面談一組目。きれいな報告
放課後の廊下は静かだった。
正確には、音はかすかだけど情報だけ行きかっている。端末の振動や薄い光、視線の往復。
親と連絡を取り合っているのか、その場の会話すら端末経由で行っているのか。
進路指導室の半開きのドアの向こうから、三人分の声が交互に漏れてくる。
最初に話しているのは、少しテンポのいい声だった。
「発信って、もう“説明”じゃなくて、入口だと思ってて。投資も寄付も、学生側の言葉に翻訳できれば流れは作れるんです」
柊 海夏。
廊下側からでも分かる、整った声の出し方だった。言葉の端が丸く、引っかからない。髪は規定内だが、毛先にだけ意識的な動きがある。制服も完璧で、サイズ感まで含めて「できる子」を演出している。
一拍置いて、凜玖の声が返る。
「それ、日本だと強いね」
否定ではなかった。
だが、肯定でもない。
「あっちだと、ちょっと違う」
短い。説明を足さない。
「オホーツクでは、インフルエンサーに振り回されるの、わりと嫌われる。現場が決める前に、語りが前に出ると判断が遅れるから」
海夏は一瞬、言葉を探した。
笑顔の形は保ったまま、声が出ない。端末を持っていた手が止まり、画面を伏せる。反論もしない。説明もしない。ただ、黙った。
次に口を開いたのは、少し低めでまっすぐな声だった。
「成果って、誰が決めるんですか。向こうは成果ベースって聞きますけど、AI評価なら結局、基準は上ですよね」
鷹宮 紗良。
やや高身長で、姿勢がいい。ポニーテールをきっちり結び、制服は着崩していないのに、立っているだけで存在感がある。運動神経の良さが、無意識の重心に出ている。
凜玖は少しだけ声の温度を変えた。
「開拓前線だとね、評価される前に結果が出る」
「……結果?」
「道路が通る。畑が広がる。停電しなくなる。説明しなくても、生活が変わる」
一瞬、沈黙。
紗良は足元に視線を落とし、小さく息を吐いた。肩の力が、ほんの少し抜ける。
「点数、じゃないんですね」
「うん。“できたぶんだけ”残るやつ」
最後に、少し慎重な声が入った。
「制度とか……保険とかは、どうなってますか。ずっと前線にいる前提だと、正直、生活が想像できなくて」
白石 ちな。
肩にかかるくらいのストレートヘアで、輪郭を隠すように落としている。平均的な背丈、やや丸みのある体型。制服は一番「普通」で、カバンが少し重そうだ。
凜玖は、ここでは急がなかった。
「ずっと前線じゃないよ。研究とか訓練から入るほうが一般的だし、子育て期は都市に戻って制度に乗っかる人も多い。時短もある」
ちなの肩が、目に見えて下がった。
ほっとしたように、小さく笑う。三人の立ち位置が、自然と揃う。
「……それなら」
言葉は続かなかったが、それで十分だった。
廊下の空気が、少しだけ変わる。
誰も決断していない。
でも、来たときの地図のままでは帰れない。
そのタイミングで、廊下の反対側から、別の声が重なり始めた。
男子二人組の、低く弾むような会話。
――そこで、話題が切り替わる。
半拍の沈黙が落ちた。
柊 海夏は端末を伏せ、言葉を探さなかった。空気が、わずかに重くなる。
その重さを、鷹宮 紗良が受け止めた。
「……評価の話、いいですか」
一歩だけ前に出る。
ポニーテールを耳にかけた拍子に、頬のラインがすっと現れた。姿勢がまっすぐで、余計な力が入っていない。
「上からの評価が先に立つと、現場が壊れるんですよね。
ロシアーウクライナ戦争のクピャンスク。補給線が切れてるのに、前進評価だけが更新され続けた」
凜玖が、短く頷く。
「数字が“戦ってるフリ”をした」
「結果、嘘が積み上がる」
鷹宮は一度、足元を見る。
それから顔を上げた。視線が揺れない。
「前線で成果が“見える”なら、説明はいらない。
通ったか、止まったか。残ったか、消えたか」
凜玖は答えない。
肯定もしない。ただ、続きを促す間を置く。
「それって、成果を評価されるんじゃなくて……」
鷹宮は、言葉を選んでから続けた。
「自分で受け取れるってことですよね」
横で、柊が小さく息を整えた。
鷹宮は振り向かない。代わりに、短く置く。
「発信が要らない、って話じゃない。
順番の話だと思います」
言い切って、半歩下がる。
前に出過ぎない。引き際が、忍者の鮮やかさだった。
凜玖の声が、静かに返る。
「いい切り分けだね」
白石 ちなは、肩を落として、ほっとしたように笑った。
進路相談室の空気が、ちゃんと前を向いた。




