閑話・エヴァンスの憂鬱
「ということで、雅ちゃんの保護を頼んだからね」
「父上。せめてどこに落ちたかぐらい教えて下さい。我々は、義母上達のような能力はないのですから」
仕事から帰るなりあちら側との連絡用の姿見が反応した。そこに映った人物を見た途端、反射的に回れ右をしてその場を立ち去りたくなる。勿論、そんな事が許されるわけないのだがと現シアン侯爵であるエヴァンスは重い溜息をつく。
「妹の居場所すらも分からないのか。私の息子は。育て方を間違えたかな」
眉間に皺を寄せて物悲しそうな顔する父親に思わず言いたくなる。「あなたに育てられた覚えはない」と。
「とにかく早く保護するように。それとしばらく雅ちゃんを君に預けるから。いい機会だから御披露目でも何でもやってしまいなさい」
「そうすると父上の事も表沙汰にするしかないのですが」
「あれから二十年以上たったんだ。あいつならきちんと議会や他の侯爵達も掌握しているだろうから問題ないさ。それに堂々とナタリーの墓前を参りたいしな」
「リリアナを預かることに問題はありません。あの子は、こちらで暮したほうがいい。でも、急な話ですね?」
「ちょっと問題があってね。ほとぼりが冷めるまで預かって欲しいんだ。まぁ、あの子も反省しているから。それともうお説教はすんでいるから、これ以上はなしだよ。アベル」
「気づいていましたか。お久しぶりですね、父上」
そう言って現れたのは、エヴァンスのすぐ下の弟のアベルだった。父親によく似た弟は、いつも通り何を考えているか分からない笑みを浮かべている。
「まぁ、父上がそう言うならばお説教は止めておきましょうか。ただ、こちらで生活するからにはそれなりの教育はさせていただきますよ」
「…………別にあの子にマナー教育は必要ないと思うが。小さい頃から教えているからね。ただ、出来るけどやらないってだけで」
「そこが問題なんです。そちらでは普通の少女でいられますがこちらではそうはいかない。隙を見せたら食われるだけです」
「好きにすればいい。じゃあ、頼んだよ」
言いたい事だけ言って姿を消した父に対して思わずため息が出る。それでも頼まれた事は実行しなければならない。エヴァンスは、軍施設に連絡を取ると下の弟に呼び出しをかける。するとすぐに壁にかけてあるスクリーンにその姿が映し出された。
「何か用か? 俺は今すごく忙しいんだけど」
部屋に響く不機嫌な声にエヴァンスとアベルは、思わず顔を見合わせる。楽天的でいつも明るい態度を崩さない弟がめずらしく眉間に皺を寄せているのだ。
「忙しいところすまない。少しいいか」
「兄貴、悪いが今の俺にはやっかい事に首をつっこんでいる余裕はない」
「あぁ、そう言えば来期の予算編成中だったね。だけど、家族に難事がある時に自分だけ無視しようなんてそんな薄情な子に育てた覚えはないよ」
「アベル兄上、俺だってこんな机仕事からさっさと解放されたいんだよ!! それなのにどいつもこいつも金、金、金って」
髪を掻き回し唸る弟を見て同情はするがこれも必要な事なので「頑張りなさい」とだけ声をかけた。しかし、侯爵家にとっては妹の保護が優先事項なので話しを進める。
「リリィがこちらに落ちたみたいでね、保護しろと父上から連絡があった。それとしばらくあの子をこちらで預かることにもなってね。近々、正式なお披露目も行うことになるだろう。だからすみやかにあの子を捕獲もとい保護する必要があるんだ」
「ふーん。じゃあ、親父の事も暴露しちゃんだ。みんな驚くだろうな、かのセラトラムの悲劇の英雄が生きていてちゃっかり新しい奥さんと子供が四人もいますって聞いたら」
「サイラス…………」
「分かってるよ。俺だってリリィは心配だから。今から居場所を探知するから待ってくれ」
「探知?」
「あぁ、どこに落ちるか分からないだろ? だから、この間の誕生日に特別にカスタマイズした探知機付きのピアスやテディ用のチョーカーをやったんだ」
「サイラス特製の品ならすぐに見つかるでしょう。兄上、僕はあの子の受け入れ準備を進めて来ます」
「あぁ、頼む」
妹の保護がすぐに実現出来そうでひと安心したエヴァンスだったが、この後判明したリリィの現在地に頭を抱えることになるとは思いもしなかった。