僕たちの面談(1)
進路指導室の中は、思ったよりも簡素だった。
壁際に並ぶ進路資料の冊子と、大学パンフの色とりどりの背表紙。
その一角に、オホーツク共和国立自然科学技術アカデミーのパンフレットが十冊ほど、ぽつんと積まれている。
長机の向こう側に、凜玖。
その隣には、昼間の消防デモの隅にいた自衛官が、腕を組んで立っていた。
「どうも。さっきの防災デモの延長で、
“現場で何が起きてるか”の証人枠として立たされてます」
自衛官が、少しだけ苦笑いを浮かべる。
「で、こっちが今日の主役――」
「オホーツク共和国陸軍・第二教導隊、三崎凜玖です。
肩書き長いけど、やってることは“辺境生活の先輩”って思ってもらえれば」
凜玖は、朝と同じように軽く頭を下げ、それから二人の顔をじっと見つめた。
「えっと、さっきの授業で答えてくれたのが、林くん。
エクステリアの体験パイロットが、加藤さん、で合ってる?」
「はい」
二人の声が重なる。
「よかった。
名前と顔が一致してるうちに話せるの、けっこう貴重なんだよね」
凜玖はそう言って、机の上のタブレットを二人側へ向けた。
画面には、簡単な質問が並んでいる。
> Q1: 今のところの第一志望(空欄可)
> Q2: その進路を選んだ理由(または、まだ決めきれない理由)
> Q3: 「今のまま大人になった自分」で、嫌だなと思うポイントを一つ
「さっき、廊下でちょっと聞かれてたよね」
凜玖が、悪戯が見つかった子どもみたいな顔で目を細める。
「……聞こえてました?」
「廊下って、声、抜けるんだよね。この部屋」
「まあいいや。
さっきの話、もうちょいちゃんとやろっか」
凜玖は指でQ3の行をトントンと叩いた。
「オホーツクへの留学も、こっちのアカデミーも、
“今の延長線上で生きるのが嫌だ”って部分の、処理方法の一つだと思ってる。
だから、まずはそこから聞きたい」
里奈と明忠は、一瞬互いを見て、それからそれぞれの用紙に視線を落とした。
――Q3: 「今のまま大人になった自分」で、嫌だなと思うポイントを一つ。
鉛筆の先が、紙の上で迷う。
「……あの」
先に声を出したのは、里奈だった。
「まだ、ちゃんと言葉になってないんですけど」
「うん、それでいいよ」
「えっと……
“ここで大人になった自分”が、想像ついちゃうのが、ちょっと怖いです。
大学行って、就職して、
きっと、悪くもなくて、ちゃんと仕事して、
でも、たぶん――」
言葉が途切れる。
凜玖は、急かさずに待っている。
「たぶん、“遠くの世界のこと”を、
ずっと画面越しに見てる側のまま終わるのかなって」
里奈は、消え入りそうな声でそう言った。
「今日、エクステリアを動かしてみて、
“画面の向こう”が、ちょっとだけこっちに来た感じがして。
そしたら、戻れなくなった、っていうか……」
「なるほどね」
凜玖は、そこで初めて、はっきりと頷いた。
「“ここで大人になる自分”は、悪くないけど、
『それだけ』って決まっちゃうのが怖い、って感じかな。」
言葉にされると、思っていた以上に核心を突かれた気がして、里奈は顔を真っ赤にする。
「ちが、いや、ちが、わない、です……」
「いいね、その“ちが、わない”感じ」
今度は明忠のほうを見る。
「じゃあ林くんは?」
「ぼ、僕は……」
ずっとオホーツク共和国に行くつもりで勉強してきたのに
とっさに口をついて出そうになったのは、「お金」とか「家での常識」とか、現実的な単語たちだった。
でも、Q3が問うているのはそこではない気がした。
「……嫌なのは」
自分でも意外な言葉が、口からこぼれた。
「“わかってるのに、動かない自分”で大人になること、です。
今日の授業みたいに、
“モンゴル的”とか“アメリカ的”とか、
言えばわかるし、考えるのも好きなんですけど。
でも、頭の中で“分かったつもり”になってるだけで、
実際には何も変わらないまま大人になるのは、嫌だと思いました。」
言いながら、自分で驚く。
――いつからそんなふうに思ってたんだろう。
形になった途端、それはずっと前から胸の奥にあったような顔をして、そこに座り直した。
「……いいね」
凜玖は、さっきよりも少しだけ真剣な目をした。
「“わかってるのに動かない自分”は、辺境では生き残れない。
だからこそ、そういう自分を嫌がってる子は、オホーツクと相性がいい」
自衛官も、横で腕を組んだまま静かに頷く。
「現場ってのはね、
“やれば変わる”場所に、自分の足で行く人間の数で決まるから」
進路指導室の空気が、昼間の校庭とは違う重さを帯びる。
それは、決して暗い重さではなく、
自分の言葉が、自分の進路にそのまま線を引いていくような、静かな緊張だった。




