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愛し、かなし、恋し。  作者: 紀璃人
新しくできた”ともだち”
8/9

第八話 危機的、姉妹


「いやー濡れた濡れた」

「結局濡れちゃったね…。タオル持ってくるよ」

「ありがと、こいしちゃん。でもこの葉っぱの傘がなかったらもっと大変だったかも」

「まぁ、無いよりマシって程度だったけどねー」

 三人は地霊殿の玄関前にたどり着いた。葉っぱの傘は雨を凌ぐのに効果を発揮したものの、雨の勢いと風圧でちぎれて結局最後には意味をなさなくなってしまった。こいしが先導して忍びこむように三人は地霊殿の中に足を踏み入れる。中は適度に暖かく、ほんのりと明るい程度の照明に照らされていた。

「それじゃあ、タオル取ってくるからそこで――」

『――という方向で旧都は動いていく方針なんだ』

 こいしが廊下に上がり、応接室の前を通った時に中から”勇儀の声が聞こえた”。今思えば、誰もいないはずなのに明かりが点いていて、中が適温になっているというのはおかしいではないか。ヤマメ達もそれに気がついた様でゆっくりとこいしのそばに歩み寄った。こいしは応接室の扉をじっと見つめている。

「ヤマメ…」

「こいし…。焦ることはないよ、出なおそう」

「…ううん、私、逃げ…ないよ…。だから…」

 こいしはそこで言葉を区切ると応接室の扉に歩み寄った。その時勇儀の声のトーンが少し下がった。それはどこか重々しく響く声音で、鬼であるが故の威圧感を感じさせた。恐らく勇儀にそのつもりは無いのだろうが。

『で、だ。お前さんの妹の話だが』

『…えぇ』

 話が自分のことになった瞬間にこいしの体がビクッと反応して、自分の意思で動けなくなる。こいしは目を少し伏せて、手が震えていた。ヤマメはその手をしっかりと握って優しく声をかけた。

「大丈夫、大丈夫だから」

「こいしちゃん、私達がいるから。ね?」

「………」

 こいしはかろうじて小さく頷いた。扉の向こうに本人が居るとも知らず、応接室では勇儀の「報告」が進んでいく。

『この前から何度か見かけては居るんだが、どうにも捕まえられなくてな』

『………』

『今度こそ捕まえて、話し合いをしてみるさ。うまく行けばお前さんにあわせてやれるかもしれない』

『………』

 勇儀がどこか悔しい様な、不機嫌な声で淡々と報告をする一方で、さとりは一言も発しようとはしなかった。

「…いや……」

「こいしちゃん…」

「もう、嫌われ…ちゃった…のかな……」

「こいし、落ち着いて。きっと何か理由が――」

「嫌だよ…捕まりたくない…」

「こいし…っ!」

「嫌…ッ!」

 こいしは無意識に潜り込んだのか二人の視界から消え失せ、ヤマメの手を振りほどいて行方をくらませてしまった。直後、バタン!と玄関の扉が閉まる音が廊下に響き渡る。

「………」

「ヤマメ、追いかけよう。こいしちゃんの事、ほっとけないよ」

「そう…だね……。今なら間に合うかもしれない。急ぐよ…!」

 二人はこいしを追うように地霊殿を飛び出した。


*****


「だからお前さんは少し休みな。隈が酷いからね」

「あの…」

「うん?」

「手荒な真似は、しないでください」

「私は、お前さんが見てられなくて。なんとかしてやりたいだけで――」

「そんなに急がなくても、ここはあの子の家ですから」

 そういうさとりは勇儀の言葉通りに、くっきりとした隈を作っており、声も細々としていた。人によっては「疲れている」と言うよりも「弱っている」という印象を受けそうな具合だった。


―バタン!―


 直後大きな音が玄関の方から聞こえてきた。先ほどこいしが飛び出した音だ。それを聞いたさとりは弱々しく微笑んだ。

「ほら、あの子は私に姿を見せないだけで、帰ってきてくれては居るんです」

「お前さん、大丈夫かい?」

「最近暇なもので。手伝わなければならない書類はありませんか?」

 さとりは勇儀の言葉など聞こえていないかのように淡々と言葉を紡いでいく。視点は卓上のコーヒーカップに固定されたままで、その目にはまるで生気が宿っておらず、光を失っているように見えた。

「本当に休んだ方が――」

「次の会議はいつにしましょうか。やはり多くの意見を取り入れるために――」

「さとりッ!!」

「………」

 勇儀は壊れた人形のように生気のない笑みを貼りつけて話すさとりを一喝した。するとさとりの目に多少の生気と光が戻ってくる。コーヒーカップ一点を見つめていたさとりは勇儀の方へゆっくりと視線を向ける。が、未だに焦点がしっかりとはしていないようだ。

「休んだ方がいい。いや、休みな」

「……一体、なにを」

「これは提案じゃないよ」

「………」

「お前さん、自分で思ってるよりは、数倍こたえてるんだよ、傍から見てると」

「…そんなまさか」

「鬼の私が、嘘を付いていると。そういうのかい?」

 勇儀はさとりの目をまっすぐみて問いかける。それでも手応えの無い様子で見つめ返すだけだった。果たしてさとりの目は、勇儀を捉えているのかまるで分からなかった。勇儀はまるで糠に釘を打つかのような感覚に陥った。

「…それじゃあ、私はここいらでお暇させていただくよ」

「また、いらっしゃってください」

「…あぁ、近いうちにね」

 勇儀はそう残すと地霊殿をあとにした。すると、直後に勇儀と入れ替わるようにお燐が応接間へと転がり込んできた。

「さとり様!今、こいし様が――」

「こいしが地霊殿ここにいたんでしょう?」

 珈琲を啜りながら淡々と受け流すさとりに違和感を覚えつつお燐は報告を続けることにした。

「え、えぇ。それで走ってどこかに行ってしまいました」

「そう…。きっとそのうち戻ってくるわ」

「でも……。こいし様、泣いてました……」

「………そう…」

 さとりの吐息にも似た呟きを最後に静寂が訪れる。お燐は元気なく垂れた耳と雨が滴る尻尾にむず痒いものを感じつつ、さとりの反応を待つ。雨が窓を叩く音だけが応接間に響いていた。


―さあぁぁぁぁ…―


「………」

「………」

「あの――」

「お燐、下がっていいわ。ちょっと、休んでくるから」

「さとり様…」

 さとりはお燐の呼びかけに振り返ったが、お燐はなんと声をかけたらいいか分からず、「なんでもないです。ゆっくりお休みになってください」とさとりを見送った。

 一方のさとりは自室にやってくるなり、自らを激しく責め立てていた。先ほどの会話をこいしは聞いていたのではないか。自分が黙ってしまったことでこいしを傷つけてしまったのではないか。

 椅子に体を預けたまま自分の行動を見返して、それを自ら叱責する。そうしてまたしても心の休まらない、ベッドに行っても眠れない日々が続いていくのだ。これももう、当たり前になってしまった。

(どうしてかしら、今までは気にもならなかったのに。姿は視えなくとも、存在を感じるだけで安心していたのに。どうしてこんなにも会えないことで私は…。分からない、全くわからない…。心が……分からないわ………)

 さとりは机に突っ伏すと乾いた目をゆっくりと閉じて心の涙を流した。

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