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ガイラルの迷宮  作者: 光崎 総平
第一章 始まり
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第一話 

「分かったわ。持ち帰ってくれた試料は今すぐに解析に回します。では最後に。サラ、あなたからの個人的な感想を聞きたいわね。あの迷宮、攻略は可能? 可能なら、たとえばあなたみたいな強い力を持たなくても攻略する方法は考えられる?」


 魔術師協会の本部、白妙の塔の最上階でサラは一人の女性と向かい合っていた。

 若々しく見える年齢不詳の女性は大きな机に着いてサラの話を聞き、幾つかの点を手元の紙に書き記していく。

 魔術師協会協会長、ブリジット・フォンテーヌ。強力な魔力と全ての属性魔法を使いこなす技量を持つ、最上位の魔術師だ。

 サラも特に隠すべきことは何もないので、自分の意見を言うだけだ。


「攻略は不可能ではありません。十分な物資を持っていけば、わたくしなら一か月以上留まることも可能だと思います。あとは迷宮内部の魔物や植物を食べられるか食べられないかが分かれば、持ち込むものも少量で済むようになるでしょう。

個人として強力な力を持っていなくても、組織立って行動できるなら攻略は可能だと思います。その場合、役割を分担し、個々が自分の仕事に特化していることが重要でしょう。前衛後衛が二人ずつ、索敵や警戒に優れる者が一人の計五人ぐらいだと小回りが利いていいと思います」

「なるほど、では大部隊で行くのはどう? 千人ぐらいでどさーっと行くのは」

「逆に不便でしょう。地中から出てくる魔物もいましたし、弓で止められるとは到底思えない装甲を纏った魔物もいました。下手に人数が多いと、懐に潜りこまれてあっさりと壊滅させられることも考えられます。調査隊が甚大な被害を受けたのもそれが理由ではないでしょうか」

「ふむふむ。とりあえず了解したわ。あなたも消費した魔力が多そうだし、一週間ほど休養を命じます。その間、仕事は一切忘れて思いっきり羽を伸ばしなさい」

「はい、分かりました。では、失礼します」


 一礼し、サラは踵を返して部屋から出て行こうとする。

 その背中に、ブリジットが声を掛けた。


「ああ、それと、あなたが連れ帰ってきた子は、あなたの管理下に置くわ。うちの研究職はちょっと――いえ、とんでもない勢いでカッ飛んだ馬鹿どもが多いから、変なことになっちゃいそうだし。第七研究室にいるから、連れて行きなさい」

「はぁ。では、あの子をわたくしの家で育てるというか、管理させていただきます」

「お願いね。暴走してる可能性もあるから、武力の行使も許可するわ。奴らが抵抗するようなら、殺さない程度に叩きのめしてあげなさい」

「……はぁ、失礼いたします」


 やたらと念を押すブリジットに不安を覚えつつも、サラは部屋を辞して目的の場所へと向かう。

 この白妙の塔は実に地上三十階建て、地下十階建ての高層建築物だ。誰がどう作ったのかは記録に残っていない。が、一つ分かっているのは、どうもこの塔はたった一つの石からできているらしいということだ。それもむやみに頑丈で、生半可な力では一切傷がつかない。

 そんな不思議な塔のため、建て増しが出来ず不便なことは不便だが、そもそも巨大なので部屋などは余っているのが現状だ。

 また、作った誰かも計四十階を階段で上り下りするのは不便だと考えたらしく、各階を結ぶ転移装置があり、塔で働く職員は階段を利用することは少ない。

 サラも疲れているときにわざわざ階段を使ったりはしない。さっさと目的の研究室のある階へ行って、少女を回収して家で寝るだけだ。

 そんな淡い未来予想図を描いていたサラは、目的の場所に着いた瞬間にがっくりと膝を落としてしまった。


「あっはっは、これで我らはあと百年は戦える!」

「キャー、こっち向いてー!」

「君のためなら死ねる! さぁ、俺に命令を!」


 よく分からない熱狂に包まれた第七研究室。白衣を着た男女に紛れて、全身に何やら絵具で妙な模様を描いている半裸の男が混じっている。というか、動物の大腿骨らしきものを持って踊り狂っているのは何故だ。その反対側でトマトを投げ合っている男女は一体何者だ。他にも異常な光景は多いが、挙げきれない。

 そんな混沌とした空間のど真ん中で怯えているのが、サラの目的の少女だ。机にクロスを引いた即席の舞台の上に座らされている。なんというか、未知の魔物の巣から生贄を助け出すような様相を呈しているのはどうしてだろうか。

 深く嘆息し、サラは迷宮内では目立つために使わなかった自己魔力の活性化を行う。

 自分の周囲を取り巻く魔力を活性化させ、自分の縄張りにする技術。個人の技術に応じてその支配力は強くなり、魔力量に比例して支配領域が広くなる。そして、サラはこの塔でも上位の使い手だ。

 いきなり強力な魔力の放射を浴び、部屋の中の空気が凍る。

 活性化された魔力は空気を発光させ、一種のオーラとして術者を彩る。それは術者の実力を端的に表すものであり、魔術師ならば見るだけでその能力の高低を理解できてしまう。

 圧倒的な実力を背景に、サラはこの研究室の長を目指して歩いていく。

 サラは笑みを浮かべているのだが、どうしてかこの研究室を任されている初老の男性は顔を引き攣らせて後ずさりしている。

 無駄な努力を。どうせ逃げ場などないのに。


「あの子を受け取りに来ました。これは協会長からの直接の命令です。また、わたくしにはこの命令に従わなかった者に対する実力の行使を許可されています。

大人しく彼女を渡していただければ、双方にとって最良の結果を迎えることが出来ると思います。ですが、もし抵抗されるのでしたら、全力でどうぞ。安心してください。殺しはしません」


 にっこりと、サラは笑う。

 最年少で協会最強の戦闘魔術師の一人に数えられるサラの話は、協会内のある程度の地位にあれば聞いたことのないものなどいない。それでなくとも戦闘に長けた魔術師と研究特化の魔術師とで矛を交えれば、どうなるかは明白だ。

 カクカクと頷くことしかできない研究室の面々にため息をつき、サラは活性化した魔力を収めた後、まだ震えている少女の元へ行って手を差し伸べた。


「大丈夫でしたか?」


 おずおずとサラの手を取り、その胸に飛び込む少女。よほど怖かったのか、涙までにじんでいる。

 それを見たサラがギロッと周囲を睨みつけると、流石に調子に乗り過ぎていたのを自覚したらしくみんなバツが悪そうに目を逸らした。


「……まぁ、一応何事もなかったのでこの件は誰にも報告しませんが、今度こういうことがあったら問答無用で吹き飛ばしますからね?」


 眉根を寄せて言うサラに、誰もが顔を引き攣らせて後ずさった。強められた語気に本気を感じ取ったのだろう。

 反省しているようなのでそれ以上は追求せず、サラは少女の手を引いて部屋を出ていく。そのとき、挨拶代わりに手近にあった鉄製の棚をちょんとつついた。


「では、皆様。試料の研究、お願いしますね」


 最後に優雅な一礼をし、去っていくサラ。

 あとに残されたのは立ち尽くす研究員たちと、指ぐらいの大きさの穴が開いた棚だけだった。






 能力的には高くとも、あまりにも若い……というか幼いサラの協会内での地位は低い。協会長の近衛として、また色々な荒事の対処係として数々の優先権などを与えられてはいるものの、給料は少なく、高い地位を持つ者に与えられる馬車などの交通手段は与えられていない。同年代では出世頭でも、全体から見ればまだまだ低位なのだ。

 とはいえ、そのことにサラは不満を持っていない。能力が高いといっても、それは魔法を使う能力が高いだけであり、人を教える力や事業を成功させる力、研究する力が高いわけではない。幾ら魔法が上手くても、それを後進に指導できなければいつまでもただの一兵卒だ。サラはそれを自覚している。

 それに、サラは一応だが一戸建ての家に住むことが出来ている。協会に与えられたものではなく彼女の師が死んだときに、サラに受け継がれたものだ。郊外にあるため、やや不便だが静かで土地自体も広いのでサラは気に入っている。

 協会本部からは結構距離があるので、短くない時間歩かなければならない。その間、この植物っぽい少女を連れて街中を歩かなければならないので、ちょっとサラは心配していたのだが、それは杞憂に終わった。

 このトゥローサの街には魔術師協会の本部があるため、他の街よりも魔術師に対する他の市民の理解はある。だが、それでも一般人にとっては魔術師とはお化けのようなものだ。そのため、騒がれることもなく、『あ、また魔法使いが変な格好してる』というような感じで誰にも気にされなかったのである。

 なんというか、サラにとってはもう少し実態の周知を頑張るべきだと思わされる出来事だった。

 まぁ、そんな問題も浮かび上がったが一応何事もなく家に着くことが出来、サラは安堵の息を漏らす。


「はい、到着です。今日から、ここがあなたの家ですよ」


 そう言って、サラは少女に自分の家を示す。

 室内でも魔法を使うため、暴発の危険性を考えて強固なレンガ造りで、更に地形を利用した永続魔法でその強度を上げている。ガラスは高価で脆いため一切使われていないが、窓と家全体に強力な虫除けの魔法を付与されているので虫が入ってくることはない。また、窓は鎧戸を備えていて、雨や風の強い日はこれを閉めることで風雨をしのぐようになっている。

 個人の家としては広いが、それは弟子を取って育成することを前提としているからだ。まだ若すぎるサラに弟子はいないが、あと十年もすれば弟子の育成が仕事の一環になるだろう。

 先の話だが、いわゆる天才型のサラにとっては気の重い話である。教えるのは苦手なので、そのころまでには克服しなければならない。

 そんなことがふと頭をよぎったが、サラは軽く吐息して吹き飛ばす。今考えることではない。育成のやり方など、まず自分が教えるに足る実力と知識と経験を手にしてからだ。そんなことよりも、まずは目の前の問題から解決しなければ。

 問題。言ってしまえば、連れてきた少女の扱いだ。

 サラに懐いているらしく、手を引いて歩いているときも特にぐずったりすることもなかった。ただ、言葉が分からないのか、それとも喋れないのか一言も口を開いていない。ただ、サラが話しかけると笑みを返してくれるぐらいだ。

 そのため、幾つか質問すべきことがあるのに質問できない状況にある。というか、名前も分からないのではどうしようもない。


「……えーっと、あなたのお名前はなんですか?」


 家に入る前に、サラは道中何度もしてきた質問をする。

 これはこの家に防犯用の魔法が掛かっており、家の主が名前を知らない人物は家に入れないようになっているからだ。

 もうどうしようもないので、これが最後の問いかけのつもりだ。答えが返ってこないなら、仕方ないのでサラ自ら名前を付けるつもりだった。

 そして、案の定何も答えは帰ってこない。少女はただニコニコと笑うだけだ。


「では、あなたの名前はイーリスです。分かりますか?」


 『名付け』の意味を知らないわけではないサラは、道中必死で考えてきた名前である。

 名は体を表すといわれるように、名前はその存在を縛る。名前とは力であり、かたちだ。ゆえに、名無しに名前を付けるときは最大限注意を払う必要がある。

 イーリスとは花の名前だ。この辺りでは愛されている花で、いくつか種類があるが基本的にはまとめてイーリスと呼ばれている。青、白、黄色がこの辺りだと代表的だが、紫や薄い赤色のものもまれにあり、結構色とりどりだ。

 イーリスの花に込められる思いや言葉も良い意味のものが多く、花と同じくみんなに愛されるようになってほしいという願いを込めている。

 分かっているのかいないのか、少女――イーリスはじっとサラの顔を見上げるだけだ。

 しばらく目を合わせていると、不意にイーリスの目の色が変わった。比喩ではない。それまで血のように赤かった目が、スッと薄い青色へと変わったのだ。それは、この周辺に自生するイーリスの花で、最も多い色である。


「イーリス、ちゃん?」


 なんとなく不安になり、サラが話しかける。

 と、それまでは何を話しかけても笑顔を見せるだけだったイーリスが、首を傾げながら口を開いた。


「わたし、いーりす?」

「……ええ、そうですよ。あなたの名前はイーリスです」

「なまえ。わたしは、イーリス。おねーちゃんは?」

「わたくしはサラです。サラ・セイファート。サラ、と呼んでくださいね」


 正直なところ、名前を付けただけで急に話せるようになったことには驚いたが、しかしサラは即座に平静を取り戻して安堵の息を漏らす。

 こういう、『名付け』によって知性を得る例は幾つか知られている。それは主に精霊やそれに近しい存在が初めてヒトに接したときのことが多い。自然そのものに近い名無しの状態から、確固たる自我を確立し得る名有りへの変異、そのときの状況に非常によく似ているのだ。

 ただ、このイーリスは精霊ではないだろう。精霊特有の清浄過ぎる魔力や存在の希薄さがない。精霊寄りの魔物、または未発見の精霊に近い亜人かなにかだと思われる。

 何にせよ、意思疎通ができることは良いことだ。これからの生活について深刻に悩んでいたサラとしては、話が出来るというだけで救われた気分だった。


「では、中に入りましょうか。長く歩いて疲れたでしょう」


 サラはそう言ってイーリスの手を取り、そっと引いて家の中へと入っていく。

 師の死後、たった一人で暮らしてきたサラにとって、二年ぶりの同居人。それは不安もあるが嬉しい出来事でもある。

 出来ることなら、平穏な日々が続くように、とサラは祈るのであった。

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