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ガイラルの迷宮  作者: 光崎 総平
第一章 始まり
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第十話

 時が来た。

 ブリジット・フォンテーヌは不敵に笑う。

 魔術師協会が本格的に迷宮攻略に乗り出して二週間。探索部隊は経験を積み、第一階層ならほぼ負傷することなく行動できるようになった。一部は第二階層の素材の採取さえ可能としている。サラに至っては第三階層で巨大な亀を仕留めて持ち帰っていた。

 ティエの街でくすぶっていた外部の者達にも情報を渡し、魔術師協会員以外でも迷宮攻略が可能なことを実証した。今では彼らも魔術師協会には不満を口にするものの、否定的ではない。

 また、周辺各国へは貢物として迷宮で採れた素材から作った魔術薬や、武具を送った。傷薬のほかに回春の薬など、事前に集めていた情報に従い、各国の王侯貴族が求めてやまないものを選択して。当然ながら各国からの反応は素晴らしいもので、多くの目を迷宮に集めることに成功した。

 そして、もう一手。魔術師協会から完全に独立した、迷宮探索の互助を行う組織の設立を行う。

 名を、冒険者協会。今はまだ迷宮に詳しい人材は魔術師協会にしかいないため、出向と言う形で魔術師協会の者が高い地位についているが、一定の数以外は魔術師協会以外の人材と入れ替えていく予定だ。既にこの方針は各国に周知している。

 ついでとばかりに、ティエの街に派遣した錬金術師や魔術調薬師に迷宮産の道具を大量に作らせて流通させ始めた。今でこそ魔術師協会の占有する技術と知識でのみ作ることが可能な道具や薬だが、いずれ技術は解析されて他でも作られるようになるだろう。むしろ、そちらが狙いだ。

 蓄積した技術や知識を物の形で放出することで一般に拡散し、自分達だけで独占するのではないということを主張しているのだ。ただし、本当の意味で重要な情報を渡すことはしない。たとえば空間転移に用いる鉱石などは採掘できる場所自体を極小かつ執拗なまでの隠蔽魔術で隠してしまっている。

 これらは全て一つの目的の元で行われていることだ。どこの誰よりも魔術師協会が先を行きつつ、しかしそれがもたらす利益を独占せずに、広くに分配する。――つまり、魔術師協会が迷宮攻略の基礎を作ったと誰もに印象付けているのだ。

 魔術師協会が求めるものは金や物ではない。『必要とされること』だ。決して驕らず、縁の下の力持ちになれればそれでいい。近くにあって当然の存在として溶け込み、魔術師自体の数を増やして民間の誤解を解き、魔術師が受ける差別をなくしていく。それが魔術師協会創設の理念であり、代々の協会長が受け継いできた意志だ。

 今回の迷宮出現と、迷宮内部に存在した多くの物はその理念の実現を大きく前進させるものだった。苦難の存在は間違いないが、全体としては望むべき苦難だ。苦難は大きければ大きいほど、それを乗り越えた時に得られるものも大きいのだから。


「サラには、まだまだ苦労を掛けるわね」


 ぽつりと、ブリジットは本音を漏らす。

 誰もいない、白妙の塔の執務室内でのことだ。ここには初代魔術師協会長が複雑極まる魔術を掛けているため、盗聴などは絶対に出来ないようになっている。また、ここに侵入することも不可能だ。当代の協会長とそれが認めた者のみが入ることが出来るようになっているからだ。だから、ここでならば弱音も吐ける。協会長という地位である以上、誰にも見せられない姿をここでならとることが出来るのだ。

 軽く頭を抱え、ブリジットは迷宮攻略の進捗状況を確認する。

 確かにサラは第三階層まで到達している。だが、逆に言えばまだそれ以降には到達できていないのだ。魔術師協会が自由に動かせる戦力の中で最大の力を持つのがサラで、彼女をしても第三階層まで到達するのに二週間を要している。

 迷宮を攻略するうえで、現状一番の問題は各階層に存在する守護者と呼ばれる強力極まる魔物だろう。第一階層の『恐なる劣竜』、第二階層の『喰らう大樹』、第三階層の『動く山』。どれもサラ以外だと攻略の難しい魔物だ。中でも『動く山』は桁外れの脅威だ。千フィートを超える体高、甲羅の直径もそれと同じほど。高火力の魔術を操るサラでさえ、十時間もの激戦の末に打ち倒した化け物だ。正直なところ、真っ向から撃破するのはサラ以外では不可能だろう。

 幸運なのは、これらの守護者は一度殺せば一定期間はいないままであることか。『恐なる劣竜』、『喰らう大樹』が十日間、『動く山』は半月ほど復活に時間が掛かるという。回収した死体が動き出すということはないようなので、また迷宮に湧いて出るのだろう。

 とりあえず強敵である『動く山』がしばらく存在しないのはいいことだ。あとは、『動く山』との激戦で消耗し尽くしたサラが回復するのを待てば、第三階層の探索は再開できる。

 サラに頼り切りになっていることを自覚しつつ、ブリジットは有効な手を打てない。

 そもそも、迷宮攻略を行っている非戦闘員を含めた人員五百名は魔術師協会の協会員の半分を占める。さらに、周辺各国や王国貴族への交渉役として送り出した人材が百五十名。協会本部に残る三百五十名は見習いや事務特化型だったり、本部の防衛用戦力だったりと動かしようのない人員ばかりなのだ。これ以上、迷宮への応援を送ることは出来ない。

 嘆息し、ブリジットはたまっている仕事と向き合った。今やることは嘆くことではない。笑うことでもない。サラ達、迷宮攻略組が少しでも楽を出来るよう後方から支援を行うことだ。そのためなら、山のような書類を片付けることも、人と会って愛想笑いをすることも、少しでもむしろうとして来る連中とにらみ合うことでも何でもやる。

 一度自分の顔をピシャリと叩き、気合を入れ直したブリジットは猛然と自分の仕事を片付け始めた。





 サラは自宅のベッドで熱に浮かされたように唸っている。

 強大な魔力の行使を要する戦闘を十時間もの長きに渡って続けたため、その反動が来ているのだ。

 肉体的にもかなり鍛えられているサラだが、まだ十五歳の少女。体は成長途上で未熟なため、無茶をし過ぎれば倒れるのは道理だろう。

 だが、サラは回復力もずば抜けている。第三階層に出現した魔物や第三階層の所感などを書いた報告書を仕上げて提出し、ぶっ倒れてから半日と過ぎていないのに、もう回復の兆しが見えていた。

 ほぼ枯渇していた魔力は全快し、後は長時間に及ぶ戦闘で加熱しすぎた全身が冷えるのを待つだけだ。

 と、そんな状態のサラの枕元にオリオールが飛んできた。


『……サラちゃん、第三階層へ進んだって、本当?』


 サラの寝ているベッドの縁にとまり、オリオールはあの甘い声ではなく、真剣な声音でサラへと語る。

 回復してきて目の覚めたサラは、その言葉にしっかりと頷いた。まだ声を出すのは億劫なので、仕草だけでの返事だ。


『そう、そうなんだ。じゃあ、気を付けて。そこから下には出会ったら危険なのが潜んでるの』


 悲痛な声。本当にサラの身を案じていなければ出てこない感情に満ちている。

 どういう意味なのかを問うため、サラは口を開く。が、頭が鉛のように重く、上手く声が出ない。


『無理しないで。あたしの言うことを、覚えておいてくれるだけでいいよ。多分、碑文を集めてたみたいだから知ってると思うけど、あの迷宮には災厄……ものすごく強い何かが封印されてる。あたしはその正体を知らないけど、昔聞いた話では相当とんでもない化け物だったらしいの。自分の配下を引き連れて異界から攻めて来たって噂もあったぐらいに。

で、なんとかそれを封印したときに迷宮が出来たんだけど、あの迷宮自体を封印するときに一緒に紛れ込んだ古い魔族や神族がいたの。永の眠りにつくために紛れ込んだあたしみたいなのと違って、中には封印が解けた後、あの時にいた英雄達のいない時代で好き勝手に暴れたいって連中も少なくなかった。

それでね、もし動いてなかったら、なんだけど、第三階層をそういう暴れん坊の内の一体が根城にしてたと思う。だから、次に行くときは気を付けてね』


 気遣わしげに言い、どこかへとオリオールが飛び去っていく。

 全てを聞いたサラは、ゆっくりと目を開けて手を握りしめた。

 力の入らない手を、ぎゅっと。

 オリオールはきっと、サラを生かすために助言したのだろう。サラに生きていてほしいから過去のことを思い出し、話してくれたのだろう。

 だが、サラにとってオリオールの話は逆効果だった。

 サラはみんなが好きだ。笑顔を見るのが好きだと言ってもいい。楽しそうな活気を感じるのは無上の喜びの一つである。

 逆に言うならば、それらを理不尽に破壊するものを嫌う。

 たとえ、それがどれほどの相手であったとしても、サラにとっては敵だ。魔術師協会の一員としての敵ではなく、サラ・セイファート個人の敵である。

 まだ見ぬ敵を思い浮かべつつ、サラは早く体力を回復させるために目を閉じた。まずは今の体調を回復させなければいけない。

 オリオールの心配をよそに、サラは敵との戦闘を覚悟する。たとえ死すとも、最低でも一体は道連れにしてみせると、決意しながら。






 サラの家、それは魔術師協会の本部が存在するトゥローサの街の郊外にあったはずである。しかし、今はティエの街の郊外に移っていた。それも家の周囲の土地ごとだ。

 これが代々師弟に受け継がれる理由。家が内包する特殊な魔術の内の、最大の物だ。すなわち、領域空間転移。

 大地に走る魔力やその他の力、それらを十年単位で集めることで超長距離での領域空間転移を可能とする。土地の基礎そのものに術式を刻み込んだ自然石を埋め込むことで、大規模な儀式の代わりにしているのだ。

 通常の魔術と違い、一度発動したらまた数十年は起動できないが、術者が未熟でも発動権限さえあれば容易く使えるという点が特徴だ。

 『動く山』の撃破前に転移してきていたため、サラは運よく自分のベッドで休めているのだ。

 そのサラの家の修練室で、イーリスは一人真剣な顔で魔術の訓練をしていた。以前にサラに教わったもので、本当に初歩の初歩段階の訓練法である。

 魔術を使うにあたって、まず第一に要求されるのは自分の中に存在する魔力を認識することだ。当然ながら、最初から魔力を認識できている者などほとんどいない。よほど才能に溢れた神族や魔族に少数いるぐらいだろう。そのため、魔力を認識できる状態にする必要がある。

 その状態にする方法は大きく分けて三つ。深い瞑想と修練により、自分という存在を確認し、理解し、その中で魔力の存在を認識する方法。空間中に高濃度の魔力が存在する場所に滞在し、第六感で魔力を認識する方法。そして、他の熟練した魔術師にゆっくりと魔力を注いでもらい、半ば無理やり覚醒させる方法。

 今現在、多く取られているのは二つ目と三つ目の方法である。一つ目の方法は単純に時間が掛かるため、敬遠されていると言ってもいい。

 ちなみに、イーリスが行っているのは一つ目の方法と二つ目の方法を合わせたものだ。普通よりも高い濃度の魔力が満たされた空間内で、深い瞑想を行うことで自分と周囲の魔力を認識するのである。ただし、この方法も才能がなければかなりの時間を要する。しかも、魔力をよりよく認識するために魔力の薄い空間でも瞑想を行わなければならないなど、面倒でもある。

 とはいえ、安全性を考え、より高い次元を目指すならばこちらの方法を取る方がいいのだ。魔力に覚醒するまでの時間はかかるが、時間を掛けて魔力を体に馴染ませるため魔力への親和性が高く、繊細な魔力制御を可能と出来るからである。

 ただ、最近はあまり繊細で緻密な術式構成を重視することはあまりない。それよりも発動の速度を求められる場面の方が多いからだ。繊細で緻密、というと聞こえはいいが、逆に言えば時間が掛かるということなのだから。

 わざわざ時代に逆走することをイーリスに求めるサラ。何か思惑があるのは間違いないが、それはまだ語られていない。

 イーリスも説明を受けたうえでこの訓練を指導されているが、サラに何かを問いただしたことはない。だからと言ってイーリスが盲目的にサラを信じているわけではない。信じていないのでもない。

 単純に、信頼しているのだ。サラは必要なことはイーリスに伝えてきた。サラが伝えないのは現時点では伝える必要がないからだと、イーリスは判断しているからである。

 しかし、信頼しているとはいえ、限界はある。

 深く、深く集中して自己に埋没しなければいけないのに、イーリスは訓練に集中できずに歯を食いしばった。


「分かんないよ、お姉ちゃん。集中できないよ……」


 仰向けに倒れ、イーリスは暗い天井を見上げる。

 暗い中の方が深く集中できるため、明かりは点けていない。そのせいで、イーリスは鮮明にあの時の光景を思い出せてしまっていた。

 いつも余裕を持っているサラ。どんなときでも、サラ自身が傷を負ったり、危険な状態になることはなかったのに。

 今日、五日ぶりに迷宮から帰還したサラは憔悴しきり、着ていた服もボロボロになっていたのだ。

 聞けば、山のような亀と激戦を繰り広げてきたのだという。大きさだけでも他を圧倒するのに、亀は強力な魔術を同時に多数展開して攻撃と防御を行うというありえないような戦闘能力を有していたのだと。

 そんな化け物を真っ向から撃破したサラはきっと、とても凄いのだろう。でも、けれど、イーリスは初めて不安を覚えたのだ。

 強くてきれいなサラが、死んでしまうかもしれないという、いなくなってしまうかもしれないという不安。

 嫌だった。そんなこと、絶対に嫌だった。

 だから。

 イーリスは、今この瞬間に本当の意味で決意したのだ。

 強くなることを。ただ一人で突き進むサラの隣に立つことを。

 今はまだ、イーリスは弱い。きっと、迷宮内の魔物どころか、地上の魔物の中で一番弱いやつにも負けてしまうだろう。

 けれど、きっと強くなって見せる。

 絶対に。そう、心に決めて。

 イーリスは再び訓練に移った。

 かつてないほどの集中力で、今まで感じたこともなかったほどの激情を凪の底へと沈めて。

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