二十五年前の真実?
「まず問題の娘と我々の関係ですが、あれは妹です。実はサイラスの下に四人程弟妹がおりまして、あれは三人いる妹の一番下です」
エヴァンスがそう言った途端、奥の寝室から大きな物音が響く。ヴィクトリアがセシルに視線をやるとそのまま奥へと姿を消す。あの音をたてたのはリリィだろう。彼女もまさか侯爵家の秘密をあっさり話すとは思っていなかったに違いない。
「あなたの性格と妹の事ですから、彼女の所属している組織について少しは話を聞いていることでしょう。我々は、父親からあの子の保護を頼まれております」
「ちょっと待て! 前侯爵の命令? それはありえないだろう? それにリリィが末?」
「リリアナは、双子ですので末という訳ではありません。弟が一人いますので」
「いや、そういう事を言っているわけではない。リリィが貴公達のすぐ下の妹なら分かる。前侯爵が亡くなる前に出来た子供ならな。だが、間に他の姉妹がいるとなるとどう計算しても合わないだろう? いくらウィスタリア人の血が濃いとはいえ…………」
「殿下の仰りたい事は、分かります。でも、その父が現在も存命なら不可能ではないと思いませんか?」
エヴァンスの説明にヴィクトリアは、どんどんと混乱していく。前シアン侯爵は、二十五年前に起きた戦争で命を落としている。その事が今もシアン領と皇家との間で大きな大きな遺恨として残っている事を身を持って知っているからだ。
そもそもの元凶は、自分の祖父であり前皇帝にある。祖父は一言で言うと好色。若い頃は、その政治手腕によって多くの指示を得ていた。しかし、その一方で彼の無類の女好きは有名で貴族や官僚の間では、妻や娘は家に隠せというのが暗黙の了解だった。
前侯爵は、皇太子であった自分の父と親友であった為に祖父からも信頼されており順調に出世の階を上っていた。そして、父の妹を嫁にもらい三人の子供をもうけることとなる。しかし、侯爵夫人はサイラスを出産後、病で命を落としてしまった。それでも侯爵は、後妻を娶ることなく三人の息子達を育て上げたのである。もちろん、何度か後妻を迎えてはどうかという進めもあったが笑って断っていたという。
転機が訪れたのは、二十五年前。
シアン侯爵領からほど近い他惑星からの侵略が噂に上り始めた頃からだった。表向きは、資源を狙ったものとされていたが、実際はその惑星の王家の姫が侯爵に懸想し婚姻を断られた為らしい。そんな時期に突然侯爵が後妻を娶ると言いだしたのだ。しかも、息子に跡目を譲り隠居すると。
しばらくして侯爵は、その後妻を伴い皇帝に挨拶に来た。そこで事件は起きる。侯爵に伴われた年若い娘にあろうことか祖父が懸想したのだ。
そして祖父は、外交上その結婚を認めるわけにはいかないとし、その娘を自分の後宮に召し上げようとした。もちろん、侯爵が黙って従うはずもなくそのまま娘を連れて侯爵領に戻った。
数ヵ月後、戦争が開戦。しかし、祖父は侯爵の命令違反を理由に皇国軍の派遣を拒否。その結果、前侯爵は、命を落とすことになった。
その侯爵の訃報を聞き、皇国軍の派遣を訴えていた父が祖父を退位に追い込み戦争を終結させたのである。しかし、侯爵領の人々の心には国から見捨てられたことへの怒りと敬愛すべき為政者だった侯爵の死への恨みが残っているのだった。
「義母は、かの組織に属する方。乗組員を全て逃がした後、一人残って敵戦艦に特攻するつもりだった父を殴り飛ばして連れ帰ってくれた」
「父は、その事を知っているのだろうか?」
「戦争終結後に挨拶へ行ったらしい。父を自分の世界へ連れて帰ると。この男をここに置いておくと色々な意味でやっかいだ。仕方ないから自分が貰ってやると」
「仕方ない? 夫人は侯爵との結婚にあまり乗り気では無さそうに聞こえるが?」
ヴィクトリアは、聞いていた話とは違うと思った。侯爵と夫人の悲恋は有名で様々な形で知れ渡っている。舞台や映画、小説などでだ。共通しているのは、二人は相思相愛だという事と夫人の一目惚れで始まった恋だということだった。
「…………父が勝手に執着しただけですので。義母上には、申し訳ないことをしました。あんな若い身空で自分より数倍以上年上の男と結婚しなければいけなくなったのですから」
「アベル、人々の夢を壊すな。…………まぁ、義母上は一人で生きていける方だからな。結婚したのも周囲に子供を婚外子にする気かと泣きつかれたせい…………」
「兄貴、それ以上問題発言するな! とにかく殿下、妹を出してください。リリィは、しばらく家で預かることが決定した…………」
バタン。
サイラスの言葉を遮るように大きな音を立てて奥の扉が明け放たれる。そこに居たのは、興奮して顔を赤らめたリリアナだった。そして、皆の視線が集まる中叫んだ。
「何、べらべらしゃべってるのよ!! てか、何でわたしが兄上達預かりなわけ!?」