表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

運命の時

作者: えみ

 別にきらきら輝いていたとか、以前どこかで出会ったことがある気がしたとか、そんなかっこいいもんじゃない。僕はそういう目に見えないものは、まるっきり信じないタイプの人間だったし、ドラマとか映画を見ていて、そういうシーンが出てくると、ものすごく不快に感じていたくらいだ。だから初めて君にあった時は、すごく戸惑ってしまった。あと、少し不健康そうな顔色をしているなとも思ってしまったんだ。ごめん。今になっても、それだけは君に話せないでいる。

 君との出会いは僕の家の近くのコンビニでだったね。僕はまだ学生で、親からこずかいを貰っている身分なので、コンビニなんて高級な場所にはなかなか行かない。普段はもう少し先にあるディスカウントストアを利用している。だから、僕の家庭が裕福でコンビニを頻繁に利用できる環境にあったのなら、僕はもっと早くに君に出会えていたんじゃないかと思うんだ。そんなこというと君は「そのままのあなただから好きになったのよ」と言ってくれるに違いない。

 

その日はすごくすごく寒い日だった。朝から雪が降っていて歩道にはうっすらと雪が積もり始めていた。学校が休みだった僕は居間で兄とテレビを見ていると、「ジュースが飲みたい」という話題になった。だけど外は凍てつくように寒い。どちらもこんな日に外になんか出たくない。ということで、じゃんけんで負けた方が買い出しに行くことになり、僕があっさり負けてしまった。コートに手袋と完全防備で外に出たけど、僕の想像をはるかに超える寒さに、僕は震え上がった。早く買って帰ろう。もう、コンビニでいいや。しかたなく僕はコンビニにへと向かった。

 店内に入ると僕はドリンク売場へ向かい、お目当てのジュースを取ると、すぐにレジに並んだ。店内は寒さのせいもあってか客は少ない。いや、コンビニだとこれくらいの人数が普通なのかもしれない。僕の前に作業着を着ている男の人が会計をしていた。僕は所在なく辺りを見回した。

 その時だった。君を見つけたのは。レジの中央に置かれた蒸し器の中に君はいた。白い奴らに紛れて、黄色い異彩を放っていた君にくぎ付けになった。あの時の衝撃は今でも忘れない。心臓が耳元までせりあがってきたくらいに大きな鼓動がした。レジのおばちゃんが何度も僕を呼んでいたのにまったく気付かなかった。不審に思った店長が僕の横へ来て「レジ空いてますよ」

 と、声をかけてくれて、やっと現実の世界に引き戻されたんだ。レジにジュースを置くと、僕はすかさず、君を指名した。

「カレーまん下さい」


 

 それからどうやって帰ったのか覚えていない。気がつくと家の前で、僕は君が入っていたであろう、空の紙を右手に握りしめていた。口の中がまだ熱い。胃の中からも君のぬくもりをまだ感じることが出来た。だけど、その時、僕はとても幸せな気持ちになれたんだ。

 それからの僕は君の事で頭がいっぱいになった。母さんに「夕食、何食べたい?」と聞かれても「カレーまん」って答えたし、卒業文集の「将来の夢」にもカレーまんと記入した。僕が恋の病に冒されてるのはすぐに周囲に知られ、母さんが担任から学校に呼び出されたこともあったんだよ。それでも僕の君に対する気持ちは衰えるどころか、どんどん高まっていくばかり。おこずかいはすべて君に捧げたし、コンビニの店長は僕の熱い気持ちを理解してくれていて、僕がコンビニに行くと、何も言わなくても、君を包んでくれるようにまでなった。みんなが僕たちのことを祝福してくれていると思っていた。

 だけど、僕の両親は君との関係を許さなかった。僕が君に夢中になりすぎて、栄養失調になったのを皮切りに、僕が「カレーまん」と口にすると表情が一変した。精神科に連れて行き、母は

 「そんなに私の作るご飯が不味いの?」

 と泣きながら料理教室に通った。

 また、父さんは休みの日には僕を「全国B級グルメ市」に連れて行ったり、夜明けから車を走らせ釣りに出かけたりした。そして、釣ったばかりの魚を串にさして焼き、

「どうだ、自分で釣った魚は格別だろ」

 と笑った。


 違う! 父さんも母さんも、僕のことを全然分かってくれていない!

 理屈じゃないんだ。言葉では上手く伝えられないけど、僕にとってはそんなもの、なんの意味も持たないんだ。

 出会ってしまったんだよ。運命なんだよ。誰にも僕の気持を止められないんだ!

 僕は一生君と生きていく。




 ・・・そう思っていた。あの時までは。君のためなら、このまま栄養失調で死んでもいいとさえ思っていたんだ。季節が冬から春へと変わり、君と遠距離になってしまっても、僕は君を思い続けた。君とまた出会うために、レベルアップした母さんの手料理も食べたし、父さんのデパ地下廻りにも付き合った。君のいないコンビニには行く理由もなくて、ただ前を通り過ぎるだけだったけど、その度に僕の胃袋が君の暖かさを思い起こさせてくれていた。


 だけど、僕は気づいてしまった。人の心は変わってしまうんだね。それもある日突然に。僕の初恋は次の冬を待たずして終わりを迎えた。父さんに連れられて行った、2度目の「全国B級グルメ市」で。

 君との出会いは神様がくれた贈り物だと今でも思っている。月日は廻り中学生になった僕だけど、あの気持は忘れない。またどこかで偶然、君に逢えたならきっと笑顔で声をかけよう。「カレーまん下さい」ってね。

その時まで、お別れだ。

僕はあの時の君に夢中になっていたように、今、博多名物の「焼きラーメン」に想いをよせている。まだ始まったばかりだ。僕の気持が本物かどうかを確かめるために、今度の連休に福岡に行ってみようと思う。ダメでもいい。後悔はしない。あの時の君に対してそうであったように、僕は全力でぶつかっていくつもりだ。

それじゃあ、また逢う日まで。


                                   完


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ