忘れ形見事件編
マスコミ探偵三部作のうち、本格推理小説です。正田剛が探偵ですが、「闇の法廷『ケルベロス』」では人情殺人犯人と、正反対の役目をします。
手だけのイメージショット。ここはどこかのマンションの一室のようだ。柔らかい日差しの一方、コントラストのはっきりした手だけが動いている。手は男性のようだ。その下には「世紀の歌姫の未発表曲にまつわる、巨大財産のありか?」の見出しの躍る今週の芸能ゴリラが置いてあった。
年が明けて、いよいよ人物アクロポリスの収録が始まった。
注目の第一回は伝説の歌姫・八代ひばりだ。彼女は高度成長期の国民的歌手だった。引退して千葉の豪邸に引退していると言われていたが、この度未発表曲を公表すると言っている。話題は尽きないが、本人は歌えなかった。なぜなら末期がんに侵されているということだった。しかし、そんな中なぜ発表するのか、ネットでも話題となった。巨額の財産の隠し場所が書かれており、国民的スターの資産を永遠に閉ざしておく、という者まで現れた。というのも、彼女の弟は罪を犯し、服役していた。そんな弟に振り回され、波乱万丈の人生になっていた。夫は他界し、息子はいるが、忙しすぎた身の上のため親子の情が薄いということだった。幼少のころから歌を歌い、八代ひばりは八代ひばりとしか生きられなかった。人生は波乱万丈、芸のため、自分の人生などなかった。なにより、公の物を信用しなかったそうだ。だから銀行などに預けないという噂だ。もっぱら現代の埋蔵金のような騒動となった。半世紀にわたり世に君臨してきたスターだ。それだけ儲けていたし、誰から見ても天文学的な財産がある者と思われた。彼女は財産に対して、公に預けようとしなかった。波乱万丈の人生がそうさせていたのかもしれない。誰にも本当の信頼を置くことはなかった。
しかも、その未発表曲には「私の一番大切なもの」をにおわせる言葉や、財宝のありかのようなクダリがあると言うのが、一番の根拠だ。数年前にレコーディングされていたと言った。作曲は著名な作曲家の故・遠藤泰山、作詞八代ひばり自身だ。作曲家は超一流で、本人が作詞なので作詞に何かメッセージを入れることに信憑性があった。見た目辞世の句と言えなくもない。仕事にささげたスターの人生の終幕のような曲というのだ。末期がんでもう命は幾ばくも無い。今は有名な医者をそばに置いているそうだ。人生の終わりを悟って発表した遺曲。まさにそのものであった。
サンセットTVではロケ隊が編成されていた。チーフ・レポーターは正田剛、レギュラー・ハンターは長谷川奈緒と栗太郎だ。ディレクターは城島吉宗、音声、カメラは米田慶介、照明は曽根康夫という面々だ。メイクに井川智美が入っている。そりゃ、ハセナンにメイク係が必要だろう。ロケ隊は7人構成だ。今回のロケでは三日ほど八代邸に泊り込む予定だ。確かそこには大勢の関係者もいるようだ。
八代邸は小説でよくあるような、お城のような洋館ではない。もっとすごいのだ。実はロケーションが気に入って、入り江のそばの豪華ホテル一棟を買い取っていた。「あれだけの歌手だ・・・」妙に納得する。本館別館があり、5階建てのそれは全室百ぐらいの部屋がある。全ての設備は当然豪華で、露天風呂ほかいくつもの風呂、豪華レストランなど、もともと高級の大人数向けでこれだけの人数がお邪魔しても何の支障もない。一部は記念館のお客用に営業をしているそうだ。だから、今回のロケのメンバーは全て個室に泊まることになっていた。“まくら”の手配は自動的だった。
なぜ、これだけの設備かというと、彼女の性格ではなく、財産管理会社やら入っていたり、多くのお客人が出入りするためだ。当然八代ひばり記念館の来客用のホテルでもある。辺鄙なこんな場所に来るお客様に泊まってもらうためだ。この買い取ったホテルのスイートが彼女の“部屋”だった。相手はそんなセレブ以上の金持だった。
「米ちゃんとヤスオはいいけど、この城島ってなんだい?」
メンバーを見て正田が言う。米ちゃんはちょっと太めでパーマをかけている。少々あか抜けない中年だ。ヤスオは30歳ぐらいの気が小さい優男風だ。米ちゃんとヤスオともに、よくロケ隊を組み良く知った仲だ。城島といえば超一流の帝都大出身で局に入った、製作サイドのエリートだ。こいつはおれたちと違って高学歴でスポーツ万能で、TVマンというより番組の編成管理が最も似合いそうだが、非の打ちどころのないタイプだ。ちょっと鼻につく。高学歴の多いTV局の中で、未来のエグゼクティブ・プロデューサー候補だ。まだ三十歳というから驚く。局内の噂は聞いたことがある。出世エスカレーターに乗って、不遜な態度で有名な男だ。
(こいつと一緒なのかよ。)
この「人物アクロポリス」のアンバランスさが良く出ている人事だった。当日の集合は局裏に午前八時。正田は局の裏口でロケバスを一人で待っていた。他はまだ来ていなかった。そこにロケバスにスタッフが迎えに来るとのことだった。そこへトリオの残りがやってきた。向こうから長谷川奈緒、通称ハセナンと、なりきり侍・栗太郎がやってきた。どうやら、電車で来たらしい。栗太郎はすでに坂本龍馬になっていた。
(おいおい、あの恰好で電車乗ってきたのかよ)
気の早すぎる演出にあきれた。ここでの収録はないということだった。
「剛君!早いね。」
ハセナンが覗きこんできた。右腕には彼女のペットのドラゴンの幼生「萌え蔵」を連れている。レッスンで覚えたという、「スパーク・トルネード」という電撃魔法はなんの為に覚えたのだろうか。本気で使ったら大惨事だ。この娘のオーディションは伝説だ。歴代のホワイトチョコの中で、火炎魔法使って審査員のかつらを焦がした奴は初めてだ。オーディションで最後までドキドキさせたと、今も語り継がれている。心臓に悪いけど・・・。審査員は心臓の健康を考えるほどどきどきしたそうだ。
見た目、萌えキャラのようだが、実はとんでもなく「危険人物」なのかもしれない。くりくりの柴色の目にはねた濃紺の髪の毛。ダブルの黄色のリボン。萌え絵でも見ているかのようだ。非現実的な人物だ。これが巫女ユニット「祓SHOW!(ハラショー)」で踊って、萌え蔵がガチの火炎演出するのだ。カメラが熱で壊れることがあるらしい。
移動なのでカジュアルの装いだ。彼女はこのドラゴンを高尾山のハイキング中に拾ってきたと言うが、定かではない。霊感は半端じゃない。夏の怪談番組で、墓場の収録で必要以上に幽霊だして、クルーがみな気絶しちゃったと言う逸話もある。
(犬の子じゃあるまいし。しかも日本原産かよ・・・)
時折火を吐くので消防法的にはよろしくない。行く先々で火のトラブルが巻き起こる。ペット同伴のコテージでも断られたことがあるそうだ。憑き物で活躍する以外、タバコのライター程度の役にしかたたないし、タバコを吸わない剛には無用の長物だ。最強の番犬(竜?)は認めるところだが・・・。
(ファンタジーかよ)
現実世界の完全な異物だ。この娘のことだから、これを仕事とは思ってないだろう。
「剛君、おやつ、いくら分持ってきた?三百円までだぞー。」
いやいや本当に何しに来たんでしょうか。隣には栗太郎がいる。
「わしのお菓子は土佐名物芋ケンピやき!」
「あの~、カメラありませんけど・・・別に役作りしなくても・・・」
なりきり侍の栗太郎が役のまま口をはさむ。すでに衣装とかつらでメイクアップしている。誰も見ていないのに少しうっとおしい会話だ。芸の一つに、
「お主のギャグは滑ったぞ!腹を切れ!」時折腰の日本刀で切りつける、というのがある。もちろん刀は全部にせものだ。
「いつもトップギヤが、あしの心構えだぜよ。“惚れずに物事ができるか!”」
「はいはい、龍馬さんの名言ね。でもさー、栗太郎さん、埼玉出身でしょ。標準語で話した方が。」
「言ってはならんことをっ!それがなんだと言うんだ?“世の人は我をなんともいはばいへ。我がなすことはわれのみぞ知る。”」
それほどのことかい?手からカンペ覗いちょるよ。武将の口マネも芸の一つだ。このお笑い芸人は歴女という歴史好きの女性をターゲットにしているそうだが、そうなら英傑っぽい演出した方がいいのではないか?本人は英傑のつもりだが、どう見てもお笑い路線だ。意外と武将ブームに乗って、結構売れていた。