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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

知り合いが見た夢のかけらを元に、小説を書いてみた。

作者: 大鷹赤斗

グチュグチュと、何かを咀嚼するような音が聞こえる。

僕の意識はあいまいで、その音が何処から聞こえてくるか分からないけれど、それでもその音だけははっきりと耳に届いていた。

グチュ、グチュ、グチュ。

僕はただそれだけを聞いていた。


グチュグチュという音に耳を傾けているうちに、僕は少しずつ、本当に少しずつたけど自分の意識がクリアになっていくような気がした。

意識が戻りつつある中で、無意識のうちに咀嚼音が何処から聞こえてきているのか、僕はそれを探していたように思う。

それから幾許かの時間が過ぎて、僕の意識が更に鮮明になってきて、そして咀嚼音の発信源に遂に辿り着いた。


それは僕自身からだった。


僕はただがむしゃらに、体に叩き込まれていたであろうマナーも何も忘れたかのように、ただひたすら何かを咀嚼していた。

音を立てるのはマナー違反だ。そういう思いを今の僕は感じていた。

だから僕は、咀嚼音を立てないようにしようとと思った。


グチュ、グチュ、グチュ。


噛むことをやめる。あるいはせめて、音を立てないように噛む。僕が望んだのはたったそれだけ。

だけど、無理だった。

僕にはやめることができなかった。


何故やめれないのか、ある程度鮮明になってきた意識の中でそのようなことを考える。

そうしたら、結論は直ぐにでた。

そこに、身を震えさせるような快感があったからだ。


グチュ、グチュ、グチュ。

この、『得体の知れない何か』を噛むという行為が果てしなく甘美で、終えることができない。

舌で転がすと、舌をしびれさせるような幸福感が襲う。

歯で噛むと、まるでこの世の幸せを一身に受けたような気分になる。

マナーがどうとか言ってられるようなものじゃない、そんなものを通り過ぎた快感がここにあった。

快楽に溺れるというのはまさしくこういうことを言うのか、なんて僕は口を動かしながら考えた。







◆◆◆◆◆





「もう、気が済んだのかしら?」


『得体の知れない何か』を齧り尽くし、舐め尽くし、そして全て胃に飲み込んだ僕は、真正面から声をかけられた。

最初からいたのか後から来たのか分からないけれど、僕の目の前に女性がいた。

玉座のような椅子に座り、僕に向けて素足を差し出している。

顔も声もとても高圧的で、だけれど僕はそれに逆らう気がまったく起きなかった。


「気が済んだのか、と聞いているのだけれど?」


ああ、思い出した。思い出した。思い出した。

この、ゴスロリを着て、腰まで髪を伸ばし、厚顔不遜で、そして僕に命令してくるこいつ。

こいつは、変態だった、変態なんだ、変態でしかないんだ。


「はい、ご主人様」


だってこいつは、女装してる男の変態で、僕のご主人様なんだから。





◆◆◆◆◆



きっかけはごくありふれたもので、たいして珍しくも無いことだ。

僕という馬鹿が厄介ごとに手を出して死んだ。

正確に言えば死にそうになったの間違いだが、そこはまあほとんど違いが無いので気にする必要は無いだろう。

言葉にすればたった一行、小説などでありふれた、そんなお話だ。


その日はとても静かな夜で、夏真っ盛りだというのに蝉の啼き声も、学生がはしゃいでる声も、近くの家のエアコンの室外機が動く音さえも聞こえない、そんな夜だった。

僕はその日バイトがあって、それが終わって帰宅する途中だった。

別段いつもより遅かったとか、誰かに外に出ると危ないとか言われたわけではないから、その点で言えば小説なんかとは少し違ったのかもしれない。

ただいつも通りバイトして、いつも通り帰る。

それだけをいつものようにしていればよかったのに、僕はその道を踏み外してしまったのだ。


きっかけは、男女の叫び声と、金属のようなものがぶつかり合うような音だった。

今にして思えば、とてもとても小さな音で、あの日でなければきっと僕も気付かなかったのだろう。

だけど僕はその音に不幸にも気付いてしまい、そして気になってしまった。

英雄願望なんてものは、年頃の少年なら誰でも持っているはずのものだ。

それを行動に表すか表さないかは別として、だが。

そして僕は、英雄願望を行動に表す側だったらしい。

もしかしたら誰かが助けを求めているんじゃないかとか、僕に眠る力がこれで目覚めるんじゃないかとか、そんな思いを抱き、僕はその音のするほうに足を進めていた。


そして音のするほうに、音のするほうに進んでいった僕が眼にしたのは、確かに僕が求めるものだった。

動きが早すぎてよく見えなかったけれど、いわゆるゴスロリを着た女性……というよりは少女と、その少女と戦っている神父。

その姿を見て僕は、少女の味方をするべきだとか、助けた後の展開なんかを考えながら、そこに足を踏み入れたのだ。


僕のことを先に気付いたのは少女だったように思う。

少女が動きを止めて僕を見たのに気付いた神父風の男は、その目を追って僕の方を見た。


そして次の瞬間には、僕の胸に剣が刺さっていた。

剣を刺された勢いそのままに、仰向けに倒れる。

多分黒鍵なんだろうな、なんて自分に刺さっているものを見ながら僕は現実を放棄して、そして次の瞬間に押し寄せる痛みを自覚して、現実を思い知らされた。


裏切られた。

痛みの中で僕が思った気持ちは、きっとこれで正しいんだと思う。

勝手にストーリーを妄想して、勝手に自分の活躍の場を作って、勝手に自分が死ぬはずが無いなんて思って。

そしてそれが全て妄想だったなんて認めたくなくて、裏切られたと思ったんだと思う。

とめどなく痛みは襲ってきていたけど、僕はそんなことを考えていた。


一通り理不尽な逆恨みをしてて、そして憎悪の対象を探そうと目を上げた先には、悠々と自分に向かって歩いてくる少女と、上半身と下半身が離れ離れになった神父が目に入った。

少女はその神父の上半身を、髪の毛を掴んで引きずってくる。

神父の姿は映画やゲームなんかと違って、いやに生々しく感じられた。

だけど、吐き気は不思議と無かった。自分の胸に黒鍵が刺さっているのだから、当たり前といえば当たり前なのかもしれないが。


「貴方おかげで楽に勝てたわ、おばかさん」


僕の目の前に立った少女が、僕に声をかけてきた。

その声は、僕を皮肉って馬鹿にしていることを隠そうともしない声だった。

だから僕は、その時憎悪の対象をその少女に定めたんだと思う。

ほとんど動かなくなった頭を動かして、その少女を睨みつけようとした。


だけれど、その少女の顔を見た時、僕は憎悪なんてもの忘れていたのだと思う。

まるで物語の中に出てくる人物のような美しさがそこにはあって、その瞳に引き込まれて、その全てに魅了された。

恨みの言葉一つ思いつかず、僕はただただその顔を見つめていた。


「この神父は相当しつこくて手を焼いていたのよ。だからそれを殺す助けをしたあなたにご褒美をあげるわ」


そんなこと言われた僕は、それでも何かを感じたわけではなかったと思う。

その時の僕はただただ少女の美しさに魅了されていただけだった。

少女の顔が近づいてきた時も、僕が思ったのは少女の顔が良く見えるようになった、その程度だった。

そして少女の牙が僕の首に突き刺さり、そして僕は吸血鬼の従者になった。



◆◆◆◆◆



吸血鬼の従者といっても、一言ではくくることは出来ないと思う。

それは吸血鬼がファンタジーな存在であり、その生態が人々の空想によって多種多様に形作られているからだといえる。

従者になった僕は、いわゆる一つのゾンビになっていた。

使徒と呼ばれる吸血鬼と類似の特徴を持つ従者ではなく、ゾンビだ。

肌は腐り、意識は無く、肉をあさる。

一般人が考える、そのまんまのゾンビだった。

ゾンビになっていた頃、僕に意思は無かった。

ただゾンビとして、命じられたことを行い、少女に言われるがままに行動した。

そこに僕自身の判断が入り込む余地は無く、ただひたすらに、本能と命令に従って動いていた。


だけれど僕は今、その理性を取り戻しつつある。

こうやってゾンビ時代のことを思い出せるのも、その証だろう。


「ふふふっ、色々思いだしたかしら?」


目の前で僕を見ていたご主人様が、からかうように聞いてくる。

確かに全て思い出した。ゾンビになる前のことから、なぜなったのか、ゾンビになっている間のことも、そして僕が今何を食べていたのかも。


「私の従者にはね、私にその全てを差し出すことでなることができるのよ。命も、理性も、感情の全てさえもね」


そう、だから僕は理性を失い、生命力を失い、感情を失い、ゾンビになった。

ならば逆に……


「逆に必要なものを返すこともできるわ、今みたいに……ね」


僕は理性と生命力のようなものを返されたのだ。

だから考える力もあるし、肌もゾンビのように腐ったものではなく、ご主人様の様な白い肌になっている。


「従者に私から物を返すためには、従者は私の一部を得る必要がある。ねえ、私の指はどんな味だった?」


そう、僕はご主人様の指を食べることで、理性と生命力のようなものを返してもらっていた。

そして指の味がどうだったかなんて、今更言うまでも無い。

一口噛む度に快感が体中をつきぬけていたのだ、目の前でニヤニヤしていたであろうご主人様が気付いていなかったはずはない。


「ねえ、どうだったのよ?」


意地悪く、ご主人様が言う。

この女装している変態で、人をいじめるのが好きで、そしてそれを心底楽しそうに、とても素敵な笑顔で見ているご主人様が言う。

僕は答える代わりに、小さくため息をついた。

ご主人様は何がおかしいのか、それを見てまた笑った。


「さあ、出かけるわよ。さっさとついてらっしゃい」


そうしてご主人様は歩き出す。

僕は慌ててその後を追う。

ご主人様が僕を振り返ることは無い。

それが僕に対する信頼なのかいじわるなのかは分からないけれど、僕はこの変態なご主人様の後を今後もついていくことになるのだろう。

そんな気がした。

後半失速してしまった感が否めない。

手直しのアドバイスとかありましたら、是非お願いします。

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