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とある悪魔は幸せを感じていた。ここまで喜んでくれる人間がいたことに。そして、と
ても興味深い話をたくさん聞かせてくれたあのお客様……確か、ムーニアと言っていたか。
またたくさんの興味深い話を聞いてみたいと心から思えた人物だった。そのムーニアと名
乗る冒険家が悪魔の屋敷から出ていって間もなく、済んだ朝食の後片付けをしている時だ
った。久しぶりに感じる気配にまた心が躍った。
「おや、また珍しい方がお見えのようだ」
漆黒の球体が現れたかと思えば、それは大勢のコウモリに変えさらに人間の形になって
いく。きれいに整えられた灰色の髪と髭、ぴしっと整えられた漆黒のスーツ、スーツの上
からでもわかる逞しいボディ。そして、左目が怪しい赤色に輝く人物。
「お久しぶりでございます。ガエタノ様」
「ぬっふっふ。お久しぶりだね。ラデル君。最後にあったのは何百年前かね」
「もうそのような時間が経つのですね」
髭を整えながらゆったりとしたソファに腰を掛けるガエタノ。後片付けをしているラデ
ルに気付き、何事かと尋ねた。ラデルは少し恥ずかしそうながらもどこか嬉しそうな声色
で数時間前に経験した素敵な時間をガエタノに話した。とても勇敢でお宝を探していると
いうバイタリティに溢れたあの客人のことを。そして、この素敵な経験を誰かと分かち合
いたいというラデルの気持ちがガエタノの心をくすぐる。
「ほぅ……中々素敵なレディだったようだね。私もぜひお目にかかりたいものだ」
「ガエタノ様もきっとお気に召すことかと思います」
「ラデル君が言うならきっとそうなのだろう」
後片付けが済み、ガエタノに香り豊かな紅茶とその紅茶の茶葉を使ったクッキーを用意
した。カップから漂う芳醇な香りにうっとりしながら口に含む。爽やかかつコクのある紅
茶が久しぶりの再会の序曲を奏でる。
「やはりラデル君が淹れる紅茶は格別だね。もう他の紅茶は飲めないよ」
「ありがとうございます」
「このクッキーも風味が豊かで実に美味しい。今度、レシピを教えてくれないかね」
「もちろんです。お帰りまでには用意しておきます」
しばし紅茶で歓談する二人に、またしても珍しい客人の気配を感じる。それもまたひど
く疲弊しているようだが……。
「……おや。誰かと思えば」
「これはまた。今すぐに手当の準備をします」
そこに現れたのは整髪剤で整えられた黒い髪、胸元が大きく開いた白いタキシードに身
を包み、肌は赤く額から伸びる小さな角もそれに準じていた。しかし、外見は特に目立っ
た外傷はないのだがひどく痛がっている。
「ノー……ノー……た、助けてくだサイ」
「どうしたのだねジョヴァンニ君。そんな恰好で」
「こ……これには深い訳が……あ、イタタタ」
「お待たせしました。ジョヴァンニ様。失礼します」
ジョヴァンニと呼ばれた悪魔はラデルの手当に応じ、白いタキシードを脱いだ。そこに
は何かで引っかかれた痕や叩かれた痕等無数についており、叩かれた痕は赤く熱を帯びて
いる。ラデルはすぐにその箇所を冷やし始め、ある程度熱が冷めたところに引っかき傷に
どろりとした軟膏を塗った。染みるのか時折ジョヴァンニから悲鳴が漏れる。
「一通り手当は完了致しましたが……いかがでしょう」
「お……オゥ。だいぶ楽になりまシタ」
「聞きたい話は沢山あるのだが……まずは紅茶でも飲んで落ち着くとしよう」
ラデルは新しいカップに紅茶を注ぎ、ジョヴァンニに差し出す。湯気と共に漂う香りに
うっとりしながら口に含むと、ぱっと晴れやかな表情に変わった。
「お……美味しいデス。まだありまスカ?」
「ええ。沢山ご用意しております」
ふーふーしてある程度の熱を飛ばし、一口を繰り返しあっという間に飲み干してしまっ
たジョヴァンニのカップに新しい紅茶が注がれる。そして、お皿に並べられたクッキーを
手に取り頬張る。その顔はさっきまでの苦しそうな表情からは考えられないくらい幸せそ
うだった。
「このクッキー、とっても美味しいデス!」
「こちらもまだたくさんご用意していますので、召し上がってください」
次から次へと口にクッキーを運ぶジョヴァンニに対し、キッチンから新しいクッキーを
持ってくるラデル。最初は紅茶の茶葉入りのクッキーだったが、新しい味のクッキーを頬
張る度にジョヴァンニが美味しそうにその味を的確に当てていく。
「ふぅ……満足デス」
お腹をさすりながらふうと幸せのため息を漏らす。ラデルがジョヴァンニのカップに新
しい紅茶を注いでいく。それをまた美味しそうに飲み干す姿をみたラデルも満足そうに微
笑む。
「お粗末様でございました」
「相変わらずラデル君のスイーツは絶品デス」
「光栄でございます」
髭を整えていたガエタノは少し間をおいてから、ジョヴァンニに何があったのかを尋ね
た。すると、さっきまで笑顔だったジョヴァンニの顔が一気に暗く沈んでいった。
「お……オウ……は、話しマス」
「そんなに怯えなくても、我々がいるから大丈夫だ。ジョヴァンニ君」
「……では、話しマス」
まずはこの格好のことだが、これは少し前にとあるコンテストで使用していた特注のタ
キシードとのこと。そこで自分の花嫁候補を獲得するつもりではいたのだが、そこでアク
シデントが発生した。地獄の業火を操る女悪魔のアドラメレク、七つの大罪の「暴食」を
司るベルゼブブがコンテストに乱入してきたのだ。思いもしない乱入者に混乱したジョヴ
ァンニだったがそこで考えたアイデアが更に自分の首を絞めることに……。
その二人を除外し、他の候補達全員審査通過にしたところ、その二人から満面の笑顔で
抗議が入った。その時の形相と言ったら……忘れられないらしい。そこからしこたま殴ら
れた挙句に今回の計画をバラされてしまい通過者は全員いなくなってしまい、悲しんでい
るところに魅惑的な女性が目の前に現れた。名前はトルトゥーラと言ったか。その悪魔は
傷ついた自分に手を差し伸べてくれた。優しく甘い言葉だったのを記憶している。その悪
魔についていったのが運の尽き。棺桶の中に詰められて責め地獄を受け続けた。周りは意
志を持った鎖に監視されていて、気を抜ける時間がなく精神が衰弱し次第に自分に自信が
なくなり、暗い毎日を過ごしていた。
そんな時、トルトゥーラの監視が緩んだ時期があった。他の男を探す準備をしていたのか、自分が棺桶から出た時には周りにたくさんの新品の棺桶が並んでいた。これ以上は耐
えられないと判断したジョヴァンニは決死の覚悟でそこから脱出することに成功。後ろで
トルトゥーラが何か言っていたがもう記憶にないくらい必死だった。命からがら逃げだし、
今に至るという訳……らしい。
「ふむ……もしかして、ジョヴァンニ君はそのトルトゥーラという女性に恋心を抱いてい
たんだね」
「……あの時、自分はボコボコにされていて、優しくされたから……なのかもしれまセン」
「なるほど……それはそれは辛い思いをしたね」
「もう……思い出すのも辛いデス」
また泣き出しそうになるジョヴァンニの肩をぽんと叩くガエタノ。赤い瞳がジョヴァン
ニを見据えた。
「なぁに。心配することはない。我々がいるではないか」
「……ガエタノ」
「御心察します。なので、ささやかではありますが、今日はごゆっくりしていってくださ
い」
「ぬっふっふ。今日は我々の友情のパーティーを開催しようではないか」
「……いいんデスか?」
「今日は盛大に騒ごうではないか」
かくしてラデルの屋敷にてジョヴァンニの慰めパーティが開催されることとなった。そ
うと決まったガエタノとラデルはキッチンに、ジョヴァンニは浴室で汗を流したあと、ラ
デルに案内された部屋で休むことに。




