それぞれの間合い
廊下の反対側で、低い声が重なり始めた。
「……向こう、ロボ使って何作るんだろ」
黒川直規は、壁にもたれたまま言った。
背は高いが、姿勢が悪い。ガリヒョロで、肩が少し前に落ちている。動くたびに一拍遅れる感じがあって、体の大きさに反して存在感が薄い。
相馬遥人は、黒川の隣に立っていた。
姿勢がいい。重心が安定していて、動きが無駄に流れない。制服は同じ規定通りなのに、立ち方だけで印象が違った。
「作る、より先に“使う”だろ。
インフラとか、物流とか。まずは壊れないやつ」
「それ、日本にはもうあるやつ」
黒川が即座に返す。
眼鏡の位置を直しながら、少しだけ身を乗り出した。
「ある。けど……自分がやるとなれば行き詰まる。
研究も開発も、途中で止まる。軍事っぽいとか、用途が曖昧とか。
評価される前に、引っかかる」
相馬は否定しない。
一歩だけ位置をずらし、廊下の先を見る。
「日本は、ちゃんとしてるからな。
止める理由が、ちゃんと用意されてる」
黒川は鼻で小さく息を出した。
「ちゃんと埋もれる理由もな」
相馬が、わずかに笑った。
空気だけで笑って、声には出さない。
「直規は、作りたいんだろ。
“使われる前提”のやつ」
「……使われないと、意味がないからな」
黒川の声は低い。
だが、言い切る。
「オホーツクなら、作った分だけ前に進む。
ロボが二十四時間動けば、二十四時間分、世界が変わる」
相馬は少しだけ首を傾けた。
「前のめりだな」
「遅いのが嫌なだけだ」
「俺は、日本でもやれると思ってる」
相馬はそう言って、軽く肩を回した。
動きが綺麗で、力が抜けている。
「向こうは……味変。
見て、触って、戻ってきてもいい」
黒川は返さなかった。
ただ、前を見ている。
「戻る、か」
声は小さい。
けれど、そこには選択肢が一つしかない人間の重さがあった。
相馬は、それ以上踏み込まない。
代わりに、話題を切る。
「順番、そろそろだぞ」
廊下の奥で、次の組を呼ぶ声がした。
黒川は壁から離れるのに、少し時間がかかった。
体を起こし、眼鏡を直し、背の高さだけで前に出る。
相馬は、半歩遅れて並ぶ。
歩き出しが揃う。
————二人は、同じ方向を向いている。
だが、見ている距離は、少し違った。




