シアン三兄弟の訪問
「失礼致します。突然の訪問のご無礼をお許しください、ヴィクトリア殿下」
「いや、驚きはしたが問題ない。それに貴方は私の婚約者だ、そんなに畏まる必要はない」
「ありがとうございます」
目の前で大柄な身体からは想像つかないほど優雅な所作で挨拶をする男。現・シアン侯爵のエヴァンス・ジル・ド・シアンにヴィクトリアは、微笑む。そして、エヴァンスの後方で同じように胸に手を当てて礼を取る男達へと視線をやる。
「アベルにサイラス。貴公達も息災そうで何よりだ」
「殿下もお元気そうで何よりです」
「軍艦には最低限の人員しか乗せておりません。あくまでシアン家の私的な訪問ですので部下達に他意はございません」
「気にするな、サイラス。それにここには私と私に近しい者しかいないのでそんなに畏まる必要はない。いつも通り、話せ」
「なら遠慮なく。よぉ、セシル。元気にしてたか?」
「殿下、お茶の準備が整いました」
「あれ? 無視かよ? ひっでーな、同期の仲間に対して」
「………………侯爵閣下、アベル殿。どうぞ、こちらへ」
サイラスの言葉を完全無視するセシルとそれを気にすることなく彼女に着いて回る彼に思わずトリアは苦笑する。同じように弟を見て苦笑するエヴァンスと目が合った。
「どうぞ、こちらへ」
「はい。サイラス、いい加減にしないか。アベル、連れて来なさい」
「仕方ありませんね」
エヴァンスに命令されたアベルは、後から弟の襟元を掴むとそのまま引きずるように歩いて来た。掴まれた当の本人は、「首がしまる」と叫んでいるがアベルは笑みを浮かべながら無視している。本職の軍人であるサイラスが本気で抵抗すれば簡単に振り払えるだろうから、これは一種の兄弟のコミュニケーションなのだとヴィクトリアは理解する。しかし、ヴィクトリアのその認識を知ったら彼は全力で否定するだろう。そもそも彼がシアン領軍に入るまでは、アベルが軍を統括していたのだ。なので、実力的にはサイラスより上なのである。
「さて、今回の訪問の理由なのですが」
席につくなり本題に入るエヴァンスに、ヴィクトリアは相変わらずだと思う。この男は、侯爵という地位に着きながらも駆け引きと言うの苦手で交渉事も全て真っ向勝負なのだ。その分、弟のアベルが裏で動き周囲が泣くはめになる。そのせいか最近では、シアン領との取引に余計な下心を持つことは死を意味すると行政府ではもっぱらの噂だ。
「こちらに七歳前後の白金の髪と紫紺の瞳を持つ少女が落ちてきたと思いますので、その娘を引き渡して頂きたい」
「エヴァンス。普通、人間が落ちてくることなどないと思うが」
「常識ではそうですが、あの娘に関して常識は通用しません」
「もし、その少女が落ちてきたとして。その少女とシアン家の関係は? 髪と瞳の色からするにシアン侯爵家に連なる者だということは分かるが」
「ここからの話は時が来るまで内密の話にして頂きたいのですが」
そう言って部屋を見渡すエヴァンスに、ヴィクトリアを含めた全ての人間が頷く。それを見てエヴァンスは、語りだしたのだった、自分達と少女の関係を。