要塞線
坑道へ滑り込んだ瞬間、世界の音が変わった。
外の戦場は「広い」。坑道の内側は「狭い」。反響が思考にまとわりつく。滴る水音が、逆に時間を刻む。
だが、その“狭さ”は味方だった。入口さえ抑えれば、戦力差は地形に溶ける。
<入口はバレた。……来るよ>
リーゼが短く言う。
HUDに、微小な熱点が増え始める。
低空、林の隙間。
川面の反射に紛れた小さな影――ドローン。
鈴音は、エクステリアを坑道入口から半身だけ出す位置に据えた。
外へ出過ぎれば、歩兵戦闘車の射線に入る。
引き過ぎれば、迎撃角が狭くなる。
斜面の陰、岩の張り出し、補強鉄骨の角度――その全部が、遮蔽物の“線”を作る。
「射線、切れてる……はず」
声が乾く。
<“切れてる”じゃない。“切り続ける”。機体を置くんじゃなく、姿勢を管理して>
リーゼが冷たく釘を刺す。
<相手は砲。こっちは角度。そして、相手が焦れて来たら、下がってほかの口から>
鈴音は肩の20mmをゆっくり振った。
夜間の照準は光学よりも“パターン”だ。枝の揺れ、空の不自然な線、熱像の歪み。
そして――耳。
ブン、と独特の羽音が来た瞬間。
短点射。
坑道入口の闇が一瞬だけ白く弾け、火花が散る。
ドローンが落ちる。土に刺さる。
すぐ次。二機。三機。
鈴音は“撃ち切らない”。
弾が減ると勝てない。勝つ必要はない――押し込ませなければいい。
本当は鉱山側に合流したことで弾薬の供給があるかもしれない。
でもその補給の隙が惜しかった。相手も完全に「今」を勝負時にして全力投入なのだ。
外で、機関砲の閃光が走った。
歩兵戦闘車が撃っている。だが何度目かの煙幕で狙いは定まらない。撃っているのは「苛立ち」かもしれない。
だが、連射間隔を大きくとっていることから理性は死んでいない。命中ではなく“圧”で押そうとしている。
少なくとも大雑把に坑道の入り口付近は煙幕の前にあたりをつけていたらしく、無視できないほど近くに着弾してる。
<煙幕、維持できないから勝負をかけて。あなたが撒いたのは逃げだけの目隠しじゃない。攻めの目隠しにもなる>
リーゼが言う。
<鉱山側でコントロールくれたドローンを射出する。今。このタイミングなら相手の目はまだ煙に吸われてる>
坑道の奥で、乾いたメカ音が連続した。
射出レール。
小型UAVが次々と外へ滑り出し、行動の外、タイガの裏や急ごしらえの塹壕に、煙幕の“裏側”へ消えていく。
鈴音のHUDに、味方ドローンのタグが増殖する。
整然ではない。むしろ雑然だ。
だが、それがいい。飽和。群れ。犠牲前提の数。
<第一目標――渡河中断地点。濁流で足止めされた歩兵と車両>
<第二目標――橋梁の架橋資材。工兵車両。回収車両>
<第三目標――燃料と電源。エンジンと発電機。動けなくすれば勝ち>
リーゼが“殺しの順番”を淡々と決める。
鈴音は喉の奥がひりつくのを感じた。演習なのに、泥と血の臭いがする。
煙幕の向こう、川辺に散らばる赤いタグ。
濁流に押され、隊列が乱れ、兵が集まっている。
集まったものは、狙われる。
爆ぜる光が、煙の向こうで何度も起きた。
鋭い熱像のフラッシュ。
次いで、遅れて来る重い音。
歩兵が散る。
車両が止まる。
そしてまた――集まる地点ができてしまう。
人間の習性。助けに寄る。状況を確認する。指揮を受ける。
そのたびに、ドローンから手榴弾や小型爆弾が落ちて人間のパーツが外れたり、色がついたり、崩れたりする。。
鈴音は視線を逸らしたくなった。
だが逸らせば、入口が死ぬ。
「……私は、入口を守る。今はそれだけ」
自分に言い聞かせるように呟いた。
<いい。役割分担>
リーゼは淡々と肯定した。
<あなたは“ここ”を守る。私は“あそこ”を削る。基地は“全体”を回す>
そのとき――市街地側のタグが、急に減った。
鈴音の胸が沈む。
無人機群。
市街地に残してきた囮。遅滞。監視。偽装シェルターから出入りして、“まだ人がいる”ように見せるためのもの。
敵がそこを割り切って叩き始めた。
HUDの端に、遠景の熱像が入る。
廃墟の角で、何かが跳ねる。
次の瞬間、別の熱点が“消える”。
迫撃砲だ。歩兵が叩いている。
機関砲の掃射が、廃墟の影を薙ぐ。
UGVが一台、二台、横倒しになり、熱像が薄くなる。
鈴音は歯を噛んだ。
無人だったとしても、あそこは“味方の手”だ。
それが砕けるのは、見たくない。
<市街地囮群、損耗率上昇。予定通り>
リーゼの声が、逆に冷たい。
<悲しいけど、役目は果たした。相手が火器をそこに割いた。つまり、入口に割けない>
鈴音は息を吐いた。
そうだ。割り切れ。
生き残るには、割り切るしかない。
「……よし。次。迫撃砲、設置します」
鈴音は機体の姿勢を微調整し、坑道入口の“内側”へ一旦引いた。
敵の射線からは完全に切る。
その代わり、迎撃角は狭まる。
だが作業中はここから“入口の外”を直接見る必要はない。座標と接近情報で事足りる。
<歩兵戦闘車、位置確定。煙幕越しのマズルフラッシュと音源で推定できた>
リーゼが地図上に一点を打つ。
<距離、1.6km。方位、南西。稜線の陰。移動中だが、いまは足を止めてる>
鈴音は迫撃砲キットのロックを解除した。
エクステリアの背部に畳まれた筒状ユニットがせり出し、地面へ降ろされる。
脚部のアームが、ベースプレートを押し付ける。土を抉る。
“原始的”な動作。だが、信頼性の塊。
<設置、急いで。相手も“坑道らしきの入口”を砲撃で潰す算段に切り替える。相手も迫撃砲は構築済みのようだからね。そっちも叩かなきゃ>
リーゼが言う。
<いずれにせよ、撃たれる前に“打つ”>
鈴音は、呼吸を合わせて弾を装填した。
弾数は最低限。無駄撃ちはできない。
だが相手は歩兵戦闘車。装甲を貫けなくてもいい。
狙うのは“目”。センサー。アンテナ。上面の機器。視界を奪えば、機関砲は近くだけ薙ぎ払う近接武器に堕す。
「照準……入力」
リーゼが、必要な数字だけを投げる。
仰角。方位。装薬。風補正。
組み立て終わった迫撃砲を前に押し出し、鈴音はそれをなぞる。今は“考える”より“手順”。
最初の一発。
ポン、と坑道内に鈍い衝撃が響いた。
発射音は小さい。だが反響で、心臓に来る。
弾は空へ消える。
数秒の沈黙。
そして――煙幕の向こうで、熱像の花が咲いた。
<近い。もう一発。二十メートル修正>
リーゼが即座に言う。
二発目。
三発目。
その瞬間、敵の機関砲の閃光が止まった。
歩兵戦闘車が“撃たなくなった”のではない。
撃てなくなった。
目が死んだ。姿勢が乱れた。もしくは乗員が身を伏せた。
<いい。沈黙>
リーゼが言う。
<いまの数発で“ここに砲がある”と相手は知った。つまり、こちらも位置が割れた。だから――>
鈴音は分かっていた。
「だから、次は“ドローンの餌”」
<そう>
リーゼの声が、淡々と残酷になる。
<目が死んだ車両は、群れに食われる>
HUDに、味方ドローンが一点へ集束していく軌跡が出る。
煙幕の裏。見えない場所。
だが、熱像の上で“狩り”が進む。
火花。
熱の消失。
そして、静かになる。
鈴音は迫撃砲の筒を握ったままのエクステリの指を緩めた。
掌が汗で濡れている。寒いのに。
市街地の奥では、濁流がまだ唸っている。
川が、敵の足を奪っている。
煙幕が、砲撃が、敵の目を奪っている。
そして、ドローンが、敵の体力を奪っている。
だが、それでも――敵は消えない。
ただ“手間取っている”だけだ。
<手間取れば手間取るほど、上は苛立つ。苛立てば苛立つほど、突撃は雑になる>
リーゼが静かに言った。
<雑になった突撃は、坑道に吸われる。……ここからが本番>
坑道の奥で、別のシャッターが動く音がした。
重い金属扉。
“防衛のための扉”だ。
鈴音は、まだ前線の敵兵が見えないのに、市街地の戦場を想像してしまう。
煙の向こうで濁流に蹴つまずき、ドローンに刺され、命令に追われて前に出る兵士たち。
そして自分が、今やっていること。
迫撃砲一式が、まだ射撃地点から坑道に戻せていない。
それが妙に現実的だった。
「……押し切れる、よね」
鈴音が言う。祈りではなく確認として。
<“押し切る”のは部隊。あなたは“押し切るための布石”を積み上げる>
リーゼは、いつもの調子で言い切った。
<その形は、もうできてる。あとは崩さないこと>
坑道の入口で、エクステリアが再び半身を外へ出す。
鈴音は操縦桿を握り直した。
対空。対人。土木。砲。
ぜんぶが同じ戦場で同時に走っている。
そして、煙幕の向こうで――敵の前進が、廃墟から滲み出し始めた。
要塞戦か要塞線かやや迷ったのですが、鈴音の待機位置に関するイメージ優先としています。




