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愛し、かなし、恋し。  作者: 紀璃人
新しくできた”ともだち”
9/9

第九話 覚の目


「…はぁ……はぁ……。見つかった?」

「ダメ、どこにもいなかったよぉ…」

「こいし……どこいったんだい……?」

 ヤマメとキスメは手分けしてこいしを探しに旧都を走りまわった。しかし、その姿をおろか、目撃情報すらさっぱり、という具合だった。そうして再び地霊殿前の橋に集まった二人は乱れた息もそのままに雨が降り注ぐ空を見上げる。

「……ヤマメ、ちょっといい?」

「ふぅ……どうしたの…?」

「勇儀さんは…どうして捕まえようとしてるのかな……。会うだけでもいいのに……」

 それが二人の共通の疑問でもあった。勇儀はむりやりにでもこいしをさとりに会わせようとしている。なぜ、そんなにも強硬路線をとるのか、そこがわからないのだ。さっきまで少し弱まっていた雨は、また勢いを取り戻しつつあった。空を見上げる二人の目に雨が入りそうになって、二人は旧都の方に視線を向けた。閑散とした、人気のない旧都のメインストリートと広場に放置された御座。流れの勢いを増し、あふれるのも時間の問題に思える川。二人には旧都全体が泣いているように見えた。

「……そう、だねぇ……。あたしにゃあ分からないよ……。これは、問いただすしか、ないかね……?」

「無理はしないでね……?」

「まぁ、何とかなるよ。キスメはもう一回探してきてくれるかい?」

「うん、まかせて」

 小さく健気に微笑むと、再び裏通りへと姿を消していく。着替えるように言ったほうが良かったかな?と思いつつもヤマメは地霊殿へと歩を進めた。


*****


「すみませーん……」

 ヤマメは地霊殿の玄関から顔を出して控えめに呼びかける。が、反応はない。中の様子は先ほどと変わらないはずなのに、どこか薄暗く見えた。背後から吹きつける冷たい風に身震い一つ、玄関に入って扉を閉める。と、やはり暖かい空気に包まれて、体との温度差から奇妙なむず痒さが走った。

「すみませーん。入りますよー?」

 もう一度少し大きめな声で呼びかけても反応が無いと見ると、ヤマメはゆっくりと応接間に向かう。


―コン、コン―


「失礼しまーす」

 ノックをしてから応接間に体を滑り込ませる。が、しかしそこに目当ての人影はいなかった。それどころか、さとりさえも。無人の応接間には薪の爆ぜる音と外から微かに聞こえる雨の音だけが響いていた。まるで生活していた人々だけを残して全てが消えてしまった様な感覚に陥る。そこでふと、あることに気がついた。

(最後にあったのは…キスメ。その前に誰かに会った?いや、誰も見ていない…。あたしがこいしを見失ってから”キスメ以外を見ていない”……?)

 ヤマメの脳裏に嫌な空想が広がる。”人々の消えた地底”。もしや、消えたのは自分たちの方なのではないか。という仮説が首をもたげる。それ程にまで嫌な不安感がヤマメの心を覆っていた。

「だれも、いない?」

「……どちら?」

 が、それは背後からの声によって否定された。ヤマメは内心で意味もわからず安堵しながら振り返る。と、そこに居たのは見違えた姿のさとりだった。


*****


 ことり、と目の前に珈琲が出される。ヤマメは小さく礼をして口をつけたが、広がるのはいささか強すぎる苦味だった。

「今日は、どんなご用で?」

「あ、はい。……えっと、勇儀さんがいると聞いて来たのですが」

 さすがに「さっきまでそこで立ち聞きしていた」などと言えるはずもなく、ぼかした言い方になったが目的を再確認しつつ伝える。一方のさとりはと言うと、どこか無機質な表情でぼぅっと聞いていた。いや、座っていた。

「勇儀さんでしたら、お帰りになりましたよ」

「そう…みたいですね。あと、あなたにもいくつか聞きたい事があるんですけど、いいですか?」

「えぇ、なんでしょう」

 ヤマメは不思議な感覚をおぼえつつさとりを見る。珈琲を口に運ぶ姿は記憶にあるさとりの姿と合致しているようにも見えたが、どうにも違和感が拭えない。ふと、話を振っておきながら別の思考が頭を埋めていく。

(なんだ?なんなんだい、この違和感は。まるで機械を相手にしているみたいじゃないか。いや、それ以上に何かが足りない…)

「どうされました?」

 さとりはそう言って首を小さくかしげた。が、顔はピクリとも動いていない。まるで、人形のように……。ヤマメはまた違和感について考えそうに成るのを振り払って本題に入ることにした。

「あ、いえ。……なんでもないです。それで、質問なんですが」

「えぇ」

「――こいしは、最近どうしています?」

 ピクリ、と眉が動いた。目がゆっくりとこちらを捉えて懐疑の視線をぶつけてくる。その二つの瞳は純粋に「なぜ」と問いかけて来ている。ヤマメは少々気圧されつつ、まるで言い訳をするように補足を加えた。

「いえ、最近何度か見かける様になっていたんですが、ついさっき見た時にひどく落ち込んでいる様子だったので……」

「そうですか……。それで、なぜ私に?」

「え?」

「ですから、どうして私にこいしの事を聞くのです?」

 再び訪れる違和感。その二つの瞳はふざけている様子もなければ皮肉を言っているようにも見えなくて、本当に何故聞かれているのかが分からないようだった。

「なんでって……」

「……」

「いえ、いいです。……ところで、最後にこいしに会ったのは?」

「いつ……だったかしら……。うんと昔だったんじゃないでしょうか。忘れてしまいました」

 そう言って”膝に乗せた第三の瞳”を撫でるさとり。ヤマメはそこで気がついた。いや、気がついてしまった。

(第三の瞳がこっちを見ていないじゃないか。それどころか力なく横たわっているなんて……。こんなの初めて見る……。そうだよ、向けられる瞳が足りないんだ、それと心を覗かれる感覚も)

 驚愕の後に残ったのは異様な焦燥感。このままではいけない。そう、何かが警鐘を鳴らしている。

「なにか……悩み事とかがあるんじゃないですか……?」

「なぜです?」

「なんというか……勘です」

 そう嘘をついた。つかざるを得なかった。今思えば覚であるさとりが質問の答えを求めるという事自体も特異だった。質問をすれば後は心を読むだけでいいはずなのだから。それに、先程からいくつか嘘やごまかしをしているのに反応がないのもおかしかった。

「悩み事……ですか……」

「はい。悩み事です」

「強いて言えば、今まで気にも止めなかった事が気になったり、心当たりの無いことで心配される。と言ったことですかね……。でも、基本的にはあまり変わりませんよ」

 そう言って一口珈琲を啜る。疲れた様子の視線を揺らぐ水面に移しながらさとりは一つため息をついた。ヤマメは内心で「嘘。だろうね」とひっそりと呟いた。

「……その隈はどうしたんですか?」

「……最近、読書にハマってしまいまして。……そう、読書です。ここ数日は徹夜で読みふけってるんです。いけないとは思っているんですけどね……」

(また嘘。だろうねぇ。そんなに面白いなら、もう少し生き生きと喋るでしょうが、普通。そんなに辛そうに趣味を話す奴なんていないよ、悪いけど。……あらかた心労で眠れないんだろうね)

 自分に言い聞かせるように話すさとりに対して、再び内心で毒づく。それが聞こえている様子もない。これはいよいよ危ないかも知れない。そう、思ったヤマメはそろそろ切り上げることにした。

「そう、ですか。今度、おすすめ教えて下さいね」

「えぇ、全部読んだら、一押しを」

「それじゃあ、私はこれで。貴重な時間を割かせてしまってすいませんでした」

「いえ、お話出来て楽しかったですよ?」

 そう言ってさとりは口元だけで、小さく微笑んだ。ほんの一瞬だったけれども。ヤマメは最後にもう一度別れの言葉を告げてから地霊殿を後にした。

 旧都に降り注ぐ雨は、少しだけ弱くなっていた。


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