閑話・茶の間にて
「いない?」
都心近郊のとある住宅地にその家は、あった。最近では、めずらしい平屋建ての和風建築。だが庭には、洋風のハーブやらが植えられておりどこかちぐはぐな印象を受ける。そんな家の茶の間から低音の女性の声が響く。彼女の家族達には、それが切れる一歩手前だということは、すぐに察せられた。そしてその原因が下の娘だということも。
「ハッターの所に用事があるって出かけたよ。この前の仕事の件で渡す物があるらしい。夕飯までには、帰るそうだよ」
「アルバート。あの子は、停学中なのよ!」
苛立つ女性の問いかけに対してのんきに答える男性。この二人こそ、リリィの両親である。
仕事帰りの母親は、今も黒のスーツを身にまとったままで、反対に父親は、薄い水色のシャツとジーンズ、それに麻のエプロンを着けている。
「英里、ハッターの所に行ったのなんて誰にも分からないさ。それにあの子も反省していたろ?それなのに帰らないってことは、いつものあれじゃないかな?」
夫のその言葉に娘の体質を思い出すと英里の表情は、幾分和らぐ。しかし、それならすぐに帰ってくればいいものを。
そんな母親の考えが読めたのかそれまで沈黙を守っていた人物が声を上げる。
「とりあえず、兄さん達に連絡して姉貴に迎えに行かせたら? 姉さんは、仕事中だから無理だろうし」
「雅樹。自分で行こうとは思わないの?」
「ん? 俺は今、現在進行形でみぃの後始末中。相手が厄介だから今必死に落とし所を模索中」
「あぁ、その問題があったわね」
現在の香月家の懸案事項を思い出し、英里は頭を抱えた。元々、娘が起こした今回の騒動は、正当防衛が認められすぐに決着がつくはずだった。それをあの男は。権力をかさにして自分の嫁によこせと言い出したのだ。あの方が仕事で忙しいのをよいことに。その上、一部の老害共が自分達の利益の為にあの子を貢ぎ物にしようとしているのだ。
「あっ、その手があったか」
「雅樹、何を思いついたの?」
「ん? 一族の利益を取りつつ、みぃを守る方法。こんなのどうよ」
息子の提案を聞いた瞬間、英里はにっと笑うと立ち上がる。
「ちょっと出かけて来るわ」
こうしてリリィの知らぬところで彼女の未来は決まって行くのだった。