯定する。五人、殺害した。そして、もう五人の死体は我が特殊魔術の触媒とした」

「そう、じゃあ、今回の私達の目的はこれで終わり、ね」

「では、さらばだ。貴様らに災いのあらんことを」


 呪いの言葉を吐き、シェイドは完全に消滅する。

 それを見送ったフロウは、舌打ちしつつサラを抱え上げ、周囲を確認する。

 忘れているものはない。全ての神器はサラが意識を失えば収納されるため、問題はない。

 間にあえ、と心で祈りながらフロウは迷宮を最高速度で飛翔していく。





 そして。

 そして。

 それは、それらは誰にも知られずに鼓動を再開する。

 ゆっくりと。ゆっくりと。

 だが、しかし、確実に。

 動き出した拍動は、もう止まることはなく――

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