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ガイラルの迷宮  作者: 光崎 総平
第三章 目覚める者達
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第二十七話

 準備を万全に整え、サラは迷宮の入り口を見上げた。

 体調は最悪。魔力は底を尽き、常の身体能力を保つことが出来ないほどに消耗している。

 だが、この状態だからこそ、挑む意味がある。否。この状態で挑み、目的を達せねば、先に進むことは出来ない。

 極限状態になって、ようやく分かった。この迷宮には、少なくとも今のサラでは万全でも到底勝ち目のない存在が何体もいる。静かに眠っていても分かるほどに強烈で濃密な死の気配。昔の人々が神に頼るほかなかった、その理由が推し量れるというものだ。

 ああ、だからこそ。

 サラは挑むのだ。

 己の存在を、意味を、確かなものとするために。


『小娘、分かっているな? 今回の目的を復唱せよ』

「はい。第三階層から第六階層までの守護者の撃滅、出来ることなら第七階層の守護者をも倒し、その全ての死骸を持ち帰ることです。そして、第七階層突入と同時に消息を絶った三つの部隊の行方を探すことです」

『そうだ。雑魚どもの世話は他の連中に任せておけ。貴様の戦いは他の手本にならん。慎重に迅速にことを運べ。余もまだこの迷宮の機能解放条件を分析できておらん。中にいる『裏切り者』とやらの手札もまだ不明。

ついでにイャルだのディルだのが全てを語らぬ理由と、その情報を引き出す条件もなかなか割り出せん。あと、恐らくオリオールの奴もかなり情報を隠し持ってるだろう。

こういう意地の悪い条件を付与した世界を創造する奴と言うと、余の記憶では『魔導神』ぐらいか。この『世界創造』の魔法の癖にも覚えがある。奴が手ずから想像したものだとすると、一筋縄ではいかんだろうな。

いいか、小娘。恐らく、第七階層、その辺りから悪魔のように意地の悪い仕掛けが鬱陶しいぐらいにばら撒かれているはずだ。力技だけで何とかなった、これからも何とかなるだろう、そう思い始めた頃に怒涛の罠を仕掛けるのが大好きな奴だ。

第七階層に入ったら一歩ごとに罠を疑え。罠を回避できても浮かれるな。間違いなく五重以上の仕掛けを施されているはずだ。魔物も強さを捨てて、特殊能力に特化している可能性がある。弱そうに見える、感じる奴から瞬殺しろ。

余も付いていければいいのだが、生憎、分身体は迷宮に入れないよう結界が張られているようだ。間違いなく、余のような強い存在が進入するのを拒むためだろう。あくまでも人にやらせる、と言うことを徹底しているように感じられるな』


 サラの隣に、ゼイヘムトが現れる。空間転移なのか、超速度なのか、不可視化していたのを解除したのかは分からない。

 そして、ついでにサラを挟んでもう一人現れる。優しげな風貌の美女、フロウだ。こちらは本体のようである。


「代わりに私が行くけどね。ああ、サラちゃん。分かってると思うけど――」

「はい。十二使徒同士は同格。求められない限り、手助けはお互いしない、ですね?」

「そうそう。私は戦闘に手を出さないけど、私の安否を気にする必要もない、ってこと。しかし、因果ねぇ。あの『魔導神』の創造した迷宮世界に潜らなきゃならないなんて」


 僅かに頭を抱え、フロウは憂鬱そうに迷宮入口を見上げた。

 馬鹿でかい神殿のような見た目の、破壊不可能な構造物。中に秘めるものが何か、未だ全貌を明かさぬ場所。ありとあらゆる事象に精通する『森羅の魔王』でさえも、その解析に多大な時間を必要とする魔窟。

 全てにおいて一筋縄ではいかないその場所をフロウが睨みつけていると、ゼイヘムトが一つ頷いた。


『今、面白いことが解析できた。この迷宮、中で眠りについた者が次の階層への道を開くには、今の時代に人間として認められている存在を三十人ほどぶち殺さねばならないらしい。

ただし、それを行うにも条件があるようだな。条件周辺はやたら入念に隠蔽されているから、片手間の解析ではこれが限界か。

ああ、あと奴の創るものにありがちなことも伝えておこう。奴は無秩序を嫌う。そのため、罠には必ず規則性が存在する。自分が創る作品には、何か一定の美しさを求めるのだ。見極めれば無傷での踏破も可能だろうが……とりあえず一歩目には注意しろ。

第七階層に入った一歩目、そこに間違いなく即死級の罠を仕掛けてあるはずだ。あと、第七階層の出口直前にも。そこの治癒バカがいれば死ぬことはないだろうが、罠には本当に気を付けろよ。石化、地雷、強制空間転移、落とし穴に吊り天井。アレの事だから罠には魔力を使わず、感知されないようにしてるだろうしな。

サラ、貴様には期待しているのだ。せめて先代を超えるまでは死んでくれるなよ?』


 どうもゼイヘムトは随分とサラのことを買っているようだ。本来なら何人か引っ掛かって犠牲が積み重なったうえで気付く類の情報を、ほいほいしゃべってくれる。

 逆に言うなら、ゼイヘムトの見立てではそれほどまでに気を付けて行かないと普通に死ぬ場所だということだ。これだけ情報をもらってなお、死の危険に溢れるような罠満載の場所。埋めた方が人類のためではないだろうか。


「お二方とも、ありがとうございます。では、私用がありますので、少し時間をいただいてから、出ます」

『――あの小娘のことだな? 律儀なことだ。行ってくるがいい。心残りがあれば、集中が切れるのも早い。今回の敵は中の魔人とやらよりも迷宮の構造自体なのだし、憂いは断っておけ』

「ほら、行ってきていいよ。私達はそれまで、色々と詰めておくから」

「ありがとうございます」


 深々と頭を下げ、サラは無駄のない走りでどこかへと去っていく。

 それを見送り、ゼイヘムトは軽く口端を持ち上げた。


『気付いているか、フロウ』

「ええ。私も、幾つかは見たもの」

『余も遥か昔に数度だな。目視では初めてだ。本当に存在するのだな、世界樹の種というものは。非業の運命を辿る者が多いと聞くが、知り合ったからには幸福な運命を歩んでほしいものだ』

「そうね。そして、幸せにしてあげてほしいわね、サラちゃんを」


 目を伏せ、フロウはサラの半生を思い出す。

 血反吐を吐きながら、ひたすらに修練を続ける姿を。自分の手を他者の血で汚し、苦悩し尽くす姿を。そして、そんな弱さを一切見せず、人前では常に揺らがずに過ごしている姿を。

 郊外に住んでいたのも、そこが師の家だからだという理由だけではない。誰にもその度を越した努力や苦悩を見せないため手段だったのだ。個人で持ち家を有する、それは同世代の協会員よりは恵まれているが、しかしそれがたった一人で生活する寂しさに勝る利点だろうか。

 いい加減、少しくらい報われてもいいではないか。


『阿呆なことを考えておるようだな。サラ、あの小娘は今、幸せだろうに』

「……どこがよ」

『敵がいる。明確な、目覚めれば世界を滅ぼすような敵がいる』

「それの、どこが幸せだと……ッ!」

『あの小娘、骨の髄どころか魂の奥底までに自分に役割を課している。その役割を果たせる条件が、向こうからやってきてくれるのだ。幸せだろう。

それに、そもそもあの小娘が人並みの幸せなど望むと思うのか? 望んでいても手遅れだ。アレは既にそういう幸せには浸れんよ。自分の力の重さを理解しすぎているし、その重みを一人で支えられる強さを持ってしまっている。

あれで誰かに弱味を見せられるような可愛げがあればいいものを、文字通り全てを一人で抱え込めてしまうからな。人を頼るときでも何かをするのは自分であって、頼る相手に求めるのは自分を鍛えることだしな。

報われるもクソも、本人が望まないものを押し付ける必要はあるまい。アレが自分のことを顧みられるようになってから、考えてやれ』


 雄弁に、ゼイヘムトは語る。

 それはフロウを諦めさせるための言葉だ。

 今はその時ではないと。今はまだ、そんな甘い誘惑をすべきではないと。

 分かっているのだ、フロウも。だが、癒しに特化した高位の神族であるがゆえに、慈悲を深く持つ者であるがゆえに。

 それでも、と思ってしまうのだ。


「……今は、考えないようにしておきます。忠告、ありがとうございます」

『気にするな。それよりも、今からのことを考えておけ。余の探査術が誤魔化されていないなら、この迷宮、凄まじいぞ。如何に貴様であろうとも、油断はするな』

「ええ、分かっています。『魔導神』の創った迷宮とあらば、一瞬も気を緩めはしません」







 迷宮実習。それは冒険者候補である学園生に、迷宮の第一階層を体験させる目的の実習授業だ。

 一応、死人が出ないよう、主力級冒険者が一班に一人か二人、ついていくことになっている。が、基本的にはついていくだけで、よほどの危険がない限り干渉はしないと決められているのだが。

 迷宮前に集められた学園生達の表情は、それぞれではあるが不安の色が濃い者が多い。ただ、自分に自信のある者は余裕を見せていたりもする。

 迷宮に入る前の自由時間、みんなは思い思いに過ごしているようだ。

 その中にある三人組と引率の冒険者を発見したサラは、ゆっくりと彼らに近付いていく。


「イーリスちゃん、調子はどうですか?」

「あ、お姉ちゃん!」


 サラが声を掛けると、イーリスが一目散にサラへと近づいていく。

 キラキラと目を光らせているイーリスとは対照に、残る二人は顔を引き攣らせてサラを見る。


「……イーリスのお姉さんって、この先生だったのか」

「なるほど、そりゃあれだけの基礎を持ってるはず、か」


 ちょっと頬をぴくぴくさせているジンと、軽く頭を抱えるクレール。

 そして、引率の冒険者は、サラも知っている人物だった。


「アランさん、みなさんをよろしくお願いしますね」

「ああ、任せてくれ」


 爽やかな笑顔を見せるアランに、サラは会釈を返す。背後の四方から少々剣呑な視線が感じられるが、敵ではないので攻撃は出来ない。というか、感じられる視線が知っている数よりも多い。まだ増やしているのか、この人物は。


「それで、ジンさんとクレールさんでしたね。イーリスちゃんを、よろしくお願いしますね」


 とりあえず視線から意識を離し、サラは目的のジンとクレールに向き直る。

 サラは自分が受け持った生徒全員の実力を大体は把握している、が、どうもそのときの情報よりもこの二人……イーリスも入れて三人は力を上げているようだ。

 いいことである。

 サラの言葉に気負うことなくジンは自然に受け止めているし、クレールは胸を張って毅然としている。これなら、大きな混乱もなく、実習を終えることが出来るだろう。

 ――だが、念押しは必要だ。

 サラは最近習得した念話を用い、イーリスの肩に止まるオリオールに語りかけた。


『もしものときは、お願いします』

『うん、分かってるよぉ』


 短い会話。だが、それだけでサラの目的は全て達している。

 イーリスの頭を一度撫で、サラは四人から一歩離れた。


「では、みなさんの武運を祈っています。怪我をしないよう、頑張ってくださいね」


 はいっ、という生徒三人のいい返事を聞き、サラは踵を返してゼイヘムトとフロウの元へと戻る。

 後はもう、ただ進むだけだ。

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