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ガイラルの迷宮  作者: 光崎 総平
第二章 迷宮の天使と悪魔
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第十二話

 がやがやと酒場が賑わっている。

 ほんの一月ほど前までは閑古鳥が鳴いていたとは考えられない盛況ぶりだ。

 酒場はその町々の顔役であり、色々な人が愚痴を言いに来るものだ。そこに目を付けた冒険者協会が酒場に様々な依頼を委託したため、その依頼をこなして報酬を得ようとする者達が集まってきているのである。


「ッカー、迷宮帰りに飲む一杯はたまんねぇな、オイ」

「鎧猪の焙りもヤバイぞ。でも、どっかのツエー冒険者が持ってこないと食えないんだよなぁ、コレ」


 酒場の片隅で安いエールを飲みながら、二人の男がそんな話をしている。立派なあごヒゲを蓄えた方は水でも飲むようにガバガバとエールを飲みまくっていて、もう片方のちょっと太り気味な方は物凄い勢いで骨付きの肉にかぶりついている。

 二人とも革製の鎧を着ていて、ところどころに傷や汚れが見える。話からもうかがえるように、迷宮から戻ってきたところの冒険者なのだろう。


「肉系を持ってくるのはほとんど金髪のお嬢ちゃん一人らしいぜ。十五、六ぐらいの。ベッピンさんらしくて、騎士様たちが騒いでた」

「あーあー、知ってる知ってる。最近、武器屋にでけえ甲羅持ち込んでたよ、その子。なんか、結構有名らしいな。第三、第四階層辺りの素材を中心に持ってくるから、近所の錬金術師が泣いて探してた。俺にも卸してくれーって」

「第三、第四ってスゲーな。魔術師連中も頑張って第二階層を踏破寸前って段階らしいのに」

「第二階層に進める連中も、まだ騎士様でさえ数組なんだろ? 景気の良い奴もいるもんだなぁ」


 ガッハッハ、と笑いあい、二人は各々の好物の攻略を進める。ヒゲの男は調子が出てきたのか蒸留酒を瓶で頼み、太っちょは他の肉を食べ始める。今回の探索ではそこそこの成果を持ち帰ったのだろう、懐の具合を確かめる様子もない。

 迷宮は五人から六人以上で挑むことを推奨されてはいるものの、第一階層の入り口付近で小型の魔物を倒したり、木の実や薬草を採取する分にはあまり危険ではないので、少人数の部隊を組む者はそう珍しくはない。ただ、たまーに入り口付近にも危険な魔物がやってくるため、それを承知で探索を行う必要があるが。

 なんにせよ、現状ではどんな零細の冒険者も需要がある。冒険者にとって迷宮内で採れる薬草で作られた魔術薬は生死を分ける重大な存在だし、迷宮内に生息する魔物の幾らかは食用としても衣服としても武器防具としても需要は大きい。今、この冒険者二人が食べている鎧猪などは食べてよし、毛皮にしてよし、甲殻を防具にしてよしの三拍子揃った素晴らしい存在の一つだ。鎧猪を一頭丸ごと腐らせずに持ち帰れば、しばらく遊んで暮らせる程度の儲けが出るだろう。

 一獲千金を狙える上に、数多くの魔物を撃破すればどこかの貴族辺りに目を掛けてもらえるかもしれないという希望があれば、冒険者を志す者も多くなるというものだった。

 また、別に大物を狙わなくても、ちょっと珍しい薬草や果実の在り処さえ知っていれば危険を冒さずに生活できるのも迷宮の特徴だ。


「そういえば、前に騎士様が騒いでたな」


 肉をモリモリ食べていた太っちょが思い出したように、手のフォークとスプーンを止めた。

 それにヒゲの男はすかさず食いついた。こういう話題は下世話好きな冒険者の大好物だ。酒を飲む手を止め、面白がるようにずずいと前に出る。


「お、どこの騎士様よ」

「ありゃ、ここの騎士じゃねーな。ラウドラント辺りじゃないか、真っ白い鎧に綺麗な紋章付けてたし。でな、なんか迷宮内で変なのにあったって冒険者協会でおっさんに詰め寄ってた」

「いいねえ、酒の肴にゃぴったりだ。おら、先を話せよ」


 口寂しくなったのか、ヒゲの男は木製ジョッキを引っ付かんで一気に干す。わくわくとした目は子供のようでもあり、笑いを誘う。

 太っちょは待て待て、と制しつつ、皿の上の肉を一かけ口に放り込んであまり噛まずに飲み込む。噛まずに食べるから太るのだろう。


「いや、それが傑作でな。スゲーでかいトカゲに仲間がやられまくったってよ。第一階層だから、あれだろ、近付いちゃいけないとこに行ったんだろうなぁ」

「あーあーあー。協会に行くと絶対に行くなよって念を押される場所がいくつかあるよなぁ。素直に言うこと聞けばいいものを」


 パンパンと手を叩いて笑うヒゲの男。酔い始めているようだが、呂律はしっかりしている。相当酒に強いようだ。

 太っちょもその騎士達の様子を思い出しているようで、笑いを止める気配はない。


「ひゃひゃひゃ、馬鹿だよなぁ。あそこにゃ魔術師でさえ絶対に近付かないってのによ」

「違えねぇ。しかし、ラウドラントの騎士かぁ。お隣さんだぁな。何人ぐらい死んだのやら」


 ヒゲの男は自慢のあごヒゲを撫でつけながら片眉を上げる。人の不幸は蜜の味。彼らにとって、お偉方の不幸はよほど甘い物なのだろう。

 太っちょは太っちょでモリモリと肉を食い、まだ食い足りないのか肉を追加注文しつつ宙を睨んで思い出す仕草を取る。


「さあなぁ。すげえ剣幕だったし……十人くらい死んだんじゃないか? この辺りの騎士様もちょいと油断すると隊を組んでても一人二人は死んじまうらしいし」

「神様の御威光伺いがこんな田舎で戦死かぁ。うちの王様に言いがかりでも付けてたりしてな」


 はぁ、と二人して嘆息する。ラウドラント、つまり聖ラウドラント法国は自らを神に愛されし国と自称し、国土は狭いものの外敵を寄せ付けぬ屈強の騎士団を擁している。建国以来、一度として自国の地を戦火に晒したことがなく、侵略も行っていないため、強い権威を持つ国でもある。

 しかも、内に篭っていてくれればいいものの、友好関係にある国が攻撃されたときは自国の戦力を派遣したり、色々と各国に言って回る鬱陶しい面も持つ。叩き潰すには面倒で、しかも国土が狭くて手にした旨みも少ないために攻められないという嫌な国だ。

 ただし、嫌な国だが、実際に強力な治癒魔術――ラウドラントでは神聖魔術と呼ぶ――の使い手を多く輩出しているため、あながち神の加護があるというのも間違いではなさそうである。それはそれで鬱陶しいが。


「あるかもよ? 商人が言ってたが、なんか喧伝してたそうだ。えーっとなんだっけ、そうそう、えー『我らが神の騎士団に平らげられぬものはなし。かのガイラルの迷宮も我らが一番に踏破するであろう』とか言いふらしてたってよ」

「オメーどっからそういうの聞いてくんだよ。最高だぜ、相棒。しかし、その神の騎士団とやらに大きな傷が出来たわけだ。何人ぐらい来てんのかね? あんまり真っ白けな奴らなんて見ないし、あんまり多くなさそうだが」

「グフッ、流石に普段は普通の服じゃね? 普段から白い服とか窮屈でしょうがないだろ。自分から騎士とか神官だって言ってるようなもんだ。こうやって食いまくることもできないんじゃ、生きてる意味ねー」


 運ばれてきた肉料理をほおばりつつ、太っちょは苦笑する。ラウドラントの奉ずる神は清廉かつ節制を好むと言われていて、贅沢を忌むという。その割には白一色の鎧を使うなど、色々金を使っているのだが。

 とはいえ、彼らにとって、そういう節制こそが悪だ。明日をも知れぬ冒険者。常に最後の晩餐のつもりで生きるのがこの二人である。


「お前は食い過ぎだ。んで、俺は飲み過ぎ。過ぎたるは素晴らしいってなぁ! 飲み食いぐらい、好きにやるのが人生だぜ」

「おお、そうよ、兄弟。俺ら地に這う連中は飲んで食って騒がにゃ損だ!」


 二人で笑いあい、テーブルの上でがっしりと手を握って組む。ヒゲと太っちょの二人がやると非常に暑苦しいが、この酒場の人々にとっては見慣れた光景だ。誰も気にしない。

 しばらくそうしていたが、すぐに二人とも自分の好物のことを思い出したのか、いそいそと座り直す。

 そして、そのまま黙って飲み食いしていたが、太っちょが何かを思い出したように口を開いた。


「あ、そういや、こんなうわさ知ってるかよ?」


 肉の最後の一かけらを口に放り込み、太っちょは笑う。


「迷宮にゃ、悪魔が住んでるってうわさだ」






 活気のある街並みを、サラは眩しそうに見ながら歩いていく。

 イーリスの手を引き、ところどころにある屋台や露天を冷やかしながら歩くのだ。

 一応、イーリスには帽子を被せている。頭の上にある蕾がつぶれないか心配だったが、どうも物理的なものではないらしく麦わら帽子の下に簡単に隠れてしまった。苦戦することを予想していたため、サラとしては少々肩透かしを食った気分にさせられてしまった。

 まぁ、簡単に隠れるのはいいことだ。服も別にイーリスの一部ということはなく、普通に着せ替えられるし。

 ちなみに今日のサラは私服だ。ここ最近はビシッとした実用一辺倒の戦闘服を着込んでいることが多かったが、今日は久々に与えられた完全休養の日なので年頃の少女らしく清楚にまとめている。白のワンピースに、肘まである絹の手袋。避暑地のお嬢様、といった格好だ。

 イーリスも同じような格好だが、こちらは清涼感溢れる水色のワンピースで、手袋などはしていない。ちょっと背伸びしているかな、という感じか。

 はたから見れば、お姉さんと妹という感じに見えるだろうか。髪の色が違うが、異種族の血が混じっていれば髪の色くらい家族でバラバラという光景も珍しくはないのだから。

 ちなみにオリオールはお留守番だ。意地悪とかそういうのではなく、オリオール自身が人ごみを嫌ったのである。蝶の体のため、人が多いと潰されそうで嫌なのかもしれない。

 そのことを思い出し、サラは僅かに笑みを深める。オリオールにも、何かおみやげを買って帰ったほうがいいだろうか。

 蝶へのおみやげというと何だろうか、などと考えて周囲を見渡すと、何かを食べている人が多く見られた。空を見上げれば太陽が中天にある。

 もう昼のようだ。迷宮内では食べられるときに食べるという不規則な食生活なので、人間らしい営みを忘れていた。


「イーリスちゃん、何が食べたいですか?」


 なので、とりあえずサラはイーリスに希望を聞くことにする。

 サラ自身は特に好き嫌いなくなんでも食べられるので、イーリスに合わせるつもりだ。

 と、イーリスは悩む様子さえなく、笑顔で即答した。


「お姉ちゃんの料理が良いなっ」


 ちょっと驚くサラ。予想していなかったわけではないが、まさか本当にその答えが返ってくるとは思ってもいなかったのだ。

 しかし、聞いておいて応えないわけにはいかない。

 サラは家にある食材その他を思い出しながら苦笑した。サラが家に数日単位で帰ってこないことが多いので、大した物は残っていない。昨日持ち帰った折に少し分けてもらった鎧猪の肉が多少残っているぐらいで、それ以外は乾物などの保存食ばかりだ。サラが迷宮に潜っている間、イーリスの面倒を見てくれている職員には頭が下がる。


「では、材料を買って帰りましょうか。今日は好きなものを作って差し上げます」

「ホント? じゃあね、えっとね!」


 はしゃぐイーリスを見て、サラは笑みを深め――遠くから自分達を盗み見ている何者かに挨拶をしておく。

 ごく弱い威力の電撃魔術。静電気でビリッと来るのを十倍ぐらいに強めたものだ。それを放ってから、見られている方を睨む。分かっているぞ、と。次はない、と。

 街中でさえ索敵魔術を常時展開するサラに死角などない。数百ヤード離れたところから見られていても捕捉できるし、魔術を使用して見ている相手ならどれだけ離れていようと感知できる。一度ならば警告で済ませるが、次に同じことをしたならばその時点で人生を終わらせる。魔術師協会の暗部として汚れ仕事も行っていたサラを狙うということ、それがどういうことか身を持って知ることとなるだろう。

 そんな血生臭いやり取りを一切表に出さず、サラはイーリスと歩いていく。

 いつもと、全く変わらずに。

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