忘れ形見事件編
途中グルメの紹介を撮りながら南房総の八代邸に到着した。
「へ~。この番組、お金持ち!」
ハセナンが八代邸見上げて感心している。番組がお金持ちとはどういうことか。
「何?このおやしろのことじゃないのか?」
もともと豪華ホテルを改造しているのだ。入口は送迎用のエントランス、受付ホールまである、鉄筋コンクリの大きな建物だ。本館別館があり、温水プール、テニスコート、パターゴルフ場も完備だ。個人宅とは思えない作りだ。
それにしても番組の予算をいうハセナンの言っていることがわからない。“八代邸”のことではないのか。
「だってー、今日の“お宿”でしょ?いいとこじゃん。豪華なホテル好きよ。お昼前にねぐら入りなの~?」
やっぱり、話を聞いてない。説明しておかないと、あとあとトラブルになるかも。
「あのさー、ここが目的の八代ひばりの自宅なの。今から密着取材するの。」
個人宅と言うにはでかすぎる。ホテル丸丸買い取っているので信じられないのも無理はない。キャラバンのリーダーとして、まとめにはしる正田だが、
「萌え蔵の好きなタラバガニでるといいね。おじゃましまーす。」
南房総でタラバガニもないものだ。第一、ドラゴンがタラバガニかい!
「ちぇっ!大人から言ってくださいよ。栗太郎さん・・・ひっ!」
栗太郎を見て正田は驚いた。栗太郎見ると、肩から手ぬぐいをかけ、ヒノキの桶に洗面用具を入れている。
「“今一度、命の洗濯致し候!”」
何が命の洗濯だ!これじゃ、温泉客の親父じゃんかよ!接客担当のチーフらしい男性がこちらを見て苦笑いの表情を浮かべている。やれやれ、今度の取材陣は変わっている、とでも言いたげだ。
チェックインカウンターのところで騒いでいるところに、若い男性が近づいてきた。
「STV(サンセットTV)の『人物アクロポリス』のクルーの方々ですか?」
にこやかに来たその男性は名刺を出した。城島が対応する。
「そうです。本日から三日間お世話になります。私がディレクターの城島です。」
周りが騒がしいので少々いらついている。名刺を出す顔色が変わっている。
「あーっ、俺は小学生の引率ですか?もう取材対象にお邪魔しているんだから、みんな、静かに!」
相手は大の大人だが、子供扱いだ。
「あー、また、人を小学生扱いして。失礼しちゃう!」
けんけん、ごうごう、まさに小学生が旅館についたイメージなので、相手の男性も少々バツが悪かった。
「なかなか、賑やかなキャラバンですね・・・私は弟子の泉谷まさし、といいます。」
泉谷まさしといえば、最近八代ひばりの弟子になった弟子のはずだ。おそらく最期の愛弟子になる人物だ。歌唱力は非常に恵まれていて、音感も良く八代ひばりが惚れこんだというのだ。かおも悪くない。イメージもさわやかだ。いずれ大きく売れるだろうという、と世間で言われていた。
(ふーん、あれが泉谷まさしか・・・)
八代ひばりもいいが、この青年もまんざらではない。弟子をとらない八代が可愛がっているというのだ。お昼のワイドショーでそのうち話題となるだろう。他に仕事がないなら、すぐにでもインタビューするが、今日は別の仕事だ。
「はるばるこんな辺鄙な場所に、来られました。お疲れのことでしょう。お部屋を用意させておりますのでお荷物を下ろして、おくつろぎください。」
「いやいや、我々はお構いなく。まずはこの素晴らしいロケーションの紹介ブイ撮りますので・・・。」
城島は挨拶した。
「そうですか。でも、手荷持は下ろされた方がいいでしょう。クラーク!」
そのとき、ホールの喫茶スペースから出てくる者がいた。やせ形でマル眼鏡かけピシッとスーツを着こなして、いかにも業界人のような身なりをしている。
「おうっ、暴れん坊将軍!偶然だな。あんたたちもロケ?」
「へ?暴れん坊将軍?」
おもわず正田が声を出した。
「ほら、吉宗だから・・・」
智美が指をさし説明を入れた。局でのあだ名らしい。イメージにはぴったりだ。もっとも“将軍”は態度だけだが。それにしてもこの業界人は誰だ。城島を知っているということは関係者ということだ。俺は芸能関係者をよく知っている。こいつは・・・
「飯山さん、今日は打ち合わせ?」
「お前も知ってるだろ?未発表曲の出し方きめているんだ。急に本人が出すって言ってきたからよっ!。」
「何かきっかけでもあったんですかね。」
「知らないなぁ。後でテープ聞かせてやるよ。俺たちもお前の番組に組み込まれてんだよ。これが目玉なのさ。」
ああ、思い出した。大手レコード会社ビーべックスの社員だ。未発表曲の供給側か。そして飯山はニヤッとした。
「出回るのは4月だ。お前らだけが聞ける代物だ。」
智美はひそひそ会話する2人を見ながらつぶやく。
「ディレクター、やり手だから結構人脈あるのよ。学校の先輩って話よ。」
帝都大の先輩後輩か。この業界帝都大出身が多いからありうるな。
「今日から三日間の予定で新番組撮るんですよ。」
「ああ、知ってるよ。正田君に奈緒ちゃん、栗太郎さん・・・結構好いメンバーじゃないの?俺が欲しいな。」
悪い感じはしなかった、が・・・
「でもさー、トップが悪いよね。君の方がいいんじゃない?」
やっぱり同じ世界の連中だ。トップとはジョニーのことだ。ジョニーの悪口は影で言ってほしいよな。知ってか知らずかジョニーはマイペースだ。もっとも神経だけは図太いにちがいない。