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ガイラルの迷宮  作者: 光崎 総平
第一章 始まり
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第二話

 サラがイーリスと暮らし始め、三日が経った。

 命令通り、サラはその間一度として白妙の塔には近付かず、のんびりとした日々を過ごしていた。とはいえ、勘を鈍らせないために簡単な訓練は行っていたが。

 イーリスと暮らすうちに、彼女について分かったことがいくつかある。まず第一に、イーリスはどちらかというと植物に近い性質を持っているということだ。

 日向を好み、朝によく水を飲み、夜に水を飲みすぎると萎れる。人間と同じものを食べることは出来るが、基本的には小食。また光合成でもしているのか、日向にいるイーリスの近くにいると空気が美味しい。

 次に、知能は決して低くはない、むしろかなり高いと思われること。まだ話せるようになって三日しか経っていないのに、見た目相応の受け答えが出来るようになっているし、軽く教えただけでも字をすらすらと覚えていく。今ではサラが昔集めていた物語や詩篇などを自分で読んだり、読めないものはサラに読んでくれとねだることさえある。いい傾向だ、とサラは思う。

 最後にどうやら植物と会話が出来るらしいことも分かった。イーリス自身もそこらの草木を踏んだり木の枝を折ったりしているので、別に話せるからどうだということはないようだが、結構便利ではある。なにせ、サラだと見分けられない薬草の類でもイーリスは決して間違えることなく採取できるし、裏庭の家庭菜園の野菜もどれが食べごろかすぐに判別してくれるのだ。見て分かるのではなく、植物の声を聞いているのだとイーリスが言っていたので判明した事実だ。

 少々変わったところはあるが基本的に素直で妙なこともしないため、サラも安心して羽を伸ばすことが出来るのだ。

 そんな平和な日の夕方、サラが毎日行っている魔術の訓練を始めた時のこと。

 サラが普段行っている訓練は基礎の基礎が主だ。全ては基本から成るというのが彼女の師の口癖であり、サラはその教えを徹底的に叩き込まれているため何をおいても基礎基本は欠かさない。

 この三日間毎日やっているためか、イーリスも興味を覚えたらしくサラの訓練風景をじーっと見ていた。

 家の外、広くて何もない庭で訓練を行っているため、その様子は他の人からもよく見える。特に塀や垣などを作っていないため、素通し状態だ。

 だからだろう。サラの訓練しているところから三十ヤードほど離れたところから驚いたような声が聞こえてきた。


「うわっ、すご……」


 サラは今行っている訓練を続けつつ、そちらに目をやる。

 と、そちらから軽鎧を来た少女が歩いてきているのが見えた。年の頃はサラより少し年上くらいだろうか。距離があるので顔などは分からないが、サラの知り合いではない。この距離で他に分かることは、彼女がブラウンの髪を肩口で揃えていることぐらいだろうか。

 何の用事かは知らないが、サラはまだ訓練の途中だ。訓練の内容は魔力で球を作り、それを出来る限り維持すること。魔力は器に入っていない限り拡散しようとする性質を持つため、よほど強固な支配力を持っていないと長時間維持することは難しい。ただ熟練すれば数分維持することは容易いため、慣れてきたら数を増やすのが普通だ。ちなみにサラの周囲に浮かぶ魔力の球の数は二十を超える。普通は五個の魔力球を十分間維持できれば一人前とされるため、これはかなり凄い。

 鎧を着た少女が近くまで来たとき、限界を迎えたらしい幾つかの球が形を崩して大気中へと拡散していく。サラはそれを苦々しげに見て、残る全ての球を消した。


「で、何の用ですか? わたくし、休暇を頂いている身なのですけれど」

「あ、お休み中でしたか。失礼しました。私は協会所属の魔剣士で、コレットといいます。こちらにかの迷宮に単身で挑み、多くのものを持ち帰った人物がいると聞いてきたのですが……今、いらっしゃいますか?」

「それはわたくしのことですけれど、何か御用でしたか?」


 近付いてきた少女――コレットにそう言って、サラはにこりと笑いかける。

 それに対し、コレットは不思議そうな顔をして首を傾げた。


「え、あのー、サラ・セイファートさん? 物凄く強い方だと聞いてきたんですが……」

「わたくし、強いですよ。なんなら試してみますか?」


 笑みを崩さず、サラは言う。

 いつものことだ。評判に対して若すぎるサラは、普段の状態だとなめられる傾向が強い。戦闘用の服装をしていたり、戦闘態勢を取っていない限り、実力者とは見られないのだ。

 そもそも、サラの見た目は深窓の令嬢という言葉が似合うような清楚な美少女だ。外見にはサラが強いと判断できるような要素はない。服装も簡素なワンピースなどを好むため、より華奢に見えてしまう。

 コレットもやはり外見から判断したようで、サラの言葉を戯言と取ったらしい。


「では、お願いします」


 コレットが軽く苦笑しながらそう言った瞬間にサラは動く。

 自然体の状態から力まず沈み込むような動きで距離を詰め、三ヤードの距離を潰す。コレットが反応する前に肩を彼女の鳩尾に密着させ、強烈な踏込の力を借りた体当たりをぶちかました。

 芯に響く重い打撃を喰らい、コレットは前のめりに倒れ込む。それに巻き込まれる前にサラは後ろに飛びのいて、距離を取り直していた。

 咳き込み、激痛をこらえているコレットを見下ろしながら、サラは驚いたように目を丸くする。

 今の一撃は意識を刈り取るぐらいのつもりで放ったものだ。そのはずだったのだが、コレットの身に着けている防具にその衝撃はかなり吸収されてしまった。巧妙に偽装されていたので分からなかったが、間違いなく強力な付与魔術が掛けられている。

 ふぅん、と感心したように吐息し、サラは戦闘用魔術を起動した。

 圧水刃のような即死級魔術ではなく、衝撃だけの非致死性攻撃だ。それを起動待機状態の魔力球として周囲に展開する。十を超える数の魔力球はそれだけでも相手を威圧するだろう。

 いつでも追撃できるだけの用意を整えつつ、サラはコレットが立ちあがってくるのを待つ。サラの経験上、今の一撃からサラの実力を測れるような者ならば彼女を侮ったりはしない。むしろ、不意打ちをしないとダメなやつ、と判断して襲い掛かってくるのが大半だった。

 サラが相手の出方を待っていると、コレットは信じられないものでも見たような表情でサラを見てきた。本気で打ったわけでもないし、展開している魔術もそう大したものではないので、サラはちょっとヘコむ。


「えーっと、あの、すみませんでした。自力で立てそうもないので、起こしてもらってもいいですか?」

「はい、いいですよ」


 魔力球を消し、サラは手を差し伸べる。コレットがその手を掴むと、サラはゆっくりと引き起こした。

 何とか起き上がったコレットはケホケホと何回か咳き込んだあと、大きく深呼吸してサラに向き直る。

 コレットが何かを言う前に、サラは笑みのまま口を開いた。


「それで、何の御用でしたか? わざわざこんなところまで」

「私も迷宮に挑戦したいと思いまして、色々と教授願おうかと」

「そうですか。まぁ、立ち話もなんですし、中でお話しましょうか。お茶でも淹れますよ」





 コレットの前に自分の入れたお茶を置き、サラはゆっくりとコレットの向かいに座る。

 無駄な家具のほとんどない部屋だ。居間と台所が繋がっていて、それほど広くはないが綺麗に掃除されている。

 イーリスを近くで遊ばせつつ、サラはお茶を一口飲んでから口を開いた。


「それで何が聞きたいんです? あ、お砂糖はそのツボです。いくつでもどうぞ。牛乳はありません」

「砂糖、いただきます。えっと、迷宮に挑戦するにあたって、どういう準備が必要ですか? あとは心構えとか」

「まず言っておきますが、一人で挑むつもりならやめた方がいいですよ。死にに行くようなものです。一緒に挑もうとする人はいますか?」

「はい。いることにはいるんですけど、ちょっとこう、」

「つまりはみんなより一歩先んじていたいということですね? 迷宮は個人の実力より連携の方が活きそうな場所ですし、あまり突出するのは避けた方がいいですよ。そういう甘い考えの通用する場所ではありません。今までに迷宮へ入って無事出てこれたのは、わたくしを除けばわたくしと同時期に入った一部隊ぐらいでしたか。過剰なほどの警戒をし、不要とさえ思えるほどの準備を整えていないと生き残ることは難しい、そういう場所です。

それにわざわざ今死にに行く必要はないでしょう。わたくしの休暇が明ける頃には持ち帰った試料の解析が終わるでしょうし、その結果有益だと判断されれば協会を挙げて迷宮攻略に乗り出すと思います。その時に参加するのが一番賢いと思いますよ。被害を最低限にするために色々なものが支給されるでしょうし」


 言って、サラは自分の持ち帰った試料を思い返す。ほぼ全てが新発見の植物や鉱物、魔物の死骸だ。いくつかは見ただけで分かるほどの強力な魔力を帯びていたり、鋼鉄製のつるはしを砕くほどの強度を持っていたりした。ほぼ間違いなく大人数での第二陣探索隊が派遣されるだろう。その内のどれだけが生き残れるかは疑問だが。

 サラも志願していく予定だが、今度はどういう役回りをさせられるか分からない。一人で進んでいいなら何も気にしなくていいが、誰かと組まされる可能性は否定できないのだ。特にサラは超大容量のリバース・スペースを個人で常時展開できるため、倉庫役として連れて行くだけで持ち帰れる物の数が恐ろしく増える。また逆にリバース・スペースを常時展開すると、少ない容量でも魔力を食われるため戦闘能力が落ちてしまう。つまりサラを十全に活用するなら一人で行動させるか、倉庫役として一切戦闘させないか、他の倉庫役の護衛として戦闘しかさせないという三択に限られる。

 ただし、次に向かう者の中で実際に迷宮を歩き、その内情を最もよく知るサラを一人で行動させるというのは考えづらい。

 自分の運用法を考え、しかし頭を振ってサラはそれを破棄する。次の探索隊の面子も分からないのに思考を巡らせても解など浮かぶわけがないのだ。

 とりあえず、サラは目の前の少女から持ちかけられたことの処理をどうするかに思考を切り替えた。

 サラの言葉に不満を露わにした表情をしたコレットを見て、サラは嘆息しながら口を開く。


「不満そうですね」

「当たり前です。これじゃ何のためにここに来たんだか分かりません」

「……では、幾つか迷宮内で便利な魔術でもお教えしましょうか? わたくしの経験から有用だと判断した魔術を。使えるのと使えないのとでは大きな差が出るものですから、迷宮挑戦までに使えるようになっているとお仲間より役に立てますよ」


 言って、サラは自分の迷宮内での経験を思い出す。必要な魔術というと思い浮かぶのは攻撃系が主だが、迷宮の魔物に致命打を与えられる魔術というとかなり上級のものに限られるため教えても意味がない。難度を別としても汎用的に有効な圧水刃は本来大量の水を媒介として使う魔術だし、水を使わないとすると莫大な魔力を必要としてしまう。迷宮内に大量の水を持ち込むのはリバース・スペースでもないと不可能だし、水を媒介にしない方だとコレットの魔力量では一、二発で魔力が切れてしまうだろう。

 他にも有効な魔術は多いが、わざわざ魔剣士に長い詠唱を要する魔術を教える必要はないだろう。なら、詠唱を破棄しても十分な効果を発揮する、または戦闘には使えないが便利な魔術を教えたほうがいいだろうか。

 ふむ、と一つ頷いたサラはカップのお茶を飲み干し、優雅に立ち上がった。


「では、修練室に行きましょうか。条件を整えられる部屋のほうが教えやすいですし」

「修練室って……あのー、えっ?」

「まぁ、ついて来てください。面白いですよ」


 異論を笑顔で封殺し、サラはさっさと奥へと進んでいく。何故かイーリスもそれに続いた。

 ぱくぱくと口を開け閉めした後、コレットも出されたお茶を飲み干して二人に着いていくのだった。



 家の地下にある広い頑丈な部屋。地下にあるにもかかわらず何故か天井が高い。レンガではなく自然石を成型したもので作られており、地上部の数倍以上の強度がある。

 ここが修練室。サラがきつい訓練をしてきた部屋だ。


「ここです。今、明かりをつけますね」


 地下で採光の窓などがないため、夜のように暗かった部屋に明かりが満ちた。サラが展開した光の魔術によるものだ。天井そのものを発光させることで部屋全体に光を行き渡らせる術。サラはあっさりと行ったが、実は結構高難度の領域術式である。

 面白味のかけらもない無骨な部屋。ところどころにある赤黒い塊は血だろうか。

 その真ん中に立ち、サラはクスリと笑う。

 この部屋に入るのは、サラも久しぶりだった。師の死後はわざわざ一人で修練室を使うような用事もなかったので、自然と足は遠のいてしまっていたのだ。


「まず、迷宮内部の魔物は基本的にかなり強靭です。わたくしの見た魔物の大半は、地上の魔物よりはるかに大きく強かったですね。ですが、その代わりに魔術に対してはそれほど抵抗力は高くないようでした。肉体が強靭なので並大抵の攻撃魔術では話にもなりませんが、逆に言うなら攻撃術でなければ有効だということです。

なので、まずお教えするのは爆鳴と烈光の魔術です。この二つは迷宮内のほとんどの魔物に効くでしょう。簡単ですし、詠唱破棄しても効果が高いので、覚えておいて損はないでしょう」

「爆鳴に、烈光? あんまり聞いたことのない魔術ですね」

「地味ですから。こんな魔術ですし」


 詠唱も起動呪もなしにサラが魔術を発動させる。

 その瞬間、凄まじい轟音と閃光が修練室を満たした。サラが自分とコレットを覆うように強力な対閃光対音響障壁を張っていなければ、サラはともかくコレットは悶絶して倒れていただろう。

 それでもかなり眩しくてうるさかったのかふらふらしているコレットを見ながら、サラは人差し指をピンと立てた。


「このように微少な魔力消費で一定時間確実に相手の動きを止められる魔術です。でも、慣れがあるので同じ個体に二度以上使うのはやめた方がいいでしょうね。ただ、これは誰にも相談なしで使うとお仲間も同じように硬直してしまいますので、ちゃんと連携の訓練をした方がいいでしょう。この魔術について質問はありますか?」


 音や閃光による影響など一切ないかのようにサラはコレットに尋ねる。いや、実際に影響などまるでないのだろう。常に莫大な魔力をその身に収めるサラの肉体は常人を遥かに上回る強度を持つ。障壁で減衰された光や音程度では一切の痛痒を感じない。

 だが、コレットはそうはいかない。魔剣士と名乗れるだけの魔力と鍛えられた肉体をしても、急激な音と光は苦痛をもたらすものだ。

 サラの言葉を理解し、幾つか質問があるもののしばらくコレットは頭を抱えてうずくまることしかできなかった。

 一分ほどもそうしていただろうか。ようやくコレットは起き上がってサラと向き合った。


「……いきなりはやめてください」

「すみません、つい制圧する威力で放ってしまいました。まぁ、あれほどの威力はいりません。耳元で爆竹ぐらいの音を鳴らしてあげるだけでも、魔物の大半は悶絶するでしょうし」

「…………えーと、簡単って言ってましたけど、そんなに簡単ですか?」

「音を鳴らすだけですからね。術式も簡潔ですし、狙った場所で音や光を出せるよう数日も訓練すれば充分なぐらいですよ」

「そうですか、他にはありますか?」


 一応、実用的な術を教えてもらって機嫌がよくなってきたのか、コレットが少しやる気になっている。

 いい傾向だと判断し、サラは次の魔術を教えることにした。


「他には動きを直接止める魔術も結構使えました。大地を媒介にする地縛などが有効で、使いやすいでしょう。迷宮内に土は豊富にありますし、下からの縛鎖に対応できる魔物もそうはいなさそうでした」

「爆鳴に烈光、地縛……っと。他には?」


 どこからか取り出した紙片に、これまたどこからか取り出した羽ペンで教わった内容を書くコレット。

 それを見て、サラは割と深く嘆息した。


「遠慮が消えましたね。まぁ、一度にたくさんお教えしても覚えきれないし、ここを迷宮と同じような環境にしますので練習していってください。続きは後日お教えします」


 そう言って、サラはぱちんと手を叩く。

 すると、修練室に刻まれた術式が起動し、瞬時に修練室がまるで森のように変化した。

 幻術などの類ではない。壁や天井はそのままに床は落ち葉混じりの土となり、にょきにょきと幾つかの木が生えてきたのだ。


「面白いでしょう? せっかくのお客様ですし、迷宮挑戦までの間なら、わたくしに断っていただければ自由に使ってくださって結構です。帰るときも声を掛けてくださいね。では、ごゆっくりどうぞ」


 唖然としているコレットを尻目に、サラはさっさと部屋を出ていく。イーリスも珍しそうにしていたが、サラの後を追って出て行った。

 残されたコレットはしばし呆然としていたが、やがて気合を入れた顔つきになり教わった魔術の練習を始めるのだった。

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