忘れ形見
そこへロケバスが到着した。よく温泉送迎に使われる小型のバスだ。
「お待たせしました。」
ヤスオがヘラッと笑ってでてきた。
「それじゃ・・・」
トリオが乗り込もうとした。
「まだ、ダメですよ・・・」
パンと制止した言葉の主は顔立ちりりしく、目つきが鋭いやせ形の男だ。びしっと髪型を整えている。(城島だ・・・)スッとバスから降りてきた。スタッフジャンパーだが、ネクタイをつけ、管理職と言って差し支えない。
「えーっ?ここはインサート無しだから収録しないとプロデューサーが・・・」
気弱なヤスオがジョニーの言葉を代弁した。プロデューサーが演出に口はさむのは、初回のこだわりなのだが、それを聞いた城島は
「君たち、俺が演出担当者だ。それに、あのプロデューサーは演出がわかってない。このシーンは番組のカカリなのだ。俺の指示にしたがってもらう。エキストラカット撮るぞ!」
(オイオイッ、爆弾発言だぞ。露骨にプロデューサー批判じゃねぇのか?)
「な~に?この人。偉そう!」
後ろでメイクの智美がぼやいている。
「番組の最初はロケ隊の出発シーンから入る。映像の収録をする。」
「でも・・・予定が・・・」
ヤスオは指示と違うので食い下がったが城島は強気だ。
「いいのだよ。俺がディレクターだ。演出担当が言えば通る。“おれの番組は”美しくなければならない。」
自分に自信を持っているのだろうが、自信過剰だ。「俺の仕事」ならわかるが、誰の番組だよ。どうやら二重構造になっているようだ。ロケ隊はジョニーのコントロール下には無いようだ。
フーム
城島がなにやら皆をじろじろ見ている。
(いやらしい奴だな。)
「なんとも彼らしい人選だな。俺的な絵にするのは難しいな・・・」
それを聞いたトリオの表情は一気に変わった。誰もあんたのためにいるわけじゃない。前々から噂には聞いていたが不遜な態度は有名だ。俺たちを何だと思ってるんだ?
(祓らっちゃおうか?)
(“ワシは長い物にまかれるような生き方しとうないき!”)
ハセナンが正田の袖をひっぱり、ひそひそ言葉をかけてきた。こいつに祓われたらこの世から消されるだろう。芸能界から消されるとはわけが違う。
(相手は生身の人間だ。やめときなさい・・・)
誰が聞いても頭に来るような挑発的な発言だ。でも過激なのもいけない。この手のディレクターは多い。こんな程度でやけを起こす正田ではない。任せな、とばかりハセナンの手をほどく。
「それならそれでいいよ。こちらの栗太郎さんやる気だし。本当に準備がいいよな。なあ、みんな。」
「望むところだぜよ!」
どうもこのお坊ちゃんはわかってないようだ。軽いとはいえ皆売れっ子のレベルだ。視聴率の関係ないこのディレクターに、それが理解できないらしい。映像の色を決めるのは俺だ。あんたじゃない。
「じゃあ、ここで一発もらうよ!米ちゃん、ヤスオ!よろしく!」
掛け声は正田の方が悦に入っている。現場は慣れっこだ。レポーターという種族はハプニングを好む。一気に収録の準備を整えた。手際の良さにこのディレクターも口がはさめない。
「……」
ライトいかして、カメラが手持ちでスタンバイした。正田はマイク片手にスタンバイした。米ちゃんのキューの合図に撮影が始まる。
「本日始まりました『人物アクロポリス』で探検の扉が開かれました。今からの探検の前の意気込みを聞きたいと思います。まず奈緒ちゃんから・・・」
ちょうどいい程度のフレンドリーの雰囲気で入る。
「うっす!どんな怪物でも負けないぞ!行くぞ、萌えぞぉー!」
「やや、勘違いしてますが、本気度はびんびんに伝わってきます。」
アドリブでも全然びくともしない。百戦錬磨の突撃レポーターだ。
「どの社会にも偉人はいつも存在します。激動の時代において時代を動かす方位針です。さあ、今からアクロポリスの丘に姿を現すのは、どんな人物でしょうか。時代の偉人を見つめ続けるなりきり侍の栗太郎さん、もとい、坂本龍馬さん、意気込みを一言お願いします。」
「“自分が成し遂げる物とは何ながか、今探さんと私は一生見てけられませんき!”ワシもわくわくしちょるよ。」
「こういう時、偉人の引用は説得力があります。今からの道は世紀の発見の連続か、はたまたしっとりとした人間再発見か!このメンバーでお送りします。では、せーの!」
みんなで
「いってきまーすっ!」
と手を振りつつ、バスに入って行った。出発シーンはこんなもんでしょ?
「ディレクター、OK?」
もちろんなんの打ち合わせもなく撮影した。ぽかんとしていた城島だが
「ああ・・・OK・・・」
あれだけケチ付けても、具体的にはイメージはなかった。ネガティブな言葉に支配されていたのだろう。褒め言葉は全く出ない。完璧なので一発OKだ。それぞれプロだ。本気なら自然と息が合い、OK映像にしてしまう。
「そうだな、ロケバスの移動にロケーションの説明付けますか?ねぇ、ディレクター?」
正田が矢継ぎ早に言いだすので、城島は少々遅れ気味になった。
(オッケー、流れは掴んだよ。)
「OKだってさー、バス転がす間に、米ちゃん、カメラよろしく!アクアラインのSAのショットも拾っておこうか?」
次々勝手に進める。やはり、正田とは役者が違う。なにやら不満を口ごもっているが、そんなの外っておけばいい。主導権とっておけばこちらのものだ。