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ガイラルの迷宮  作者: 光崎 総平
第三章 目覚める者達
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第二十八話

 迷宮の中を疾風が駆ける。

 魔力と身体能力を頼りとした以前の走りとは違う。脱力と力みを極限まで追求した一切の無駄のない走法は、かつてよりも速くサラの身を前へと運ぶ。

 恐るべきことに、サラはほぼ一直線でしか走っていない。千変の樹海は多くの木々が存在し、普通なら用意された道を進むことしか出来ないのだが、それを完全に無視して次の階層へと続く階段までを一直線に走り抜ける。

 それは木の上を飛んでいくのとほとんど同じ軌道だ。魔物がいようがいまいが、関係なく置き去りにしてサラは進む。

 サラの上を飛んでいくフロウは、サラの様子を見て僅かに驚いたような顔をしていた。

 何か含むところがあるのだろう。驚いた後は、意味ありげな微笑を浮かべ、置いて行かれないよう速度を上げる。

 熟練の冒険者でも最短距離を進んで数時間以上掛かる距離を、三十分と掛けずに走破し、二人は次の階層へと消えていった。







 そんな二人を見送る羽目になった学園生達は、呆然としたまま入り口から動けずにいた。

 片や人類の限界をブッ飛ばした超人、片や数千年の眠りを経ているものの神代以前の時代から存在する高位神族。

 まさに迷宮へと挑む冒険者の中でも頂点に立つ存在をいきなり目の当たりにすればぼけっとせざるを得ないというものだ。

 サラの能力を知るイーリスでさえ、かつてより遥かに洗練された動きを見れば呆然とせざるを得ない。

 次元の違い。幾多の鍛錬の果てにようやくたどり着ける境地は、まだ歩き出したばかりの者達にとってはあまりにも遠すぎる物だった。


「……やっぱスゲーなぁ、サラさんは。冒険者の頂点、その実力は伊達じゃない」


 とはいえ、驚いていない者は少なくない。それは学園生の引率を行う主力冒険者達だ。

 彼らでもまだ一部隊で相手を出来るのは第二階層の守護者まで。それもしっかりと準備をした上で、かなり長時間を掛けなければ撃破できない。というか、そもそも『恐なる劣竜』も、『喰らう大樹』もその階層に出現する魔物を遥か超越した戦闘能力を持つ。第二層――第六階層の魔物と比べてさえ、圧倒的なのだ。守護者と呼ばれる魔物は、普通に戦って勝てる存在ではない。

 にもかかわらず、サラは単騎でそれらを容易く葬り去る。目撃したことのある者にとって、鮮烈で衝撃的なその光景は二度と忘れられるものではない。

 アランもまた、目撃した者の一人だ。

 『喰らう大樹』との遭遇戦で仲間をひとり失いかけたとき、颯爽と現れて撃滅した光景は目に焼き付いて離れない。

 身体能力が違う、魔力量が違うなどという言い訳は既にし尽くした。『覚醒』によって得た力でも遠く及ばないことも自覚している。

 ――だが、今、サラが見せた体術は身体能力も魔力も必要としないものだった。

 そう、つまり自分達もあの領域に辿り着くことは出来るのだ。決して弛まぬ修練を積めば、手を届かせることが出来るのだ。

 どれほどの鍛錬が必要なのかは分からない。頂すら見えぬ山を装備なく上るようなもの。不可能だと言う者の方が多いだろう。

 しかし、とアランは軽く周囲を見る。

 確かに大半の人物、学園生はただ憧れや届かぬものを見る目をしている。ようやく頂点の高さを知り始めた彼らには、その高さはあまりにも遠すぎる物だろう。

 けれど。アランを含む主力級冒険者にとっては、遠くともやっと見えた光明だ。

 届くことさえ分かったのならば、手掛かりが見つかったのならば。

 あとは突っ走るだけだ。その高みへと至るために。


「よし、んじゃ行こう。今回の探索時間は短い。頑張らないと、一番にはなれないぞ」








 第四階層の守護者、『忍び寄る朽ち縄』は巨大な蛇だ。音もなく近付き、背後や側面からの急襲を得意とする極めて厄介な存在で、その戦闘能力も非常に高い。

 『恐なる劣竜』と同格の防御力と、迷宮内の魔物さえ容易く殺す強烈な毒、神化銀製の鎧を纏った騎士さえ圧殺する力、常軌を逸した瞬発力、ぶつ切りにされても戦い続ける生命力、何日でも戦闘を続けられる継戦能力。

 その大きさや重量も武器の一つだろう。迷宮に生えている木々と同じくらいの太さと、数百ヤードを超える長さ。頭だけを見ていると、思わぬところから尾が飛んでくるのだから始末に負えない。

 『動く山』を除くなら、第一層においては最強の魔物と言える。そんな魔物が奇襲を仕掛けてくるというのだから洒落にならない。

 ただし、弱点は存在する。魔物と言えども爬虫類という区分からは逃れられないのか、冷気を継続して浴びせられると徐々にその動きが鈍くなっていくのだ。数時間も厳冬の空気に晒せば、完全に眠りにつくため、安全に撃破することが出来る。

 つまりその方法がこの『忍び寄る朽ち縄』を倒す最も普及した方法なのだ。とはいえ、それが出来る部隊自体が恐ろしく少ないのだが。

 では、サラはどうするのか。初見でこの魔物を撃破した彼女の戦いは、当然ながら他の人物とは違う。

 普段の戦いならば、非常に簡潔だ。『砕くもの』で頭部を粉砕して終わり。または最大射程からの極低温魔術で直接凍結させてから首を刎ねる。これは広域の索敵魔術を常に使い続けられるが故の戦術だ。

 しかし、今はそれを使えない。魔力も身体能力も常人並みまで削りきっている今のサラが索敵魔術を使い続ければ、数秒で干からびてしまうからだ。

 なら、どうするのか。


「三体目、見つけました。撃破します」


 研ぎ澄まされ尽くしたサラの五感は、発展し、空間識と呼ばれる恐るべき領域に到達している。普段は半径数ヤードを覆う程度だが、意識して拡張すれば約百ヤードほどを完全に知覚できる。己の肉体を鍛え抜いた果ての知覚能力だ。

 とはいえ、サラと同じように鍛え抜いてこの空間識を得たとしても、最大で百ヤード程度先から認識できるだけでは『忍び寄る朽ち縄』には有効な対処を取れないだろう。あくまでも奇襲は『忍び寄る朽ち縄』の強さの一つに過ぎないのだから。

 サラはその圧倒的速度で『忍び寄る朽ち縄』の攻撃圏内へと踏み込む。現在のサラの最高速度。並の人間では影すら捉えられない速度にも関わらず、『忍び寄る朽ち縄』はあっさりと反応する。

 サラの速度に匹敵する攻撃速度。噛まれれば毒が回るより早く、その部分を食いちぎられるだろう。毒の有無など些細な問題だ。なにせ、人を容易く丸呑みに出来るほどに大きいのだから。

 脅威の速度の噛みつきを、サラは冷静に対処する。軽く拳を突き上げて頭を上へと持ち上げ、空いた僅かな時間に貫き手を作り、無防備な頭部をぶち抜く。これも弱点……とは言えない弱点を突いた形になる。

 生物は大体顎の下は柔らかい。動かす必要があるのだから当然だし、首につながる関節でもあるのだから。とはいえ、『忍び寄る朽ち縄』の場合は柔らかいと言っても皮膚の下に骨がない、というだけで頑丈極まる鱗で覆われているのだから関係ないのだが。

 にもかかわらず、サラは鱗を素手で貫通し、あまつさえ頭蓋骨まで砕いた。別に柔らかいところを狙う必要なんてないんじゃないかと言う威力。ただし、これは力で貫いたわけではなく、技と見切りによる脆いところへの一点集中攻撃なので、実際に一番固いところをぶち抜けるというわけではない。

 『忍び寄る朽ち縄』の死骸をリバース・スペースに入れ、サラは手を振って付いた血を落とす。粘度の高い血液を、たった一振り全て落とし切るのはどういう技術なのだろうか。


「お疲れ様。これで三体、残るは二つかな?」

「そうですね。ここ二週間で『忍び寄る朽ち縄』の討伐報告はありませんから、あと二体です」

「それが終わったら第六階層の『剛腕の邪鬼』か。初めて戦う相手らしいけど、大丈夫?」

「まぁ、負けはあり得ません。わたくしに負けは許されませんから」


 降り立ったフロウに、サラは笑みを返す。

 その覚悟は重く固く、その決意は決して歪まず。

 己を顧みぬその在り方を、フロウは悲しげに見守る。

 それは英雄の生き方だ。常勝を己に課し、常に自己を鍛え続けるなど、並大抵では出来ることではない。していいことではない。血の縁があったとしても、それを自分で選ぶなど、狂気の沙汰だ。

 フロウは嘆息し、歯を噛み締める。どうせ止められないのなら、最後まで見守るべきだろう、と。現状ではサラを止める意味も価値もない。このまま突っ走ってもらわねば、大きな被害が出る以上、止められないという側面もある。

 既に次の獲物に狙いを定めたらしいサラがどこかへ駆けていくのを見ながら、フロウは追うために再び宙へと舞い上がる。

 いつから自分は一人一人ではなく大勢を見るようになってしまったのか、と考えながら。








 落下してくるカタツムリを渦巻く植物のツルが押しとどめ、炎を纏った剣が甲殻を貫通して中身を焼き尽くす。

 仲間がその一体を相手している間に近付いてきた大ネズミを一人で押しとどめつつ、ジンは援護が来るのを待つ。

 大ネズミもカタツムリも、迷宮の中では最弱と言っていい魔物だ。とはいえ、本能で行われる必勝の戦術は、先に気付いていない限り極めて危険だ。

 頭上から落下してくる大きな質量と頑丈な甲殻は直撃すれば死を免れないし、他の魔物に気を取られている隙を狙ってくる大ネズミは一撃が鋭く、油断すれば鎧の上からでも大怪我をすることになる。

 また、ネズミ特有の軽快な足運びはよほどの技量がない限り、まぐれ以外では直撃させることが出来ない。このネズミに一対一で必勝出来るようになって、ようやく第一階層を安全に探索できるようになると言われている。

 悠長に詠唱を行う暇がないジンは、徐々に攻撃を鋭くして来るネズミに舌打ちした。ネズミとはいえ、一抱えもある大きさだ。それが小さいネズミ以上の俊敏さなのだから鬱陶しい。

 ただ、こういう魔物には魔術を使う、というのが定石だ。サラが相手にしている魔人を除けば、普通魔術を回避できることはまずないのだ。術者が狙いを外すことはあっても、意図して回避することは難しい。よほど武術を熟練しているか、高速の動きを可能としているか、魔術の性質について精通していなければ無理だ。

 なのだが、こうして前線で押しとどめる役目はどうしても必要となる。無詠唱魔術なんてそう簡単に使えるものではないし、詠唱破棄した魔術は威力や精度に不安が残る。こういう場面では出来るだけ一発で倒してほしいので、詠唱破棄をした魔術なんて使われては困ってしまう。

 時間を稼ぐため、一撃の威力よりも手数を重視してジンは攻撃を行う。袈裟切りからつなげて横薙ぎに払い、返す刀でもう一撃。しかし当たらない。ひょいひょいと避けられてしまう。

 ジンも悪くない剣閃を放っているのだが、いかんせん相手が悪い。常軌を逸した敏捷性を持つネズミ相手に、まだ二戦目でこれだけ戦えれば充分だと言える。


「すまん、遅れた! 炎弾・双!」


 声と共に、背後から二つの火球が飛んでくる。クレールの魔術だ。ネズミを焼き殺すには充分な威力。だが、少々強すぎる。

 だが、ジンは冷静に身を低くしながら後退する。こういう場面でクレールがやり過ぎてしまうのは確認済みだ。ある程度焙られるのを覚悟して、ジンは顔を庇っておく。

 一拍遅れ、ジンの真正面で炎が炸裂した。ジンごと焼却するような威力ではないが、爆心地付近で生き残ることは出来ないだろう。二重の火球が生み出す熱量は生半可なものではない。

 炎に、というよりは爆風に押されてジンは転ぶ。顔を庇っていたため、受け身を取れなかったが、ちょっと咳き込むだけで済んだのは幸運だろうか。


「っくぅ……キッツいな。そして、見事に灰に……お、何か残ってる。アランさん、コレ、良い物?」


 よろよろと立ち上がり、ジンは燃え残りの中から白い何かを引っ張り出す。まだ熱いが、革製の手甲を付けているので平気だ。

 ジンに呼ばれたアランは、後ろで見守るのをやめて近寄っていく。


「ん? お、良い物だ。『森鼠の灰結晶』っていってな、そこそこ希少な錬金素材だよ。知り合いに錬金術師がいたら売ってやるか、魔道具を作ってもらうといい。確か、ちょっとだけ動きを速くする効果を常時発揮してくれる」

「それ、買ったらかなりのものですよね」

「大銀貨で三十枚は軽く飛ぶな。板金鎧並の値段だ。でも、これでも安くなったんだぜ。こういう素材が迷宮で採れるようになる前だと、大銀貨で百枚からだったし。庶民の生活費だと大銀貨五枚で一年だから、二十年分。笑えるな」


 苦笑するアラン。確かに酷い値段だ。

 とはいえ、常時発動型の魔道具はかなり貴重。僅かでも身のこなしを軽くできるなら、大銀貨三十枚は安い。


「ちなみに、素材のまま売った時の相場は、今だと大銀貨三枚。割と錬金過程が多いから、技術料で高くなるんだな。

売るか、魔道具に変えるかは相談して決めるといい。俺の経験を話すなら、懇意の錬金術師がいるなら作ってもらった方が安上がりだと思う。後で買おうと思うと意外と手に入らないもんだ」


 ちょっと遠い目をしながら、アランは言う。何か痛い経験でもあったのだろう。

 そんな話を聞き、ジンは白い結晶状の石をいじる。

 乳白色……と言うには少々黒味の混じった水晶のような石。脆そうだが、固い。壊そうと思えば壊せるだろうが、貴重なものを壊すわけにもいかない。なら、とジンは振り向いてイーリスへと近づく。


「イーリス、コレ持っててくれ。前衛が持ってて壊すとまずい」

「うん、分かったよ。あ、こっちはカタツムリの殻を色々とれたんだけど」

「悪い、ど真ん中を貫いたから、希少素材は無理だ」

「気にすんな。でも、カタツムリは安いし、重いから、このまま放置がいいかな」


 巨大カタツムリの殻は丸ごとだと、鎧一揃え分ぐらいの重さになる。一部でも同量の鉄と同じ重さ。流石に持ち運ぶには重すぎる。サラのように移動型のリバース・スペースを使える者などほとんどいないので、妥当な判断だろう。

 そう、これが継続して長時間探索するのなら、だが。


「いや、持ち帰った方がいいと思う。正確には測っていないが、そろそろ実習終了の時間のはずだ」

「そうだね。あと三十分ぐらい。今から戻ればぴったりだよ」


 クレールの言葉に、イーリスが時計を見ながら答える。ちなみにこの時計も魔道具だ。サラの知り合いが作った試作品で、イーリスに譲渡されたもの。魔力を定期的に注入すれば、半永久的に動く。市場価格は大銀貨三百枚だ。

 そんな二人の言葉に頷き、そしてジンはカタツムリの殻を見る。


「で、誰が運ぶんだ?」

「決まってるじゃないか。ボク達で一番の力持ちは……」

「頑張ってね、ジン」


 にっこりと、クレール、イーリスの二人に肩を叩かれるジン。つまり、戦闘を除き、ずっと担ぎ続けねばならねばならないということだ。

 ジンはがっくりと肩を落とす。流石にこの距離を担いで歩くのは、無理ではないがキツイ。

 そんなジンに、アランが声を掛ける。


「あー、まぁ、帰りは俺達も戦っていいことになってるから、戦闘は気にしなくていい。んで、素材とかを運ぶと、ちと料金が発生しちゃうから……ゴメンな」

「分かり、ました。チクショウ。俺の取り分、多くしてもらうからな……!」


 血を吐くようなジンの言葉に、クレールは笑い、イーリスは頭を下げる。

 そんな二人を睨んでから、ジンは雄たけびを上げつつカタツムリの殻を持ち上げる。魔術による強化もなしで、二百ポンド強※を担げるなど、かなり力持ちだ。(※=約百キログラム)



 ぎゃあぎゃあと騒ぐ三人を尻目に、アランは『覚醒』によって得た力、『威圧』を用いてこの周囲から魔物を排除する。少しぐらい、こういう平和なときを過ごさせるのも悪くはない。

 少々きな臭いことが近付いてきている。それまでは、せめて、彼らに幸せを。

 アランはそんなことを願いながら、三人をなだめるために口を開いたのだった。

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