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ガイラルの迷宮  作者: 光崎 総平
第二章 迷宮の天使と悪魔
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第十三話

 大上段から振り下ろし、そのまま一歩踏み込みながら右斜め上へと振り上げる。一歩下がりながら薙ぎ払い、石突で突く。

 柄を短く持ち、巨大な戦鎚を自分の体に這わせるような軌道で振り回す。長い柄が邪魔になり、普通なら大したこともできないだろうに、サラは逆にその柄の長さを利用して攻撃を行う。

 この戦鎚のような長柄武器は懐が弱点だと相場が決まっているが、弱点を克服してこそ使い手だと言えるのだ。サラもそんな使い手の一人である。

 柄を上にして戦鎚を地に着け、サラはそのまま戦鎚の重量を利用して強力な蹴りを放つ。柄に重心を置き、戦鎚の重量さえ上乗せする強力な前蹴りだ。まともに当たれば分厚い鋼板にさえくっきりとした足形を残すだろう。

 更に蹴った足を引く動きを利用して前に出、肩口を相手に付けて強力な踏込みの力を戦鎚の重量を上乗せして流し込む。

 そして――


「あのー、キリがないのでそろそろ訓練をやめて、こちらを向いてくださいな」


 サラは訓練の動きを止め、声の方を向いた。

 柵もない庭で訓練しているので、訓練を止められるのは仕方がない。しかし最近の来客は何故狙い澄ましたように訓練中にやってくるのだろうか。

 いささか不機嫌にはさせられたが、結構離れているこの家まで冒険者協会から来た使いだ。邪険にする必要もないだろう。

 とりあえず、サラは戦鎚を地に着けながら口を開いた。


「それで、どのようなご用件でしょう。明日の朝には冒険者協会に顔を出させていただくのに、わざわざ今いらっしゃるなんて」


 出来る限り刺々しくないよう、不機嫌を隠しつつサラは言う。隠し切れていないが。

 使いで来た女性は声音の険を感じ取ったのか、体を縮ませてうつむきながら話し始める。


「非常にまずい事態で、かつ微妙な用件なんです。我々が公に動いていると知られると危険なぐらいに」

「……厄介な用事が多いですね。でも、わたくしが動くほどのことですか? 今はわたくし以外にも主力級戦力は来ているはずが」

「私が一存で話せることではないので、すみません。ただ、言えるのは生半可な戦力では話にもならない、ということです」


 スッとサラの目が細められた。

 迷宮内で生半可な戦力で話にならない、と言われて考えられるのは現時点では二つ。

 守護者と、眠りから覚めた古の魔族神族だ。

 前者は他でもなんとかなるようになってきたが、後者はこの街にいる戦力での対処は難しい。万全を期し、その上出来る限り早くの対処を望むならサラを使うしかないのだ。一応、魔術師協会を見渡せば後者を対処できそうな人物はサラを含めて十人強いるが、誰も彼もそう簡単に動けない状況にある。つまり、早期の解決を望むならサラを用いるしかない。

 嘆息し、サラは仕方ないと諦める。こうした既成事実を積み重ねていくことで、迷宮内で起きた面倒事に対する便利屋に仕立て上げられているのを自覚しながら。


「分かりました。イーリスちゃん達も連れて行ってよろしいですか?」

「構いません。どうも危険はないようですので」

「はぁ、では、家の中でお待ちください。着替えてきますので」


 言って、サラはイーリスに使いの女性の相手を頼んで、着替えるために自室へ戻る。


 着替えている最中に聞こえてきた、陶器の割れる音はあまり気にしない方がいいのだろう。






 冒険者協会本部の一室、広い会議室に通されたサラは部屋の雰囲気に眉をひそめた。

 想像していたような緊迫した空気ではない。どうも困惑しているようで、頭を抱えている者が多い。

 とりあえず、サラは張りのある声を出す。


「すみません。サラ・セイファート、参上いたしました」


 その声を聞き、頭を抱えていた者達がばっと頭を上げた。


「よく来てくれた!」

「いや、ああ、助かった。今、君に相談する前に出した部隊が帰ってきたんだが、どうにもこうにも」

「事情は口では説明しにくいんだ。おい、報告書をあの子に渡せ。とりあえず接触の結果を伝えないと」


 色濃い疲労を隠せない顔色をした男女が口々にそんなことを言う。

 何ごとか、とサラが不審に思いながら下座に着くと、報告書が回されてきた。


「読んでくれ。とりあえず、話はそれからにしよう」


 現冒険者協会長の疲れ切った言葉に押され、サラは報告書を読み始める。

 簡潔にまとめられた報告書を読み終え、サラはその情報を整理してから大きく息を吐いた。

 なるほど、これは混乱する、と。

 報告書の内容を要約すると、こうだ。


 ・迷宮の第一階層の奥に、最近妙な家が建った。

 ・そこには整った顔立ちをした魔族の老紳士が住んでいる。

 ・老紳士は自らを悪魔だと名乗った。

 ・老紳士は悪魔なので代償と引き換えに願いを叶えてくれるらしい。

 ・が、部隊員が試しに願いを告げたが、願いは叶えてくれなかった。


 その接触の時に、ちょっとしつこくし過ぎて追い返されたと結ばれている。ちなみに老紳士とは普通に会話可能で、なんと自宅にあげてもらい、お茶と茶菓子まで出してくれたという。ついでにそのお茶の材料と作り方まで教えてくれたという。茶葉は迷宮内のものらしく、生えている場所や木の特徴まで事細かに記されていた。


「どうかね? この紳士、魔族であることは間違いないようなのだが……」

「敵対する意思はないようですね。下手に攻撃しなければ、別に大丈夫なのではないでしょうか?」

「それがそうもいかんのだ。この部隊に願いを叶えてもらったものはいないが、どうも第二階層に到達できる騎士団の数人が願いを叶えてもらって、死んでいるようなのだよ。

どうも適当に思いついた願いだと駄目だが、最初から強く願っていることなら叶えてくれるようなのだ。そのうわさが広がって、ちょっと無茶な数の人々が迷宮へ入ろうと押しかけてきてな。とりあえず事実は確認されていない、と返答して帰したが、納得はしていないだろうなぁ。

そこで君に頼みたいのだが、この老紳士に接触し、可能ならばここへ連れてきてほしい。出来なければ、質問状を作ったのでそれに回答をもらってきてくれ」


 冒険者協会長はそう言いつつ、頭痛でもするのか頭に手を当てる。どうも悩みの種は尽きないらしい。

 しかし、疑問がある。聞いた用件だと、サラが動く必要はない。というか、出向いて帰ってこれる部隊があるのだから、質問状への回答ぐらい簡単にもらえるはずなのだ。


「あの、敵対関係にないのでしたら、わたくしが行くことはないのでは? 怒らせて追い返されたようですが、危害を加えられてはいないようですし」

「……それはだね、主力級の戦力は基本的に脳ミソまで筋肉で出来ているからだよ。あのバカども、人が穏便に、友好的にとさんっざん言い含めておいたのにわざわざ喧嘩腰で行って、怒らせて帰ってきやがって……!

他の部隊もそれを賞賛してたりしてなぁ。ふ、ふふ、人を殺意で殺せたら、どれだけ素晴らしいかね?」


 暗い目をして、虚ろに笑い始める冒険者協会長。表に出せないイライラを相当溜めこんでいるのだろうか、見るからにヤバい目をしている。

 が、サラにはあまり関係ない。気にすることなく、話を続ける。


「ご愁傷様です。それで、質問状はもう出来ているのですか? それなら、早々に行って終わらせたいのですが」

「当然、出来ている。すまない、もう少し他の冒険者が育つまではこういう雑事も頼むことになってしまうだろうが……」

「いえ、お気になさらずに。では、行ってきます」

「頼んだ」


 封書を受け取り、サラは軽くそれを見る。蜜蝋で封がされ、透視などが出来ないよう魔術による封印までなされているようだ。随分な念の入れよう。恐らくは冒険者協会だけでなく、魔術師協会も件の魔族に注意を払っているのだろう。

 一礼し、サラはイーリスとオリオールを連れて出ていく。

 また、厄介ごとが増えそうな予感を感じながら。





 第一階層はサラにとっては行動が容易い場所だが、他の者にとっては死地である。

 最近では使い捨ての魔道具などの擬似的に魔術を使える品が流通し始めたので、魔術師や騎士以外の者でも死者は減ってきている。ガイラルウルフなどの常に群れを作る魔物以外なら魔道具を用いれば倒すことは難しくないため、徐々に進出範囲は広くなってきているらしい。

 だが、やはり奥に行けば行くほど危険度が上がるのは変わりないため、まだ第一階層全土を安定して探索できるのは一握りに限られる。

 また階層自体が広いため、体力で劣る女子供には厳しい場所だ。たとえばイーリスなどにとっては戦闘と死は等号で結びつけられるだろう。

 目的地までの道のりのまだ半分にも到達していないのに疲れ切っているイーリスを横目で見ながら、しかしサラは足を止めない。

 厳しいようだが、これはイーリスが望んだことだ。いつまでもサラに運ばれていては駄目だからと、自分の足で歩きたがったのである。ただもう夜が近く、魔物が活発になる時間が近いため、歩くのではなく走り続けてきたのだが。

 心配そうにイーリスの周りをオリオールが飛ぶ。が、オリオールも手を貸す真似はしない。イーリスにとって超えるべき試練の一つなのだから、ここで手を貸したら何にもならない。助けてもらえる、と最初に認識すると、後になっても必ずそのことが頭の中に在り続けることになる。本格的な訓練を開始すれば頼りになるのは自分だけなのだから、そういう認識を持たせることは害にしかならない。サラやオリオールにとっても、今は我慢の時だった。

 第一階層の地図を完全に頭に叩き込んでいるサラは一切迷うことなく進んでいく。それは一度も立ち止まらないということだ。イーリスがいるため、木々や灌木を無視してまっすぐ進むという暴挙に出ることは出来ない。石畳の上をひたすらに走り続ける。速度はイーリスの出せる八割ほどの速度だ。およそ時速で三十マイル。サラにとっては魔力を使わずとも、平然と走り続けられる程度か。だが、体の小さなイーリスにとっては魔力を用いても、長時間は厳しい速さと言える。

 しかも、サラは最短距離をひたすらに突き進むのだ。直角に曲がるような場所でさえ体重移動と足さばきだけで速度を落とすことなく進むため、そういう技術をまだ習得できていないイーリスにとってはキツイ。また、森林に作られている道だからか、それとも誰かを迷わせるためなのか緩やかに曲がっていたり、妙な角度でジグザグしていたりと走るには不向きの場所である。

 初めて挑む休憩なしの長距離走。いつ魔物と遭遇するか分からない緊張感。不慣れな曲がりくねった道。その全てが、イーリスから体力を奪い去っていく。

 そして、そのことをサラは承知で、一定の速さを保ち続けていた。

 正直なところイーリスが休憩したいと言い出せば、サラは即断で承諾する。別にそのことでイーリスの評価を落としたりもしない。数マイルもの距離を十歳ぐらいの子供が全力に近い速度で走り続けることなど無謀なのだから当然のことだ。

 ただし、イーリスからの提案でなければ受け入れない。オリオールが言いだしても、またサラ自身が休ませようと思ってもそれを実行することは出来ない。自分の限界を自分で知らなければ、過酷な環境で生き残ることは出来ない。なので、イーリスが座り込んだり、休憩を申し出なければ、イーリスがぶっ倒れるまで走り続けるつもりだ。

 既に限界を迎え、根性だけで走っているイーリスを見ると一も二もなく抱きしめたくなるが、サラはその衝動を抑えてひたすらに走る。

 今走っている緩やかな湾曲部を越えると、また鬱陶しいジグザグの道が来る。ほとんどの場所の道幅は広いくせに、こういうところは狭いのが非常に嫌らしい造りと言えるだろう。

 さて、とサラが十連続するジグザグに備えて気合を入れた時だった。

 どさっと音がして、後ろからの足音が途絶える。見るまでもなく分かる。イーリスが倒れた音だ。

 振り向けば、イーリスがうつ伏せに倒れていた。抱き起こすと、真っ青な顔で虚ろな目をしている。完全に限界を超えてしまったようだ。

 サラはリバース・スペースから用意しておいた飲み物を取り出す。果物から精製した糖を溶かし、塩分などを僅かに加えた水だ。それを口に含ませつつ、サラは水を魔力で作りだし、イーリスの首筋や腋の下、内腿などの太い血管の走る場所を覆う。

 体を冷やし、水分を補給させることが大事なのだ。ただし、一度に多くの水を飲ませることはしない。何回かに分け、ゆっくりと吸収させる。また、深く呼吸させることも忘れない。


「頑張りましたね。でも、頑張り過ぎです。次からは倒れる前に言ってくださいね」


 イーリスを軽く抱き起した状態で、サラは優しく言う。

 ここで休ませておきたいが、残念ながらそんな余裕はない。今は一刻も早く第一階層を突破し、迷宮を出たいところだ。

 なので、サラはイーリスを魔術で浮かせ、空気の抵抗を受けないよう周囲を障壁で囲い、それを魔術で引っ張って進むことにした。高さを一定にし、水平移動させることで振動などを与えず、疲弊しているイーリスに更なる負担を掛けないようにする処置だ。

 詳細は違うが、オリオールが高速移動するのと似た術式だ。やや消費の大きい魔術だが、サラにとっては問題ない。

 オリオールがイーリスに掴まるのを確認し、サラはそれまでに倍する速度で走り始めた。魔力で全身を強化したその速さは人語を絶し、風より早く迷宮を踏破する。

 半分まで到達するのに二時間以上を掛けていたのに、僅か数分で残りを走りきる様は怪物としか言いようがない。

 目的地に着いたサラは、報告にもあったそれを見て、ただただ絶句する。

 この千人以上の命を飲み込んだ迷宮に、家が建っているのだ。そう大きな家ではない。レンガ造りの、恐らくは一人暮らし用の家。白い漆喰の壁に、赤い屋根。屋根から伸びる煙突からはもくもくと煙が上がっている。

 外なら普通の光景だが、しかしこの迷宮の中では一際異質なものだ。

 木々や背の高い草の中で目立つ家。最初に見つけた者はどれほど驚いただろうか。夢か幻でも見ていると思ったに違いない。

 実際、サラも幻ではないかと思いたくなる。

 だが、残念なことに現実だ。そして、この家に用があることも現実である。

 二度三度と深呼吸し、意識を落ち着けたサラは、意を決して木製の扉をノックした。


「すみません、どなたかいらっしゃいますか?」


 失礼にならないよう、大きくはっきりと声を掛ける。

 と、存外あっさりと扉が開かれ、中からぬっと老紳士が顔を出す。


「何か用かね? いやはや、客の多い日だ」


 しわがれた声で言いながら、老紳士はゆっくりと家から出てきた。

 背筋がぴんと伸びた、老いを感じさせない動き。灰色を帯びた肌には年輪の如くしわが刻まれ、その生きてきた年月を感じさせる。頭に生える立派は二本の角は羊のように軽く曲がっていた。

 見ただけで分かるほどに強大な魔力を有し、そこに立っているだけで他を圧倒する威圧感を放つ。

 サラが見た唯一の古い魔族であるグレンデルの悪魔はこれほどではなかった。恐らく、この人物は……。


「お初にお目にかかります。わたくし、サラ・セイファートと申します。本日は幾つか伺いたいことがあって参りました」


 サラは優雅に一礼し、老紳士を真っ直ぐに見る。

 と、老紳士も右手を胸の前に持ってきて、ゆっくりと一礼する。


「こちらはイャル・ゼグル・ガイグリードと言う。恐らく分かっているのだろうが、上級魔族に位置するものだ。

我が家にようこそ、グ・ランデル・オルゴーンを打倒したものよ。礼儀を知る者ならば、こちらも返答の用意がある。立ち話には長くなるだろう。入りたまえ。大したもてなしもできないが、歓迎しよう」

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