表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/7

忘れ形見 事件編

「おお、そうだ。しばらく滞在するなら、今いる人を教えとこうか。ちょうどひばりさんも降りてきて、そろっているようだ。」

見ると車いすに老婆が据わっている。まさかね。数年前とイメージが違う。

「!」

衰弱し、痩せてはいるが八代ひばりだ。あまりの様変わりにその場が凍った。看護師に車いすを押してもらってエレベーターから降りてきた。精一杯の笑顔でロケ隊を迎えた。

通り過ぎると、飯山は後輩に全員の紹介をするようだ。飯山は自慢げに説明を始めた。

「さっきから俺と話していた、あの切れ長の目の若者が息子の東伸之さんだ。」

みると、確かに東伸之だ。飯山は振り向き手を振った。それに東が答えていた。彼は歌手というより、青年実業家というタイプだ。資産管理に熱をあげている、という話だ。芸能人としては歌より俳優を選んでいる。母親の才能をあまり受け継いでいないためで、顔はいいが歌唱力に乏しい。

「その点、あの泉谷まさしが息子の方がよかったのになあ、世の中上手くいかないもんだぜ。」

正田も情報はよく知っている。東の息子としてのインタビューは予定にあるが、視聴者は息子にはあまり関心がない。簡単にいうと、親の七光りでちやほやされているが、あまり実力はなく、売れてないと言うことだ。

そのうち息子の東が近づいてきた。

「やあ、君たち、どうだい?この館は。豪華そのものだろ?存分に楽しんでくれよ。食事もいけるよ。専門にシェフ雇っているんだ。もちろん八代家に恥じないシェフさ。そうだ、泉谷君、パターゴルフの道具貸したらどうかな。楽しめるよ。長谷川さんは楽しめるんじゃないかな。明後日インタビューの予定だからよろしく。」

一同ぽかんとした。今回はひばりの壮絶人生がテーマだ。芸能人のお宅訪問ではない。気を使ったつもりだろうが、屋敷ばっかり撮る話ではない。

(結構鼻にかけるよな。)

ちょっとひんしゅくを買った。

次に移った。

「そこでコーヒー飲んで新聞呼んでいるおじさん。」

見ると芸能人らしくない。重いオーラがある。気難しそうなおじさんが何だろう。

「あれは警視庁の捜査一課の藤堂直哉って警部だ。捕まるようなことしてるか?」

がっしりとして、鋭い視線は確かに警部と言われれば、そんな感じだ。警視庁の捜査一課といえば、凶悪犯を相手する怖い刑事だ。ドラマでよく出てくるが、本物見るのははじめてだ・・・。飯山は城島を肩で押して、お茶目に脅す。

「でも刑事さんが何でこんな御殿にいるんです?」

「いや、それがさあ、この辺で殺人事件の容疑者が潜伏しているらしいのよ。千葉県警と逮捕するんだけど、結構捜索に難航しててさ、待機中っていうわけなのよ。この辺泊まるとこがないから、ホテル代わりに使ってるわけ。」

「一般の宿泊客も泊まれるのですか。」

「あれれ?知らんかった?今は一部が記念館のお客の宿泊施設になってるのよ。」

飯山と城島はひそひそしゃべっている。城島もしばらく撮影を忘れている。

「そしてひばりさんのそばに寄りそう、白衣の熟女。あれがすごいんだ。」

「へ~、誰です?」

車いすのひばりの横に看護師とともに立っている。年齢は四十ぐらいで、モデルのようにすらっとしていて、顔立ちはいい。女医というより女優のようなオーラを感じる。

「驚くな。百地かおりだ。今はひばりの主治医しているらしい。」

「なるほど・・・」

芸能界は詳しいが医者はあまり知らないので、会話の内容がわからなかった。隣に智美がいるので

(百地かおりって誰だ?有名な医者か?)

ひそひそ聞いた。

(有名も有名よ。金持ちにばかりたかる医者で、かなり腕があるそうよ。全科目神がかりのゴッドハンドですって。)

(なにもあんな怪しい医者でなくても・・・)

(彼女の希望よ。都内の病院で死を迎えるより自宅の方がいいということよ。誰が彼女にしたかは知らないけど。百地医師は決まった病院をもたないんだって。移動病院まで持っているって話よ。トレーラーハウスと自家発電車がついて、人工心肺、X線、酸素吸入器、付き添いの子どものデズニー映画のプロジェクターまで、どんな患者でも現地で外科手術できる機材持っているそうよ。自衛隊みたいなでっかい奴。住み込みで外科、内科全て機材持ち込んで治療するんだって。今は一室で仮設診察室を作っているらしい。)

まるでマンガの中の医者だな。

(人はこう呼ぶわ。“女ブラックチャック”と。治療費は法外で、患者のどんな要望も聞くそうよ。無免許ではないそうだけど。)

(たとえば?)

(安楽死なんかも引き受けるって話よ。痕跡が残らないんだって。金のためなら何でもやるそうよ。依頼があれば、今朝のごみ出しだってやるんだって。すごいでしょ?毒薬にも精通してるんだって。怖いでしょ?)

今朝のごみ出しはギャグだろ?でも闇の医者ならこんな言い方するわけだ。ドキドキしてきた。

(心臓のバイパス手術から指の深爪治療まで何でも見るわ。あんたも診てもらえば?たとえば脳の移植とか)

(それ、うそやろ!)

智美の説明は時々こけそうになる。頼むから緊張感持ってくれ!

これから起きる連続殺人事件を予感させることはなかった。ただ番組の収録の頭しかなかったロケ隊が、思いもよらないスクープをカメラに収めることになる。正田はその凄惨な現場のレポートをすることになるが、今は全く感じることはなかった。


ひとまずロケ隊は八代邸を出た。八代邸は入り江の奥の高台にある。入り江には深い森が広がっていた。バスが中に進むとハセナンが頭を抱え出した。

「いる・・・何かいる・・・。」

憑かれたように目の焦点が合わない。萌え蔵がギャーギャー騒ぎ出した。それでもしばらくするとおさまってきたのか顔色がよくなった。

「大丈夫!でも重ッ苦しいよ。この森全体に何かいるわ。」

心配そうに見つめる智美に言った。

バスは岬の先端の展望駐車場に来た。ここで全体が見える。

「カメラ、ここの全景をパスでなめて頂戴。それにしてもここは日本の風景か?」

バスを降り城島が指示を出した。何やら怪しい雰囲気がある。曇ってはいるが重いオーラが出ている。森の中に何か建物が点在する。ロケーションがいいので居を構えたと言うが、むしろいいとは言い難い。南房総といえば陽気というイメージだが、今のこの入り江の風景はそれではない。

「曽根君、地図出して・・・。」

皆で覗きこむ。この辺に民家は少なく、海岸線には神社、自然洞窟、双子岩、天然記念物の大杉など自然に関わるものが多い。

「それにしても、不気味な場所だな。スターの保養地というより、心霊スポットというのが似合うぞ。」険しい顔の城島が言う。

米ちゃんの顔色が悪かった。

「米ちゃん、どうした?」

「ひばりの財産をこの入り江に隠したらしいけど・・・」

それは聞いたことがある。何が引っ掛かっているのか。

「けど・・・?」

「彼女は財宝を守る化け物にまもらせているんだ・・・」

突然何を言い出す?この世に化けものなどいるはずはない。ドラゴンはいるけど・・・。米田はオカルト趣味を持っていた。アイドル好きも合わさって、ハセナンとのロケを飛んで喜んでいた。人知れず触ろうとしたのか、萌え蔵のかみついた跡が手にたくさんついていた。そんな米田だからロケ前にネットで調べ尽くしていた。ただ、ネットにその未発表曲の歌詞は載っていなかった。

「またまた、雰囲気悪いからってよそうぜ・・・」

「でも、目撃証言は多いんだ。」

米ちゃんは信じ切っているようだ。

「その財宝、ここらに隠してるわけ?」

正田は少し興味を持った。スターのイメージと反する噂なのだ。私の大事な物を入り江に隠している、というのは聞いている。本人は生きているが、聞いても“否定を”しない。でも、全く教えてもくれない。本当のことを「誰か」にだけ知らせ、残そうと言う感じだ。後は全て胸に秘めたまま旅立とう、という意思を感じられた。

「歌の歌詞にメッセージが書かれてるそうよ。」

智美が付け加えた。まだ見ぬ未発表曲は一体どんな歌詞なのか。飯山の話だと、帰ったらテープを渡してくれるそうだ。さまざまなことが隠されているようだ。

「君たち、そんな出まかせ辞めてくれないか。このロケの雰囲気が悪くなる。」

強がっている城島だったが、手元を見ると震っていた。

ロケ隊はイントロ用の全景とって、すごすごと八代邸に戻った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ