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降伏勧告

恥ずかしながらクライマックスで投稿ミスをして1日に2話投稿した挙句、翌日・翌々日身動きが取れず2/23にようやく本投稿&ご報告となりました。朝から読んでいただいている皆さん。大変もうしわけありませんでした。

 [凡例]

 <>:内部通信、AIからの内部への音声

 『』:拡張機による外部音声



 迫撃砲やドローンの集団をよけるべく坑道の内側へ入り込むと、一段階静かだ。


 静か、というより——音の種類が違う。

 遠い濁流の唸りは聞こえない。

 機関砲の乾いた連打も、厚い岩と補強鋼材で丸められて、遠い低音に変わる。

 代わりに、ファンの回転音、ケーブルラックの微振動、どこかで滴る水音が、耳の奥に残り続ける。

 そして、自分の撃つ射撃音があまりに大きく、補正によって加工済みの音でもはっきりとうるさい。


 鈴音の操るエクステリアは迫撃砲の筒を抱え込むようにして遮蔽に潜り込み、コクピットでは本人の呼吸を整えていた。

 外はまだ戦場なのに、ここは“工場”みたいに規則的だ。一瞬、そういう規則性の側に戻ったと錯覚したことが、逆に怖い。


 反撃のドローンは確実に来るだろう。

 肩乗せ対空ユニット、20mm機関銃は立ち上がると射角が取れない。

 当然だがアンテナユニットも室内に入るとあまりあてにならない。

 操縦桿を握る手が汗ばむ。


 <戦線の熱量が落ちたね>

 リーゼが言った。HUD上の赤いタグが、さっきより少ない。

 <車両戦力は沈黙。歩兵の活動状態にある人数も半分以下。ドローンは——ほぼ枯れた。相手の“目”が死んでる>


 鈴音は短くうなずいた。

 勝っている、という実感はない。

 ただ“ここまで生き延びた”という感覚だけがある。


 坑道の奥、指揮・通信区画から有線が入った。基地内の閉域網。光と銅線が混ざった、古くて確実な声。


 <市街地班、坑道線へ統合。現状報告:敵、歩兵約二百。輸送系車両多数。重火器は散発。対戦車ミサイル、携行迫撃、少量あり>


 続いて、別の声。守備隊指揮官——男の声だが、年齢は分からない。疲れているのに、芯が折れていない。


 <……ここから先は「殺し切る戦い」じゃない。物資も時間も限りがある。被害と消耗を抑える。——降伏を引き出す>


 リーゼが、わずかに間を置いた。


 <油断はできない。聞いての通り相手の歩兵が携行している迫撃砲、対戦車ミサイルの類はまだ撃てる状態だよ。

 特にここから射線が通らない2㎞程度先の幹線道路近辺に迫撃砲を展開される可能性がまだある。

 牽引式野砲なんかはもっと遠くても撃ち込んでくる。ドローンやその他観測機器が補充されるまで、多少の余裕ができただけ。

 けど“勝てる”見込みが立ったから、”勝ち方”を計画できるところまできた>


 鈴音は息を吐き、坑道入口側の監視映像を拡大した。

 煙幕はまだ薄く漂い、濁流が西側の川岸を洗っている。西方面では敵歩兵は渡河線を立て直せず、輸送車両は泥と水の境界で立ち往生していた。


 そして——止まっている。


 進めないから止まっているのか。

 止まっているから進めないのか。

 どちらにせよ、停滞は“崩れ”の前兆になる。


 <スピーカー回す。市街地班、音声ラインを開け>


 有線が短く鳴り、坑道入口近くの地上スピーカー群が起動した。

 廃墟の中に仕込んだ拡声器——それ自体が囮でもある。撃たれても、人は死なない位置。UGVがケーブルを張り直し、音声だけを前に押し出す。


 一拍。

 それから、指揮官の声が、夜の廃墟に放たれた。


 『——こちらカディクチャン守備隊。聞こえる者は聞け』


 怒鳴りではない。

 演説でもない。

 事務連絡に近い落ち着いた声が、廃墟の壁で反響し、どこから来たか分からない圧になる。


 『西側の渡河線は、洪水で崩れた。諸君らの車両は動けない。上空の支援も、もう戻らない』


 “戻らない”という言葉に、妙な重さがあった。

 脅しではない。現実の確認だ。


 『ここから先、前進すれば死ぬ。停滞しても死ぬ。——だから、死なない手順を提示する』


 スピーカーの声が、淡々と続く。


 『武器を捨てろ。車両から離れろ。両手を頭の上に。三人ずつ、道の中央へ出ろ。走るな。合図を待て』


 合図、という言葉が効く。

 迷走するものは本能で「段取り」を求める。段取りがあるなら、従う理由が生まれる。


 『負傷者も捨て置くな。担架は出す。医療は提供する。捕虜として扱う。ジュネーブ条約に従う。捕虜交換の対象にもできる』


 “交換”の単語を入れるのは現実的だった。

 帰還の可能性の話が一歩を踏み出させる。


 『指揮官へ。——あなたがここで死ねば、前線の者のみならず、後ろから来る者も死ぬ。あなたが生きて投降すれば、部下も生きる道がある』


 ここで指揮官を指名する。ただし“責めない”。

 指揮官が動けない理由を知っているからだ。前線の指揮官は、敵より味方の処罰を怖がる理由がある。だから指揮官だけに頼ると行き詰まる場合も多い。


 なので、声はすぐ兵員個人向けに戻る。


 『半独立派の兵士諸君。あなたが降伏しても、あなたは死なない。——死へ向かうのは、ここで突撃することだ』


 鈴音は、モニターを見つめた。

 敵側の動きが止まっている。停止が、さらに増える。

 歩兵が集まり、離れ、また集まる。誰かが手を振る。誰かが銃を地面に置く仕草をする。だが、すぐには出てこない。


 当然だ。


 “出た瞬間に撃たれる”恐怖がある。

 敵に撃たれるのではなく、自分の側に撃たれる恐怖。


 リーゼが、低く補足した。


 <ここは“指揮官”より、兵が割れる。命令系統が切れてると、兵はどちらに従うかを考え始める。だが、考え始めた瞬間にもう必死の抗戦姿勢は崩れてるんだ>


 坑道入口側で、UGVが一台、わざと姿を見せた。

 白い布——降伏の合図に見えるものを、アームで掲げる。

 “撃つな”という合図ではなく、“撃たない”という意思表示を、こちらが先に見せる。


 その瞬間、遠くで単発の発砲。

 乾いた音が、廃墟で跳ねる。


 UGVの横の瓦礫が砕け、粉塵が上がった。

 狙撃ではない。牽制だ。パニックだ。あるいは「督戦」の試し撃ち。


 だが——二発目は来なかった。


 『——いま撃った者。撃ち続ければ、あなたは生き残れない』

 守備隊指揮官の声が、叱責の調子ではなく、単なる結果として告げる。

 『あなたの位置は分かった。こちらには目がある。撃つな。——降伏を選べ』


 そこで、リーゼが鈴音のHUDに赤い円を描いた。

 川沿いの低地。濁流で切られた渡河線の端。そこに固まった一団。


 <“督戦”っぽい動き。後方から前を押してるね。あの一群が残ると、降伏が進まない>


 鈴音は言葉を飲んだ。

 人間を狙う判断は、思考の奥が拒む。

 だが戦場は、拒んでも進む。


 代わりに、守備隊は“露骨に殺しに行かない”形で圧をかけた。


 自爆ドローンが、低空で一機だけ突っ込む。

 狙うのは人ではなく、輸送車両の荷台。

 爆ぜるのは火ではなく、荷物——弾薬箱、燃料缶、通信機材。


 爆発は小さい。だが、心理的には大きい。

「ここにいると、次は自分だ」と理解させるのに十分だ。


 そして、またスピーカー。


 『——いまが最後の機会だ。五分待つ。五分後は、こちらも作戦を次段階に移す。生きたい者は、いま動け』


 “待つ”と宣言するのが強い。

 殺す側が“待つ”と言うとき、そこには余裕がある。余裕は説得力になる。


 五分——。


 最初の一分は何も起きない。

 二分目で、誰かが動く。

 三分目で、三人がまとまって出る。両手を上げる。武器は捨てている。


 『止まれ。膝をつけ。顔を上げるな。——よし。動くな。傷病者回収班、エクステリア出せ。護衛、周辺警護を怠るな』


 坑道から、エクステリアが顔を出す。

 最初に出ていくのは人間ではない。まずUGV。次に、遮蔽物の影を使ってエクステリア。エクステリアで軽傷者を収容しつつ、捕虜から救護担当を募る。エクステリアは遠隔操作だ。まだ撃たれない保証は得られないのだ。

 そして、ことここに至っても、守備隊50人程度に対して攻撃側は100人を超えるだろう。捕虜の扱いに神経質にならざるを得ない。


 鈴音はその動きを見て、胸の奥がきしむのを感じた。

 演習。なのに、演習が現実の形をしている。


 <“勝ち”はこういう形で進むこともある>

 リーゼが言った。

 <敵を全部殺すんじゃない。敵に「もう無理だ」と納得させる。納得させるには、道と手順が必要>


 五分が終わる頃、投降は十人を超えた。

 まだ少ない。だが重要なのは数ではない。


 “最初の一人”が出たことだ。

 それ以降は、連鎖が起きる。止めたい側ほど、止められなくなる。


 そのとき、基地内有線がもう一度入った。


 <——包囲部隊、残存が退却を試みる動き。西側は濁流で詰まり、南側は地雷線と瓦礫で詰まってる。こちらは追撃せず、拘束と収容を優先する>


 守備隊指揮官の声が、少しだけ柔らかくなる。


 <……市街地班。よく持たせた。鉱山班、入口線は維持。ドミトリ、生きてるな?>


 鈴音は短く答えた。


「生きてます」


 <よろしい。——終わりじゃないが、峠は越えた>


 スピーカーの声が最後にもう一度、外へ落ちる。


 『投降を選べ。生きて帰れ。——死ぬ理由は、もうここにはない』


 いつのまにかうっすらと夜が明けつつある廃墟に、濁流の残響が跳ね返っていた。

 それは戦場の音でもあり、戦闘の終わりを表す音でもあった。



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